4.X.閑話
5月に本家サイトでupした第4話と第5話の中間部分の補足小話3話分。
4.1話 the lost promise … 8年前の話
4.2話 each friend … 4年前の話
4.3話 new each friend … 現在の話
その人の苦しみを知るには、その人を知らないといけない。
ほんの一部分ではありますが、フィードとヤクトミがどういう人物像かお伝えできれば…
――― 4.1 the lost promise (閑話) ――――――――――――――――――――
母「お前がこれからゆく"世界"は、お前を人として見てくれることはない。そういう場所だ。だが、ゆくゆく私の跡を継ぐには、それを知らなければならない。私の息子であるなら、たとえどんな仕打ちを受けようと、負けてはならぬぞ」
ヤクトミ「はい! 母上」
「なぁ」
白いふわふわの髪の少年は、しつこく自分の周辺をキープしている隣の銀髪に問いかけた。
「あん?」
問いかけれ、銀髪は適当そうな返事をした。
10月――様々な年齢、種族の新入生たちが、ここ、魔導師養成学校のキャンパスを初々しい空気で包んでいた。
すれ違えば、必ず新入生だとわかる。なぜなら、獣人の教師がいるとまだ知らない新入生たちは、決まって白い髪の少年の尾を驚いたように見つめるからだ。
―― なぜ、ここに獣人がいるのかと ――
そして、決まってすぐ目を逸らす。
―― 関わらないようにと ――
白髪「お前、俺のこと怖かねーのかよ」
銀髪「怖ぇよ。なんでかわかんねーけど。みんなそうだから、俺様もそうだ」
白髪「……じゃあ来んなよ」
銀髪「俺様も次の講義コッチなんだよ」
キャンパスの石畳。冬の準備のために葉の色を赤や茶に染めた木々。空は青く、小鳥は歌う。
白髪「……鳥はいいな」
白髪はぽつりとつぶやいた。
銀髪「なんで?」
白髪「"鳥だ"ってみんなに思われてるから」
銀髪「……んーー」
銀髪は白髪の首根っこをふんづかみ、石畳の上をはずれ、木立の中に分け入った。
白髪「なんだよ!?」
紅葉の木々生い茂る赤や茶のトンネルを抜けると、小さな小屋がひっそりと建っていた。
銀髪「見ろ、昨日見つけた。上級生の飼育小屋だ」
中にはフサフサとした毛だるまのような小さな鳥が、わらわらと餌をほおばっていた。
銀髪「こいつも鳥だ。でも飛べねえ、食用だ」
白髪はよくわからないが胃の裏あたりがむかむかとした。
白髪「だから?」
銀髪「鳥っつっても、いろんな鳥がいるんだよ。自由に空飛んでるやつとか、食べられるだけのやつとか。それも全部"鳥"」
白髪「……だから?」
銀髪「……あれ? ちょっと違うか?」
銀髪は腕を組んで一瞬考え、再び白髪に向いた。
銀髪「なんか、最初"お前とおんなじやつ"見たとき、あえて違いを認め合わないと"本当の理解"ってできないんだってオヤジが言ってた。でもそれってすっごく難しくって、世界中や自分の中にも"テキ"がいっぱいなんだって。だから、俺様、お前と仲良くしようと思う」
白髪「意味分かんねーよ。難しくってテキがいっぱいなのに、俺と仲良くすんのか?」
銀髪は不敵な笑みを浮かべた。
銀髪「だって、そのほうが、面白いじゃん。面白いから、ここでの友達第1号はお前に決まり!」
白髪「他のやつにいじめられっぞ」
銀髪はフフフと含み笑いをした。
銀髪「テキは多けりゃ多いほど燃える!」
白髪「ばかなやつ」
白髪はうつむいた。銀髪は「そういえば」と手を叩いた。
銀髪「お前、名前なんだっけ?」
ヤクトミ「……ヤクトミ……」
フィード「俺様はシャンドラだ」
フィード「俺様の目標は対魔導師犯罪警察組織の将軍になることだ!」
ヤクトミ「俺と同じじゃねーかっ! マネすんなよ」
フィード「なんだとー! じゃあ、お互いライバルでもあるわけだな」
「どっちが先になれるか、競争しようぜ!」
フィード、ヤクトミ 10歳の秋――
――― 4.2 each friend (閑話) ―――――――――――――――――――――――
フィード「あーめんどくせぇ」
ヤクトミ「は?」
フィード「だって"コレ"、演習のたんびに書くんだろ?」
フィードはそう言って机の上の白い紙を顎で指した。
呆れたため息をついて、ヤクトミは自分の机の上の白い紙に向き直った。
ヤクトミ「……お前、俺ら今日が初演習なんだぞ。ハナからそんなんで、どーするよ」
フィードは机に突っ伏した。
フィード「何書きゃいーっつーんだよ」
ヤクトミ「オヤジさんいるつってたじゃねーか。オヤジさんに、……何か……メッセージとか……」
フィード「もう俺様のオヤジじゃねーんだよ。ここ(アカデミー)入るのに反対しててさ、入る代わりに縁切るっつわれて」
ヤクトミ「そのまま切ってきたのか」
フィード「切られてきたんだよ」
ヤクトミ「……でも、それまではお前のオヤジだったんだろ? その事実は変わりようがねーし、いいんじゃね?」
ヤクトミはフィードが父親から反対された理由は聞かなかった。
聞かなくても、今書かされている"コレ"で理由はわかった。
――遺書である。
フィード「……それもそうだなー……」
フィードはだるそうにペンを握り、机に向かった。
魔導師養成学校第18演習場。
深い森の中にぽつんと開けた広い土地。太陽がさんさんと降り注ぎ、小鳥が戯れ、風が木々を撫で、穏やかで、静かな場所だった。
フィード「なるほど。初めて魔法使うやつらにはもってこいのとこだな」
それは、周りに何もないから何が起こっても大丈夫、という意味が込められていた。ヤクトミ「……」
ヤクトミはしきりに後ろの5,6人の同期の集まりを気にしていた。その様子に、フィードはやれやれとため息をついた。
フィード「何だよ」
ヤクトミ「や……ここでも"やつら"、何か企んでんじゃねーかってさ……」
フィードは鼻で笑った。
フィード「キンチョーの初演習で、いくらなんでもそりゃありえねーだろ」
ヤクトミ「……そうだな」
パンパン! ――静粛に、と手をたたく音。
「はいはい! これから"爆炎魔法実践基礎"の演習始めるぞー。間違って来たやつ、遺書書き忘れたやつ、いないな?」
参加者は静まった。
「よし、俺は今日の演習の担当のジャイヴ・タイラーだ。マスター・ジャイヴ、またはジャイヴ先生、好きな方で呼べ。ただし、名前の方で呼んでくれよな。その方がお互い親近感が湧く。大事なことだ」
フィード「……よくしゃべるやつ」
フィードはジャイヴと目が合った。
ジャイヴ「"ヤツ"じゃない。"ジャイヴ先生"、だろ?」
フィードは舌打ちして視線をそらした。
ジャイブ「では、今から15分。体内に魔力をためる時間を作るから、よろしく! やり方わかんねーやつは基礎の基礎から出直しな。 15分後にまた来る」
そう一方的に言い放つと、ジャイブの姿はスッと中空に消えた。
ジャイヴの指示に従い、しばらく、生徒たちは各々瞑想し、魔力を体内にためていた。ヤクトミも木陰に座り、そうしていたが、ふと、目の前がかげったことに気が付いた。
ヤクトミが上を見上げると、さきほど自分が気にしていた同期たちが自分を囲うように立っていた。
「何でお前と同じ演習受けなきゃなんねーんだよ。てめーはさっさと外されろ」
すると、パン! とヤクトミの胸に何かを張り付けた。
ヤクトミ「なっ!? 何だよこの魔法陣……」
そこには赤いインクで刷られた不思議な模様のステッカーが貼られていた。
「取り込んだ魔力を倍にする魔導師専用道具だと。これでオーバーパニックでも起こしな」
――オーバーパニック
自らの容量以上の魔力をとりこみすぎて、失神などを起こす症状
ヤクトミ「ぐっ」
ヤクトミは急激に胸が苦しくなった。
少し離れた場所で、ポツンと瞑想にふけっていたフィードは、友人のただならぬうめき声に、慌てて駆け付けた。
途中、同期の何人かとぶつかった。
フィード「いてっ!」
彼らは全員顔が真っ青で、ガタガタと震えていた。
「こ……こんなつもりじゃなかったんだ……」
フィード「は!?」
バキバキバキ……
突然、正面の木々が倒れ、鳥たちが一斉にはばたいた。
フィードは空を見上げた。
そこには、フィードの体など一口で平らげてしまえそうなほど巨大な白い狼が、牙をむいて見下ろしていた。
フィードは自分を見下ろすその金色の瞳に見覚えがあった。
フィード「え……ヤクトミ……?」
ヤクトミは樹齢数百年の大木のような太い前足を振り下ろした。
「うわぁ!」
一瞬にして、その場にいた全員が、4,5メートルほど遠くの木まで叩きつけられた。
フィードはよろりと起き上がった。
フィード「いっつ……おい! ヤクトミ! 何してんだよお前!」
獣化したヤクトミは耳まで裂けた巨大な口を少し開け、大量のよだれをボタボタと落とし、フィードと眼を合わせた。
その眼は――理性あるものの眼ではなかった。
フィードは、フッと内臓が浮くような、自分を自分の脳みその少し上から眺めるような感覚に襲われた。
手に、足に、のどに、力が入らない。
ヤクトミがその巨大な口を大きく開けた瞬間、強い光で目はくらみ、激しい爆音で耳はキーンという耳鳴りにより周囲の音が聞こえなくなった。
ぼやっと正面に見えるのは自分の右手。
まっすぐ、正面にかざされている。
その先には、うつぶせに転がっている人型のヤクトミ。
よかった、何が起こったが、わかんないけど、あいつ、元に戻ったんだ!
しかし、こぼれかけた安堵の笑みは凍りついた。
ヤクトミの体の下から、濁流のように流れ出る赤い液体。
フィードは反射的に駆け寄った。
慌ててヤクトミをあお向けると、胸のあたりが黒く焼け焦げ、その中心から絶え間なく血があふれている。
木の陰に隠れていた傷だらけの同期の一人が言った。
「うわ……あいつ、友達に向けて"カラ魔法"うちやがったよ」
その言葉に、自分では全く何を言われているのか理解できなかったが、ボロボロと涙がこぼれ始めた。
フィードはわんわんと泣き叫んだ。
魔導師養成学校 第8保健室
「いやー、相手が"あの"ヤクトミくんでよかったよ」
保険医が言った。
「獣人の頑丈な体に加えて、彼は獣人の中でも特別な家系の生まれでね。心臓が3つあるんだ。残り2個が無事だから、死なないよ。まあ、オーバーパニックの症状も特殊だったねー」
憔悴しきったフィード。
ただひたすら、遺書を書いていたヤクトミの横顔が頭から離れなかった。
あれは、誰にあてたものだったのだろう。
どんな思いで書いていたのだろう。
その人がこの事を知ったらなんて悲しむだろう。
次にフィードは自分の右腕を見た。
自分が死にたくないから、だから"とっさに"出たのか。
ああ、自分はなんて醜く、汚い人間なんだ。
―――俺様は 魔導師に向いていない ……―――
ふと、その右手にベッドから手が伸びた。
フィードはベッドの上の友人を見た。
ベッドの上の友人は息のかすれた、声とは言い難い声で、語りかけた。
ヤクトミ「ありがとな」
フィード「……なんで……礼なんか言うんだよ……」
ヤクトミは何言ってんだ、と笑った。
ヤクトミ「何でって……俺、危うくみんなを傷つけちゃうとこだったし。それを止めてくれてマジ助かった。やっぱお前、親友だわ」
フィード「違う、俺様は死にたくなかったんだ……だから……」
ヤクトミはペシリと手の甲でフィードの額を叩いた。
ヤクトミ「覚悟が足りん。だからそうなる」
フィードは額をさすりながら、気まずそうに口を尖らせた。
フィード「……ガルフィンのマネかよ」
ヤクトミ「次からはちゃんと遺書かけよ。あれは"魔法を扱う覚悟"を決めるためのもんだって俺は思ってる。"こんなこと"で心折れるやつに魔導師なんてつとまんねーよ。今の気持ちに負けんなよ。ふんばりどこってやつだぞ」
フィードはうつむいた。
口角は上がっているが、ぽたぽたと涙が落ちていた。
フィード「やっぱお前、親友だわ」
フィード、ヤクトミ 14歳――
――― 4.3 new each friend (閑話) ―――――――――――――――――――――
ハニア「ねえ、ヤクトミ兄ちゃん」
ヤクトミ「ん?」
ムー大陸 マーフ国 北部一帯を占める大砂漠 "アクロスザヌル"
ヤクトミは北へ向かったと思しきW・B・アライランスを追うため、巡礼の護衛を兼ね、ハニア一家と一路北への最短ルートである砂の大河南岸のモンスターハンターキャンプ地を目指していた。
ラクダに揺られ、延々と続く砂ばかりの風景に飽きてきたハニアは、ヤクトミに、気になっていた疑問をぶつけた。
ハニア「兄ちゃんのさ、そのお友達って、どんなやつ?」
ヤクトミはうつむいて少し黙り、ハニアに次のように切り返した。
ヤクトミ「ハニア、お前の今までで一番の友達って、どんなヤツだった?」
ハニアは空を見上げ、少し考えた。
ハニア「カーシーの前に住んでた町の教徒でさ、よくうち(教会)に来てたから仲良くなったんだけど……んー、どんなやつ……そうだなー……いざ、どんなやつって聞かれると、パッと出てこないなあ……ちょっと待って……」
ハニアは腕を組み、考え込んだ。
ヤクトミ「……」
ヤクトミは懸命に考え込むハニアの横顔を眺めた。
しばらくして、ハニアはヤクトミの方に振り返った。
ハニア「たまにムカつくときもあるけど、嫌いにはならない、家族みたくいつも一緒にいるわけじゃないけど、"友達"で当たり前……みたいな、そんなやつ。……わかる?」
ヤクトミは笑って前を向いた。
ヤクトミ「わかるよ。俺の友達もそんなやつだよ。いるのが当たり前で、何でも分かり合ってると"思ってた"」
ハニアは眉根を寄せた。
ハニア「思って"た"?」
ヤクトミは自嘲気味な笑みを浮かべた。
ヤクトミ「でも、そう思ってたのは俺だけみたいだ。今のアイツはよくわからない」
ハニア「嫌いになった?」
ヤクトミは首を縦にも横にも振らなかった。
ヤクトミ「けど俺、どうしてもアイツを"信じる"ことをやめられないんだよ。今のアイツはウソなんじゃないかって。本当は俺に言えない大きな秘密を一人で背負い込んでるんじゃないかって」
ハニア「それで会いに行くんだ?」
ヤクトミの表情が、一瞬だけ曇った。
ヤクトミ「ま、そーゆーこと。……ちょっとしゃべりすぎたかな」
ヤクトミはそう言って苦笑いした。
ハニアはムスリとした。
ヤクトミ「ん? 何か怒ってんの?」
ハニア「……俺、ヤクトミ兄ちゃんと、もう友達のつもりなんだけど」
ヤクトミ「え? 俺もそのつもりだけど?」
ハニアは唇を尖らせた。
ハニア「じゃあ、友達の俺にそんな大事な本音、しゃべりすぎたみたいな、ヒミツを間違えてしゃべっちゃったみたいな言い方しないでよね!」
ヤクトミは笑った。
ヤクトミ「そっか、ごめん。じゃあもうちょっと、話、聞いてくれるか?」
ハニアは笑った。
ハニア「当たり前じゃん」