第二話 召喚術士の少女
結果として、今回の捜索活動は少女一人の保護で事態は終息しそうだ。少女の他に生存者は存在せず、その後付近の捜索をするも発見できなかった。成果も幌馬車を利用していた者達の遺留品位だった。
日が完全に沈み、深淵の闇が森を包み込む。これ以上の行動は危険と判断して、今日は少女が今だ眠り続ける幌馬車で一晩を過ごすことにした。下手に救助者と魔物や怪物の出る森を歩く事など危険過ぎて出来ない。今日は見張りもあるし徹夜かな。
僕は幌馬車の出入り口付近に腰掛けて少女を見やる。
「しっかし、本当に起きないよなこの子。もう発見して随分と経つけど一向に起きる気配、ないよなぁ」
そう、少女を発見後かれこれ二,三時間は経過しているが、今だに彼女は一定の寝息をたてながら眠りこけている。一瞬起こそうかとも思ったが、そのあどけない寝顔を見るとその気も失せるものだ。
少女の寝顔を見ていて気が緩んだのか腹の虫がなる。そういえば、今日は朝食を取って以来昼飯もとらずに不休で捜索していた。そこで、彼女の対面になる場所に体を移し座るとバックパックから非常食を取り出す。
内容は長持ちが効くパンに塩漬けした肉とピクルスをサンドし紙で包装したサンドパンとインスタントのスープだ。コップにスープの元となる粉末状のかやくを入れ、そこに生活系統魔法にある水属性の魔法を駆使してお湯を生成し、コップの中に注ぐ。本来なら魔法を使わず携帯型水筒の水を使って沸かしたい所だが、焚き火の灯りで魔物や怪物に気付かれると厄介なので今回は止めておこう。
まずサンドパンが包装されている紙を半分まで捲ると、若干の塩の風味が漂う。そしてそのまま漬け肉とピクルスのサンドパンに齧りつく。程よい塩加減が口内に広がる。三口程囓った所で塩辛くなってきた口の中を薄口のスープで洗い流す。それをのんびりと繰り返す。食事時が一番気が抜ける時だが、その時ぐらいはゆっくり物を食べる事が僕の流儀だ。
すると、正面に居る少女の鼻が微かに動く。それに気づいた僕は食べる事を一端中断する。もしかしたら、食事の匂いに惹かれて目を覚ましたのかもしれない。
少女の目が緩やかに開眼する。二度ほど瞬きをした後にこちらに気づいたのか、その紅の瞳が自分に注がれた。彼女と僕の目が見合った。そして、少女の腹の虫がなる。
少女は僕の手元に視線を向ける。僕もまたサンドパンに目を落とし、何となく食べかけのそれを彼女に差し出してみた。すると、彼女は手を付いて身を乗り出しサンドパンにかぶりつき、一口だけ囓り取るとモグモグと咀嚼する。そして、飲み込む。
「もしかして、お腹空いてる?」
「(コクリ)・・・・・・」
「なら、これ食べる?」
「(コクリ)・・・・・・」
少女は僕の応答に頷きで返答する。そこで、バックパックからもう一つ同じサンドパンを包装した物を差し出した。すると、彼女は体を起こし女の子座りでそれを受け取り紙を剥がして食べ出す。一口は小さいがパクパクと速い間隔で食べている。その姿はまるでリスのように見えて和む。
すると、結構速い食べっぷりだったので喉を詰まらしたのか表情が辛そうになる。僕は急いで予備のコップをバックパックから取り出して携帯型水筒から水を注いで渡す。少女はそれを急いで受け取り水を飲み干した。
「ウ,ウ,ウ・・・・・・プファー」
「だ、大丈夫?」
「(コクリ)」
豪快な飲みっぷりだった。が、大丈夫そうだ。別にパンを取り返そうなんて考えていないんだがなあ。
「ゆっくり食べな。別に返せなんて言わないから」
「・・・・・・(コクリ)」
少女の食事に見とれていて忘れていたが、まだ僕は彼女の名前すら知らないでいた。そこで、話ついでに聞いてみた。
「ねえ、君の名前。教えてもらっていいかな? 僕はユーリー・アドバンス。この幌馬車の行方を捜索していた者だ」
「・・・・・・・・・。 ・・・・・・私は、ルーシー。ルーシー・エルデバラン」
「ルーシーね。それで、ルーシーに聴きたい事が幾つかあるんだけど良いかな?」
「・・・・・・なに?」
ルーシーは首を横に傾けた。どうやら返答に応じてくれるつもりの様だ。なので、幌馬車に何があったのか問いかけた。
「じゃあ、最初に。この幌馬車に何が起きたか教えてくれるかな?」
「そ、それは・・・・・・」
「言いたくなかったら無理はしなくていいよ。でも、何でもいいから答えてくれると助かる」
ルーシーの表情が暗くなる。きっと、今回の惨劇がフラッシュバックしたのだろう。しかし、彼女の瞳は絶望に沈んではいなかった。つまり、まだ心が壊れていないという証だ。この子は芯のある強い子だ。そして、一呼吸置き彼女は話し始めた。
「私が知っている事では、二,三台目の幌馬車がゴブリンの強襲に合い、私が乗っていたこの幌馬車は急いで脱出しようとしたみたいだけど、ゴブリンの弓兵に馬を射貫かれて立ち往生してしまったの。それで、馬を引いていた人は逃げようとして殺されたわ」
そうだったのか。てっきり、前方からの襲撃だったと思ったが予想は外れたみたいだな。
「そうか。他にはないかい?」
「それで、後は悲鳴だけの地獄絵図状態。悲鳴がやんだ後はゴブリン達は各幌馬車の荷物を物色し始めた。勿論、私が乗っていたこの幌馬車にも入ってきて、私に気が付いたのか襲ってきたわ」
悲劇を目にしてもここまで鮮明に話してくれるとは、やっぱりこの子は強い子だ。
「でね、私叫んだの『来ないで』って。そうしたら、私の目の前に妖精が現れて私の目の前に居たゴブリンを突風みたいな風で切り裂いていったわ。その後、私は気を失ってしまったの。それで、次に起きた時にはゴブリンは居なくなっていたの。後は時々起きて幌馬車にあった物を食べて寝ての繰り返し。そして、お兄さんにあったの」
「そうだったのか。・・・・・・・・・君は妖精を使役出来るみたいだけど、召喚術士なのかい?」
「分らない。・・・・・・でも、生まれてからそういったモノはよく見えていたわ」
ルーシーの話で大体の事象は掴めた。どうやら彼女は妖精などとの親和性が高いらしい。風属性の妖精が呼び出されたという事は、恐らくそれらに好かれているという事になる。
召喚術士とは、その名のとおり精霊や妖精を呼び出し使役出来る人物の事をさす。彼らは様々なモノを召喚できるが、召喚できるモノは人によって異なる。それにはその人物が有する属性親和性が鍵になる。
この属性親和性を簡単に言い表すのであれば、最初からその属性の魔法を何の教えも無く取得しているのと同じである。魔法の属性は火、水、風、土の主四属性+光、闇、無の特殊三属性の合計七属性で形成されている。これは、召喚術士にも当てはまる。
一般的に得意な魔法=使用可能な魔法であり、その適正がなければ使用は愚か発現もしない。であれば召喚術士も同じく、召喚するモノがもつ属性への適正の有無に寄って召喚出来るモノも限定されてくる。
更に召喚術士は個々の召喚能力により発現するそれらのモノの強弱も変わってくる。召喚能力の強弱は属性親和性の強弱によって決まり、強い召喚能力を有すれば最大級である火属性精霊サラマンダーや水属性精霊ウンディーネ、風属性精霊シルフを呼び出す事が出来るとされている。しかし、召喚するモノの属性との親和性によっては下位な精霊等しか召喚できない。なお、召喚は基本的に魔力を対価として行うが、上位の精霊は儀式を行って契約を交わす事を前提に召喚を行えるようになる。
そして特殊三属性を使役出来る召喚術士は極めて少ない。これらの属性にあたる天使や悪魔を召喚するには【贄】が必要である。また、神と呼ばれる存在に能力を借りる事も出来る。これらの情報を知る人間は召喚術士の中でも一部だけであり、滅多に口外されない。
因みにだが、召喚術士以外にも猛獣使いなどが居るがそれはまた別だ。
ルーシーは風属性の妖精か精霊かは判断できないが、その風属性のモノを召喚した事から風属性の属性に適性があると推測する。
その他に数個の質問をした後、取り敢えずの事情聴取を終える。すると、再びルーシーはウトウトし始める。恐らく、お腹が一杯になった為眠気に襲われているのだろう。何とも可愛らしいものだ。
「ルーシー。眠いのなら寝ればいいよ。僕が夜通し見張るから」
「で、でも・・・・・・」
「いいから。いいから。ほら横になって」
僕はそう言って眠りにつく様に促すも最初は拒否されてしまった。しかし僕が自分の意見を押し通すとルーシーは再び横になり眠り出すのだった。
多分だが、召喚術を使用した際に今の彼女が持てるだけの魔力を咄嗟に対価としてしまった為、予想以上の魔力を消費してしまい、その時の疲れがまだ抜けていないのだろう。魔力を使いすぎると疲労感を感じるようになり、魔力切れの時はものすごい倦怠感に襲われるのだ。
森は静寂を保っていた。魔物や怪物の気配も今はない。とはいえ少なくとも僕が探知できる範囲内にその存在がないだけであり、奴らは今もどこかから自分達を狙っているのかもしれない。
現在、探索系魔法科偵察魔法類の【サーチ】を唱えていた。この魔法の効果範囲なら半径五十メートルをカバー出来る。たまに敵が【サーチ】に引っかかる時はあるがそれもすぐに立ち去っていく。
目を閉じスキル【スリープモード】を発動させる。【スリープモード】とは“休憩しつつも有事の際、瞬時に再起動出来る”という能力である。
危険な任務を請け負った際に夜を明かす場合にはこの【サーチ】と【スリープモード】を駆使して休憩を取っている。魔法とスキルは人間が日常的に使う物で珍しくない。
そして、夜は更けていくのだった。
* * *
どれくらい経ったのだろうか、闇に侵食されていた森も日が昇り始めた事により段々と晴れていく。木々の間から差し込む光が瞼を閉じていた瞳にチラつく。
そこで【スリープモード】を解除する。どうやら、今夜も無事乗り越えられたようだ。僕は徐にルーシーの方に顔をやると未だに熟睡している少女が居た。取り敢えず、今日中にはこの森を脱出しなければならない。
それには、物資が心許ないのもあるが、やはり危険地帯から一刻も脱したいと言う気持ちが強いからだ。そこで、熟睡するルーシーを起こす為に肩を揺らし目覚めを促す。
「ルーシー、起きて」
「・・・・・・う,うん。」
「お! 起きた?」
ルーシーは体を起こそうとしているのか、その体に力が入っている事に気付き僕はそこから手を少し退けるのだった。彼女の瞼が開きその紅の瞳が僕の手を凝視する。すると、体をビクリと震わせる。そして、一瞬戸惑った様子をみせた後手に向かっていた視線がこちらを捉えた。その瞳はどこか怯えた様子だったが、自分の存在を確認するとその怯えた瞳が安心したのか穏やかになる。
「大丈夫?」
「・・・・・・(コクリ)」
恐らく今日までいつ襲撃に遭うか分らない状態で生活していた為だろう。そんな状態で目覚めた際に何かが居たらそれは誰だって驚いても仕方ない。気を落ち着かせる為に、僕はルーシーに昨日の晩に自分が飲んでいたスープを作って手渡した。
「ほら、日が差しても森は寒いからこれで暖まって」
手渡したスープをルーシーは受け取りチョビチョビと口内に含む。すると、彼女の周りがホカホカとたいにした状態に見えた。僕はそれを拝見して和むのだった。
取り敢えずこれからの事をルーシーに語ろう。彼女も僕が何かを言うと思ったのか、目線をこちらに向けた。
「何時までもここに居ることは得策じゃないと思う。それで、今日中にこの森を抜けようと思っている。ルーシーにはここを離れる支度を整えてもらいたい」
「・・・・・・うん。分かった」
「よろしい。では、まずは食事にしよう。まあ、ある物は昨日の物と変わりないがね」
僕はバックパックから昨晩と同じサンドパンをルーシーに渡す。彼女は紙を剥がしパクパクと食す。自分もサンドパンをバックパックから出して食べ始める。二人は沈黙の中食事を取りる。自分は用を足しに幌馬車から降りると近くの草むらに入る。その時に効果が切れていた【サーチ】を再び唱え直し、辺りを偵察する。
「う~ん。今の所は主立った脅威は無いようだが、まあ警戒はしないとな」
用を足し幌馬車に戻ると、ルーシーはサンドパンを食べ終わっておりスープも飲み干していた。僕は出入口のそばから準備はいいか訪ねてみる。
「ルーシー。準備する物とかある? あるなら準備して」
「・・・・・・特にない。私の荷物なんてない」
「?」
ルーシーは自分の荷物が無いことを伝えてくるのだが、どういう意味なのか判断しかねた。まあ、荷物が無いのなら身軽でいい。
「後、トイレとか大丈夫?」
「・・・・・・///」
「別にルーシーがしている所をどうこうしようなんて思ってないから」
「それは当たり前。・・・・・・・・・うん、まあ今のところは」
僕も何とデリカシーの無い事を言っている自覚はある。しかし、この危険な森で用を足していた時、有事で動けなくなる位なら最初から言っておいた方がいいのだ。ルーシーは顔を赤らめながら睨め付けてくる。僕の良心が痛むから止めてほしいが、自分で言い出した事だから反論は出来ない。
「本当に大丈夫なんだね?」
「うん」
「分かった。じゃあ、出発しようか。できれば、日が傾くまでには森を脱出したいからね」
幌馬車の奥の方に居るルーシーはその場から立ち上がると、出入口に向かってくる。幌馬車から地面までは少々高い。そこで、彼女にしゃがんでもらう。
「すまないけど、脇の手を入れさせてもらうね」
「うん。大丈夫」
僕はルーシーの両脇に手を入れ持ち上げると地面に降ろした。華奢な体躯はやはりと言ってか、非常に軽かった。遭難の際に体重が落ちたのもあるだろうと思う。この幌馬車には少量の食品しかなかったため節約しながらほそぼそと食事をしていたに違いない。
「じゃあ、行こうか」
「(コクリ)」
そうすると、僕たちは昨日自分が捜索していた道を逆に辿っていく。段々と、幌馬車群との距離が離れる。ルーシーは一瞬幌馬車の方に視線をやるが、すぐに正面に向き直る。
「もしかして、あの幌馬車群の中に知り合いでもいた?」
「・・・・・・うんうん。いないよ」
「? ・・・・・・そうなんだ」
てっきり、知り合いと乗りあわせをしていたのだろうと思っていた。まあ、だとしたらいくら何でもここまでハキハキと物事を話せるわけが無いか。普通知り合いが目の前で殺されたら精神を病みそうなものだ。
「家族はベイカーバンズに居るのかい?」
「いないわ。死んだから・・・・・・」
「そ、それは。・・・・・・すまない」
「いいの。もう、昔の話だから」
ルーシーはどこか、死に関して鈍感な所があるのかもしれない。恐らく、両親を幼くして亡くしている事で大切な物を失う事に慣れているのかもしれない。だとしたら、無性に放っておけなくなる。
「差し支えなければでいいんだけれども。ご両親の事を話してくれないか?」
「何故貴方はそこまで私と関わろうとするの?」
「もしかして、迷惑かい?」
「他の人から見たらそうかもしれないわね」
確かに僕は時々人の事を詮索する悪い癖がある。他人にとって聞かれたくない事をズカズカ踏み込んでいく癖は直さなければ。でも、ルーシーの口ぶりから見ると彼女自身はそこまで気にしていないみたいだ。一拍おき、彼女は口を開く。が、それは継続できなかった。
「私は―――」
ルーシーが語り出そうとした時だった。僕はその口を右の手のひらで隠し、制止させる。彼女は怪訝な顔をして自分を見やる。自分達はその場に立ち止まる。
「すまないルーシー。話は後だ。どうやら敵さんのお出ましみたいだ」
「!?」
すると、十メートルぐらい先に四匹のゴブリンが出現する。その中には昨日の目元に傷を持つゴブリンもいた。が、その四匹のゴブリンだけで全てでは無かった。そして更に登場してきたその存在に驚愕を隠せなかった。
それは、通常ゴブリンの二倍近くある{ゴブリンソルジャー}だった・・・・・・。
夏月 コウです。
「召喚術士の銀髪少女と変り者冒険者による世界救済物語」第二話どうでしたか? 本作の特徴としてヒロインが旧来の黒髪少女じゃないところでしょうか。銀髪少女ルーシーは皆様方には受けましたか? まあ、彼女が本作の話の根幹ですから気合い入れて創作しまいた。まあ、万人受けしてもらえれば彼女も幸せでしょう。
さて、次回からは{ゴブリンソルジャー}との戦いとなりますが、果たして主人公たちは勝利できるのでしょうか!?次回に乞うご期待です。
では、今回はこのへんで。バイバイ。