騙さねば
「お疲れー」
「お疲れ様でしたー」
パートの仕事が終わり、みんなが笑顔で建物を出て行く。
「お疲れ様でした」
私も明るい笑顔を作り、みんなと同じ人間であるように繕って、みんなと同じような服を着て、みんなと同じ平和な一日を終える。
私達が務めているのは『株式会社パナピップ』。毎日私達は交替で、この建物の中で何かを作っている。
何かは誰も知らない。電化製品の中に入る何かの部品だろうとみんなが言っている。ビニールっぽいもので出来た三角形の平べったい何かとか、複雑な形をした立体の金属部分のある何かとか、想像もつかないことだろう。
私だけが知っていた。ここで作られているのは人を殺すための兵器の部品だと。
「有美ちゃん、今日も一人でごはん食べるの?」
朱莉さんが話しかけて来た。
「いい人見つけなよー。紹介してあげようか?」
「一人が気楽なんで」
私は人懐っこい笑顔を作る。
「結婚なんてまったく考えてないですよ」
「でも本当はしたいんでしょ〜?」
私の心の中に本当にないものを、まるで見透かしたように朱莉さんが言う。
「もうぼちぼち30なんだから〜。強がり言っちゃダメよ?」
ハハハ……と笑って逃げた。そう思いたい気持ちはわかるが、言ってもわかってはもらえないだろう。結婚など絶対にしたくない女もいることなど。
「それじゃ、お疲れ様〜」
「お疲れ様でした」
アパートの部屋に戻ると、いつものように三匹の猫、パウル、バレル、マズルが賑やかに「ニャー」と出迎えてくれた。
「ただいま、みんな。ごめんね、すぐにごはんあげるからね」
ピチャピチャと音を立てながら猫缶の中身を食べる彼らの横で、私は食卓に座って今日も銃を組み立てる。
ネットで海外から密輸入してもらった部品に、自分で研磨したものを組み合わせ、オリジナルの拳銃作りだ。小型のピストルからマシンガンまで、様々なものを作り、ガラスケースの中にずらりと飾ってある。
これを使う日があるとは思っていない。あって欲しくはない。これは純粋に、私の趣味であり、生き甲斐だ。
もちろん実弾が装填可能で、発砲できる。本物でなければ私を満足させはしない。人を殺せる鉄のかたまりが紳士達のように、大人しくガラスケースの中に並んでいる。その鈍く光る勇姿は、眺めているだけで私を恍惚とさせるのだ。
私は株式会社パナピップでパートを始めた初日から、その会社が何を製造しているのかを知っていた。普通は絶対にわからない。私ほどの兵器マニアでなければ、あれが兵器の部品を海外輸出している会社だなどということは、少なくともパートの女性達には、わかるわけもないだろう。
「もっとお金貯めて、アサルトライフルに光学サイトつけたいなぁ〜……」
ガラスケースの中に並ぶ自分の作品達を眺め、うっとりするこのひと時が、私の生きている意味だ。
◆ ◆ ◆ ◆
「有美ちゃん、今度、パート仲間のみんなで飲みに行こうってことになってるんだけど、来ない?」
朱莉さんがそう言って誘って来た。
誘われるほど仲良くしていたつもりはない。しかし、浮かないように合わせることを頑張りすぎたかもしれない。断る理由がないので、笑顔を作って「行きます」と言い、楽しみにするふりをした。
◆ ◆ ◆ ◆
「有美ちゃんって、部屋では何してんの?」
厚化粧の麻里子さんが、酔った目元を赤くして聞いて来た。
「なんか謎に包まれてんのよね〜、このひと。休みの日に何してるかとか、どういうひとなのかとか、あたしよくわかんない」
「あっ。普通にゴロゴロしてますよ〜」
私はいつものように答えた。
「でもなんか趣味とかないともたないでしょ? マンガ読んだり映画観たり?」
真っ赤な口紅を塗った口に大量にフライドポテトを放り込みながらそう言うと、麻里子さんは焼酎を煽った。
そういうことにしてもよかったが、詳しくどんな作品が好きかと聞かれても、私は言葉に詰まるだけだ。
「そういうの、読んだり観たりしないですね」
「みんな、どんどん飲んでよ? 飲めないあたしが車で送って行くから!」
委員長タイプの45歳、美紀子さんが張り切っている。愛車の7人乗りミニバンと自分の下戸を活かしてみんなの役に立てることが嬉しいようだ。
「みなさんはマンガとか映画とかよく見られるんですか?」
最年少の私は人生の先輩達に有り難いお話を伺うように、そう振った。
「あたしはロマンチックな恋愛のやつが好きー」
アニメ声の愛華さんが言った。
「でも悲しいやつは見ないー。自分がヒロインになった気分になれるハッピーなのがいいのよねー」
私の質問にまんまとみんなが勝手に盛り上がりはじめた。
「明るいのがいいよねー」
「ホラーとかは?」
「ムリムリ〜!」
「コミカルなホラーだったらあたし、イケるよ?」
「怖いのダメだからぁ〜」
「現実が日々ストレスなのに架空世界の中でまでストレス食らってどうすんのよ〜」
「ほのぼのがいいな」
「動物モノとかは?」
「いいな、いいな〜」
私を抜けば平均年齢40を越える彼女らが少女のように楽しそうだ。私がただニコニコしながら聞くふりをしていると、朱莉さんが私に振って来た。
「有美ちゃん、なんかペット飼ってる?」
動物モノの話の流れだろう。いきなり振られたその話に、正直に答えてしまったのが災難の始まりだった。
「あっ。猫が3匹いますよ〜」
「えーっ!?」
「キャーッ!」
「見たい! 見たい!」
「3匹の猫様だなんて……! それ、プチ猫カフェと言っても過言じゃないわよ!」
そして朱莉さんが言い出したのだった。
「ねぇ、これから有美ちゃんの部屋、行ってもいい?」
「えっ……? いや……」
「あ。もしかして誰かと同居? 彼氏?」
私はそう言われるとムキになるところがある。いい男を見つけるのが女の幸せだなどという考え方は断固否定したがるところがある。それで、言ってしまった。
「一人暮らしです」
「じゃあ、いいんじゃな〜い?」
「お邪魔しても、問題なくな〜い?」
「行こうよ、行こう」
「謎に包まれた有美ちゃんの部屋、見てみた〜い!」
断れる理由が見つからなかった。居酒屋を出ると、美紀子さんの運転で私達5人は私のアパートに向かった。
◆ ◆ ◆ ◆
玄関のドアを開けるといつもは出迎えてくれる3匹が、酔った熟女の群れがやって来るのにいち早く気づいていたのか、どこかに隠れてしまっていた。
「あっれぇ〜?」
「にゃんこは?」
「ねこねこ、どこ?」
「っていうか、何、この部屋……」
4人の熟女の視線が、壁に取り付けられたガラスケースの中に一斉に向けられた。人を殺せる本物の銃達が、彼女らの平穏をかき乱す怪しい光を浮かべ、勇ましく並んでいる。私はそれを隠さなかった。隠せばかえって怪しまれると思ったので。
「あっ。私の趣味、じつはモデルガン集めなんです」
自然な演技で説明した。
「ごめんなさい。こんな趣味、とても理解されないだろうと思って、無趣味だってことにしてしまって……」
これで済むことだった。何も心配することはなかった。興味を持たれることなんてないだろう。みんな、ほのぼのが好きなのだ。マンガでも映画でも、ハッピーな恋愛ものや、動物が出て来るような……
「凄い!」
朱莉さんが興奮した。
「ちょっと持ってみていい?」
「えっ……?」
意外な食いつきに私は戸惑った。
「いえ……。これ……ニセモノですよ?」
「本物なわけないじゃなーい」
愛華さんがアニメ声で笑う。
「でもニセモノでもすっごいよく出来てるぅ〜」
「あたしも持ちたい! 持ちたい!」
委員長タイプの美紀子さんも興奮状態だ。
「いいでしょ? ニセモノなんだから」
仕方なく、一番殺傷力の低いスミス&ウェッソンのリボルバーをケースから取り出し、渡してあげた。元は5発だったのを私が6発の弾倉に改造したものだ。もちろん安全装置はかかっている。
「この安全装置を外して撃つのよねー」
麻里子さんが意外にも外し方を知っていた。
「撃っていい? 撃っていい?」
「や、やめてっ……!」
こっちに銃口を向けて来るのをかわしながら、私は叫んだ。
「じつは結構威力のあるBB弾が出るんですっ! 人に当てたら痛いですよっ!」
「あ。じゃ、あそこのクッションを撃ってみようよ」
朱莉さんがそそのかす。
「撃っちゃうよー?」
麻里子さんがハァハァ言いながらソファーの上のクッションに照準を合わせる。
「撃っちゃうよー?」
クッションがもぞりと動いた。
ああ、パウルも、バレルも、マズルも……そんなところにいたのね。クッションの下に隠れてたのね。
「ダメですっ!」
私は咄嗟に3匹を守ってその前に飛び出していた。
「猫がいましたっ! 猫ですっ!」
「あっ。猫ちゃん、いたぁ〜」
麻里子さんは私が死を覚って涙を流していることには気づかず、3匹を見つけて嬉しそうに笑う。
「ねぇねぇ、このでっかい銃、どうやって撃つの〜?」
見ると愛華さんが威力抜群のアサルトライフルを勝手に持ち出して、色々といじくっている。
「かっ、勝手に出さないでくださいっ!」
気づくと4人それぞれが気に入った銃をケースから取り出し、手にしている。
「ふふふ。かっこいいわ、これ。象でも殺せそう」
「これって、ズダダダダン! って出るやつよね? あー、撃ちたい」
「ねっ、猫達が出て来ましたよっ!」
私は3匹をまとめて抱き上げ、熟女達に見せた。熟女達は猫どころじゃないらしく、人を殺せる本物の銃をニセモノだと思いこんで、それぞれ夢中になっている。
「ほのぼのしましょうよっ!」
私は泣きながら訴えた。
「銃より猫を見てくださいっ!」
仕方なさそうに熟女達はそれぞれ気に入っていたらしい銃をガラスケースにしまうと、座ってお茶を飲みながら、猫達を愛ではじめてくれた。
「それにしても意外な趣味ね〜」
パウルの両前脚を持ってウリウリしながら、朱莉さんが言った。
「大人しい有美ちゃんがね〜、意外よね〜」
バレルのお腹をサスサスしながら、少し化粧の剥がれた麻里子さんがガラスケースを眺める。
「もしかして内面に激しい攻撃性を秘めてるタイプ?」
美紀子さんが悪戯っぽい目を眼鏡の奥から向けて来る。
「なんか有美ちゃんて、いかにもいじめられっ子タイプだから、復讐にみんなを撃ち殺す妄想してるとか?」
「「「コラッ」」」と他の3人が声を揃えた。
アハハ、と私は笑って美紀子さんの言葉を流した。
騙さねば。
騙さねば、と心では思っていた。
これらの銃はモデルガン。決して本物なんかではないと、騙さねば。
私は普通の日本の30歳女子。決してみんなと絶対的にリアルに異なる趣味を持ったヤバい人間などではないと、騙さねば。
「でも、有美ちゃんのことがちょっと知れたみたいでよかったよー」
マズルの頭をナデナデしながら、愛華さんがアニメ声で言った。
「正直、有美ちゃんて、いつも何か隠してるみたいな印象あったからー」
「うん。いい趣味だと思うよ」
「ちょっと個性的だけど」
「自慢のモデルガン見せてくれてありがとね」
「あたし達、もっともっと仲良くなろうねー」
◆ ◆ ◆ ◆
4熟女は美紀子さんの運転で帰って行った。
私は彼女達が触りまくってくれた銃を綺麗に拭くと、元に戻した。
ほのぼのが好きって言ったわりに、すごいはしゃぎようだった。
私は孤独でいい。孤独でなければならない。
彼女達は私を知れたと言ったが、ちっともわかってはいない。私は拳銃等複数所持の犯罪者なのだ。
私はこれらを集めているだけで、使用するつもりはない。これを使わない自分の強さを誇りに思っているようなところもある。
しかし、人間は弱い。さっき『もっともっと仲良くなろうね』と言われただけで、迂闊にも泣きそうになってしまった。
明日からもみんなの前では普通の人間のように笑い、一人の部屋に帰ったら3匹の猫と16丁の銃に癒やされる生活を送ろう。そして、決してこの銃達を使うことがないように、誰も憎むことがないように、人と心から交わることなく、みんなを騙して生きるのだ。
姿見に自分を映すと、か弱そうなポーズを作り、愛想笑いの練習をする私の後ろで、黒くアサルトライフルが輝いていた。
作者は銃のことはまったく詳しくありませんので、詳しい方のツッコミお待ちしておりますm(_ _)m