序章 プロローグ 『ハザマ・アヅチ』
会議室。
十人の重鎮たちが面接官のように並んでいる。
さまざまな人種の重鎮たちが英語で話し合う。
表情は疲れているかのように懊悩している。
そして、中央の男が尋ねた。
「ハザマ・アヅチ。本当にいいのかね?」
「はい」
即答する。
「今まで命令のままに動いてきただろう」
「『最強の異能者』と謳われる君が、どういう心変わりだい?」
「……」
無言。
「理解しかねるな。あらゆる任務を遂行してきた最高の能力者である君が、全てを放棄してまで『普通』に成り下がるとは」
「まったくだよ。こちらとしても大損害なのだがね」
「あのマッドサイエンティストぶった『影沼部隊』隊長の手元から離れるのは賛成だが、能力者界の元締めたる『異端審問会』まで辞めることないだろうに」
「たしかに最近は君ほどに頼むような任務はない。頼んだ任務内容も軽いし、物足りないのかもしれない」
「それでも辞める理由には至らないだろう」
「だいたい君のような『鬼』や『化物』と畏怖されるやつが一般人として暮らすだと?無理に決まっている!バカげている!」
各々が口を揃えて、理解し難いこの事実に呆れ果てている。
そんな中、真ん中に座る重鎮が険しい顔で覗く。
「──これで最後だ。本当に辞職するんだな?」
その禍々しさは上に立つ人間特有の威圧感だ。
俺はあいかわらず無表情で、一言頷いた。
「はい」
呆れた顔をする重鎮。
驚愕する重鎮。
怒りを抑える重鎮。
悲しげに憐れむ重鎮。
そして、怖い顔で睨む重鎮。
「なにがお前をそこまで変えた」
全員の顔色が統一される。
真ん中の司令塔の言葉には圧が篭っていた。
「……愛、ですかね」
重鎮たちの口がポカーンと開く。
各々が驚愕する。
人の心がないと揶揄された能力者から出る言葉ではなかったからだ。
・
俺は一礼して退室した。
大きな扉開き退室すると、壁にもたれる青年が廊下に立ち尽くしていた。
「やぁ、ヅッチー」
俺は壁にもたれる青年の呼びかけに応じずに歩く。
「えー無視ー?なんか喋ってくれよ〜」
軽薄で飄々とした青年が俺を見つめる。
立ち止まり目線を右に佇む青年に向けた。
「なにしにきた」
ぶっきらぼうに尋ねる。
「別にー?野暮用だよ、野・暮・用っ。それと君の辞職を見送りにね。本当に辞めちゃうんだなーと思ってさ」
壁から離れて、やれやれとポーズをする青年。
俺はネクタイを緩める。
「何度も言っただろう」
「いやー、だって寂しいじゃん」
青年の声音や表情は常にニヤニヤしていて、微塵も悲痛さが表れていない。
「力を持つ者は、それ相応の覚悟と精神と責任が必要だぜ?はたして一般人として成り下がる君に、その義務は果たされるのかな?」
悪戯に微笑む青年。
俺は目線を戻して進む。
青年はニヤリと不敵な笑みを零す。
「せいぜい『普通』を満喫しなよ、ヅッチー。いつまで続くか知らないその退屈な日々を。君の運命はすでに決まっているんだからさ。だから、逃げられると思わないでよー?」
俺の後ろから響くその言葉をはなむけとして過ぎ去る。
青年こと──堀内純平は再び壁にもたれて不敵な笑みを浮かべていた。
・
「ただいま」
辞職を告げ、直帰する。
「──おかえりなさい。お疲れさま」
そう出迎えてくれた天使のような少女。
──心が洗われる気がした。