前夜
一話
冬の夜半、窓を開けて少しばかり冷め始めた湯に浸かっていた。
体温よりやや高い、気を抜けば眠りに落ちてしまいそうな中、私はさっきまで居間で見ていた映画のことを思い返していた。
愛しい者を奪われた中年の平凡な男が、復讐のため神をも殺める悪魔となる。
そんなごくありふれた物語だった。
しかし私はその男が一貫して立ち向かう敵の全てを
「悪魔」
確かにそう呼んでいた。
なるほど彼は敵を恨みそう呼ぶのだな。私はそう思ったし、それは正しく、また一般的な考え方であっただろう。
だがこのぬるい、意識を奪っていくこの魔性の湯の中で、
私は、何か、新しい、それもさらに根本的に、
正しい見方を見つけたような気がした。
「悪魔か...」
私はそっと呟いた。
「若様、予定通り明朝となりました。」
私が物思いに耽っていると、網戸越しに外から声が聞こえた。
「承知しました。お爺様は何かおっしゃられていましたか?」
「『義則様を御護りせよ』とだけ」
「お爺様もご武運をと伝えてください」
「かしこまりました」
外から伝令の気配が消えた。
明日に備え今日はもう寝よう。
そう思って普段よりも半時ほど早く風呂を出た。