第五話 メルダ、ルーシーを怒らせる
僕とメルダはリビングを後にし、ルーシーを休ませている客間に向かった。客間がある場所はリビングを出た正面にある。
僕は扉をノックする。ルーシーが起きてるか確認する為だ。
「ルーシー。起きてるかい?」
ノックと同時に言葉でも確認するが特に反応はない。恐らくまだ眠っている様だ。そこで、ふと僕は気になった事がありメルダに確認を求めた。
「そういえば、僕が睡眠中にルーシーは目を覚ましたのか?」
「ああ、三日間で二度ほどだが。まあ、私も診察以外では客間には出入りしてないから、それ以外では計り知れないけど。あと、起きている時も苦しそうにしていたから、診察は主に眠っていて落ち着いてる時しかしてないしな」
「そうか……」
この三日間で目を覚ましていたのであれば特に言うこともない。
だがしかし、起きている時間より睡眠時間の方が長いのであれば、まだ火属性の大精霊{サラマンダー}を召喚した時に失った魔力の回復が追いついていないのであろう。恐らく相当量の魔力を持っていかれた事には間違いない。
まあ、ドアの前に突っ立てても埒が開かないので部屋に入る事にした。
「ルーシー入るぞ」
断りを入れた僕は、ドアノブを回した。そして、そのまま手前に引いた。客間は六畳一間程度の面積だ。客間とあって物は少なくベッドと机一式、衣装掛けが存在するのみとシンプルな構成となっている。
そして、ベッドではルーシーが静かに眠っていた。僕とメルダは少女に近寄る。少女の表情は穏やかだ。そこから窺い知れる事があった。
それは、魔力の回復が順調に進んでいる事だ。何故、ルーシーの表情だけでそれが判断出来るかと言うと、過去にパーティーを組んでいた仲間が魔力切れを起こした際に酷い疲労感を催していたのを見た事があるからだ。特に表情に出易い。その時の仲間は、青ざめた表情をしていた。
因みに魔力切れは無理に魔力を使った事が原因であり、無理な魔力行使には自分自身がリミッターを掛けてしまう為通常起り得ない。ルーシーの場合は{サラマンダー}に根こそぎ持っていかれたから魔力切れを起こしたのだ。
「取り敢えず、大丈夫そうだな」
「ええ。最初に診察した際は顔が真っ青でびっくりしたわ。……というか、MPポーション。君、パックパックの中に常備してなかったっけ?」
「………。……あ!」
僕の素っ頓狂な答えにメルダは呆れた顔をする。そして、若干感情的に彼女は言葉を発した。
「君は、馬鹿野郎だ。この子を殺すき!? 何の為に救急セットを用意していたの!?」
メルダは僕の鼻っ先に指を差し、詰め寄りながら怒り心頭で喋る。僕は唖然とした。
「君……! それでも、救出専門の冒険者なのか!? 救出対象者を死なせたら元も子も無いでしょうが。この馬鹿たれ―――!」
「す、すみませんでした。……でも、あの時は僕も森を抜け出すのに必死で……」
「はあ……。全く…。まあ、いいわ。それに謝るのは私じゃ無く、この子にでしょうが」
一方的に攻められた後、メルダの剣幕は収まる。確かに急いでいたとしても適切な処置を怠ったのだ、一つ間違えれば救出対象者が死亡していても可笑しくない。そこは反省すべき事だろう。
そんな揉め事の中、ルーシーは覚醒した。恐らく、僕達の口論が五月蠅かった為に目を覚ましたのだろう。
その彼女の紅の瞳が僕達を捉えた。
「五月蠅いな……。え? お兄…さん……?」
「え……? ル、ルーシー起きたの?」
「う、うん……。おはよう」
ルーシーはベッドからムクリと起き上がると、彼女はベッド上で上半身だけ背伸びをした。
僕はルーシーに近付くと、彼女の目線の高さのところまで屈む。
「相当、魔力を使ったみたいだけど……。体調の方は大丈夫かい?」
「うん……。大分……楽にはなった」
「そうか。それはよかった」
素っ気ない表情ながらも、その中にある落ち着いた雰囲気を見出す。それが、僕の中にある不安を安堵に変換させた。そして、僕の面持ちもまた少し和らいだ気がする。
すると、後方にいるメルダから僕の左肩に伸びる手があった。そして、彼女は次のように僕に言ってくる。
「診察したいのだけど。どいてくれるかしら?」
「……うん? あぁ。済まない。お願いできるか?」
「その為に来たんだから。……当たり前でしょ」
僕はベッドの近くで屈んでいた体を後方に移す事でメルダにその場を明け渡した。しかしながら、それでも彼女は診察を始める事はしない。僕は不思議に思い彼女に質問した。
「何故、診察を始めないんだ?」
「君……。それ素で言ってる? 女の子を診察するんだから男がいたら出来ないでしょうが。だから、部屋から出て行ってもらえるかしら?」
「おっと、それは失礼しました。終了したら結果を僕の部屋まで伝えに来て貰えると助かるよメルダ。……じゃあ、頼んだよ」
僕はメルダにルーシーの診察を頼んで部屋から出ると自室へと足を進めるのだった。
* * *
私はユーリーが部屋から退出するのを確認し、ルーシーが寝ていたベッドの近くに丸椅子を置き、そこに座ると診察を開始した。
まず、事前にこの部屋に用意していた、診察道具を入れたバッグから体温を測る計測機を取り出す。それはガラスの筒に目盛りが刻んであり、その筒の最も尖っている先には銀色の物質が封入されている。これは水銀体温計だ。この時代では最先端な医療器具の一つだ。
「ルーシー。これを脇に挟んでもらえるかしら?」
「あ、あの……。それは……? それにあなたは?」
「あぁ……。 そういえばまだ、私の紹介をしていなかったわね。………改めまして。私はメルダ・ウッドエール。研究者だ」
ルーシーに自分の素性を明かすと、彼女の警戒した表情が少し和らぐ。それを確認するとまた次のように続けた。
「あぁ、それとこれは水銀体温計だ。医療器具の一つさ。これで、ルーシーの体温が測れる」
「そう…。……分かった」
「じゃあ、お願いする」
体温計をルーシーに手渡すと、彼女は襟元のボタンを一つ外しその隙間から水銀体温計を脇に挟んだ。この子くらいの子供はこの段階で疑って拒否してしまう。しかし、彼女は物分かりが良いのか診察がスムーズに行えて助かる。
「じゃあ、次に脈を測らせてもらう。どっちでもいいから腕を出してくれるかしら?」
「………」
私はルーシーから見て左側にいる為、彼女は左腕を差し出してくる。私は彼女の服の裾を少し捲り上げた。
そして、私はルーシーの左手を自分の左手で支え、空いている右手の人差し指と中指を揃え、手首にある動脈に添えた。彼女の脈拍は正常だった。
最後に直接聴診をする為に、彼女に上着のボタンを外していいか尋ねた。
「ルーシー。ちょっと、胸の音を聞きたいから上着のボタン外させてもらっても構わないかしら」
「………/// ……いいよ」
ルーシーは恥ずかしそうに表情を赤らめる。しかし診察だからか、それを了承するのだった。
「じゃあ、外すよ」
「う、うん……。」
私はルーシーの上着のボタンを下部から外していく。二、三個ボタンを外し、あとは捲り上げると、彼女の肌に耳を当てた。すると、頭の上から色目かしい声が聞こえた。
「ヒヤァ……///」
恐らく、私の耳がルーシーの肌に当たった事で彼女は擽ったかったのだろう。
「あ・・・・・・。すまない。ムズムズしたか? あと少しだけ我慢してほしい」
「だ、大丈夫……。……うぅん///」
ルーシーは感度がいいらしい。しかし、スベスベお肌だよ。若さがあって良い物だ……。私なんて最近は―――って、そんなこと思ってる場合じゃないな。診察診察。
若干邪念が入ったものの直接聴診では心音や呼吸音などに異常は見られなかった。そして、最後に体温計を確認する。が、特に熱もないみたいだ。
しかし、最初の診察の時は頻脈だったし、息苦しそうにしてたしで大変だったわ。もし私がユーリーの行動に疑問を浮かべず発見が遅れ、初期治療が後手に回っていたら彼女死んでいたかもしれない。
救助者を救助しておいて自分は疲れたから寝るって、どうかしてるよ。全く。まあ、ここまで元気になって良かったわ。
「上着、整えていいわよ。診察終わったから」
「うん。分かった」
私はルーシーに診察が終了した事を伝えると、ここ数回分の診察した内容が記入されている用紙に追加で今回の内容を書き留める。私はそれらの作業を終えると彼女の方に体を向けた。
何となくだが、これから一緒に居候しそうな身、少しでも彼女の事を知りたいと思うのだった。だが一番は、若い子とお喋りがしたいだけなんだがね。
「ルーシーは歳、幾つかな?」
「えっ? あ、う、うん。十四歳……」
「へえ~。そうなんだ……」
その後、沈黙。
(か、会話が続かないわね……。)
ま、まあ。何か情報が欲しいので、もうちょっと粘ってみるが……。
「それで、ルーシーは何故、魔物が跋扈する旧道にいたんだい?」
「旧道……? それはお兄さんから聞いたの?」
「あ、そうだよ。粗方、君の事はユーリーから聞いたけど、どうして君が旧道に居たかまでは彼の話からでは想像出来なかったから」
私は少し頬を緩ませながら話した。まあ、フレンドリー的な。すると、ルーシーの表情は暗い顔つきになる。流石にいきなり核心を突きすぎたかな?
私はその彼女の面持ちに先程までの緩めていた頬が引きつり始めるのが分かった。
「ご、ごめんね。嫌な事、思い出させちゃって。嫌なら話さなくてもいいわよ……」
「………。……ううん。大丈夫」
「そうか。じゃあ、お願いしても良いかしら?」
ルーシーは落ち込んだ表情のまま、次のように話した。
「私は孤児なの。両親を魔族の襲撃で失ってから」
「……! そうなの。それは辛い事だったわね……」
「………。それからは帝都にある孤児院で暮らしていたんだけど、ある人達へと売られたの」
ルーシーは孤児院からその何者かに売られた過去をお持ちのようだ。しかし、その孤児院はただの奴隷商となんら変わらんな。私は心中に怒りを覚えながら彼女の言葉を待った。
「それから、即日。私はその孤児院を後にして幌馬車で何処かに運ばれていたのだけど。通行していた場所が旧道で、その際にゴブリンに幌馬車は襲われた。これが、私が今話せる事なの」
「……そう、だったの。しかし、孤児院が人身売買とはな。世も末とは正にこの事だ」
「………」
悲劇の少女・ルーシー。それが、今私が抱いた感想だ。彼女の人生は魔族の襲撃によって狂わされた。そもそも魔族は意味もなく人間を襲ったりしない。つまり、何かしらの原因があったのだろう。だが、今はそこが論点ではない。
問題なのはルーシーを買った者。その人物達だ。そこで、私はその部分を聞いてみる事にした。
「それで、その人物達は何者なのか分かる?」
「ううん。知らない」
「そうか……。ありがとう。話してくれて」
ルーシーの表情は今だ沈んでいる。まあ、それだけの不幸に立て続けて遭遇すれば仕方ないだろう。まあ、今はゆっくり休んでほしい所だ。
「まあ、まだ本調子ではないと思うからゆっくり休むといい」
「分かった」
「しかし、君は運が良かったみたいだね。……でも、ユーリーったらあいつは。辛そうにしている君を放って置いて自分は寝るなんて。ユーリーは救出専門冒険者失格だ」
私がユーリーを罵倒する発言をした時だった。ルーシーは私を睨み付けてきた。その鋭い視線に私は若干たじろいだ。
「ど、どうした。そんな怖い顔して」
「お兄さんを余り悪く言わないで」
「え……?」
その言葉はしっかり芯を持った発言だった。私はルーシーがその様な顔の真意を測りかねていると、次にように続けるのだった。
「お兄さんは{ゴブリンソルジャー}との戦闘で大怪我していたの。だから、私を此所まで連れてくる事しか出来なかったみたい」
「……そうだったのか。ユーリーにもちゃんとした理由があったのか……。それは、すまないな」
何故、ユーリーがルーシーの介護をせずに寝たか。その真実を把握した私は申し訳ない気持ちになった。
私が謝罪をすると、ルーシーはその形相を穏やかものとした。そして、疲れたのかそのまま私に背を向けてベッドに横になるのだった。
「すまないね……。……お腹、空いてないか?」
「……ううん。大丈夫」
「そうか……。なら、後でまた様子見に来る。………お休みなさい」
そういって、私は客間を出た。そして、扉の向こうで一言呟いた。
「ファーストコンタクト。失敗した……」
私はトボトボと結果を報告しにユーリーの部屋に向かうのだった………。
どうも、夏月 コウです。
「召喚術士の銀髪少女と変り者冒険者による世界救済物語」第五話。どうでしたか?
まあ、今回はメルダとルーシーの出会いの会とさせていただきましたが。メルダさん完全にやっちゃいましたね。まあ、これからの二人の掛け合いでどうとでもなると思いますが、そこは乞うご期待です。
さて、今回はこの辺で。バイバイでーす。