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W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
悪魔の薬編―ファリアス港編―
52/72

27.bear traps

今年最後の本編更新です。


まさかの主人公一行出番なし!


魔薬チーム"黒い三日月"のリーダー・ロロに助けられ、獣人の盗賊の少女ラプリィが連れられたのは……?

 味気ない石壁。趣のある螺旋階段を昇った先。ジャラジャラと音を立てて取り出された鍵束。そのうちの一つで開いた木製の簡素なドア。しんと静まり返ったアパルトマンの一室に、ラプリィの声は思わず小さくなった。

 ラプリィ「お、お邪魔します……」


 ピカピカに磨かれた床、黒いソファにカーペット、カーテン、モノクロにまとめあげられたその部屋はシンプルで清潔感があった。

 ラプリィは部屋に入ることを躊躇した。長旅でクタクタのブーツは、泥だらけであったためだ。その様子に気がついたのか、鼻ピアスの男は「アハハ」と腹を抱えて笑いながら、ラプリィの手を引いた。

 ロロ「きにしなぁ~い」

 相変わらずの、子どもに話しかけるような猫撫で声。だがその声は最早ラプリィを苛つかせるどころか、ドキドキとさせるものへと変わっていた。





―――― bear traps(仕組まれた修羅場) ――――




 そうしてソファにかけるよう促され、そのまま少し待っていると、男は部屋の奥から救急箱を手に現れた。そうしてラプリィの隣に腰かけると、ピンセットでつまんだ真っ白の真綿に茶色い薬瓶から消毒液を垂らし、「ちょっとしみるよ」などと声をかけながらラプリィの治療を始めた。

 ラプリィは男の通った鼻筋や空のように真っ青な瞳をまじまじと見つめた。男はクスリと笑った。

 ロロ「なあに? いたい?」

 ラプリィ「ううん、ねぇロロさん、どうして助けてくれたの? 裏ギルドに来たのって用事があったからじゃないの?」

 ロロは笑った。

 ロロ「2個目の質問はね~、別にへいき~、あそこは昼間からお酒飲めるからね~」

 思わずクスリと、ラプリィは笑った。

 ラプリィ「昼間っからお酒だなんて」

 ロロ「1個目の質問はねー、」

 蒼い瞳がラプリィを映した。まるで空に墜ちて行きそうなその蒼い瞳に、ラプリィは吸い込まれるのではないかと思った。

 ロロは膝の上で頬杖をついて、ニコリと笑った。


 ロロ「ラプリィの髪がミルクティーみたいでかわいかったから、つい助けたくなったの~」


 茹でダコのように顔を真っ赤にして、ラプリィは慌てふためいた。

 ラプリィ「ちょっと、ばか、何言ってるのよ」

 ロロはラプリィの顔を覗き込むように傾け、言葉を続けた。その声は低い、"男"の声だった。

 ロロ「もっと知りたいな、ラプリィのこと」

 ラプリィは真っ赤になっている顔を隠すように俯いた。






 ◆◆◆


 「お前、この街に"免罪符"持ち込む意味、わかってんだろうなあ?」


 ごみ溜めのような薄汚い路地裏。周囲の建物から漏れる僅かな灯りと月明かりが照らす。

 複数の若い男たちに囲まれ、胸下までジッパーを上げた、豹柄のパーカーのフードを目深に被った細身の女。フードの間から垂れる小豆色の長く艶やかな髪は、流れる滝の時間を切り取った絵画のように美しい。フードの隙間から覗くその顔立ちに、男たちは沸き立った。

 

 「おっ! すげー美人じゃん!」

 「この前は不細工な上に酷かったからなあ!」 ※25話のリケとトウジロウの話

 「よう、ねーちゃん! 遊んでくれたら見逃してやってもいいぜ?」

 女は両手をパーカーのポケットに突っ込むとニヤリと笑った。

 「そんなんでいいの? "黒い三日月"に怒られるんじゃない?」

 「ねーちゃんが可愛いからな! 特別だよ」

 下品な笑顔を向けながら男たちはにじり寄り、期を見計らったようにそのうちの一人が女に飛びかかった。

 しかし、ドスンという鈍い音が響き、男は糸を切られた操り人形のように崩れ落ちた。鳩尾には、深く女の肘がめり込んでいた。女は惚けた口調で口を開いた。

 「じゃあー、あたし可愛くって特別だからぁ~"遊んであげたら"ロロ・ウーんとこ連れてってぇ~?」

 男たちが返事をする間もなく女は軽やかな身のこなしで次々と男たちを倒していった。


 「……フーさん、全員倒してどうするんですか……」


 低くボソボソとした声。建物を囲う2、3メートルほどの外壁の上に、いつの間にか男が一人。

 フーはあからさまに嫌そうなため息をついてそのクロブチメガネの男――ウランドを見上げた。

 フー「てんめぇ~、ちったあ協力しろよ」

 紺色のネクタイをワイシャツの胸ポケットに入れながら外壁の上でしゃがみ、ウランドは心外だと肩をすくめて見せた。

 ウランド「協力はしているではありませんか、"私物"をお貸ししています」

 そうして指差した先は、フーが男たちをおびき寄せるのに使用した"小袋"。

 フー「だから、なんでオマエのものになってんだよ!」


 中には、魔薬"免罪符"が入っている。二人の共通のターゲットである、この街を支配する魔薬チーム"黒い三日月"のリーダー・ロロ。彼の魔薬チームが売る魔薬"フォビドゥンフルーツ"のライバル商品であるのがこの"免罪符"であった。売り上げに影響を及ぼしかねない"免罪符"がこの港街に入ってくることを警戒している"黒い三日月"にとって、"免罪符"を所持している人間は積極的に排除すべき人間である。だがしかし、逆に言えば、この"免罪符"は"黒い三日月"から近づいてきてもらう格好のエサでもあった。


 フーは袋越しに"免罪符"の香りを吸いこんだ。

 フー「こんなもんに躍起になるなんてな、バカの掃き溜めだよ、この街は」

 ウランド「感慨ふけるのはあとでお一人でしていただいて、どなたかたたき起こして頂けますか?」

 フー「ンだとコラ」


 ウランドに促されて改めて周りを見渡すが、フーの反抗虚しく、せっかくエサに食らいついた"手がかり"たちは、残らずひっくり返っていた。フーは頬を膨らませた。


 フー「オッサンがやれよ」

 ウランド「私は腕っぷしに自信がないもので、起こして殴られでもしたら、ひとたまりもありません」

 確かに、上背はそこそこだが、一見して虫も殺せなさそうな、ぬぼっとした優男だ。態度は大きいが、暴力なんてものには見るからに縁遠そうである。フーは冷ややかな視線をウランドに向けた。

 フー「そんなんで、S1の賞金首狙おうなんて、ナメてやがる」

 ウランド「フーさん、後ろ」


 フーが振り向くと、のびていた男たちのうちの一人がナイフを振りかざしていた。男は「しまった、バレた」と2、3歩後ずさった。フーはニコリと笑うと男の両頬を片手で掴み、そのまま壁に押し付けた。頬を挟まれ、タコのような顔になっている男に、フーはその鶴のような美しい顔を近づけた。

 フー「ロロ・ウーの元へ案内しな」

 男はフーに掴まれ殆ど動かない顔を動く範囲で横に振った。そして何かを喋りたそうだが、頬を挟まれているため口が上手く動かない。フーは笑った。

 フー「ははは! おんもしれぇ顔!」


 音もなく、フーの顔の横からゴツゴツとした大きな手が伸びた。その手は男の顔を掴むフーの細い手を優しく包むと、そっと男から引き離した。フーが後ろを見上げると、クロブチメガネの奥の茶色い瞳と目があった。フーはじんわりと背中に汗をかくのを感じた。

 フー(……気配が無ぇ……)

 どうやら、ただの優男では無さそうである。


 ウランド「他人へ敬意を払うことを覚えましょうね」


 何を言っているんだこいつは、とフーはキョトンとした。

 フー「はあ? 魔薬ばら蒔いてる害虫だろが」

 ウランド「貴女とは違う人生を歩み経験を積み、ここにいらっしゃるのですよ。背景も知らず貶すのは端から見ていて気分がよいものではありません」

 完全に素人だ、とフーは思った。

 フー「知らねぇよ、てめぇの気分なんか。そんな甘チャンすぐナメられんぞ」

 小さく笑うと、ウランドは男に視線を向けた。


 ウランド「さて改めてお伺いしますが、ロロ・ウーの居場所をご存知ですか、最近アジトにいないらしいのですが」

 男はバカにしたような笑いを浮かべ、手の中でナイフをくるりと回した。フーは"ホラ見ろ、言わんこっちゃない"とわざとらしくため息を付き、そっぽを向いた。

 フー「知ぃ~らねっ」


 ドスンと鈍い音の後、ガラガラと壁の破片が落下し、男の顔のすぐ横にはウランドの腕が、そしてその先の拳は完全に壁にめり込んでいた。男は苦笑いしながら視線をウランドへと戻した。ウランドはニッコリと微笑んだ。フーはじとりとウランドを睨んだ。

 フー「……誰が腕っぷしに自信がないだ?」

 ウランド「ご教示いただけますね?」

 男の喉からゴクリと音が鳴った。


 「俺たちみたいな末端の末端は会ったことすらねぇ、本当だ」

 ウランド「では会ったことがある方をご紹介ください」

 男は涙目で首を横に振った。

 「ダメだ……無理だ……勘弁してくれぇ! 殺されちまう!」

 組織犯罪はトランプにとって本当に厄介だ。魔導師であるためターゲット以外は一般人とみなされ手を出すことができない。そのため、大抵は地元の警察組織に協力を要請し、"このような事態"にならないようにする。だが今回に関しては警察がターゲットの組織に抱え込まれているため、協力を要請することが出来ない。ウランドは拳についた粉塵を払った。

 ウランド「まあ、それはそうでしょうねぇ。困りました、貴方がたの身の安全までは保証が難しいです」


 何かを思いついた様子のフーは、ポツリと呟いた。

 フー「……もしかすると、街の女共なら知ってるかも、どこに出没するか」

 

 ウランドは不思議そうにフーを見つめた。フーはポリポリと頬を掻き、苦笑いした。

 フー「所謂イケメンなんだよ、ロロ・ウーは」

 ウランド「お顔と出没場所と、どう関係が?」

 呆れた、とフーはクロブチメガネの奥をジトリと睨み付けた。

 フー「女は絶対目ェつけてんだろ! 分かってねぇな! 女心を」

 ウランド「なるほど、そういうことですか」

 フー「鈍っ感!」

 ウランド「ああ、よく言われます」

 フー(……こいつ絶対モテないだろ……)






 夜も更け、静まり返った街に居酒屋から洩れ聞こえる談笑。整然と埋め込まれた石畳を、窓の形にオレンジ色の光が照らす。時間も時間だったが、おかげで情報を聞き出せそうな場所はすぐに見つけることができた。


 ベルの音が鳴り、新たな客の入店を報せる。出入り口に立つ男女は見慣れない顔だった。店主は快活な笑顔を向けて、二人を迎え入れた。丁度隣の卓には、絡む酔っ払いを嫌そうな顔で追い払う一人の美女。


 フーは酒を片手に椅子をその卓につけ、酔っ払いにニコリと笑顔を向けた。

 フー「あたし、このお姉さんに用事があんだよね、消えてくれる?」

 酔っ払いはフーに食って掛かりかけたが、すぐ後ろでワイシャツの袖を捲り、指をボキボキと鳴らすクロブチメガネの男の筋骨隆々とした腕の太さを目にし、こりゃダメだとスゴスゴと引き下がった。完全に酔いが覚めた様子の酔っ払いのあまりにあっけない引き際を不思議に思ったフーはふと後ろを振り返った。クロブチメガネの男はワイシャツの袖のボタンを留めているところだった。

 フー「何やってんだよ」

 ウランド「ボタンが外れていました」

 フー「ったく」


 そうして不思議そうにフー自身を見つめる、酔っ払いに絡まれていた美女と目があった。フーはニカリと愛想の良い笑顔を向けた。

 フー「助けて"あげた"とこでさ、一個教えてほしいんだけど!」

 美女は「そういうことね」と笑いながら頬杖をついた。

 フー「ロロ・ウーって男を知ってる?」

 途端に美女の顔色が豹変した。笑顔は消え、警戒心むき出しの目付きとなり、フーの顔をジロジロと見つめた。

 「あなた、あの人の何なの?」

 フー「あの人の何なのって、そりゃこっちが聞きたいんだよ、知り合いなんだ?」

 美女は腕を組み、煙管をくわえた。

 「あんたがあの人の新しい女? 若い娘とは聞いたけど?」


 フーは口角を上げたまま首を横に振った。

 フー「あ~実はロロ・ウーはあたしの兄貴の友だちで~……ロロ・ウーのお母さんから手紙を預かってきてんのさ」

 美女は目の色を変えた。

 「彼のお母様の手紙!? わ、私が渡すわ! 預からせて!」

 フーは苦笑いしながら少し天井を仰いだ。

 フー「あと、あー、ついでに兄貴の結婚報告もしたいんだよね、積もる話もあるから、兎に角会いたいんだ」

 「じゃあ! その手紙を引き合いに呼んでみるから!」

 嘘の食い付きが予想以上だ、このままではボロがでる、とウランドがフォローのため口を開きかけたときだった。

 フー「ほい、じゃあこれ!」

 フーが差し出したのはまっさらの短冊形の白い紙。美女はそれを受け取り、紙の裏も表も見た。だが両面ともに何も書かれていない。

 フー「彼のお母さんは疑り深くってね、届く前に他人が読まないか心配みたいで、火に炙らないと見らんないようになってんの」


 明らかに嘘臭い嘘だ、これはもうダメかなとウランドは諦めた。しかし、

 「まあ! 素敵なお手紙ね! 早く彼と読みたいわ」

 美女はいそいそと立ち上がると、嬉々として店を出た。ウランドは信じられないという様子で美女の背中を見つめた。そんなウランドの背中をフーの手のひらがこぎみよい音を立てた。

 フー「ほら、とっとと行くよ!」

 ウランド「……ただの紙切れじゃないですか」

 フー「分かってねぇなあ、あたしにとってもあのお姉ちゃんにとっても、"ただの紙切れじゃない"んだよ」

 ウランド「どういうことですか?」


 フーはバカにしたように鼻で笑った。

 フー「あのお姉ちゃんはいいポイント稼ぎになると思ってんのさ、大切な人からの大事な手紙を届けてやった、だから褒めて褒めて~あたしのことスキになって~ってな」

 ウランド「そ、そんな人います?」

 フー「……本気でホレて、振り向いてほしくて、必死になってたら、自分がどんだけバカやってるかなんて気づかないもんさ。つーか、おっさん、あんた絶対モテない」

 ウランド「……あー」 ←ちょっと自分を振り返っている



 美女がいそいそと入っていったのは、塗り立てのペンキが真新しいアパルトマン。建物の中央は吹き抜けになっており、壁に這うようにして部屋に続く廊下と階段が取り付けられた、ホテルのような内装という印象のアパルトマンだった。フーはニヤリと笑った。


 フー「おーおー、コジャレたお住まいじゃんか」

 ウランド「……アジトは郊外らしいので、仮住いか何かでしょう」

 美女は中腹階で足を止めた。そして吹き抜け全体に響き渡る怒鳴り声を上げた。

 「何なのよあんた!」


 ある部屋の前に、ブロンドのロングヘアの別の美女が踞っていた。ブロンドの美女も鬼のような形相で立ち上がり、声を上げた。

 「あんたこそロロの部屋に何の用よ! あたしはここで2日も彼の事待ってるんだから!」

 女たちは髪の毛を掴み合い、取っ組み合いを始めた。慌てて仲裁に入ろうとするウランドをフーの細い手が引き留めた。

 フー「ほっとけよ、どうやらここは"ハズレ"らしい、次行くよ!」

 ウランド「その前に彼女たちを止めないと」

 吹き抜けから転落したら危ない、そのくらいの勢いの取っ組み合いだった。


 フー「時間のムダ! 本人いねえのに、初対面のうちらの聞く耳なんて持つかよ! んなヒマねえだろがっ! ほら、行くよ!」

 無理矢理引っ張るフーの小さな背中は、どこか焦りを覚えているようだった。降りかけの階段の真ん中あたりで、ウランドは自分を引っ張るフーの腕を掴み、壁際に押しやった。

 壁を背中にフーは「なにすんだよ」とウランドを睨み付けた。ウランドは腕を組み、ゆっくりと静かに話しかけた。


 ウランド「"ロロ・ウーの母親の手紙"はまだ彼女が持ったままですよ、返して頂かなくては」

 フー「いいよ、何枚もあるから」

 ウランド「……何を焦っているのです」






 あからさまにイライラした様子で頭をかきむしり、フーは声を荒げた。

 フー「"免罪符"もダメ、"手紙"もダメ、どうしろっつーんだよ!」

 ウランドはじっとフーを見つめた。


 フー「なんだよキショいな!」

 ウランド「……何か別の事で焦っておられるように見えます、違いますか?」

 頭をかきむしるフーの手がピタリと止まった。見開いた目はキョトンとウランドの眼差しを映した。


 「どいて」


 数段下で俯く少女。亜麻色の巻き髪に、あどけなさの残る人形のように美しい顔。このアパルトマンの住人だろうか。

 ウランド「ああ、すみません」


 端に避けたウランドは少女のその燃えたぎるような瞳に、直感的に"マズイ"と感じた。少女の細腕を、ウランドのゴツゴツとした大きな手が引き留めた。


 ウランド「何する気です」


 ウランドが掴んだ腕の先は、使い古された包丁がしっかりと握りしめられていた。

 少女はウランドの手を振り払おうともがいた。


 「離してよ」

 ウランド「そうはいきません、その刃物で何をされるおつもりですか」


 少女は叫んだ。

 「カレに頼まれたの! 自分を苦しめる女が何人か、ここの606号の前にいるから、やっつけてって!」


 606号室――女たちが未だに取っ組み合いをしている場所がちょうどその部屋の前だった。

 ウランド「カレ……? お言葉ですが、大切な女性にそのような依頼をするような男は、」

 「あたしはカレのためになんでもするって決めたの! いいから離してよ! なにしようがあたしの自由!」

 ウランド「他人の犠牲の上に自由などありません、ただの自己中心的なはた迷惑です」

 「あんたにあたしとカレの何がわかるっていうのよ!」

 ウランド「知りはしませんが、たかが知れています」

 「なんなのよ! あんた何様!?」


 ウランド「……カレのためだと思いつつ、本当は恐くて仕方がないのではありませんか?」

 包丁を握る少女の手は震えていた。

 ウランド「あなたが恐いと思うことをすることを、そのカレが本当に優しければ許容しないはずです。ご自身の頭でキチンと考えて、目を醒ましてください」

 

 少女はその場にへたりこんで項垂れた。

 「……カレ、戻って来なくなっちゃった、新居もあの女たちにいつ見つかるか恐いって」


 少女の亜麻色の頭にウランドの大きな手が乗った。

 ウランド「あなたはカレを守りたかったんですね、お優しい方だ。その優しさ、カレには勿体ないと思います」


 そう言いながらウランドの頭には、一体ロロ・ウーは何をしたいんだ、という疑問だけが残った。そうしてふと振り返ったそこに、フーの姿は無かった。






 慌てて階段を降り、アパルトマンの出入口に差し掛かると、ウランドはピタリと走るのを止めた。

 出入口を囲む武装警官隊。ウランドは笑った。

 ウランド「また誤認逮捕ですか? 生憎あなた方の"警官ごっこ"にお付き合いするヒマは」


 「ウランド・ヴァン・ウィンクル!」


 声を張り上げたのは昼間ウランドを逮捕した警官だった。警官はまっすぐとウランドを指差した。


 「"免罪符"所持の罪で逮捕する!」

 ウランド「何をおっしゃっているんですか、捜査に使うとご説明したではありませんか」

 「そのような調書など残ってはいない!」


 そうきたか、とウランドはニヤリと笑った。

 ウランド「"鬼ごっこ"であれば、付き合ってさしあげますよ」


 次の瞬間、ウランドは魔導師の超人的な跳躍力で、建物と建物の間を右へ左へと蹴り上がり、あっという間に建物の屋上へと登り詰めた。眼下より上がる自分への大勢の怒号を背中に、キョロキョロと屋根を見渡しながらウランドの意識はすでに別のところへと向いていた。

 

 ウランド(アジトには殆ど姿を見せない、"免罪符"で釣れるのは制裁を恐れ口をつぐむ下っ端のみ、親しいらしい女性たちも居場所が分からず大混乱、ふりだしだ。オマケに)


 頭に浮かんだのはアパルトマンで見たフーの焦りに混じった悲しげな顔。


 ウランド(ギルティンへの手がかりを見失った)

 ポリポリと頭を掻き、ウランドは少しの間沈黙した。階下に警官たちの声が聞こえる。

 ウランド(今日一日使ってトータル成果ゼロ、これはさすがにキングに良い言い逃れが思い付かないなァ)

 

 ふと目に入った街の時計台の針は、22時に差し掛かっていた。


 ウランド「あ、でもまだ二時間もある」



 警官たちが屋根にたどり着き始めた時、既にそこにはウランドの姿は無かった。






 街灯すら射し込まない真っ暗な路地。山手の住宅街に続く狭い石段をもくもくと昇る豹柄のパーカーの女。


 フー(はじめっからこうすりゃあよかったんだ)


 途中何人かの強盗や暴漢をはね除け、街を抜け、藪に入り、草木をかき分けた先の岩山を登る。

 フー(あたしの調べじゃあ、この上が"黒い三日月"のアジト!)

 ゴツゴツとした大小の岩だらけの道無き道を進み、しばらくすると、断崖に囲まれた開けた更地が現れた。どうやら谷底に巨石が落下して途中で詰まり、風雨に晒されるなかで岩肌が削られ平らになったようだ。

 対岸には、自然のものか人工のものか、上へと続く道が続いていた。

 途中月明かりを反射してキラリと光る金色のボタンのようなものが目に入った。拾い上げるとそれは見たことのあるバッヂだった。

 フー(魔導師バッヂ……)

 裏側にはシリアルナンバーと所有者の名前が刻印されていた。

 フー(スナイド・ハロウィン……って知ーらねっ)

 バッヂをそこいらへんに投げ捨てると、そのまま立ち去りかけた足を再び止めた。地面に転がる金色のバッヂを見下ろし、暫く眺めると、懐から取り出した短冊形の白い紙の束を、バッヂに被せるように投げ捨て、さらには胸の谷間から取り出した小さな木札を取り出し、近くへ放り投げた。

 歩みを進めるその目は最早前しか見えていなかった。






 ロロ「ただ~いま~」


 数日ぶりに帰宅したアジト。いつものようにそろって出迎えた手下たちはいつもの様子と違っていた。

 「ロロさん、お客さんが」

 薄ら笑いを浮かべ、ロロはアジトの奥の自室の方向へと空色の瞳を浮かべた。

 ロロ「知ってる」


 いつものようにのそのそとアジトの奥へと姿を消すロロの背中を手下たちは異様な光景のように見つめた。

 「ロロさんに女の客なんて初めてだ、おまけに美人!」

 「ウーさん、"スナイドの一件"から様子がおかしくないか?」

 「アジト空けること多くなったしな」

 「ちょっと最近ついていけないかも……」

 「でもまあ、新しい女ができたってことは"スナイド"のこと、吹っ切れたってことじゃね?」

 「"不慮の事故"なんて、残酷だよな」



 自室のドアを開けると、ソファに座っていたその女に、ロロは少し驚いた様子だった。

 ロロ「あれ……フーじゃん」

 勢いよく立ち上がったフーはそのままロロの胸に飛び込んだ。

 フー「螺羅ロロ……探したよ……」


 柳のような美しい髪を撫で、ロロはフーの旋毛を見下ろした。

 ロロ「久し振りじゃん、シャオは元気?」

 胸に顔を埋めたまま、品のいい香水の香りを胸一杯に吸い込み、フーは口を開いた。

 フー「兄貴は元気だよ、ちょっと前に結婚した」

 ソファに促しながらロロは笑った。

 ロロ「遅っ! 今頃? 見かけによらず慎重すぎるんだよ、笑は」

 フー「アハハ! 伝えとく」

 ロロ「何飲む? お茶でいい? 美味しい茶葉があるんだよ」

 フーは幸せそうに微笑んだ。

 フー「うん」


 部屋の外で待機する部下に飲み物を頼むロロの広い背中を見つめながら、フーは自らの細い手を落ち着きなく擦った。その手は僅かに震えていた。ロロが隣に座るとその吸い込まれそうな蒼い瞳をまじまじと見つめた。その視線に気付いているのかいないのか、ロロは話を続けた。

 ロロ「超久し振りだね~、大きくなって吃驚した。今21くらいだよね」

 フー「そうだよ、でも嫁に行ってない」

 ロロは苦笑した。

 ロロ「兄貴が兄貴なら妹も妹だなあ、許嫁いたじゃんか、あんまし待たせたら悪いんじゃない?」

 フー「解消した」


 ドアをノックする音が響き、手下が湯気立つティーポットと温められたティーカップをソファの前のローテーブルに静かに置いた。手下が出ていくと、フーは続けた。

 フー「螺羅の離縁を知ったときに」

 カップにお茶を注ぎながら、ロロは笑った。

 ロロ「アハハ、何その俺のせいみたいな。タイミングの話だよね」

 

 フー「違うよ」


 フーはロロの膝の上に手を置いた。ロロがソファの背もたれに身を埋めると、フーはそのままロロの膝の上に馬乗りになった。ロロは表情一つ崩さず、フーを見つめた。フーはロロの厚い胸板に手を置くと、その鶴のように美しい顔をロロの蒼い瞳に近付けた。

 ロロ「ここへの帰り道、道士の木札(※)を見たよ、道士になったんだ? 俺を殺しに来たんだろ?」

 ※道士の免許証みたいなもの

 フーは首を横に振った。

 フー「そうだけど、もういい、螺羅、あたしは貴方が好き、街の適当な女なんかやめて、あたしにして」


 蒼い瞳を反らし、ロロは溜め息をついた。

 ロロ「もう昔の福じゃないんだね、あんなに小っちゃくてかわいかったのに」

 フー「男女に友情なんて、ありなんかしないよ」

 再びフーを捉えた蒼い瞳は嫌悪感に充ち氷のように冷たかった。

 ロロ「笑には悪いことを"した"なあ」


 フーは静かに後ずさった。

 フー「……螺羅が魔薬付けでも、犯罪者でもいい……」

 ロロ「アハハ~全っ然意味わかんない」

 指をバキバキと鳴らしながら、ロロはゆっくりと立ち上がった。


 フー「おばさんが心配してるよ、螺羅が出ていってから、もう何年も寝込んでる」

 ロロ「略櫟レレ柳留ルルがいるじゃん?」

 フー「貴方の弟たちは確かに優秀、だけど貴方を超えるほどの道士ではない」


 ロロは腹を抱えて笑った。

 ロロ「馬鹿馬鹿しい! 本っ当に"どいつもこいつも"腐りきった生ゴミだ! 略櫟も柳留も哀れだなァ……俺が弱いばっかりに、可哀想なことをした」

 フー「……何を言ってるのかわからないよ?」

 ロロ「妹たちも、いずれはあの"ババア"や"お前"みたいになるんだろうなあ、あぁ、吐き気がする」


 近くの引き出しから白い短冊形の紙を取り出すと、ロロは墨をすり始めた。フーは壁際で何度も首を振った。

 フー「螺羅……あんたと闘いたくない……」

 ロロ「じゃあ、大人しく死にな」

 

 白い紙に筆が走る。フーはパーカーのジッパーを開け、腹部に隠していた白い仮面を取り出した。指先を裂き、白い仮面の額に書かれた"瞼如律令"という文字列の上に"白"という血文字を入れた。ロロはクスリと笑った。

 ロロ「やっぱりね、札棄ててあったのにアジトの結界破られてたのはそれか。仮面を着けたら術が発動するの?」

 フー「……まずは貴方がどういう思いでいるのか教えて。あたしは道士協会も故郷も家族も、みんな捨てていいって思ってる。貴方と一緒になれるなら他に何だってする」

 文字がしたためられた札が、フーに向けられた。


 ロロ「だったらついでに命も捨ててよ」


 一瞬の躊躇いの後、フーは仮面を着けた。






 フー「"四神変瞼・白瞼如律令"」


 途端に白い仮面がフーの顔に同化し全身を飲み込むと、フーの姿は真っ白い陶器のようなツルンとした体表と化し、次に背中に引かれた一本の黒い線から、まるで蛇のように何本もの黒い線が背中から蠢き始め、フーの真っ白な体を虎の模様に包んだ。鼻や口の無いのっぺりとした顔面に黄色く目が光り、長い尾が何時でも飛びかからんとユラユラ揺れた。

 

 ロロ「まあそう逸りなさんな、"身転如律令パラレルダンス"」



 瞬きをした次の瞬間、景色は一変、アジトへの道中通過したあの"更地"に二人はいた。フーの足に、あの"木札"が当たった。ロロの蒼い瞳がカラカラと音を立てて転がる木札を捉えた。

 ロロ「"瞼坤道"(※)って書いてあった。女の道士だとはわかったけど、まさか福だったとはね」

 ※「瞼」の字の言霊を操る女の道士の意。


 フーは木札を蹴飛ばした。

 フー「螺羅に会うために、道士になった」

 ニコリと微笑み、まるで子どもに言い聞かせる時のようにロロは首を傾けた。

 ロロ「動機が不純」


 鋭く白い爪をガリガリと地面に立て、フーは思いきり地を蹴った。瞬く間にロロとの間合いを詰めると、鋭い爪を広げ、一気に振り上げた。

 轟音を立て五本の衝撃波が断崖を削り、深い溝を刻んだ。


 ロロ「ふぅコワいコワい」

 フーが後ろを振り返ると、すぐ後ろでロロが白い短冊形の紙の束を揺らしていた。

 ロロ「さっきの札(瞬間移動の術)、何枚か作ってて良かった」

 そうしてそのまま膝をフーの顔面めがけて振り上げた。フーはスルリと流れるようにそれを避け、ロロの土手っ腹に肘を放った。


 ロロ「"身転如律令"~」


 肘が入る寸でのところで、またもやロロの体は消え去った。


 フーの後頭部から風を切る音。

 

 フーのこめかみまであと数センチのところにあったロロの足首に、フーの真っ白い尾が巻き付き、そのまま周囲を囲む断崖に叩き投げた。だが音もなく、今度はロロは断崖の中腹に自生する小さな木の上にいた。


 ロロ「360度死角無しって感じ~? 術はあくまで能力上げるサポーターで、完全に頼りきってないとこはマジ厄介だ~」

 

 わざわざ自分がどういったところに苦戦しているのかを発言するなどとは、何かの作戦だろう。フーは優位に立っているとは微塵も思っていなかった。


 フー「さっさと攻略法見つけないと、札尽きちゃうよ」

 薄ら笑いを浮かべ、ロロは地面に着地した。

 ロロ「それもそうだね~」

 ポロリと独り言のように呟くと、何の前触れもなくロロは駆け出した。フーは静かに拳を構えた。


 フー「昔はもっと優しかった! あの女と一回夫婦になってからおかしくなったんだ! 何があったんだよっ!」


 額を狙ったロロの掌底をフーの白い陶器のような腕が受け止めた。ガツンと無機質な音が響き、ロロの手はまるで分厚い鉄板を殴った反動のように弾かれた。


 ロロはニヤリと笑った。

 ロロ「特にそれは関係ないかも~」


 そのままフーの手を掴み、体が密着するほどの至近距離まで寄せると、フーの膝裏に踵を蹴り入れた。

 膝を曲げられ、ガクンと体勢を崩したフーの額の"白"という血文字にロロの手が延びる。

 間一髪のところで、その手をフーの白い腕が掴み、ゴロリと体を回転させ、フーはロロを押し倒す形で腹の上に馬乗りになった。


 両腕を押さえられた形のロロは体に一切の力が入っていなかった。先ほど衝撃波だけで断崖を削り取ったほどの怪力を見ての判断だった。下手に抵抗すれば、簡単に折られる。


 白い虎の尾が、ロロの頬を撫でた。


 フー「貴方、こんなもんじゃないでしょ? 早く本気にならないと、このまま襲っちゃうかも」

 ロロ「福のエッチ」

 ニヤリと笑うと、ロロは軽く息を吸った。


 ロロ「"反転如律令ルミナスターン"」






 気づくとフーの両腕は地面に押さえつけられ、腹の上には馬乗りになるロロ。今しがたと"互いの位置が交換されている"。

 しかも人体の構造を理解した道士の伝統拳法を心得ているロロにがっちりと押さえつけられた体は白虎の怪力をもってしても、一切の抵抗も許されなかった。

 そのままゆっくりと蒼い瞳が近づいた。額の血文字を舐めとられると、フーの体はあっという間に元の細い少女の姿に戻り、カランと音を立てて顔から仮面が剥がれ落ちた。


 ロロは子どもをあやすような笑顔を向けた。

 ロロ「はい、おしまい」

 

 そのままゆっくりと口を近づけるロロの瞳は全く笑っていなかった。

 フー「何する気!?」

 ロロ「晩安おやすみ、"魂転如律令スリックリード"」


 「あーコホン」


 二人以外誰も居なかったはずの更地に、低くボソボソとしたわざとらしい咳払いの声が響いた。

 月明かりを反射するクロブチメガネ。


 フー「お、おっさん!?」


 ロロは馬乗りのまま上体を起こし、ニコリと微笑んだ。

 ロロ「どちらさま~?」

 クロブチメガネの奥のブラウンの瞳がニヤリと笑った。

 

 ウランド「こんばんわ、ロロ・ウー。貴方を捕らえに参りました」






 「到着しましたよ!」


 丸メガネをかけた小太りの若い男の先導で、街の入り口に立った、そのフェルトのようなもじゃもじゃ頭の力士のような大男は鼻をムズムズと不愉快そうに動かした。


 「塩臭ぇ街だなぁ」


 「港町ですからね!」


 「イワン、さっそく裏ギルドを探してくれ、あと、適当な"コマ"を」


 小太りの若い男はさあこれから忙しくなるぞ、と腕まくりをし、ニコリと笑った。


 「了解しました、ギルティンさん!」






偶然か必然か、ついにロロと遭遇したウランド、時を同じくして街にたどり着いたのは、ついに現れた魔薬"免罪符"をまき散らす張本人ギルティン。

ちなみに主人公一行はいまだ海のど真ん中で亀の背中に揺られています。


次回の本編はウランドVSロロ。激戦必須です。


ちなみに次週の更新は「明解!~」シリーズとして本編の今の状況をおさらいする予定です。12/20更新予定!



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