表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

甘酸っぱいね(2)

月薫ちゃんのおうちは、僕のバスルームくらいの、小さなマンションだった。


「これ、なのね」


月薫ちゃんは、テーブルの上に置かれたレモンを指差した。カゴの上に山盛りにされたレモンだ。


「ずいぶん・・・たくさんあるね」

「そうなの」


 月薫ちゃんは、うなづいた。


「この状態で売られている姿が、あんまり綺麗だったから、全部買ったんだけどね。冷静に考えたら、一人で全部食べ切るのは大変でしょう?」

「そう、だね・・・」

「だからね、一緒にレモンジュースを作って飲みましょう」

「あの・・・」

「早速だけど、レモンを絞ってくれる? 私、人差し指を怪我しているの」


 月薫ちゃんは、白いリボンを巻いた指をピンと立てた。

 僕は、逆らえない気持ちになって、慣れない包丁でレモンを切った。一生懸命レモンを搾った。

 ぷにぷにした僕の手が、レモンの汁でべたべたになる。


「ありがとう。はちみつ、開けていい?」

「あ、うん、もちろん・・・」


 僕が答えると、月薫ちゃんは、いそいそと食器棚に向かった。細長いグラスを出すと、その中へ、絞ったレモン汁と、僕が持ってきた月の蜂蜜を垂らした。


「甘い方が好き?」

「あ、うん。あの、うんと甘い方が、好き」


 僕が答えると、月薫ちゃんは神妙にうなづいた。そしてグラスにソーダを注ぎ、星形に渦巻くストローを飾った。


「さあ、頂きましょう」


 月薫ちゃんは意気揚々と、窓辺のテーブルにグラスを運んだ。知らない言葉が流れるラジオをつけて、気取った口元で、レモンジュースを吸う。


「酸っぱい。でも、甘い。素敵な、はちみつの味がする。ありがとう」

「ううん、こちらこそ、ありが・・・とう。美味しい・・・うん、美味しい。昔、ママが作ってくれたレモンジュースと同じ味がする」

「シュターン君は、お母さんのこと、ママって云うの? かわいいね」


 月薫ちゃんに言われて、僕は真っ赤になった。どうしよう、しまった。うっかりママって言っちゃった。月薫ちゃんに笑われる!


「どうしたの?」

「だって・・・笑わないの?」

「どうして?」

「いい年した男がママ、なんて。おかしい・・・でしょ」


 月薫ちゃんは少し考えこんだ。それから、


「この言葉を話す星に行った時ね」


 と、ラジオを指差した。


「お母さんのお姉さんのことを、桃音ちゃんって名前で呼んだら、みんなびっくりしたの」

「え、どうして? 別に驚くコトじゃないよね?」

「言葉が良く分からなかったら、詳しい理由は分からないの。でも、おかしいって、みんなびっくりして、それから大笑いしたの。あたしみたいな歳の子が、おばさんを名前で呼ぶのはおかしいって」

「それで・・・名前で呼ぶのは、止めたの?」

「止めなかった。だって、あたし、桃音ちゃんのことは、桃音ちゃんって呼ぶのが好きなんだもの」


 月薫ちゃんは微笑んで、知らない言葉の流れるラジオに、うっとりと耳を傾けた。

 音楽が流れると、人差し指で、軽くリズムを取った。傷に巻きつけた白いリボンが、ひらりと踊る。


「その星は、レモンがたくさん取れる星なのよ。桃音ちゃんと二人で、毎朝レモンジュースを飲んだ。甘酸っぱくて、美味しかったな」

「うん・・・あの・・・甘酸っぱい、ね」


 僕は、胸をドキドキさせながら答えた。どうしよう、甘酸っぱい。

 月薫ちゃんといると、胸がとっても甘くなって、時々キュンと酸っぱくなる。


 僕はとても困っているのに、月薫ちゃんの人差し指は、気ままなダンスを続けていた。



<甘酸っぱいね~Fin~>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ