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戦場のワルツ  作者: 暁天花
Ep.Ⅰ
14/54

    緋色と海色 5/5

 その日の夜。エレナは司令官舎ではなく、兵舎の中で夜を過ごした。

 シャノンが誘ってくれたのだ。今日ぐらいは一緒の部屋で寝ないか──と。


 勿論エレナは承諾し、用意のために一旦司令官舎に戻った。高鳴る気持ちを抑えながら入浴を済ませて、いつもの薄青のネグリジェへと着替える。流石にそのまま出るのは恥ずかしかったので、薄手の上着を羽織ってから兵舎へと向かった。


 しかし、シャノンの部屋に辿り着いた時に、一つ問題が起きた。というのも、彼女の部屋は四人の相部屋で。その一つはスフェール少尉のスペースだったのだ。

 彼女を目にした時、エレナは凄く戸惑った。というのも、シャノンは着任当初からある程度の親交があったものの、スフェール少尉に対しては殆ど今日が初対面と言っていい状態なのだ。


 それだけでも気まずいのに、相手はエレナのことを嫌っていたであろう人の一人だ。先程のことがあったとはいえ、今までのことを考えると全く合わせる顔がない。

 だが、そんな不安は杞憂に終わった。

 彼女は第一印象の通りとても優しい人で、エレナを見ても顔色一つ変えなかった。まるで、エレナが天青種(セレリア)の──蒼月種(ルナスタリア)の人間であることを、全く気にしてもいないかのような。拍子抜けしたのと同時に、少しほっとした。


「あの、スフェール少尉、」


 改めて謝罪を述べようとして、エレナは立って彼女の前へと向き直る。ぎゅ、と右手を胸元で握り締めた。そして、口を開こうとした──その時。


「あー、そういうのいいから。面倒くさいし」

「で、ですが……!」


 ベッドに座り込んだまま、アリスはエレナの言葉を無視して続ける。


「それと。アリス、でいいわよ」

「え?」

「いやさ、なんかこう……気の張ってない時にそう堅苦しく呼ばれるの、なんだか落ち着かなくて」


 アリスは肩を竦めて苦笑する。それとは対照的に、エレナは緊張しきっていて。無意識に顔を強ばらせた。


「わ、分かりました。では、アリス。…………さん」

「なんでさん付け」

「す、すみません。こういうことは、あまり慣れていなくて」


 基本的にエレナは勉強しかしてこなかったから、元々社交性は高い方ではないのだ。それこそ、イヴが居なかったらどうなっていたことか。

 わたわたしているエレナを見て、アリスは屈託のない笑顔を浮かべる。隣で、シャノンも楽しそうに笑っていた。


「そ、そんなに笑わなくても……!」


 エレナの悲鳴も、二人には全く届いている様子はない。ひとしきり笑ったあとで、アリスは目尻を指で拭いながら暖かい視線を向けた。


「ごめんごめん。でも、天青種(セレリア)の軍人がそんなことでわたわたしてるの見てると面白くって。やっぱり、あなた達も同じ人間なのよね」

「あ、当たり前じゃないですか。私もあなた達も、みんな同じ人間──」


 あ。


 言いかけて、エレナは自分が酷く傲慢な言葉を口にしていることに気がついた。彼女達を人間扱いしていなかったのはこちらの方なのだ。全く言えた義理ではない。


「……すみません」


 自責と後悔に駆られて、エレナは俯きながら謝罪の言葉を口にする。きゅ、と唇を引き結んだ。

 不意に背中を叩かれて、エレナは背後へと振り返る。すると、アリスの新緑の双眸と目が合った。彼女は屈託のない表情で、優しく微笑む。


「そう重く考えるんじゃないの。今の状況はあなたが作ったものではないし、あなたが変えられるものでもない。そうでしょ?」

「…………」


 エレナは押し黙る。だが、今の状況を作り上げたのはエレナと同じ天青種(セレリア)蒼月種(ルナスタリア)なのだ。全くの責任がない訳がない。

 そんな逡巡をよそに、アリスは手に持ったマグカップに口をつける。一拍おいて、アリスは続けた。


「正直、私は天青種(セレリア)のことはきらいよ。四年前、お父さんとお母さんを殺したのは天青種(セレリア)の人たちだしね」


 四年前。ということは、丁度、異人種職付法が改正された年だ。異人種の全員が義勇軍として最前線に投入されることが決まった、最悪の年の。


「……すみません」

「だから、謝らなくていいって」


 アリスは片手を振って苦笑する。再び合わせた新緑の瞳が、エレナの深い海色の双眸を映し出す。やさしい、みどり色だった。


「けれど。それはレイエンダ少佐という個人とは関係ないでしょ?」

「…………え?」


 身構えていたエレナは、思わず呆気にとられる。すると、対岸のベッドでずっと黙って聞いていたシャノンが、優しい声音で口を開いた。


「少佐は少佐ってことです。天青種(セレリア)だからって、みんなを無差別に嫌うのは違うと思いませんか?」

「え……と、」


 返答に困っていると、「それを少佐に聞いてどうすんのよ」などとアリスがシャノンにツッコミを入れていた。それもそうか。などと、シャノンが天然を炸裂させている。


「ま、そうは思っていても、中々行動に移すとなると難しいのだけれど。いくら無関係だと分かってはいても、やっぱり憎いものは憎いしね。それについては、私達の方も謝らないといけないかも。ごめんなさいね」

「い、いえ! そんな……!」


 マグカップを机に置いて頭を下げてくるアリスに、エレナは慌てふためく。謝られるようなことは何もされていない。ましてや、彼女らになどは。

 再び顔を上げたアリスは、ふっと目を細めて微笑んだ。


「じゃ、改めて。よろしくね、レイエンダ少佐」



「……はい。よろしくお願いしますね」


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