29.2.trick beat―とらわれおうじ2―
犯罪魔導師であり、"最強の7人の魔導師"の一人、"共食い"グレイと対峙した魔導師警察のシェンとトウジロウは……?
暴風と火山の噴煙。数十センチ先すらままならぬ景色。
剣を交える二人の男の腕をガシリと掴み、赤茶色のツンツン頭の小柄な男――シェンはにこりと笑った。
シェン「今日は来てくれてサンキューな」
笑顔を向けたその先、白髪混じりの鳶色の髪に伏し目がちの青く光る瞳、深い皺の刻まれた疲れきった顔、風になびく背中の巨大な蝙蝠の翼をたたみ、グレイは目の前で自らと剣を交える男を殺気溢れる眼光で睨みつけた。
睨み付けられた黒髪坊主頭の大男トウジロウは額に青筋を立て、グレイのレイピアに自らの刀と体重をかけた。
トウジロウのピアスだらけの耳を、小さな小さなミニチュアサイズの細い手が引っ張りあげた。パタパタと強風に負けず翅を動かし、金の髪の妖精の少女リンリンは甲高い声をあげて叫んだ。
リンリン「いい加減にしなさいよっこのムキムキマッチョマンめっ! たった今シェンがストップって言ったばっかでしょーっ!」
トウジロウの太い指がリンリンの翅をつまみ上げた。
トウジロウ「やかましい! わかっとるわい、虫っころ」
ゴツゴツとした巨大な指の中でリンリンはバタバタと暴れた。
リンリン「誰が虫っころだよーっ!」
グレイは剣をおさめなかった。
グレイ「マリアはどこだ」
シェンはおどけたように笑ってみせた。
シェン「いっくらマスター・マリアでも一応女性でしょ? こんなところにはさすがに連れて来れないよ」
グレイ「マリアをだせ」
シェン「や、あのね」
そしてグレイはトウジロウを指差した。
グレイ「マリアの代わりにトウジロウ・イチマツを連れてきたということか!」
まず指を差されたことに、トウジロウは苛ついたようだった。睨み返すその勢いは今にも掴みかからんばかりだった。
その勢いに負けず劣らず、物静かでおとなしそうなグレイの表情はみるみる魔除けの像のような憤怒の形相と化し、ついには鞘に収まったままであったトウジロウの刀を乱暴に掴み、揺すった。
グレイ「お前がマリアを隠したのかーー!」
トウジロウは眉根をよせた。
トウジロウ「はあ?」
グレイ「でなきゃマリアはぼくに会いに来ていた! おまえがマリアを"嫌な目"にあわせてるんだ! マリアは嫌がってる!」
シェンはグレイとトウジロウの間に割って入った。そしてグレイを刺激しないようゆっくりと分かりやすく喋った。
シェン「落ち着いて、グレイ、まずは話を聞いて?」
グレイはシェンに見向きもしなかった。
グレイ「殺す! イチマツも、協会も! ぼくとマリアの仲を引き裂こうとするやつは! 皆殺しだ!」
トウジロウは刀の柄に手をかけた。
シェン「たしかに!」
グレイは青く光る瞳をシェンに向けた。
シェン「協会のやつもトウジロウのやつもひっどいよな~! 俺、グレイに同情するよ! でもどっちも全部潰して回るのは時間かかるよな~マリア先生、待ちくたびれちゃうよ」
そして人差し指をグレイの顔の前で立てた。
シェン「提案。協会にもトウジロウにもお前への敗北を認めさせる方法!」
グレイはニヤリとトウジロウに勝ち誇った笑みを向けた。
シェン「協会が今手を焼いていることがある。大悪魔ノッシュナイドが地上に現れたんだ。本当に困ってて、そいつを倒せる魔導師を探してる」
拳を握りしめ、シェンは力説した。
シェン「あんたのマリア先生への愛は! 大悪魔ノッシュナイドにも勝てるかっ! マリア先生はあんたの愛が本物か試したがってる!」
あまりに胡散臭い演説に端から見ていたリンリンは溜め息をついた。
リンリン(シェン、さすがに嘘臭すぎ……)
グレイはシェンの両肩を掴んだ。
グレイ「それは本当か」
シェン「トウジロウはノッシュナイドを倒しマリア先生を自分のものにしようとしてるんだ! トウジロウからマリア先生を救うにはあんたの手で! ノッシュナイドを! 倒すしかない!」
青く輝く瞳がトウジロウへと向いた。
グレイ「覚悟しておけ!」
そう言い残すとグレイは羽を広げて噴煙の嵐へと消えていった。
トウジロウはぼそりと一言。
トウジロウ「……何コレ」
シェンは腹を抱えて笑った。
シェン「アッハハハハ! 頑張って勝てよ」
トウジロウ「……オレあんなオバハンに興味ないし、そもそもあのアホとオバハンて何なん? それでいて何でオレが話に出て来んねん」
シェンは「さあ?」と首を傾げた。
シェン「まあ俺の仕事はグレイの協力を取り付けることだからね。マスター・マリアはお前が守れよ」
トウジロウはすぐさま噛みついた。
トウジロウ「なんでやねん!」
シェンの人差し指がピタリとトウジロウを捉えた。
シェン「上司命令」
心底億劫だ、という長く重い溜め息をつき、トウジロウは「了解」と短く回答した。
リンリンはシェンの肩に腰かけた。
リンリン「でもあんな芝居がかった説得でよくグレイも動いたね」
シェンはクスリと笑った。
シェン「トウジロウを連れてきたのは賭けだった。マスター・マリアがいない時点で俺らはグレイの要求を飲まなかった、約束違反だからね。マスターの姿を確認出来なかった時点で姿を消されていた可能性が十二分にあった」
リンリン「でも、真っ先にこの坊主マッチョに襲いかかってきたね」
トウジロウ「普通に呼べや虫っころ」
シェンはトウジロウに飛びかかりかけたリンリンの翅をつまみ上げた。
シェン「その時点で、グレイは冷静な状態じゃないと判断した。あとはグレイの言葉の端々から出てくるキーワードからあいつの頭の中の"ストーリー"に乗っかってやったわけ」
リンリン「ストーリー?」
シェンはうなずいた。
シェン「理由はわからないけど、グレイは自分とマスター・マリアは相思相愛で、だけどモモが横恋慕をしていたり、協会が仲を引き裂こうとしているから、マスターに会えない、と思っている。だけどマスターを助けにいくよりも先に、"共食い"の作業、つまり同族である吸血鬼を殺してまわらなければならない理由もある、だからすぐに助けに行くという行動が起こせない状況にある、と俺は読み取れたわけ。そこで俺はマスターを助けに行く近道を作ってあげたのさ」
そして、トウジロウに視線を向けた。
シェン「あいつのストーリーの登場人物に入っちゃってる時点で、お前は役者として必要不可欠。協会からは絶対に二人を会わせないように言われてる。いいな?」
トウジロウはガシガシと頭を掻いた。
トウジロウ「……わかった言うとるやんけ、もうこの遠征は終わりでええんやろ」
シェン「ああ、サンキュー! 戻っていいぞ!」
トウジロウは少しの間沈黙し、何かを言いづらそうにしていた。
シェン「なに?」
トウジロウ「ちょい、頼まれてくれへん? 持っていきたいもんがあんねん」
グレイも頭は良くなさそうですね。
そんなわけで次週は本編30話。バトルバトルです。3/2更新予定です。