セクサロイド カツ江
──ピンポーン!
「Gカップに埋もれて死にたい星人さーん!!」
旧石器時代のファミコンをしながらカップラーメンを啜っていると、外からとんでもない声が聞こえてきた。
「のわっ! 適当な名前で宅配頼んでたの忘れてたい!!」
慌てて玄関のドアを開けると、そこには悪魔のようか笑顔の宅配のお兄さんが立っていた。
「あ、Gカップに埋もれて死にたい星人さんですね!? ハンコかサインかオチンチンお願いします!」
「は、はい」
何度も言わんでいい、と心で叫びながら、適当なサインで宅配のお兄さんに帰って頂く。最後にとんでもない事を口走ったような気がするが、俺の耳は何も聞いていない事にしておこう。
「毎度ありがとう御座いまぁす!」
「…………」
玄関に置かれた大きめの段ボール。中身はまことしやかに囁かれているセクサロイドである。
(性なる)好奇心が旺盛過ぎる健全な男子としては、頼まざるを得なかったのだ。仕方なかろう?
「そこそこ重いな……」
普段運動しないインドアな俺にとって、段ボール一つでも中々の重労働だ。
「へへ、どれどれ。早速セクシャルシスター様に御降臨頂くとするか…………」
自分好みの体を注文できるセクサロイドサービスは、密かなブームメントとなっており、流行りに敏感な今時B♂Yとしては、そのビッグウェーブに乗らざるを得なかったのだ。仕方なかろう?
──パカッ
そして、段ボールを開けると、そこには柔軟体操選手もビックリなイリュージョンなポーズで、赤髪のお婆ちゃんが入っていた。
「はいはいどうも……#fuok4545/R-17.99TiNP……通称『セクサロイド カツ江』ですぞ。宜しくたのんます……」
藪から意表を突くそのフォルムと言葉に、俺は絶望した。
腰まで伸びた長い赤髪。ロケット形の大きな御G。ジーパン姿のムチムチな太股。しわくちゃの顔。何より腰が曲がり杖をついた格好が全てを台無しにしていた。
何故こうなったのかは分からないが、これはない。
「……ウソやろ?」
慌ててパソコンの注文履歴をチェックする。
「性別女性……赤髪……御Gカップ……ムチムチな太股……合ってる。合ってるが…………あ!」
俺は見てしまった。
なんと俺が注文を付けた、見た目の項目以外が全て『おまかせ』になっていたのだった。
「いやいやいやいや! おまかせって言っても流石にやらかし過ぎだろ!?」
「……マスターさん。さっきから何をブツブツと言ってるんだい……?」
後ろでちょっとした手違いがしげしげと俺を見ている。
「とりあえず……どうしよう?」
考えても返品以外の手段が思い付かず、俺はとりあえず考えるのを一度止めることにした。
「よし、お前については飯の続きを終わらせてから考えるとする」
俺は今の今まで放置していたカップラーメンに手を着けた。すると、セクサロイド婆ちゃんが俺の箸を横から奪いやがった。
「そんなもんばかり食ってたら、体がもたんわいな。ワシが作ってくるから、チィっと待っとれ」
「お、おぅ……」
そう言えばコイツの性格を料理好きで家庭的で妹属性。そして料理上手は床上手にしといたんだった。ついでに夜は暴れ馬。今思えば我ながら滅茶苦茶な設定にしたもんだ……。
「お兄ちゃん、裸エプロン借りるぞい?」
「んなもん無いわい」
当然男の1人暮らしに裸エプロンなんぞ有るわけも無く、カツ江はその格好のまま料理を始めた。
ゆっくりとした包丁の音と共に揺れる胸。あれが婆ちゃんの胸だと思うと些か気苦労が絶えない。今の所見るには耐えているが、もし夜もお役目ゴメンだったら簀巻きにしてクーリングオッッフだ。
(後ろ姿だけは最高だな……)
ジーパンの上からでもお分かりであろうムチムチな尻に、俺のジョイスティックが火山活動を始めようとしていたが、カツ江が此方を振り向くと、全てが冷え切って鎮火した。
「おまっとさん……」
出された塩シャケと煮っ転がしは、どんぶり飯がやたら進むほどに旨かった。それだけに、見た目がお婆ちゃんなのが惜しい所だ。
夜になり、俺は風呂に入ることにした。
「お兄ちゃん! 一緒にお風呂しよう」
「──おいバカ! 急に入ってくるな!!」
──ゴン!
「ぁだっ!!」
「何考えてるんだコイツは……」
俺はカツ江を殴った。夜は暴れ馬にしたせいで、妙にカツ江が若々しい。
「あー、サッパリした。よし、寝るぞー」
俺はベットに横たわる。するとカツ江がゆっくりと、そして静かに俺の隣に潜り込んできた。
「……今夜は寝かせないのじゃ…………」
(やべっ、キモ…………)
なまじ女らしくインプットされているせいか、余計に気持ち悪い。
(もういいや。普通に寝よ…………)
俺はカツ江に性的な何かを諦め、普通に暮らすことにした。
カツ江との暮らしは案外悪くなかった。家庭的で料理も上手であり、お婆ちゃんの知恵袋的な物で役立つことが多かった。カツ江が居るおかげで今まで話すことなんか無かった近所の人達や、買い物先での店員との談笑、そして何より、俺自身に笑顔が増えた。
カツ江のお陰で、俺の生活はガラリと様変わりしたのだった──
「え! 不良品!?」
それはカツ江と暮らし初めて二ヶ月目の事だった。
カツ江の発注先からの電話によると、どうやらオババロイドの部品が混じってしまったらしく、それで年寄り臭いセクサロイドになってしまったと言うのだ。
しかも俺が連絡も何も言わなかったせいか、発注先でも今の今まで誰も気付かず、棚卸の日に部品の在庫が合わずに発覚したのだった。
「いえ、俺はアイツに来て貰って満足してますから、大丈夫です」
しかし発注先は引き下がらなかった。
「申し訳ありません。弊社のセクサロイドに不良があって、万が一と言う事態になりましたら弊社の責任となりますので、今から回収に伺わせて頂きます」
──ブツッ……
一方的に通話を切られ、呆然としていると、隣の部屋でちらし寿司を作っていたカツ江と目が合った。
「お取り換えかのう? そんな気がしたわい。いいのさ、気にしっさんな」
「カツ江……」
しんみりとした空気が流れた。
「俺は嫌だ──」
──ピンポーン!
インターフォンが鳴り、扉を叩く音がした。えっ?
来るの速すぎないか……?
「御Gカップに埋もれて死にたい星人様のお宅ですね?」
「頼むからその名前は止めてくれ、俺が悪るう御座いました」
スーツ姿のサラリーマンが現れ、一先ず俺は改名を願い出た。
「伊藤でお願いします」
「では伊藤様。この度は弊社の手違いにより多大なる御迷惑をお掛けしたことを、平にお詫び申し上げます」
サラリーマンはお詫びのお菓子である潔白の恋人の箱を手にしていたが、箱の角が一カ所著しく凹んでいた。お前落としただろ。
「いえ……迷惑じゃないですし、出来ればこのままが良いのですが……」
「しかし、此方にもマニュアル然り、色々と取り決めが御座いまして……なるべくお客様の御要望に添った形でお渡しできますように、検査や手直しを致しますので」
「んじゃ、世話になったない」
「カツ江……」
とぼとぼと歩いてゆくカツ江に、最後の最後まで笑顔で俺に手を振った。その背中に、俺は涙が止まらなかった。
カツ江の居ない部屋は、やりかけの保存食だらけで、どうして良いのか分からなかった…………。
──二週間後。
──ピンポーン!
「御Gカップに埋もれて死にたい星人改め伊藤さーん!」
「この腐れ宅配野郎! ワザと言ってるな!?」
俺は最早サインと呼べぬほどに悪質な殴り書きで、荷物を受け取ると、早々に中身を開けた。
「カツ江が、カツ江が帰ってきた!」
検査を終えたセクサロイドのカツ江がようやく帰ってきた。俺は喜びのあまりに涙が溢れ出しそうになるが、それよりも早く手が段ボールを開けていた。
段ボールの中にはお詫び状と、検査結果が書かれており、そこには『一部部品交換を致しました』と書かれていた。
恐る恐る包みを開けると、そこには白髪で腰が90°ひん曲がったお婆ちゃんが入っていた。
「カツ江……!!」
涙が止まらず、俺はカツ江の顔の上にポタポタと涙をこぼした。
「ココは……ココは何処じゃ? ワシは……ワシは誰じゃのぅ? あ、飯はまだかの?」
段ボールから出て来てぷるぷると震えながら歩くジーパンプリケツ婆ちゃん。
「カツ江……お帰り!」
「ん? 今なんか言ったかのぅ?」
「お帰りカツ江……!!」
「んー? 耳が遠くてのぅ! もっと大きな声で頼みますわ」
「おーかーえーりー!!」
「はぁぁいぃぃ!?」
「…………」
俺はそっとクーリングオッフの電話を手にした。