お洒落なフライパン
「あ・・・買い物に行くの、忘れてた」
冷蔵庫を開けた月薫は呟いた。
今夜は、美味しいお酒とつまみを、楽しもうと思っていたのに。
「まいたけ・・・と、チーズしかない」
どうしよう。お酒は、蜂蜜色のしゅわしゅわ弾ける、素敵なものだ。ちょっとお洒落なつまみがいいと思っていたのに。
舞茸とチーズかぁ。微妙――あ。
「お洒落なフライパンなら、ある」
小さな鉄のフライパン。一人暮らしを始めた時、桃音ちゃんがくれたやつ。
――これで、肉でも野菜でも、さっと焼いてね、そのままテーブルに出せばいいの。ちょっとお洒落よ。そういうの、好きでしょ?
一緒に、白い鍋敷きもくれた。
お母さんの妹で、料理とおしゃれの大好きな桃音ちゃんは、月薫の好みをよく分かっている。
「・・・そういう人がいるって、いいよね」
月薫は、幸せな気持ちになって、黒く光るフライパンを棚から出した。
火にかけると、油を入れて、舞茸を焦げ目がつくまで焼く。
「チーズは、残り全部を、大胆に――と」
舞茸が隠れるくらい、チーズを入れた。熱で溶けてきたら、急いで塩胡椒する。
シンプルな料理の時、胡椒はホールタイプのものを、がりがり挽いてかけるといいと、桃音ちゃんは教えてくれた。
料理をすると、うっすら汗ばんできて、早くお酒が飲みたくなった。
待ちきれない思いで、フライパンをテーブルに運ぶ。白い鍋敷きの上に載せて、銀のフォークを用意した。お酒は、パリンと割れそうに薄いグラスに、たっぷりと注ぐ。
「かんぱーい」
一口飲むと、冷たく辛口で、蜂蜜色の泡がしゅわしゅわ弾けた。
胡椒の効いたおつまみが、よく似合う。
「これは一本開けちゃいそうだなあ」
飲兵衛の月薫は、舌なめずりした。
そういえば、今日は、嫌なことを云われた気がするけれど、なんだったっけ。
まあ、いいや。思い出すのも面倒だしね。
――それは、素敵なお酒を買う理由のひとつになっただけのこと。
――私を本当に傷つけたりなんか、出来ないこと。
何かを打ち負かした気持ちになって、月薫は勝利の美酒に酔った。
お洒落なフライパン ~fin~