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W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
悪魔の薬編―胎動―
9/72

7.a sacrifice of happiness(the first part)

ひさびさの本編。

後編は次週更新予定。

ファンタジーなのに、前後編なのに、バトルが一切出てこない。。


これまでの話がプロローグとしたら、

この話からしばらくは「悪魔の薬編」といったところになります。

いろいろ話が動き出します。


どうぞお付き合いください。

 ムー大陸中部 マーフ国 北東部の街 キーテジ


 マーフ国北部のほとんどを占める砂漠地帯"アクロスザヌル"を抜け、緑がまばらに出てくるとすぐの砂漠と緑が共存する町。

 カーシーの街ほど栄えてはないが、北部とアクロスザヌルの間の要所として昔から旅人に重宝されてきた宿場町――


 とりあえず魔導師のバッヂをちらつかせて安心させ、上がり込んだ安宿。

 安いだけあって狭い部屋に二段ベッドが隙間なく敷き詰められた、寝るためだけの部屋が並ぶその一室の、入口に近い一番端のベッドに三人は額を寄せ合っていた。


 金髪長髪のエルフ――エオル・ラーセンが口を開いた。

 エオル「えー……みなさん。現在、我々が直面している深刻な問題が、いったい何なのか、ご理解いただいていますでしょうか」

 銀髪赤目の黒づくめ――シャンドラ・スウェフィードと、黒髪黒目の記憶喪失の少女――染井よしのは同時に答えた。


 「お金がない」




――― a sacrifice of happiness(the first part)(幸せの代償(前編)) ―――

  



 エオル「しかも、宿一泊しちゃったし……」

 フィードは肩をすくめた。

 フィード「おいおい、なーに罪悪感にかられてやがる。俺様たちゃあ犯罪組織W・B・アライランス様だぜ」

 エオル「だから?」

 さも当然のように、フィードは答えた。

 フィード「踏み倒しゃあいいじゃねぇか」

 エオルはフィードと視線を合わせるのを止めた。

 エオル「……だよね。今から稼げばいいんだもんね」


 「仕事を探しに行こう」と、面倒くさがるフィードを引きずって、一行は町に出た。






 しかし、ここは宿場町。募集しているバイトと言えば、仕出しや皿洗い、清掃など。

 頭では背に腹は代えられないとは思っていても、魔導師としてのプライドが邪魔をする。


 丸一日歩き回って部屋に戻り、エオルはうなだれた。

 エオル「あ~……どうしよう……」

 フィード「だから踏み倒」

 エオル「さ・な・い!」

 フィード「つーか、腹減った」

 エオル「お金ないっつってんでしょ……」


 よしの「あの……」


 2人の魔導師は同時によしのに目を向けた。エオルと目が合った瞬間、よしのは慌てたように目を逸らした。

 エオル(え?)

 よしのは静かに手に持っていたものをベッドの上に置いた。

 フィード「ぬお! 食い物!」

 エオルは早速手を出そうとするフィードの手をパチンと叩いた。

 エオル「よしのさん……どうしたのこれ……」

 よしのは意を決したように恐る恐るエオルと目を合わせた。

 よしの「その……神使教徒だとおっしゃる方々からいただきました」

 エオルは「あーなるほど」と腕を組んだ。

 エオル「神使教が国教じゃない国の神使教徒からしたら、ジパング人ってアイドルみたいなものなのかもね」

 よしのは目を輝かせた。

 よしの「それと! お仕事、見つけてきました!」


 エオルとフィードはあっけにとられた。

 エオル(ジパング人雇ってくれるところなんて……)

 フィード(あきらかに怪しいだろ)


 エオルはポリポリと頭を掻いた。

 エオル「えー……とー……なんのお仕事なの?」

 よしのは誇らしげに答えた。

 よしの「お客様とおしゃべりをするだけでお金を頂けるそうです! あと数時間したら早速行ってまいります」

 エオル(あと数時間って夜中じゃない……)

 エオルは眉間を押さえた。

 エオル「行かなくていいから……」

 よしのはきょとんとした。


 エオルは深く溜息をついた。

 エオル「質に出すようなものもないし、消費者金融に借りる……ってのも」

 フィードは顎に手をあてた。

 フィード「ありだな」

 エオル「なしだよ」

 フィードは舌打ちした。

 フィード「ったく、頭固ぇなぁ!」

 エオル「身分証明とか……いろいろアシがつきそうなのが必要そうでしょ? そういうのって」

 フィード「そういうもんなのか?」

 エオル「たぶん……」


 しばしの沈黙。


 フィード「……裏ギルドに行けばツテはある」

 エオル「そだね。俺らみたいなやつら用のハンターズギルドだしね。この規模の町だから、どこかにはありそうなんだけど」

 フィード「なら明日はそれ探しだ。なんとしてもここで装備をそろえねぇと……」

 フィードは部屋のカーテンを開け、親指で外を指した。

 フィード「北に出られねぇ」


 窓の外に広がるのは、雲の上まで聳え立つ切り立った絶壁のような岩山。ムー大陸中北部の砂漠地帯と、そのさらに北の森林地帯を分つ大連峰"ヴィンディア連峰"。

 緑生い茂る北部側から見ると"乗り越えた先の虚無オーバーザホロウ"、殺伐とした砂漠広がる南側から見ると"乗り越えた先の楽園オーバーザスプレンダ"。南北それぞれ別の呼び名を持つ連峰――


 当初の計画でも、ムー大陸中北部を南北に分断するこの連峰越えは必須であったが、何分当初の計画は"最短でこのムー大陸を抜けること"。ここで金欠という理由で足止めを食らうなど、あってはならない想定外の時間ロスであった。


 フィード「明日は朝一で動けるようにしとけよ」

 エオルはあきれたようにニヤリとした。

 エオル「君がね」

 フィード「……」  ←寝起きが悪い






 月が高く上がった真夜中。

 高い建物がないこの町の空は星々がキラキラと瞬き、とても広い。


 宿の屋根にゴロリと寝ころぶ黒づくめ。フィードは誰もいない中空に語りかけた。

 フィード「おめーがどっか行ってたおかげで、危うくミミズのウンコと生き埋めになるところだったぜ」


 「生き残れないやつに俺の"協力"を得る資格はない」

 ――若い男の声


 フィードは舌打ちしながら仰向けだった体を横に向けた。


 「ま、結果オーライってやつだろ。結局アーティファクトの宝珠もハンターどもが持っていたんだ」


 フィード「わかってたのか」


 男は笑った。



 フィードのすぐ横の出窓が開き、よしのが顔を出した。

 よしの「……フィード様、お風邪を召されますわ」

 フィードは面倒臭そうに体を起こした。

 フィード「お前こそ、こんな時間まで起きてっと、明日起きれねぇぞ」

 よしのは落ち着きがなかった。

 よしの「えっ……と、その、クリスちゃんが見当たらなくて……」


 クリス「ミャー」

 フィードの陰からクリスがひょっこりと顔を出した。

 フィード「あー、枕にしてた」

 クリスは尻尾を千切れんばかりに振りながら、よしのに駆け寄った。

 よしのはクリスを抱き上げると、オドオドしながらフィードに軽く会釈をした。

 よしの「おやすみなさいませ」

 フィード「おー」

 出窓はゆっくりと閉じられた。

 フィード(……なんだあ? 変なやつ)


 よしのは宿の廊下に出ると、足をとめ、クリスを腕から降ろし、唇に人差し指を当て、「シィー」とジェスチャーした。

 よしの「エオル様には止められてしまいましたが……お2人の危機は私が救いたいのです。2人がお休みになられたら、あのアルバイトに行こうと思います」


 疲れ切った旅人たちの寝息が窮屈なほど響き渡る、簡易ベッドが敷き詰められた小さな部屋。

 フィードは屋根の上から戻り、先ほど挙動不審だったよしのがベッドにいることを確認すると、自身も自らのベッドに入った。


 まもなくフィードのいつものいびきが聞こえだすと、よしのはパチリとその漆黒の瞳を開いた。そして、気付かれぬよう、音をたてぬよう慎重に部屋を出た。

 宿を出ると、待ち構えたように見慣れた真ん丸の黒い猫がよしのを見上げていた。

 クリス「ミャー!」

 クリスがよしのの肩に乗ってきた。

 よしの「クリスちゃん! 一緒に来てくださるの?」

 クリス「ミャ!」

 よしのはそっとクリスの頭を撫でた。

 よしの「ありがとうね。では、参りましょうか」





 町の北東のブロックの一つ。暗く狭い路地を一つ、また一つと入っていくと、不自然な場所にほぼ壊れかけた街灯がチラチラと弱々しい火を灯していた。

 その灯りの下でよしのは立ち止まり、キョロキョロとあたりを見回した。


 「おい」


 声をかけられ、よしのは振り向いた。


 そこには、ハンチング帽を目深にかぶり、くたびれたコートに髭面の、小太りの男がパイプをふかせていた。

 「あんたか、バイトの娘ってのは」

 背筋を伸ばし、よしのは両手を前で組み、ニコリと微笑んだ。

 よしの「はい!」

 「ふーん」


 男はよしのを足元から首元までジロジロと舐め回すように見つめた。

 「ちっ。寸胴だな」

 よしの「はっ!?」

 「まあいいや、来な」


 男は小道をいくつか入り、やがて三方を白塗りの壁に囲まれた行き止まりで立ち止まった。

 次に、男は壁際の一部の、へこんだ箇所を2度、1度、3度と順に叩いた。すると、壁の向こう側から縄梯子が投げ込まれた。


 男はよしのの方を振り返り、あごで梯子を指した。

 よしの(登れということでしょうか?)

 よしのは初めて見る梯子というものに、どのように対処したらよいかわからず、男に助けを求める視線を送った。


 よしの「……きゃあ!」

 男は早くしろと言わんばかりによしのを肩に担ぎ上げ、梯子を登っていった。

 途中、よしのの裾にしがみついているクリスに気づくと、邪魔だと叩き落とした。


 男が壁を超え終えると、するすると縄梯子は壁の向こうへ引っ張られていった。

 クリスは縄梯子の縄にしがみついた。


 壁の向こう側――ハンターズ裏ギルド キーテジ支店

 四方を廃屋の壁に囲まれた空き地に、不揃いなソファやローテーブル、薄暗い陰気なランプが無造作に配置され、荒々しい酔っぱらい共がどんちゃんと騒いでいる。


 その一番奥のテーブル、人が避けるようにポカンとあいた空間によしのは通された。


 2,3人掛けのソファにずっしりと収まる巨体、フェルトのようなモジャモジャ髪にモミアゲと一体となったボサボサの口髭を料理の油や汁でデロデロに汚しながら、ガツガツと豪快にテーブルの皿を平らげている、力士のような大男。


 大男はハンチング帽の男に気づくと、手を止め、顔を上げた。ハンチング帽の男は軽く会釈をした。

 ハンチング「ギルティン氏、連れて参りましたよ」


 大男――ギルティンはハンチング帽の男の少し後ろに立つよしのを見た。

 ハンチング「こんなのしか引っ掛かりませんでしたけど」

 テーブルの上のステーキに目を落としながら、ギルティンは鼻で笑った。

 ギルティン「いや、人間なら何でもいい」

 ハンチング「はあ……?」


 ハンチング帽の男はよしのの腕をふん掴み、乱暴にギルティンの横に座らせた。

 ハンチング「じゃ……お楽しみください」

 ギルティンからチップを貰い、ハンチング帽の男は酔っぱらいたちの中に消えていった。


 ギルティンはよしのの肩に太い腕を回し、顔を近づけた。

 ギルティン「おい、あんた、女だから、美容とかダイエットとかに興味あんだろ」

 この男の風体からは想像もつかない、突拍子のない質問に、よしのはきょとんとした。

 よしの「はあ……」

 ギルティンは機嫌良さそうに「そうかそうか」と豪快に笑った。

 そして、よしのの肩に回していた腕の先の大きな握りこぶしを指差した。

 よしのはなんだろうとその握りこぶしを見た。

挿絵(By みてみん)

 

 ゆっくりと開かれた手のひらには、小さなラムネ菓子のようなものが三粒。


 ギルティン「これをな、お前と、他のお友達に一粒ずつやる。必ず明日の真っ昼間、人通りの多いところでお友達に渡せ」

 大きな掌にコロンと転がる小さなラムネ菓子を見つめ、よしのは疑問に思った。

 よしの(どうして三人だとわかったのでしょう?)

 おずおずと、よしのはラムネ菓子を受け取った。

 よしの「これは……食べるもの……ですよね?」

 ギルティンはガハハと大笑いした。

 ギルティン「ああ! これを食えばたちどころに満腹になって気分がよくなる。言わば、まぁ、ダイエットグッズみたいなもんだ」


 よしの(満腹になる……)

 よしのは、夕方フィードが「腹減った」と言っていたのを思い出した。(というか、フィードの口癖だが)


 よしのは満面の笑みでギルティンにお礼をした。ギルティンは機嫌良さそうにガハハと豪快に笑った。

 しばらくの間、ギルティンはよしののお酌で時間を楽しみ、空がだいぶ白んできた頃、よしのに名刺を渡した。


 ギルティン「俺は"ブレーメン"という会社のギルティンという者だ。そのラムネ菓子はうちの次の商品の試作品でな。もっと欲しくなったら、裏ギルド(ここ)のカウンターにこの名刺を出しな。それか、あと数日は滞在する予定だから、俺から直接もらってもいいぞ」

 よしの「あ……お代金を……」

 ギルティンは再びガハハと豪快に笑った。<

 ギルティン「いらんいらん! ただし、なるべく多くのお友達にそいつを広めてくれよな! このバイトはうちの商品のPR活動だ」


 ハンチング帽の男から給料をもらい、縄梯子で塀を越えると、静かな早朝の冷たい空気が肺にしみ込んだ。

 よしのは急に"日常"に戻った気がした。


 クリス「ミャー」


 どこからともなく、クリスがよしのの肩に乗ってきた。よしのはクリスの頭を優しく撫でた。

 よしの「ギルティンさんはとても良い方でしたわ、お金も食べるものもいただけて。やはりこのアルバイトに来て、よかったです」


 宿に戻り、よしのはベッドに倒れ込んだ。


 そしてそのまま、泥のように眠りこんだ。






 フィード「よしの! よーしーのっ!」


 よしののベッドの縁に両肘をかけ、フィードはよしのを起こそうと呼び掛けていた。

 太陽はもうてっぺんに登りかけていた。


 エオル「フィード! いいよ、ゆっくり寝かせてあげよう」

 エオルは「女の子のベッドを覗くんじゃない」とフィードの襟首を引っ張った。

 エオル「きっと寝付けなかったんじゃないかな? ここのベッド痛いし。それにいろんな人と相部屋だしね」

 フィード「どっかのオオカミに食われたら大変だしな」

 エオル「そっくりそのまま君に返すよ、そのセリフ」

 フィード「冗談はさておき、なんかコイツ、酒クセェぞ」

 エオル「え……」

 とはいうものの、まさか女の子の匂いを嗅ぎに行くわけにもいかず、エオルはよしのを起こすことにした。


 ――間――


 エオル「よしのさん……もしかして昨日、例のバイト行った?」

 まだ重たい眠り眼をこすっていたよしのの右手がピタリと止まった。よしのは目をパチクリとさせ、エオルを見た。少なくとも怒っているようには見えなかったが、何を思ってエオルが質問しているのかが分からず、よしのは不安になった。

 よしの「……はい……」


 エオルはよしのの両肩に手をかけた。

 よしのは「怒られる」と目を閉じた。


 エオル「大丈夫!? 何もされてない!?」


 よしのは想定外の返答にきょとんとした。

 よしの「はい……お酌をしたくらいです」

 長いため息をつきながら、エオルはへたり込んだ。

 エオル「よかった……」

 フィード「てめーは心配しすぎなんだよ。こいつはこれでもアーティファクト持ちだぜ?」

 エオル「それはそうだけど……」

 フィード「んなことより」


 フィードは目を輝かせた。

 フィード「いくらもらったんだ!?」

 エオルはフィードの耳をつねり上げた。


 ちょうどその時だった。


 「清掃入ります」

 気怠い声で、中年のやせ形の女がズカズカと部屋に入り、まだ寝ている者もいる部屋をバタバタと埃を立てて掃除し始めた。


 よしのは枕元から封筒を差し出した。

 よしの「こちらがお金になります」

 フィードがうれしそうに封筒の中身を確かめ始めた。しかし、札束に触れた手はピタリと止まった。

 その様子を見、よしのは慌てた。

 よしの「足りませんか……?」

 フィード「……いや……」


 フィードは無言で封筒をエオルに渡した。怪訝そうな顔をしていたエオルも同じく札束に触れると、眉間に皺を寄せ、よしのを見た。

 エオル「よしのさん」


 エオルは自分の胸元に輝く金色のバッヂをよしのに見せた。

 エオル「このお金をくれた人、こういうバッヂしていた?」



 よしのは少しの間バッヂを見つめ、ハンチング帽の男を思い浮かべた。


 つけてはいなかった気がする。


 次にギルティンを思い浮かべた。


 そういえば…



 よしのはためらいながら首を縦に振った。すぐさまエオルはフィードに視線を向けた。

 エオル「フィード、……このお札……」

 フィードは自分の手先を目を落としたまま口を開いた。

 フィード「ああ、禍々しいナマの魔力がべったりくっついていやがる。おそらく"悪魔契約"に失敗して、どーかなっちまってるバカだな」


 エオルは再びよしのにゆっくりと語りかけた。

 エオル「よしのさん……本当に何もされていない? 大丈夫?」

 よしのは胸に手を当てて不安そうな顔をした。

 よしの「はい……。ただその方に"お土産"をいただきまして……」

 エオル「お土産?」

 よしのは枕の下から小さな麻袋を取り出し、掌に中身を出した。


 それは小さなラムネ菓子のようなものだった。


 フィード「なんだこりゃ……おっと!」

 ラムネ菓子が、よしのから取り上げた勢いあまってフィードの指先から転げ落ちた。カツカツと音を立て、ラムネ菓子は埃舞う古めかしい床の上を転がった。

 フィード「わりーわりー」


 ラムネ菓子を拾おうと伸びたフィードの手を、突然、ガシリと白い手が掴んだ。


 フィード「あ?」

 掃除婦が、目を爛々とさせ、ラムネ菓子を凝視していた。

 掃除婦「あんたこれどこで手に入れたんだい?」

 フィード「は? てめーこのラムネ菓子のこと知ってんのか?」

 掃除婦「あたしに売って」

 話を聞けよ、とフィードはあからさまに不快感を示すように舌打ちした。

 フィード「あのな、」

 ラムネ菓子に手を伸ばせぬよう掃除婦の両手がフィードの手を引っ張りよせた。

 掃除婦「お願いだから! いくらでも出すからさ……」

 イライラしながら、フィードは声を荒げた。

 フィード「だから! これが何なのかをまず答えろっつの!」


 掃除婦はフィードの言葉を無視し、床の上のラムネ菓子を無理やり口に放り込んだ。


 フィード「あー! このやろ!」

 エオル「フィード! いくら食べ物盗られたからって相手一般人だから! ……じゃなくて、その人様子がおかしいよ」


 フィードはイライラしながら、ラムネ菓子を拾うために落としていた腰を上げた。

 同時に、ラムネ菓子を飲み込んだ掃除婦は突然奇声をあげて卒倒した。

 フィード「ハァ!?」

 掃除婦はしばらくの間奇声を上げ笑い転げ、意味不明な言葉をぐだぐだと発し続けた。


 フィード「なんだぁ!?」

 エオル「たぶんこれ……魔薬ドラッグってやつじゃない!?」

 フィード「は? なんだそりゃ?」


 エオルは肩をすくめた。

 エオル「現実ではありえない快楽をもたらす、人生の一瞬だけ個人的にハッピーになれる薬さ」

 フィード「なんだその妙な言い回し?」


 床に転げ回る掃除婦を、エオルは険しい顔で見つめた。

 エオル「なんでも副作用が心身ともにかなりあって、本人もまわりも"結果的に破滅に導く"シロモノらしいよ。……話には聞いていたけど……」

 エオルは掃除婦を見ていた顔をしかめた。

 エオル「これほどだとは……よしのさん、これどこで……」

 よしのに目を向けると、よしのは掃除婦を見つめながらガタガタと震え、ポロポロと涙をこぼしていた。


 エオル「よしのさん違う! この人たぶん常習者だよ、重度のね。 よしのさんはこれが魔薬ドラッグだなんて知らなかったんだ。悪くないよ……それよりこれ、どうしたのか教えて?」


 よしのは震える手を胸元で固く握りしめるように組み、記憶をたどるように涙に濡れる視線を落とした。

 よしの「昨日のお仕事でお酌をしたギルティンさんという方に頂いた物です。一粒で空腹が満たされると……会社の商品の試作品だとおっしゃっていました」

 エオル「会社?」

 よしのはギルティンから貰った名刺を取り出した。

 エオル「ブレーメン製薬……"ブレーメン"? どこかで聞いたような……」





 掃除婦は白目をむき、ガタガタと痙攣し始めた。

 エオル「なんかヤバそう……病院に連れて行こう!」


 フィード「ダメだ」


 何を言っているんだとエオルは勢いよくフィードを睨みつけた。エオルの様子に全く気に留める様子もなくフィードは腕組みした。

 フィード「病院なんて行ったらアシがつくだろが!」

 よしのはおもむろにベッドから降り、掃除婦の前に膝をつくとヤサカニを発動した。

 よしの「"せんゆ"……お願いします。力を貸してください……」

 すると、よしのの目の前に黄緑色の宝珠が浮かび上がり、まばゆい光を放ち始めた。次の瞬間、宝珠から黄緑色に輝く狛犬が飛び出した。

 狛犬は掃除婦に近づき、クンクンと匂いを嗅いだ。そして「ワン」と一吠えすると、ピタリと掃除婦の痙攣がおさまった。


 フィード「何こいつ! すげぇ!」

 フィードは子どものようにはしゃいで"せんゆ"を見た。しかし、"せんゆ"は悲しそうに一声鳴くと、黄緑色の光とともに宝珠の中に消えていった。

 よしの「せんゆ……?」

 エオル「たぶん……脳の(委縮とか、)器質的な部分だろうね。これは現代治癒魔法でもどうしようもない」

 フィード「器質的?」

 エオル「ようは脳みそが縮んでなくなるってこと。 無くなった部分はどうやったって取り戻せないだろ?」

 フィード「ふーん、そんなヤベー薬なのか。何でそんなもんに手ぇだすかねぇ」

 エオル「何物にも代えがたい一瞬のハッピーとやらのためじゃない?」

 フィードは納得いかないという顔で頭をポリポリとかいた。


 「うわっ!」


 部屋の出入り口から男のうわずった声――一行が振り向くと、男は後ずさった。


 「あ、あんたら……なにしてんだっ!」


 エオル「へっ!?」


 ――密室で、倒れる女を救助する様子もなくただ見降ろす――


 エオル(あ……明らかに俺たち怪しい)

 エオルは慌てた。

 エオル「ちょっ……ご、誤解です!」


 エオルの剣幕(男から見たらそう感じる)に男は身の危険を感じ、思わず声を上げた。

 「ひっ人殺し!」

 エオル「ええぇぇーーーー!」


 その不吉な叫び声に、部屋の入口にわらわらと人が集まり出した。

 エオル「ち、違うんです、あの……」

 フィード「逃げるぞ」

 その一言に、エオルが後ろを振り返ると、フィードは魔導師の超人的な跳躍力で窓から向かいの建物の屋根に飛び移った。

 エオル「ちょっと! フィード!」

 慌ててよしのを抱え、エオルはフィードの後を追った。




 建物の屋根を、2人の魔導師はぴょんぴょんと飛び移る――


 エオル「フィード! 逃げたら余計怪しいじゃない!」

 フィード「だったら説明すんのか? 女がああなった魔薬ドラッグは俺様たちが持ってきたものだって」

 エオル「うぐっ……」


 エオルに担がれていたよしのはポロポロと泣き出した。

 よしの「申し訳ありません……申し訳ありません……!」

 エオル「よしのさ…」

 フィード「ええい! てめーはいちいち泣くんじゃねぇー! ちったぁふてぶてしさをもちやがれ!」

 すぐさまエオルは突っ込んだ。

 エオル「君はふてぶてしすぎでしょ……まぁでも、よしのさんは責任感じ過ぎだよ! 悪いのはあんなの撒き散らしてるギルティンってやつさ!」


 エオルはフィードを見た。

 エオル「で? どうする? ボスさん」

 フィードは前を見据えたまま吠えた。


 フィード「決まってら! よしのを泣かしたやつ、ぶっ飛ばす!」





 ――間――


 エオル「ここか」

 一行の前には白い大きな壁。

 よしの「たしか、ここの壁がへこんでいるところを……」

 壁に近づこうとしたよしのをフィードが止めた。

 フィード「離れてろ」

 そうして壁に向け手のひらをかざし、呪文を唱え始めた。


 フィード「小爆炎グラン・デ!」


 耳をふさぐ強烈な爆音。

 爆風と黒煙とともに、白い壁は跡形もなく吹き飛び、その向こうに瓦礫と埃にまみれた酒場が姿を現した。

 酒場には客はおらず、カウンターには仕込中だったのか、鍋にお玉を突っ込んだまま、ホコリまみれの店員が目をまん丸くしてこちらを見つめていた。

 フィードはカウンターにズカズカと近づいた。そしてヒョイとカウンターの上に飛び乗ると、店員の胸倉をふん掴み、顔を寄せた。


 フィード「てめー、ギルティンとかいう男しらねーか」

 エオルが慌ててフィードを制止した。

 エオル「ちょっと、やめなって! やりすぎ、フィード!」

 店員「な、何なんだあんたたち! ギルドを襲うなんて正気か!?」

 フィード「正気? んなもん、とうの昔に捨ててきた!」

 今にも飛びかからんとするフィードの襟首を、エオルは掴みあげた。

 エオル「……すみません! 本当、ギルティンて人の居場所だけ教えていただけたら……」


 エオルに向けられた店員の視線は冷たかった。

 店員「例えどんなことがあろうと、そういったやりとりはギルドの者はできない! 我々は情報屋ではない。ここでのルールを、お前たちは知らないのか?」


 ――ルールは一つ、"無関心"――


 それは常識や法律が通用しない裏社会アンチルールにおいて、自分の身を守るための唯一のルール。


 エオルは首を横に振った。

 エオル「……俺たちはそのルールを破れても、この人にまで破らせるわけにはいかないよ」

 フィードは舌打ちした。

 フィード「甘ぇよ、お前」


 「えっ!?」


 ギルドと外界を隔てていた壁があった場所に男が一人。男は自分の声に反応して振り返った一行と目が合うと、慌てて逃げ出した。

 しかし、フィードの魔導師の超人的な身体能力で瞬時に追いつかれ、瞬く間に取り押さえられた。

 エオル「その人どう見ても一般人だよ!」

 フィード「パンピーがこんな真昼間にこんなとこ来るかよ!」


 フィードは男のポケットを物色し始めた。

 エオル「えぇっ!?」

 男のポケットから出てきたフィードの手には、小さなラムネ菓子のようなものが詰まった小瓶が握られていた。

 エオル「……あ!」

 よしの「それは!」


 フィードは男の胸ぐらを掴み、よしのに顔を向けた。

 フィード「おい、よしの! こいつがギルティンとかいうヤツか!?」

 よしのは"早く手荒なことはやめて"と顔を歪ませて首を素早く横に振った。


 フィードは掴んでいた男の胸ぐらをさらに捻り上げ、男に見えるように先ほど取り上げた小瓶をシャリシャリと振った。

 フィード「こいつをどこで手に入れやがった」

 男は目を見開き、口をパクパクさせ、ただただガタガタと震えていた。その様子を見て、エオルは男の胸ぐらを掴むフィードの腕を掴んだ。

 エオル「たぶんこの人、ここに届けるのを頼まれただけだよ……」


 男はエオルに助けてくれとばかりにすがりついた。

 「お、俺はこの小瓶をここの開店までに届けるように頼まれただけなんだ! 金が必要で……それ以外本当に何も知らない!」

 エオルは落ち着かせるように男の肩に手を置き、ゆっくりと語りかけた。


 エオル「あなたにこの小瓶を届けるように頼んだのはどんな人でしたか?」

 男はオドオドと答えた。

 「ハンチング帽子をかぶった……小太りの、中年の男……」

 よしの「その方……! 恐らく昨日私がお仕事を頂いた方ですわっ!」


 エオル「……あなたがそのハンチング帽の男に仕事をもらったのはいつですか?」

 「け、今朝……」


 エオル「どのあたりで?」

 「ここの3つ隣……19ブロック……道端で……」


 エオル「そのあと、その男がどこに行ったかは、わかりますか?」

 「知らない……」


 エオルは短いため息をついた。

 エオル「よしのさん、その男に会ったのはどこ?」

 よしの「えと…………パン屋さんがあるあたり……」

 エオル(アバウトーー!)


 「この町のパン屋は2つしかない! そのうち一つが19ブロックにあるんだ」


 エオルは顎に手をそえた。

 エオル「んー……そこへんが"よくうろついている場所"みたいだねぇ……昨日今日と現れてるみたいだし……」

 ヤレヤレと溜め息をつき、フィードは腕を組んだ。

 フィード「手がかりはそれしかねぇってことか」


 男は不安そうな顔でエオルに訴えた。

 「あの……俺、そんなヤバいもの運んでたんですか!? 俺、その人たちに命狙われたりとか……ないですよね!?」

 フィードは冷たく言い放った。

 フィード「しらねーよ。てめーのケツはてめーで拭いやがれ」

 あまりの冷たい物言いに、エオルはすぐさま食って掛かった。

 エオル「フィード! 君ね……!」


 フィード「エオル!」


 フィードはエオルを睨みつけた。

 エオル「何だよっ!」

 フィード「てめぇいい加減その甘さを捨てろ。全部を全部、てめぇの力で救えると思うな!」

 その瞬間、エオルの頭にある単語が浮かんだ。



 ――魔導師の万能感――

 魔導師の最も注意すべき感情、それは"驕り"である。

 それは魔法を扱える上に常人離れした身体能力を持ち、かつ社会的に地位持つ者として、その力を誤った方向に使う可能性が高い感情であるからだ。

 それに対する警鐘の意味を込めた業界用語が"魔導師の万能感"である。



 エオル(……"ルールは一つ「無関心」"……自分たちを守るためのルール……)

 フィード「行くぞ」

 エオルは唇をかみしめた。




 一行は町の人間に見つからないように、家々の間や屋根の上をコソコソと、よしのの言うパン屋(19ブロック)に向かった。



 道中、浮かない顔のエオルの様子に気づき、フィードがため息をついた。

 フィード「なんだ、あの男の行く末がそんなに心配か? あいつは金が要るからって、自分からハンチング野郎の話に乗ったんだぞ? 理由がどうあれ、俺たちが手を差し伸べてやる必要はねぇ」

 エオル「……そうなんだけどさ……なんていうか、自分では絶対あり得ないだろうって思ってた"魔導師の万能感"ってやつが、やっぱり自分の中にもあったんだって思ったら、ちょっとへこんだだけ」

 フィードは笑った。

 フィード「ばーか。自分では有り得ねぇとか思ってる時点で驕りだろ」

 エオル「ハハ……本当だ」

 フィード「…それと」


 フィードは笑うのをやめ、口を尖らせた。

 フィード「全部を全部助けらんねぇっつったけど、全部助けねぇってわけじゃねぇからな」

 エオル「あ、それラプリィのこと言ってる? そうだよねー、じゃないと自分の言動矛盾するもんねー」

 フィード「うっせえ」



 とある建物の屋根の上。焼きたてのパンの良い香りが立ち込める。眼下には「ピーター・ベーカリー」。


 エオルは担いでいたよしのを降ろした。

 エオル「よしのさん、あの店?」

 よしのは胸の前で拳を握りしめた。

 よしの「はい……ここのお店の近くでお会いしました」


 フィード「よし!」

 フィードはよしのにこれから悪さをするぞという笑みを向けた。







 「ハァ……今日もスッちまったか」

 気晴らしの煙草をふかし、これからどこでどうヒマをつぶそうか……などと考えながら、湿気た面を見られまいといつものハンチング帽を目深にかぶり、男はついいつものパン屋があるブロックに足が向いた。

 今朝、裏ギルドに"ブツ"を届けるように指示した男――ソイツに成功の報告を貰わないと、ギルティン氏から報酬は貰えない。


 ――チクショウ、まだかよ、もうパン買う金すら残ってねぇ。


 「ん?」

 パン屋の前に、見覚えのあるおかしな格好の女。


 ――あいつは……


 ハンチング帽の男は心の中でガッツポーズした。そしていそいそと女に近づいた。



 「よう! ねーちゃん!」


 女は流れるような黒髪を揺らし、驚いたように振り返った。やはり、昨日ギルティン氏に紹介した女だ。

 「あ……その節はどうも……」

 女はふかぶかと頭をさげた。ハンチング帽の男は、はやる気持を抑え、さも何をしに女がここへ来たか見当もつかないという素振りでゆっくりと話しかけた。

 「どうしたんだい? こんなとこで」

 「あの……えと……」

 女は口をもごもごさせ、しきりに辺りを気にしていた。ハンチング帽の男は無意識に口角が上がった。

 「ああ、もしかして、ギルティン氏のラムネ菓子の追加注文かい?」




 目の前のハンチング帽の男の口から出た単語に、よしのはつい十数分前のエオルの言葉を思い出した。





 エオルはとても申し訳なさそうに、心配そうに言った。

 『ギルティン』

 『ラムネ菓子』

 このどちらかのキーワードを聞き出せたら……







 よしのはハンチング帽の男の手を引き、路地裏に歩を進めた。


 人気は徐々に失せてゆく。


 ハンチング帽の男は嬉しそうに声のトーンを上げた。

 ハンチング「おいおい! 見かけによらず、ずいぶん積極的だなぁ! それとも人通りのあるとこでする話じゃなかったかい?」


 「お、よくわかってんじゃねーか」


 人気の全くなくなった日の光の届かない薄暗い路地裏に、どこからか降ってきただみ声。よしのは足を止めた。


 突然、背後からハンチング帽の男の肩にゴツゴツとした筋肉質な腕が回された。

 エオル「どーも」


 今度は逆側から、黒い袖からのぞく白い腕が男の首に回された。

 フィード「えー、このたびは、うちのよしのが世話んなったみたいで」


 男は眼だけ動かし、左右を盗み見た。

 自分の両脇を固める二人、その共通点――胸元に輝く見覚えのあるバッヂ。

 男は自分の血の気が一度に冷めてゆくのを感じた。


 ハンチング「……対犯罪魔導師警察組織トランプの覆面捜査官か」

 エオルはニヤリと笑みを浮かべた。

 エオル「バッヂ(これ)見て"トランプ"が第一声に来るってことは、"そういう"心当たりがあるみたいだね」

 フィード「てめ、ちょっとツラ貸せ」


 フィードは男の首根っこを掴むと、乱暴に引っ張り上げ、路地裏の行き止まりまで連れて行き、壁際に押さえつけた。

 フィード「ギルティンという男を知っているな」

 ハンチング「知らねぇ」

 フィード「よしの!」

 よしのは胸の前で手を固く結んだ。

 よしの「はい。確かにこの方、"ギルティン氏のラムネ菓子"とおっしゃいましたわ!」

 フィードはニヤリと見下すように男を見た。

 フィード「ほらよ」


 男は少しの間苦虫を噛むような顔をしたが、それは次に自嘲気味の笑みへと変わった。

 ハンチング「ギルティン氏ならよく知ってんぜ。知りたきゃ情報料よこしな」

 フィードは邪悪な笑みを浮かべた。

 フィード「おい、本当にトランプは一般人に危害加えてねぇと思ってんのか?」

 ハンチング「……おどしだろ?」

 フィード「試してみるか?」


 ハンチング帽の男はこの町の裏社会で数々の修羅場をくぐり抜け、今日まで命をつないできた男だ。その男が今、ただ一つハッキリと感じた。


 ――こいつはマジだ――


 ハンチング帽の男は苦笑いしながら両手を上げた。

 ハンチング「わかった! ……降参だ。何が知りたいんだっけ?」

 フィード「ギルティンのヤローの居場所に連れてけ」




 一行は建物の屋上を移動しつつ、地上を歩くハンチング帽の男を監視しながら案内させた。

 しかし、ハンチング帽の男が案内したのは、一行にとって、直近で最も身近な場所であった。

 フィード「ん?」

 よしの「ここって……!」

 エオル「……俺たちが泊ってた宿……!?」


 一行は問題の宿のはす向かいの建物の屋上で、並んで黙りこみ、全員が同時に同じことを思った。


 ――入れない……!――


 ハンチング帽の男は不思議そうに屋上から見下ろす一向を見上げた。

 フィード(てめっ! こっち見んな見んな!)

 エオル(見つかっちゃうでしょー!)

 よしの(ギルティンさん、同じところに宿泊されていたのですね)


 エオル「弱ったね……」

 フィード「ええい! 作戦変更だ!」






 問題の宿のはす向かいの建物の屋上――

 ハンチング「ええっ!? ギルティン氏を連れて来いって!?」

 フィード「おー。町中でドンパチおっ始めるわけにも行かねぇからな。町はずれの指定の場所まで引っ張ってこい」

 エオル(よくそういう嘘に頭が働くなぁ……)


 ハンチング「し、しかし……客引きを私にさせていたくらいですよ! どうやって連れて来いと……」

 フィードは男を蹴とばした。

 フィード「んなもん、魔導師の上客がいるだのなんだの、いろいろあんだろーがっ! テメーで考えやがれ!」

 ハンチング「わ……わかりましたよ……」

 ハンチング帽の男はそそくさと宿の中に入っていった。


 エオル「フィード……あんまし暴力は……」

 フィード「いいじゃねぇか。 リアルなトランプ像を植え付けてやってんだよ」

 エオルはため息をついた。

 エオル「じゃあ……指定の場所ってやつに行っておこうか……」

 フィード「ばーか、ヤツが逃げる可能性だってあんじゃねーか。このままヤツを屋根から監視する」


 エオル「なんか……気乗りしない」


 フィードは横目でチラリとエオルを見た。


 空気がピリッと張り詰めた。


 フィード「何が不満だ」

 エオルは目を閉じた。

 エオル「君のやり方が」

 フィード「そりゃわかんだよ。だから、俺様のやり方の何が気にくわねぇのかって聞いてんだ」

 エオルはフィードをまっすぐ見据えた。

 エオル「これじゃまるで、あのおじさんが俺たちの人質みたいじゃないか! 嘘ついて騙したり、監視したり、力にもの言わせて言うこと聞かせたり……」

 フィードは鼻で笑った。

 フィード「なんだ? 傷害の容疑掛けられて宿追われて、ただでさえ、この町うろつく場所も時間も限られてるってのに、これ以上てっとり早い方法あるかよ!? おまけに結局まとまった金どころか山越えの準備すらまともに出来てねぇ! じゃあテメーは、これからやつらから金ふんだくろうって時にもいちいちキレるつもりか!?」

 エオルはフィードの胸ぐらを掴んだ。

 エオル「君、そんなつもりだったの!? よしのさん泣かせたヤツぶっ飛ばすって! それも嘘だったわけ!?」

 フィードもエオルの胸ぐらを掴み返した。

 フィード「何でそれが嘘になるんだよ!? ぶっ飛ばすついでに必要な物頂戴するだけだぞ!? 別に善人から金奪うわけじゃねーじゃねぇか! 綺麗事ばっか並べても何も解決しねぇ! 現実を見ろ!」


 よしの「お二人とも……」


 よしのはポロポロと大粒の涙を流した。

 よしの 「どうか喧嘩はおやめになってください……」

 二人はにらみ合ったまま、よしのの方を向くことはなかった。

 エオル「ごめん、これからの方針の問題だから」

 フィード「てめーはすっこんでろ、よしの」


 よしの(どうしましょう……どうしたら……私がよかれと思って始めたお仕事のせいでこんな……どうして……)

 よしのはぎゅうとクリスを抱きしめた。

 クリス「ミャー」

 クリスがしきりに下に向けて鳴き声をあげている。よしのははす向かいの宿の入り口にふと視線を向けた。

 よしの「あ……」


 ハンチング帽の男が宿から出てきているところだった。一人のようだった。

 よしの「お……お二方……」

 フィードはエオルの腕を振り払った。

 フィード「お出ましか。フン、一人だ。やっぱ逃げるつもりだな」

 エオル「ちょっ……あの人になにするつもり!? 場合によっては通すわけには行かないよ」

 フィードはエオルを睨みつけた。

 フィード「丸腰で何ほざいてやがる」

 フィードはよしのを見た。


 フィード「よしの、俺様はヤツのとこに行く。俺様とこいつ、ついて来たい方についてきな」


 エオル「はぁっ!?」


 よしの「え……」


 さんさんと降り注ぐ太陽は、いつしか頂点から下り始めていた。

 山側からは湿気を帯びた風が吹いていた。





前後編の前編。

なんだかネタが世間とちょっとかぶってしまった気がしますが、

これを書いたのは今年の6月くらいでした。


あいかわらずケンカばかりのこの2人。

よしの、どうする!?

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