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W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
悪魔の薬編―パンゲア大陸到着編―
50/72

25.7.trick beat―びょうきになったかげ7―

ついに"共食い"グレイに遭遇。だがアズは……そしてエミリーは?


 ジェフ「あれが、"共食い"グレイだ」

 洞穴の天井に立つその男は、どこか理性に欠けた、あきらかに人間ではない、といった印象を与えた。


 グレイ「なぜ吸血鬼を助けた」


 青い瞳が、シェンに向けられた。

 シェン「半吸血の吸血鬼部分が魂体化しただけだ、殺す必要なんか一切無かった!」

 青い瞳が三日月のように歪んだ。暗くてその表示は窺えなかったが、どうやら笑っているようだった。

 ジェフ「ミスター・グレイ、リチャードの元へ案内しましょう」



◆◆◆


 天井に張り付く"かまくら"の中に消えてゆくジェフとグレイの背中を見送ると、シェンは直ぐにエミリーの魄の元へと駆け寄った。プカプカと浮かぶ煙の中には、同じ姿をした二人の少女。エミリーはスヤスヤと穏やかな寝息を立てていた。だが、もう一人、アズのほうはというと、ダラリと力無くただ"煙"に揺られているだけだった。

 シェンは黙ったまま顔を歪めた。その顔は、心底悔しそうな、今にも泣き出しそうな顔だった。

 リンリン「シェン……」

 シェン「助けられなかった……」

 アズは魄に戻したため、魄の機能(運動機能)障害にはならないが、魂(精神)が半分死んでいる状態のため、倦怠感、疲れやすさ、無気力な状態は後遺症として残る。

 

 リンリン「……グレイに会わないと、すぐどこかに行っちゃうかもよ?」

 グレイに会うために、ここまで来た。もちろん、シェンはその目的を忘れてはいなかった。

 リンリン「エミリーの魂魄はあたしに任せて、シェンは仕事して」

 シェンは首を振った。

 シェン「お母さんとエミリーに謝んなきゃいけない」

 リンリンは少しの間沈黙して、微笑んだ。

 リンリン「じゃあ、あたし、グレイを引き留めとく」

 シェンはキョトンと目の前で羽ばたく小さな相棒を見つめた。リンリンは胸をドンと叩いた。

 リンリン「任せて! シェンの仕事はあたしの仕事だもの!」

 シェンはクスリと笑い、拳を差し出した。

 シェン「頼むぜ、相棒!」

 リンリンも、その小さな拳をコツンとシェンの拳に当て、笑った。






 空を飛んでいるような雲柄の壁紙、積み上げられたヌイグルミ、子供用のベッドに体を丸め、こんこんと眠りにつく少女を目の前にすると、魄は当然のように少女の体の中に吸い込まれていった。

 その様子を確と見届けると、シェンは側にいた母親の目の前で深々と頭を下げた。丁度ジェフも部屋へ入ってきたところだった。

 シェン「すみません、娘さんの吸血鬼部分を、守ることが出来ませんでした」

 母親は訳がわからない、とシェンの後頭部を見下ろした。

 「どういうこと? 悪い部分は無くなったってことじゃない、リチャードの人化の術は完成じゃないの」


 シェンは頭を垂れたまま首を横に振った。

 シェン「後遺症が残ります、魂欠損障害です」

 母親は口を覆った。

 「そんな、魂欠損障害だなんて……冗談でしょう!?」

 週刊紙でたまに取り上げられる程度の珍しい病気、自分たちには無縁の話、別世界、今までそう思っていた。まさか、自分達の現実のものとなるなんて、思ってもみなかった。


 シェンは頭を垂れたまま、拳を握り締めた。母親はシェンの胸ぐらを掴んだ。

 「嘘だと言いなさい! 嘘って言いなさいよ! イヤよ!」

 シェンは一切抵抗せず、怒りと不安と恐怖にまみれる母親の目を真っ直ぐ見つめた。ジェフが慌てて割って入った。母親はジェフの胸をドンドンと音がなるほど力一杯叩いた。

 ジェフ「まず落ち着けって」

 母親は泣き叫んだ。

 「落ち着けるものですか! この嘘つき! 嘘つき共めぇ! 治るって、言ったじゃない! この子はどうなるのよ! 馬鹿ぁあ!」

 シェンが口を開きかけた時だった。


 「まま……」


 ベッドの上から、蚊の鳴くような、微かな声。

 「エミリー!」

 母親はベッドに飛び付いた。

 エミリー「どうして泣いているの? またパパにいじめられたの? わたし、パパに怒ってあげる」

 母親は何度か首を横に振り、ベッドに顔を埋めた。

 シェンはベッドの前に腰を落とした。

 シェン「ママを苛めたのは俺だ、ごめん」

 エミリーはぼんやりとする目をシェンに向けた。

 エミリー「あなたも泣きそうな顔をしているわ、ママとケンカしたの? ママ、強いでしょ、パパともケンカしちゃうんだから」

 母親はエミリーの頭を優しく何度も撫でた。

 「ごめんね、ごめんね、エミリー、ママがこんなところに連れてきたから……ごめんね……」

 エミリーは母親を見つめた。

 エミリー「どうして? わたしね、半吸血になって、ここに来られて、やったあって、思ってたのよ」

 「どうして?」

 エミリー「だって、丸一日ママとずっと一緒にいられるもの」

 「エミリー……」

 ベッドに顔を埋め、肩を震わす母の頭を撫でながら、エミリーはゆっくりと体を起こした。


 エミリー「それにね、ここに来てよかったってこと、もうひとつあるの」

 顔を上げた母の涙を拭いながら、エミリーは気恥ずかしそうに、母から目をそらすように、顔を上げた。丁度その視界に入ったその草臥れた男に、エミリーは急激に身体中から汗が吹き出すように頭が熱くなった。

 エミリー「じぇ、ジェフさん!」

 エミリーは慌てて金の柔らかな髪を撫で付けた。

 ジェフ「おいおい……じっとしとけよ、相変わらず落ち着きねぇな……」

 エミリー「うっ!」

 エミリーは全身の力が抜けたようにベッドに倒れ込んだ。

 エミリー「なんだか体がすごく疲れた……」

 ジェフ「ほれみろ、言わんこっちゃ、」

 近づきかけたジェフは背筋が凍りついた。

 まるで人を殺めんばかりの眼光。母親はジェフを指差し怒鳴り付けた。

 「あんたエミリーの視界に入るなって言ったでしょーがっ!」

 ジェフ「そ、そこまで言われてねぇよ、たしか」

 「うるさぁあい!」


 エミリー「ま、ママ、やめてってば」

 シェン「ハハ……」

 エミリーは自分の頭のすぐ横で、力無く笑う"不良みたいな男の子"に目を向けた。シェンも、エミリーの視線に気がつき顔を向けた。

 エミリー「あなた……夢で見た気がする」

 シェン「……うん、それ、夢じゃなくてさ、」

 エミリー「一生懸命呼んでくれてた」

 本当に夢の話か、とシェンは思った。何故ならグレイによりアズが倒れた際、アズを呼びはしたが、エミリーを"一生懸命呼んだ"ということはしていないからだった。だが、次のエミリーの言葉に、シェンは一瞬耳を疑った。


 エミリー「でもね、わたしの名前、アズじゃなくて、エミリーだよ」


 シェンは目をパチクリとさせ、エミリーを見つめた。

 エミリー「あなたはとっても悲しそうな顔でわたしを見つめているけど、わたし、楽しいよ、ママもいる、ジェフさんもいる、あと、何かはわからないけど、無くしたはずのものが戻ってきて、今とっても愛しい気分なの」

 シェンは暫くエミリーを見つめ、そしていつものように屈託なく笑った。それから、立ち上がり、懐から名刺を差し出した。

 シェン「何かあれば連絡して、支援は惜しまない」

 そうして部屋を後にした。その口角は自然と上がっていた。


 ――人間って、やっぱすごい――






 コーヒーカップがソーサーに置かれる音が響いた。

 

 リチャード「いやあ、助かりましたよ、グレイ氏」




 応接間のソファに腰かけるリチャードの対面で、ズシリとソファに身を預けるその男は、疲れきって生気のない、脱け殻のようだった。白髪混じりのダークブラウンの髪は伸ばし放題に、顔中に刻まれた深い皺と無数の傷、真っ白の肌に閉じられた瞳、背は高いが細身でピクリとも動かないその姿は、まるで死した樹木――最強の7人の魔導師グランドセブン・"共食い"グレイ

 グレイはゆっくりと、青い瞳を開いた。


 グレイ「……死体臭い」

 リチャード「ハッハッ! 今回は一体どれだけ吸血鬼どもを"減らして"くれたのですかな」

 グレイはリチャードに返事を返さず、奥の部屋へと続く扉に目をやった。

 グレイ「おいで、お菓子をあげよう」


 すると、ドアと床の隙間から、小さな妖精が抜け出てきた。

 リチャードは呆れたようにため息をついた。

 リチャード「あの桃花源人の……」

 リンリン「べ、別におやつが欲しいわけじゃないんだからっ」

 グレイは微笑み、ソーサーの端に添えられていたクッキーを差し出した。リンリンは満面の笑みで嬉しそうにクッキーを受け取ったが、直ぐ様、クッキーで嬉しそうにしている自分の顔を隠し、グレイから距離をとった。グレイは自分を警戒しているがクッキーは食べたくて仕方ない様子のリンリンにクスリと笑った。


 グレイ「赤い棍をもっていた子のお友達? ……あのアーティファクトを持っているということは、彼が最近トウジロウ・イチマツの代わりに新しく就任した"スペードのキング"だね……」

 リチャード「す、スペードのキング!? あの男、トランプなのですか!」


 グレイは伏し目がちに、静かに立ち上がった。

 グレイ「……まだ、捕まるわけにはいかない」

 リンリン「ま、待って! シェンは捕まえに来たんじゃなくって……」

 グレイはリンリンに指差した。

 グレイ「じゃあ、そのシェンって子に伝えて……」


 シェン「あ、待って、聞く聞く!」


 部屋の奥のドアが開き、現れたシェンに青い瞳が向けられた。シェンはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 シェン「挨拶遅れたけど、初めまして、グレイ」

 グレイは無表情に踵を返した。

 シェン「あんたを捕まえに来たんじゃない、協会から"グランドセブン"召集令だ」

 

 グレイはシェンを振り返った。だがそれは、シェンの話を聞くという姿勢ではなかった。グレイの目は冷徹だった。

 グレイ「トウジロウ・イチマツに伝えとけ」

 あまりに藪から棒な発言に、シェンは素っ頓狂な声を上げた。

 シェン「へっ!? モモ?」

 グレイ「マリアに近づいたら殺すとな、それと、僕と話をしたければマリアに会わせろと協会に伝えろ」

 シェンはキョトンと、蝙蝠の羽を広げ窓の縁に足をかけるグレイの背中を見つめた。

 シェン「マリアって……マスター・マリア!?」

 グレイは無言のまま飛び去った。

 シェン「あ! ちょっと、」


 慌てて窓から頭を出したが既にグレイの姿は無かった。

 シェン「……どういうこと?」






 ジェフ「あー、お前がトランプのキング様だったとはな、もっと厳ついヤツかと思ってたぜ」

 "かまくら"から縄梯子で下に降り、洞穴の出入口。腕組みしながら肩で壁にもたれかかり、ジェフは参ったと後頭部を擦った。

 シェン「アハハ! 悪いな、騙してて! 潜入捜査になんないからな!」

 ジェフは呆れたように笑った。

 ジェフ「悪気の欠片もねぇのかよ、タチが悪ぃ」


 そうして、リンリンがべったりと抱きついているタヌキの化け物に目をやった。

 ジェフ「……そいつも本当にペットにすんのかよ……」

 リンリンは自慢げににやりと笑った。

 リンリン「いいでしょー?」

 シェン「あ! まだわかんないかんね! 一応宿舎の責任者に聞いてからだよ!」

 リンリン「もー! 変なとこで真面目なんだから!」

 ジェフはクスリと笑った。

 

 シェン「元いた支部にはまだ戻んないの?」

 天井に張り付く"かまくら"を見上げ、ジェフは目を細めた。

 ジェフ「……エミリーには悪いことをした、経過をもう少し見守りてぇし、あとはこの団体の"在り方"も、代表に相談するつもりだ」

 シェンは一瞬、目を見開き、それからいつものように屈託なく笑った。

 シェン「お前、素直でいいやつだなー!」

 ジェフ「お前はもっと考えて発言したほうがいいぜ」

 シェン「おっ! アドバイスありがとー!」

 リンリンは眉間を押さえてため息をついた。

 リンリン「K(空気)Y(読めない)って言われてるんだって……」

 わかっているのか、いないのか、シェンの笑い声が洞穴内に響いた。そうして笑い声が止むと、ジェフに向け、ニカリと笑った。

 シェン「じゃあな!」

 ジェフ「おー」






 洞穴を降り、"時空扉マジックワープ"を開こうというときに、シェンははたと止まった。

 リンリン「なに? マスター・マリアのところに行くんじゃないの?」

 シェンは小声で楽しそうに囁いた。

 シェン「やっぱ、人間ってスゴいな!」

 リンリンも笑った。

 リンリン「あのジェフとかいうやつは散々お前は半吸血じゃないからわかんないって言ってたけど、シェンも人間のことよく分かってないから、そう思うだけよ。人間って、シェンが思ってるより、ずっとずっと、その"スゴい"が当たり前なんだから」


 シェンは心底嬉しそうに笑った。

 シェン「そっか」







ヴァンピールは今後どのように変わっていくのでしょうね。そのカギはジェフ。でもそれはまた別のお話。


ところでシェンはまるで人間ではないものいいですね。はたして?

そしてグレイとマリアとの関係は!?


次週は久しぶりの本編です。11/25更新予定です。

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