氷屑が謳う
初めて滑った時から、モスクワのホームリンクはそれなりに年季が入っていた。フェンスがちらちらと錆びついていて、椅子も少し形が古かった。シャッターを開ける音は、定期的に油をさしてもガタガタ音を立てた。初めて滑った氷。ずっと練習し続けた氷。数年前に大体的にメンテナンスをして、大分新しくなった。綺麗になった氷。長く滑り続けたリンクが改修されると知った時、少しもの悲しさを覚えたものだ。4歳の時、フェンスにぶつかって頭から血を出したことがある。その時、フェンスは俺の頭のかたちにへこんでしまった。ある時、ジュニアの子にどうしてここだけへこんでいるのと問われて、理由を説明した。キリル兄さんにもそんな時代があったんだねと無邪気に笑った。その顔を見ながら、ここではもう俺が頭をぶつけたことを知っている人間の方が少数なのだと思い知った。
ーー2018年、3月。
誰もいない深夜のスケートリンクが好きだ。スケートは誰かに見られるべきスポーツだけど、誰にも見られる事なく、本当に自由に滑れる時間だから。
「それ、俺に似たんじゃないの?」
酒を飲みながら彼に言われたことがあった。12歳の冬、ソルトレイクシティをみた時からずっと憧れた人。彼は、自分もよく深夜のスケートリンクで練習していると教えてくれた。そうすると、いいプログラムが生まれたり自分で好き勝手に滑れるんだよと。俺も、彼の滑った曲をこっそり真似したことがあった。シェルブールの雨傘、韃靼人の踊り、バラード一番、道化師。……百花譜。
シーズンが終わった3月末。一人きりで滑って滑って滑ってーー。
もういい、十分やっただろうという声と。
まだだ、まだ全然足りないという思いと。
止まるべきエッジで止まれない。こういう形で止まるべきではない。氷を触るタッチが少し尖っている。少し疲れて、俺はフェンスに手をつけて腰を曲げた。そうすると、氷に移った自分の顔を確認できた。それなりに疲労の重ねた28歳の男がそこにいる。このシーズンは色々とあった。初めて味わう歓喜と、もしかしたら叶うかもしれないという自信とーー。
「キリル」
幻だと分かり切ってはいた。それだけど、呼ばれた声に振り返ってみる。ーー誰もいない。そこに合ったのは、五つの輪が連なった白い旗。
五輪旗。
あらゆるスケーターがその場を目指す、スポーツの祭典。
縁のないスケーターの方が圧倒的に多いだろう。銀メダルで泣けるなんて、幸せもいいところだと思うことすらある。その人には桁外れの才能と信念があるのだろうけど。
決して遠くなかった。手を伸ばせば掴める場所にもいた。
……五輪旗に、あなたはこれからどうするのかと聞かれた気がした。
答えは決まっていた。
「俺はまだやるよ。動ける体がある。滑れる足もある。直すべきところがあって、滑りたい曲がある。やめる理由なんかどこにもない」
俺を呼んだ幻の声はマサチカに似ていた。だから声を出して答える気になった。
何よりもスケーターである自分を諦めたくはない。
スピードをつけて前向きに飛び上がる。自慢ではないが、トリプルアクセルが得意だ。高さだけなら、星崎雅よりもアンドレイ・ヴォルコフより高く飛べる自信がある。
止まる必要はない。足りないなら、満たされるまで続ければいい。
それをいつ、誰が教えてくれたのだろうか。
滑り続けたトレースを見つめる。それはこれからも続いていくであろう、長い氷の道だった。
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