魔法
俺は今、自分自身のいた世界とは異なる流れに沿っている。
それは魔法と言う力、幻想による文化、相違なる遺伝子
魔法の存在により分化した世界
そんな世界の生物が同じ軌跡をたどることは極めて小さな可能性。
そんな世界の示す言葉も同じものとは限らない。
そんな世界のカブトムシが俺の知るものであるのか。
いや、同じものであるはずがない。
そもそもカブトムシごときに銀貨を乗せる依頼。
そこから考えらえる可能性として、大きすぎる個体である、数が抑えきれぬほどである。
そんな答えが頭で浮かぶ。
ただ、そんな答えは正しくて。
目の前には体長50cmもあろうカブトムシが森の木々にびっしり付いていた。
どんなに立派なものだとしてもカブトムシがギッシリと集まるその光景は、森の色さえ変えていた。
木の幹には密集したカブトムシの外骨格により凹凸のある艶を見せる。
角の無いメスは木を削り汁を出す。
樹液を求めたほかの個体がその蜜を求め宙を飛び舞う。
気持ち悪い。
いくらカブトムシと言ってもこんなも集めたらもう害虫である。
現に木をえぐって樹液を出し吸い尽くしている。
何本か流木くらいにカラカラに変色した木があるのも偶然じゃ無いと思う。
ツーレとクーレの顔を見ると少しばかり眉が歪んでいる。
これはいくら倒せば良いのだ。
依頼にはカブトムシ銀貨1枚としか書かれておらず目標討伐数が無かった。
俺の知識からは銀貨一枚は一食か二食分になる、つまりこの依頼をこなせばこの少女二人分は確保できる。
一体だけを見ると頑張れば倒せないことも無さそうと言う評価だが、三桁は優にあるコイツらを処理する技術が浮かばない。
「ちょっとそこで待っていてくれ」
ツーレとクーレを待たせカブトムシに近づく。
相変わらずの無表情。
しかし、ツーレは頭を下げクーレは片手をあげ言葉に対して反応してくれた。
手には振るったこともない刀を握る。
カブトムシ相手に鉄製の武器を握る光景はかなり滑稽だが、素手でこの虫を触り殴り倒す程の胆力を持ち合わせていない。
近づくと羽ばたき数の少ないバババという羽音かあちこちで聞こえる。
セミとかが飛ぶ時の音に似ている。
木からはメリメリと削り取るような音がする。
後ろを見るとツーレとクーレは草原に立ってこちらを見ている。
あの娘たちがいた場所に送り届けられてら良かったが、どうも記憶が無いようだし。
見つけてしまったものはどうしようもない。
あのままだとどうなっていたか分からないし。
彼女たちのためにもお金は必要だろう。
俺は踏み込み更に近づく。
すると森の中から小さな灯が見えた。
それは木に燃え移る程ではなかったにしろ的確にカブトムシを目がけて飛んでいる。
発生源を探すため火の飛ぶ方向とは逆を見る。
そこには杖を持つ人影がもう二発目を放つ瞬間なのか杖の先からは炎の塊が渦巻いている。
二発目の炎は一つ前の灯と呼べるものよりかなり大きい。
あれが魔法だろうか、思ったよりちゃんとファンタジーしてるじゃないか。
知識がある分、少しネタバレを喰らっていた感覚だが、気分はPVを見まくったゲームをやっているかのよう。
ただいかんせん、その炎の向く先はカブトムシ。
そして今の時間は日も高い日中。
飛んで火にいる夏の虫とは夜の話である。
彼らも生命でありすぐそばに迫りくる恐怖がある時、生存本能として逃げに徹するというもの。
そして逃げ出す先は各々で、固まって動いてしまえば格好の標的となるがゆえに、他方に散らばるカブトムシ。
その他方には勿論、俺の立つ方向も含まれるわけで……
「うわぁ!」
それはそれは情けない声と共に唯一の護衛手段である刀を振り回す。
しかし、妙に手に馴染むそれは振る事で描かれる線上にカブトムシ捕らえる。
カブトムシは刃に当たると二つに割れ地に落ちる。
それを確認するまもなく次々に向かってくる。
二匹目も同じ要領でいけるのかと思ったが今度は刃に当てられず鈍器の様に殴ってしまう。
しかし、それでもいくら大きい虫だとしても致命傷であるようで、外骨格をへこませ中を覗かせると一匹目と同じ結果となる。
まるでリズムゲームかのように近くに来た虫に刀を当てる。
そんなこんなで斬り伏せ、叩き斬りっている。
剣など触れたこともないが対処が出来ることが理解できてしまえば、自ずと冷静さも帰ってくる。
明らかに自分の体ではないような違和感。
おかしいのは俺の体かこの刀か。
後者であれば妖刀村正の名を授けたい。
別の思考さえ出来るほどに作業と化した頃には虫たちの混乱も収まり最後の一匹を叩く。
周りは50匹程の虫の死骸。
それも一匹が50cmにもなる物ともなれば重なり埋もれ中々に壮絶な光景を生み出す。
森を見ると虫たちは姿を消し破壊し尽くされた木々が残っていた。
「あ、あなた凄いわね…」
声のする方を見ると杖を持ったいかにも魔導士と言った少女が歩み寄ってくる。
水色の髪の毛と緑の瞳が特徴的だった。
手に持つ杖はさっきの炎が放たれた物だろう。
つまりはあの状況を作り出した張本人。
そして魔法を使える魔法少女。
このことから俺が話すべきは虫を混乱させた事への恨みか、魔法への熱望か。
ここはかなりの迷いどこ。
しかし、魔法に関して聞きたいのであれば友好的な態度を貫く選択をとるべきだ。
そんなことを考えていると再び目の前の少女から声がかかる。
「あ、あの、さっきの事を怒っているならごめんなさい。私、まだ冒険者として慣れてなくって…」
「あぁ、いや大丈夫だよ。俺も登録したばっかりだしお互い様だよ。」
謝られたからとっさに許してしまった。
彼女の方も俺が考え込み黙ってしまったから怒っていると思ってしまったのだろう。
なれば致し方なし魔法ルートへ切り替えるとしよう。