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W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
悪魔の薬編―パンゲア大陸到着編―
49/72

25.6.trick beat―びょうきになったかげ6―

アズを探す二つの勢力。

アズを助けたいシェン、アズを殺したいジェフ。

一人の少女をめぐる争いはどのように着地するのか?



 「あ、ママだ」

 ふわふわと、雲のように宙に浮かぶ煙の絨毯は、触れているのかいないのか、"乗っている"というよりかは、まるで"自分がその一部であるかのように"、すべてのものが下にある、不思議な景色だった。

 「こんちわ! エミリー」


 少し下から自分を見上げる男の子。顔を斜めに縦断する大きな傷、赤茶色のツンツン頭にジャラジャラとつけられたピアスやネックレスにブレスレット、ツンとつり上がった目は不良みたいで怖かったが、次に向けられた屈託のない笑顔はどこかホッとさせられるものがあった。

 「どうして私の名前を知ってるの? あなたはだあれ?」

 「俺はシェン、今度新しく"ヴァンピール"に……って、あれ?」


 エミリーは目を閉じた。眠い。何もかもがどうでもいいくらいに。






 パパは役場で働いていて、とっても頭がいいの、わたしの自慢。ママはお料理が上手でとってもやさしくて、大好き。


 パパは役人だから頭がよくなくちゃいけなくて、学校ではいっつも100点取ってたんだって。"もちろん"わたしも頭がよくないといけなかったんだけど、勉強も運動もできなくて、みんなはできるのに、わたしだけできない、わたしは、できない子。


 そのせいで、きっとパパは役場のお友だちにイジメられているんだわ。だから悔しくって、ママをイジメるのよ。「エミリーが勉強できないのはお前のせいだ」って言って、ママを殴ってるところ、見ちゃった。それ以外にも何かいろいろ言っていたと思うけど、わたし、バカだから忘れちゃった。バカだから。だからパパは怒るしママは殴られるの。


 わたしが吸血鬼にかまれて、半吸血になって、これからどうするかって話になったときに、パパとママ、いっぱいケンカしてた。


 ママはいつも以上にすっごく怒って、とっても泣いていたっけ。もし私の半吸血が治れば、パパとママ、また仲直りできるかな。けど、パパがまたママを殴ったらイヤだな。ママが可哀想。学校の子、他の大人、パパ、みんなからいつも私を守ってくれて、きっとママはとっても疲れてる。


 でもね、わたし、半吸血になったとき、本当は心の中でやったあ! って思ったのよ、ママ……。






 薄いエメラルド色の翅を羽ばたかせ、リンリンは両手に腰を当てて、エミリーの寝顔にため息をついた。

 リンリン「呑気な子!」

 シェン「"魂欠損"状態だからな、ダルくてしかたないんだよ……魄は欠けた魂を探してまともに機能しないし、魂自体も不揃い。アズをエミリーに戻さないと、エミリーはこのまま"魂欠損"障害だ、一生。……それは絶対にさせない」

 リンリンは頬を膨らませた。

 リンリン「もう、そうやってみんなに優しいんだから」

シェン「ん? なんて?」

 リンリン「なんでもなあーい!」


 エミリーの魄はフワフワと、窓から"かまくら"を抜け、洞穴へと出ていった。

 シェンたちを追うように後ろから着いてきていたジェフは静かにサーベルの柄に手をかけた。

 

 シェン「ジェフ、今の俺の話聞いてたっしょ、リチャードの理論に人化の道はない、エミリーを助けることを考えよう?」

 ジェフは目を合わせなかった。

 ジェフ「……もしその通りにして、本当はお前のその話が"間違い"だったら、俺は絶対に後悔する」

 シェンは首を横に振った。

 シェン「……俺は、半吸血の苦しみを身を持って知っているわけじゃないから他人事になっちゃうかもしれないけど、でもさ、それは本当にエミリーを犠牲にしてまでするほどのことか?」


 ジェフ「嫌な言い方するなぁ」

 シェン「事実だよ」


 ジェフはサーベルの柄を撫でたり握ったりを繰り返していた。

 ジェフ「人間のお前にはわからない、俺からはそれだけだ」

 シェン「そっか」

 シェンは赤い棍を持つ手を握り締めた。






 どんどんと洞穴の奥へと進んで行きしばらくして、外の光も届かない暗がりの壁際、親指と人差し指で作った輪ほどの大きさの穴の前で、エミリーの魄はピタリと止まった。

 雲のような、煙の集合体のような魄は、まるで雨雲から突き出る竜巻のように、煙の一部を穴の中に伸ばした。

 すると、穴から小さなトカゲが追い出されるように飛び出した。トカゲはシェンの足の間をくぐり、ジェフの脇を通り過ぎた。それを追うように、エミリーの魄から複数の煙の"竜巻"が飛び出し、その小さなトカゲを絡めとった。

 "竜巻"はトカゲの身体をすり抜け、網で濾すように、中からエミリーと瓜二つの姿の少女を引きずり出した。

 エミリーと瓜二つの少女――アズは自身に巻き付いて離れない"煙"を、引きちぎらんと手足をバタバタと動かし抵抗した。だが、煙の本体からは次々と"竜巻"が伸び、アズを静かに包んでゆく。

 何が目の前で起こっているのか、まったくその眼には見えやしなかったが、シェンとリンリンの視線から、どこに"いる"かは把握できる――ジェフはサーベルを引き抜き、地面を蹴った。


 鼓膜を突き刺すような、鋭い金属音。ギチギチと音を立て、赤い棍とサーベルが拮抗する。


 ジェフ「邪魔すんな!」

 シェン「やだねっ!」


 シェンとジェフは互いに後ろに飛び、距離を取った。そして直ぐに武器を構えた。シェンの背後にはエミリーの魄と、魄から必死に逃げようと抵抗するアズ。アズは必死に憑代であるトカゲにしがみついていたが、その"動きのおかしなトカゲ"に、ジェフはアズの存在を確信した。憑代であるトカゲを殺せば、取りついているアズを殺すことができる。そして、サーベルの刃に自らの手首を這わせた。静かに、刃に赤黒い鮮血が広がった。

 ジェフ「"血刀術"」

 同時にシェンも呪文を唱え始めた。

 ジェフ「螺鈿!」

 シェン「時空扉マジックワープ!」

 振り下ろしたサーベルから飛び散った鮮血は無数の針に姿を替え、シェンと、そしてアズに襲いかかった。だが、針はアズの前に現れた黒い煙に音もなく吸収され、シェンに襲いかかった針は赤い棍にすべて叩き落された。


 ジェフ「お前魔導師だったのか!」

 シェン「まあね」

 "魔導師"というこの世の最強の存在に、ジェフは一瞬怖気づいたようだった。シェンはそんなジェフの様子を見逃さず、胸を張り、棍を構え直した。ジェフは片足を後ろに下げた。


 ジェフ「魔導師が一般人に、アーティファクトなんて向けていいのかぁ?」

 シェン「そんな脅しに屈して、エミリーとアズを救えなかったら、"俺は絶対後悔する"」

 先ほどの自分の発言に被せたのか、とジェフは鼻で笑った。

 ジェフ「つまんねぇよ」

 シェンも同じように笑った。

 シェン「そりゃ残念」


 再び、洞窟内に武器と武器とがぶつかり合う音がこだました。


 ジェフ「魔導師だろうがなんだろうが! 邪魔すんならぶった切る! "半吸血の悲劇"を食い止めるのは俺たち"ヴァンピール"の使命なんだ!」

 シェン「さっきも思ったけど、その"半吸血の悲劇"って、お前ら"ヴァンピール"が勝手に作り出した"悲劇"じゃんか!」


 ジェフの額に青筋が立った。

 ジェフ「なんだと!」

 シェン「吸血鬼に咬まれたら"半吸血"になる! "半吸血"のまま死んだら吸血鬼になる! それはこの世の摂理だ! 吸血鬼は根絶やすんだって、勝手にルール付けてるから道が塞がるんだろ! 世の中の吸血鬼すべてが無差別に人を襲ってるのか? 違うだろ! お前たちのやり方は、単なる差別と迫害だ!」

 いよいよサーベルに本気の力が込められたようだった。

 ジェフ「じゃあ"半吸血おれたち"はどうすりゃいい? お前がエミリーを助けることで、俺たち"半吸血"を救えるのか? んなわけねえじゃねぇか! お前みたいなのを無責任っつーんだよ!」


 ジェフの怒りを棍越しに感じながら、シェンは続けた。

 シェン「吸血鬼との共存ルールは各地域で独自に設けられている! ルールを破れば司法の裁きが下る! 何もお前たちが自分の手を汚してまで復讐しなくていいんだよ」

 ジェフ「復讐しなくていい? 何様だよ、奴らのせいで俺たちは半吸血になった! 半吸血だから、差別され、社会から弾き出された! このまま大人しく指くわえてろってか」

 シェンは首を横に振った。

 シェン「戦う相手が間違っているだけだ、お前が戦うべきは吸血鬼なんかじゃない、お前たちまで差別する、社会なんじゃないか?」

 サーベルからみるみるうちに力が抜けていった。


 たしかに、半吸血の人権を主張して、国と争う団体はいくつもある。そういった団体に目もくれなかったのは、ただ単に、自分を"こんな風にした"吸血鬼が憎くて憎くて仕方なかったからだ。ジェフは拠り所としていた壁を粉々に打ち崩されたような喪失感に襲われた。自分たちが信じて今までやってきたことを、否定したくない。

 シェン「人々がお前たちを差別するのは理由がある、年は取らないし、体力は無限だし、力も強い、どのタイミングで吸血鬼になるかもわかんない、怖いんだ、お前たちのことが。だから人化の術の研究はこれからも続けていく必要があると思うよ。ただ、今回は明らかに間違っていることが明白だ、だから見過ごすわけにはいかない、それだけのことだよ」


 ジェフは頭を掻いた。

 ジェフ「……ちょっと今、どうすべきか、わかんねぇ」

 シェンは微笑んだ。

 シェン「これから考えていけばいいさ、まずは、エミリーを助けよう?」






 魄に引き込まれんとするのを必死に抵抗していたアズは、目の端に、魄に揺られてスヤスヤと気持ち良さそうに眠っているエミリーの魂体が目に入った。


 ――この子さえ、いなければ!


 アズの手が、エミリーに伸びた、その瞬間だった。



 意識が飛ぶかと思う、首筋の、突然の激痛。


 直ぐに、全身の力が抜けていくのがアズには分かった。


 自分をガッシリと掴む大きな手。自分の背後に音もなく忍び寄った"その男"の常軌を逸した瞳に体は恐怖で凍りつき、そうしてそのまま、視界は白く塗りつぶされた。


 ――生きたい……



 鋭く振るわれた赤い棍を軽々と避け、巨大な蝙蝠の羽を羽ばたかせ、"その男"は洞窟の天井にヒラリと"着地した"。


 シェン「アズ! アズ! しっかりしろ!」

 ぐったりとしたままピクリともしないアズの魂体は、なすがままにエミリーの魄へと取り込まれていった。シェンには"魂の死"が見てとれた。エミリーの"魂欠損障害"が、確実のものとなった。

 シェンは何処からともなく現れ、アズに噛みつき、そして今、天井にぶら下がる"その男"を見上げた。洞窟内のこの薄暗さでは、姿ははっきりとは見てとれない。

 シェン「……吸血鬼が"こんなところ"に何の用だ」

 ジェフ「いや、違ぇ」

 ジェフはサーベルをしまった。


 ジェフ「あれが"共食い"グレイだよ」







次回は25.x話最終回です。


次回は11/18更新予定です。

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