序章 燃える紅
行軍の最中、耳につけた通信機から聞き慣れた若い男の声が聞こえてきた。
『少佐より報告。第六三駐屯基地西南部にて、一個連隊規模の敵機甲部隊を捕捉。貴官らは直ちに出撃し、これらを迎撃せよ──とのことだ』
『相変わらず遅ぇな、アイツらはよ。……指揮は誰が執るって?』
『今更聞くなよ。今回もいつもと同じ、俺に“全指揮権を委譲する”だ』
途端、部隊員達の笑い声が通信機越しに聞こえてくる。
『──ま、そんなことは置いておいて。そろそろ会敵だ。お前ら、気を引き締めろ。真紅、お前は横から回り込んで奥の指揮官機を討て。蜂はその援護を』
「了解!」
『わ、分かりました……!』
『他は俺に続け。──来るぞ! 全員、散開!』
『アルファ・ワンよりアルファ小隊! 全員、敵左翼の上空へと突撃しろ! こちらに注意を向けさせる!』
『ブラボー小隊へ通達! アルファ小隊を援護する、各員射撃開始!』
『アル!? ……こちらデルタ・ツー! 隊長が戦死した! 以降、デルタ小隊はデルタ・ツーが指揮を執る!』
『っ……、了解!』
『チャーリー・フォー、あともう少し持ちこたえろ! 今そっちに行く!』
『下がれ、チャーリー・ワン! あれでは無理だ!』
『真紅! ──レイト! そっちは!?』
「やってます! あともう少しで──!」
『──頼んだぞ!』
「っ……! 当たり前です!」
刀身が淡い躑躅色にひかめく剣を片手に、黒髪の少年は通信機へと報告の言葉を口にする。
「第六三戦隊司令官へと報告。捕捉された敵機甲部隊の迎撃に成功しました。……これより帰投します」
『…………………………』
いつも隊長が言っていた通り、返答は一言も帰って来ない。
暫く無音の通信を聞いてから、レイトは耳につけた通信機を乱暴に取り外した。ふっと、目を細めて周囲を見渡す。
眼下に広がるのは、一面朱に染まる荒野と、数十輌の大破した戦車の残骸。そして、仲間だった人達の斃れた姿。ある者は、赤い鮮血を周囲に撒き散らして。ある者は、身体を真っ二つに引き裂かれて。ある者は、何も残さずに消え去って。
赫々と燃える夕陽に照らされて、装甲の残骸が朱く染まって煌めいていた。その中で、紅の火がちらちらと咲いている。
「…………くそ」
いくら周囲を見渡して、目を凝らしてみても。あるのは、一面に咲く雛罌粟の花が風に揺れる姿だけで。生きた人間はもうどこにも居なかった。
西の空に沈みかけた陽の光だけが、狂気的なまでに燦々と光を放っている。
「れ、レイト……」
隣で立ち尽くしていた少女が、不安げに声を漏らす。レイトは向き直って、彼女の髪を撫でた。そっと、その華奢な身体を抱き寄せる。
「もう大丈夫だ。戦闘は終わった。敵はもう来ない」
唯一残った少女をぎゅっと抱き締めて、レイトは安心させるように、なるべく優しい声音を作って囁く。沸き立つ感情のままに、レイトは小さく口を開いた。
「きみは──、おれが守るから……!」
東の地平に目線を向ける真紅の瞳には、憎しみの炎だけが激しく燃え盛っていた。