チョコレート・クリームのために
目覚めた時に、今日はチョコレートクリーム、と思った。
昨日カフェで、チョコパフェを食べられなかった口惜しさが、残っていたらしい。
――だって、薔薇色のサンダルを買ったら、今月のお小遣いが吹き飛んでしまったんだもの。
パフェって結構高いのだ。
冷蔵庫にチョコレートクリームが残っているから我慢しようと、必死に自分を説得した。
帰ってきたら、普通のごはんが食べたくなって、パフェのことは忘れたつもりだったけど、それは気のせいだったらしい。一晩寝たら、しっかり思い出してしまった。
「もう、思いっきり、食べてやるから!」
そう思いっきり、おいしく食べてやろう。そのためには、まず。
「お掃除しよう!」
ベッドから飛び起きて、リビングの窓をオープンにした。
ゆるゆるとガラスが消えて、初夏の風が流れ込んでくる。
広々使っているダブルベッドのスイッチを押して、床下に収納すると、バケツとぞうきんを用意した。
さあ、家中ぜーんぶ磨いて、疲れて腹ペコになったところで、チョコレートクリームを山ほど塗ったバゲットを食べてやるぞ!
ぞうきんをぎゅっと絞って、リビングの床を拭いていった。家具は壁の中に収納しているから、何にも邪魔されず、気持ちよく拭いていける。四つん這いのまま、小さなキッチンに移動して、せっせと拭き続けた。腕が疲れてきたけれど、チョコレートクリームをおいしく食べるためだもの。
ふっと顔を上げると、キッチンの壁が汚れてきたことに気付いた。
「料理を始めると、こういう汚れも片付けなくちゃいけないんだよねえ・・・」
このマンションに住み始めた一年前は、料理をする気などなかったので、キッチン・オプションのオートクリーンは付けなかったのだ。あれを付けていれば、毎日揚げ物をしたって、キッチンはピカピカなんだけど。
「・・・・。仕方ない、やるか」
意を決して、キッチンの壁も吹いていく。面倒だけど、汚れが落ちていくのは良い気持ちだった。
オプションの代金は、旅費の積立に回せると思えば、熱心に磨く気にもなるものだ。
お腹が空いてきたけれど、水を飲むだけでガマンした。
「じゃあ、次は玄関!」
玄関だけは見せる収納にして、靴を壁一面に、アクセサリーみたいに飾っている。
一番上には、買ったばかりの薔薇色のサンダルが、うやうやしく置かれていた。
丸い形のヒールに、足首で巻くサテンのリボンが、うっとりするほど可愛い。
「次の旅は、このサンダルが似合う星にしようかなあ・・・」
掃除の手を止めて、月薫は夢見る顔になる。
洋服は何にしよう。淡いベージュのロングワンピに、カゴバックを合わせたら、素敵だよね。
髪は編み込みでまとめて、うなじはすっきり見せようか。
メイクはピーチ系の色味がいいね。桃色のグロスをたっぷり塗った唇って、おいしそうで大好き。
おいしそう――そうだ、チョコレートクリーム!
玄関のドアまでキュっと磨くと、バスルームに飛び込んで、シャワーを浴びた。
汗を流してサッパリすると、もうガマン出来ないくらい空腹だ。
「よし、じゃあ、バターも食べよう」
薄くスライスしたバゲットに、バターをこってりとのせてやる。オーブントースターに入れて、焼き上がるまでの時間に、カフェオレを準備した。ちょっと考えて、氷入りの冷たいものにする。
「そして・・・焼きあがったバゲットに――チョコレートクリームを」
思わず微笑みながら、塗ってしまう。
隅から隅まで隙間なく、塗るというより盛る感じで。
スーパーに売っていた(一番)安いモノだけど、だからこそ惜しげなく盛ってしまう。
カフェオレとバゲットをトレーに載せて、窓辺に運んだ。
ピカピカになった床の上に、ふうっと座って、バゲッドを頬張る。
――あまい。凄く甘い。でも、バターの塩味が効いてくる。
ただ甘いより、全然おいしい。
冷たいカフェオレを飲みながら、ひたすら甘く、ほんのりしょっぱいバゲットを食べ続けた。
☆
すべて食べ尽くすと、おなかが一杯になってしまった。
ごろんと転がると、冷たい床が眠気を誘う。
仕方ない、ちょっと寝よう。そして起きたら、ファッションショーをして遊ぼう。
今日は、行きたい星のリストに合わせて、コーディネイトを考えるんだ。
もちろん主役は、買ったばかりの、薔薇色のサンダル。デニムだって合うと思うんだ。
小さなダイヤのピアスを合わせてね。
月薫はうふふと微笑むと、チョコレートクリームの香りが残る部屋の中、幸せにまどろんだ。
チョコレート・クリームのために ~fin~