甘酸っぱいね(2)
月薫ちゃんのおうちは、僕のバスルームくらいの、小さなマンションだった。
「これ、なのね」
月薫ちゃんは、テーブルの上に置かれたレモンを指差した。カゴの上に山盛りにされたレモンだ。
「ずいぶん・・・たくさんあるね」
「そうなの」
月薫ちゃんは、うなづいた。
「この状態で売られている姿が、あんまり綺麗だったから、全部買ったんだけどね。冷静に考えたら、一人で全部食べ切るのは大変でしょう?」
「そう、だね・・・」
「だからね、一緒にレモンジュースを作って飲みましょう」
「あの・・・」
「早速だけど、レモンを絞ってくれる? 私、人差し指を怪我しているの」
月薫ちゃんは、白いリボンを巻いた指をピンと立てた。
僕は、逆らえない気持ちになって、慣れない包丁でレモンを切った。一生懸命レモンを搾った。
ぷにぷにした僕の手が、レモンの汁でべたべたになる。
「ありがとう。はちみつ、開けていい?」
「あ、うん、もちろん・・・」
僕が答えると、月薫ちゃんは、いそいそと食器棚に向かった。細長いグラスを出すと、その中へ、絞ったレモン汁と、僕が持ってきた月の蜂蜜を垂らした。
「甘い方が好き?」
「あ、うん。あの、うんと甘い方が、好き」
僕が答えると、月薫ちゃんは神妙にうなづいた。そしてグラスにソーダを注ぎ、星形に渦巻くストローを飾った。
「さあ、頂きましょう」
月薫ちゃんは意気揚々と、窓辺のテーブルにグラスを運んだ。知らない言葉が流れるラジオをつけて、気取った口元で、レモンジュースを吸う。
「酸っぱい。でも、甘い。素敵な、はちみつの味がする。ありがとう」
「ううん、こちらこそ、ありが・・・とう。美味しい・・・うん、美味しい。昔、ママが作ってくれたレモンジュースと同じ味がする」
「シュターン君は、お母さんのこと、ママって云うの? かわいいね」
月薫ちゃんに言われて、僕は真っ赤になった。どうしよう、しまった。うっかりママって言っちゃった。月薫ちゃんに笑われる!
「どうしたの?」
「だって・・・笑わないの?」
「どうして?」
「いい年した男がママ、なんて。おかしい・・・でしょ」
月薫ちゃんは少し考えこんだ。それから、
「この言葉を話す星に行った時ね」
と、ラジオを指差した。
「お母さんのお姉さんのことを、桃音ちゃんって名前で呼んだら、みんなびっくりしたの」
「え、どうして? 別に驚くコトじゃないよね?」
「言葉が良く分からなかったら、詳しい理由は分からないの。でも、おかしいって、みんなびっくりして、それから大笑いしたの。あたしみたいな歳の子が、おばさんを名前で呼ぶのはおかしいって」
「それで・・・名前で呼ぶのは、止めたの?」
「止めなかった。だって、あたし、桃音ちゃんのことは、桃音ちゃんって呼ぶのが好きなんだもの」
月薫ちゃんは微笑んで、知らない言葉の流れるラジオに、うっとりと耳を傾けた。
音楽が流れると、人差し指で、軽くリズムを取った。傷に巻きつけた白いリボンが、ひらりと踊る。
「その星は、レモンがたくさん取れる星なのよ。桃音ちゃんと二人で、毎朝レモンジュースを飲んだ。甘酸っぱくて、美味しかったな」
「うん・・・あの・・・甘酸っぱい、ね」
僕は、胸をドキドキさせながら答えた。どうしよう、甘酸っぱい。
月薫ちゃんといると、胸がとっても甘くなって、時々キュンと酸っぱくなる。
僕はとても困っているのに、月薫ちゃんの人差し指は、気ままなダンスを続けていた。
<甘酸っぱいね~Fin~>