第二章 第一幕 旅立ち
それぞれの自己紹介や、貰った品の情報交換を終えた。
オルルーンに喰らった一撃には納得がいかないが、そのお陰で自分の前世を知る事ができた。
そして葵衣の膝枕は、男としての夢でもある。それでチャラとしよう。
「えっと、みなさん。一旦ここを離れませんか?」
「葵衣、何か気になる事でも?」
「その……茂玄さんの記憶が消されたという事は、代わりの人が来ませんか?」
俺とチームを組んでいた斥堠に出た侍たち。
俺の存在が消されたとすれば、斥堠には信五郎しか出ていない事になる。そして当の本人は意識を失っている。あいつらの動きは読めないが、信五郎を追って、ここに来る可能性も高い。
新たに現れた斥堠は、俺の顔を覚えていないはずだ。それは不審者そのものである。それ以前に、夜分遅くにこの面々は怪しい限りだろう。斥堠の密談と勘繰られる可能性も高い。
ライトノベルでよくあるハーレムパーティー。そのシチュエーションに浮かれた俺は一気に現実に戻された。
「このお侍さまを、このまま置いていかれるのですが? 火もあるませんから、獣に襲われるかもしれません」
「確かに……」
「ねぇ、茂玄。斥堠の役目は二人一組なの?」
「いや、何で?」
「あんたらの事だから、適当に手を抜いているのかと思っただけよ」
俺は恥ずかしながら、葵衣と朱莉の顔を見る。早々から説教されている情けない姿。
「えっと、茂玄さん。そのサボりを逆に利用しませんか?」
葵衣の考えた作戦。手を抜いている事を脅迫して、見張りを連れてこさせるのだ。
具体的には、文を小石に包んで、塒に放り投げる。差出人の記名がなければ効果覿面だそうだ。ある程度の秘密行動であり、存在や所在を知る者も少ない。敵が行う必要性はなく、消去法で志賀城関係者。俺たちは最も下っ端なのだから、情報を流したのは俺たちより上の立場だ。すぐさま襟を正し、以降も上司の監視に怯えながら役目をこなす。との事だ。
「葵衣も顔に似合わず、凄い事を考えるわね」
「そんな。怯えるところは、蓉子さんの想像ですよね?」
蓉子はニヤニヤと葵衣を見る。葵衣もちょっと膨れつつも、自分の案が予想以上に影響が波及する事に戸惑いの色も。
「俺が言えた義理じゃないが、城を守るためには斥堠が重要だ。この場所の斥堠には、信五郎たちに責任をもって遂行してもらいたい」
「あーあ、他は可哀想。茂玄一人は、美人に囲まれ良い御身分ね。まぁ行ってらっしゃいな」
「清三郎まさ、お気を付けて」
俺は三人に一旦別れを告げて、塒に戻る。
ひょんなことから、俺は旅に出る事になった。俺の分まで、城と人々を守ってくれよな。
そんな願いをかけながら、文をしたためる。そして穴に思いっきり石を投げ入れた。
誰かに当たったのだろう、痛みを伴う声が聴こえた。後は信五郎を探しに行くのを祈るのみだ。姿を見られるのが問題なのと、足が遅い事も重なって早々に葵衣たちと合流する事にした。
葵衣たちと出会った場所にて合流する。
今俺たちがいる斥堠場所。ここは崖の上から河原を含めて川全体を見渡せる。間諜や密使ならともかく、城攻めをする軍隊は見逃す事はない。
俺たちみたいな下端に、他の詳しい配置は教えられていない。しかし大体の地形は頭に入っている。近場には居ないと思うが、他の斥堠場所や塒、狼煙台が予想される場所などを避ける。そして人の居ないであろう場所まで移動した。
少し南下して千曲川の支流にそって山を登った所だ。ここは山を挟んだ反対側にあり、斥堠場所からは死角になっている。
小川に近くの小さな岩屋を見つけ、そこで夜を明かすことに決めた。
まずは朱莉に野宿火を出してもらう。
トロルドに襲われたとき、顔にぶつけて隙を作ってくれた式神だ。
周りからは焚火に見えるが、実際は人畜無害。熱も出さなければ、何も燃やすことは無い安全な灯だ。
「今は夏ですし、雨とか降っていないからいいですが……、雨よけとか防寒具は必要ですね」
流石は葵衣だ。今の状態だけでなく、様々な状況を想定している。
オルルーンに貰ったなんでもボックス『スターダルカッシ』。中身を弄るが、自分たちで入れた物以外には何も入っていない。今は葵衣が貰った調理器具が大半を占める。
もちろんテントになりそうな素材や防寒着になりそうな布は無い。
アイテムや恩恵はありがたいが、肝心な所は抜けている女神と戦乙女だ。
「木や蔦で骨組みは作れるけど、布は無理だな」
「葵衣の服は特別な布なんでしょ? それをテントにしたら、誰かさんは大喜びしそうだけど」
「蓉子さん、冗談はやめてくださいよ」
少し顔を紅らめ、両手を振って否定する。
俺だって健康な男だ。『若い女性、特に美人の葵衣の裸に興味が無いのか?』 と聞かれたら速攻で否定する。しかし葵衣に求めるつもりは毛頭ない。
「いやいや、葵衣の服では小さいだろう」
助け舟を出す。
「じゃあ大きければ茂玄くんは大賛成なのね! まぁ、流石は男の子!」
蓉子は上手だ。とても俺では敵わない。
「まぁ葵衣の服だけじゃなく、わたしたちも同じ様な布地だけどね。くれぐれも、茂玄の粗末な物を見せないでね。目が腐るから」
『粗末なもの』それはつまり、裸になるという事。それを理解した葵衣と朱莉は顔をそむける。
「さて、冗談は置いておいて、細かい物資は地道に集めていくしかないわね」
「蓉子さんの仰る通りです。今は有り合わせで済ませましょう」
葵衣は三人分のハーブティーを淹れてくれた。蓉子は貰ったばかりの盃で、那由多瓶子からの酒を呑む。
「葵衣さん。これ、とっても美味しいです!」
「朱莉ちゃん。ありがとう。嬉しいわ」
「葵衣さ。お茶って、こんなに簡単に作れるのか?」
俺のイメージでは、乾燥した茶葉をお湯に浸して淹れる。常糧袋から食材は出るが、加工品は出ない。
「茂玄さん。これはフレッシュハーブティーです。穫れたての葉から作るんですよ」
ハーブティーのお陰か、リラックスして会話がスムーズにできる気がしてきた。
物語の主人公を気取り俺は仕切ってみる。
「さて、明日からどうする?」
葵衣、朱莉、蓉子の表情が一瞬固まった。
蓉子に顔を向ける。蓉子は腕を組んだまま、そっぽを向く。
朱莉に顔を向ける。俯き三毛介を撫で始める。
葵衣に顔を向ける。何を言ったらよいか言葉を選んでいるようだ。
ハーブティーで場の空気が良くなったはずが、一気に悪くなる。
「オルルーン様からの指示なのですが」
と前置きをして、葵衣が語り始めた。一部は俺も聴いていた事だ。
因果が崩れた原因はこの日本らしい。原因を突き止めて、因果を戻す事。
異界の妖魔排除する事。新種が生まれ、他の異界に害を及ぼさないようにするために。
戦乱の世が人々の負の感情を高ぶらせ、その気配を察知して更に混沌化の様相を見せている。故に怪異による恐怖、無念の死。そういった犠牲者を減らす事。
「戦乱で世が荒れる。それに釣られて異界の者が現れる。そして、その怪異で人々に不安が――。根本的な解決をしないと、堂々巡り。いや負のスパイラルか」
「すぱいる、ってなんですか?」
「あ、ごめん。なんと説明したら、いいのかな……」
横文字は極力使わないように、気を付けねば。
「朱莉ちゃん。『スパイラル』は負の連鎖。悪い事が起きると、それに連れて更に悪い事が際限なく起きる。こんな感じで解るかしら?」
「はい! 葵衣さん、ありがとうございます!」
「葵衣、助け舟をありがとう」
ここで『フォロー』と言いたかったが、瞬間的に切り替えた。
「茂玄さん。甲斐武田家によって、北信濃への侵攻が行われているのですよね?」
「あぁ。俺の仕える笠原家が治める志賀城。昨年、目と鼻の先にある内山城が落とされた」
「それで危機感を持った笠原家が、茂玄とか新米を斥堠に出したのね」
新米に間違いはないが、そこまで悪く言われないといけないんだろうか?
「茂玄さんの存在記憶は失われても、茂玄さんの家族を護りたいですよね?」
「そうして貰えると、俺は嬉しいが……いいのか?」
「戦争に正義も悪もありません。牽制を行い、戦闘を少なくするのが良策でしょう」
「具体的には?」
「関東管領上杉様へ、御力添えをお願いしに行きたいと思います」
目的地は決まった。明朝には早速動くことにしよう。
《グー》
お腹のなる音がした。位置的には、俺の隣に座る朱莉だろう。
朱莉は恥ずかしそうに下を向いた。
「すまん。緊張が解けたら、急に腹が減ってきた。何か食べないか?」
女の子には恥ずかしいだろう。俺が道化師になればいい。
「常糧袋から何か出して、わたしの精霊魔法で焼きますか。小手試しには丁度いいでしょ」
常糧袋は頭に描いた食材が出る。ただ万能ではなく穀物や野菜、魚介類だ。肉や玉子、牛乳などは出なかった。
蓉子は右手にはめた精霊の指輪に意識を集中する。
「焔燬魔法」
爆発とまではいかないが、かなりの火力だ。蓉子自身も驚いている。
「ちょっと強すぎたわね。調整には練習しないと」
蓉子は指輪を眺めて一人呟いた。
炙るならコンロ程度で充分だ。
蓉子が火力調整の練習を行っている間に、葵衣が下拵えを行う。
こんな感じで初めての簡素な食事を終える。
ちなみに俺が斥堠をしていた時は、陣笠を鍋代わりにして米と野菜を入れた雑炊を食べていた。水も川から汲んでいる。
今考えると、衛生の概念もあったものではない。
葵衣が病気になりやすいと言われた理由もわかる気がした。
簡単な食事を終えて、例のハーブティーを飲んで寛ぐ。
葵衣も俺と同じものを飲み、蓉子は酒。そして朱莉は三毛介を抱いて寝ている。
「俺が徹夜で番をするから、二人とも寝た方がいいんじゃないか?」
「徹夜はお肌に悪いけど、見知ったばかりの男を前に寝る度胸は無いわね」
確かに言われれば、その通りだ。
「わたしが番をするから、茂玄と葵衣は寝なさいよ。わたしは酒があれば大丈夫だから」
「では茂玄さん。蓉子さんのお言葉に甘えましょう。夜明けまで、あと僅かですし」
「じゃあ、蓉子。仮眠をとらせてもらうな」
「はいはい。明日、寝坊しないようにね」
出会ったばかりでギクシャクはしているが、初日は無事に終えそうだ。
ただ三人の態度に一抹の不安が残るが――




