表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
悪魔の薬編―パンゲア大陸到着編―
48/72

25.5.trick beat―びょうきになったかげ5―

半吸血の少女エミリーから分裂し、逃げた吸血鬼"アズ"を追うため、エミリー本人に会いに来たシェンたちは……



 まるで何事もないような、安らかな寝顔だった。


 霧に包まれた岩壁の中腹にぽっかりと空いた洞穴。洞穴の天井に張り付くように、いくつもの"かまくらのような"白いドーム状の建物が並ぶ――吸血鬼排他主義団体"ヴァンピール"本部。


 いくつかの"かまくら"を経由してたどり着いたその部屋は、子ども用の可愛らしい壁紙に大量のおもちゃやヌイグルミが散乱し、その奥の天涯付きの子ども用の小さなベッドには、最早サイズの合わない体を猫のように丸くして寝息をたてる少女の姿があった。

 おそらく14、15歳程であろうその少女の年齢と部屋の印象はあまりに不釣り合いだった。そのアンマッチな雰囲気に、リンリンは思わず呟いた。

 リンリン「なに、この赤ちゃんみたいな部屋……?」

 ジェフは心底面倒臭そうに盛大なため息をついて、苦いものを食べたかのように顔をしかめた。

 ジェフ「親が過保護過ぎなんだよ……」


 「うちの娘に何か用ですか」


 低い女の声。エミリーの眠るベッドの前に立ち塞がるように、30、40代ほどの女が姿を現した。女には、どこかエミリーの面影が垣間見えた。

 リンリン「もしかして、エミリーのお母さん?」

 女はリンリンを睨み付けた。






 「娘をどうするつもり、何しに来たのよ!」

 ジェフ「落ち着いて、お母さん」

 「あんたにお義母さんと呼ばれる筋合い無いわ! この悪虫め!」

 すべてを娘に関連付ける被害妄想に、ジェフは以前から辟易していた。だがここで細かい問答は時間の無駄である。気を取り直すように、ジェフはポリポリと頭を掻いた。

 ジェフ「あー、じゃあおばさん、エミ……娘さんの体調について相談が」

 女は怒鳴った。

 「リチャード呼びなさいよ! あんた経由じゃ話なんかしたくない!」


 シェンはこっそりと聞こえないような声でジェフに問うた。

 シェン「なんかしたの?」

 ジェフ「ばかいえ、入団直後の研修を担当しただけだ……」


 「ほら! さっさと……、リチャード!」

 遅れて部屋に入ってきたリチャードに、エミリーの母親は助けを求めるように駆け寄った。そしてジェフを指差した。

 「あいつをエミリーに近づけないでって言ったでしょう!?」

 リチャードは宥めるように母親の肩に蒼白い手を置いた。

 リチャード「ジェフの話は聞かなくていい、それより、その桃花源人と私の話を聞きなさい」

 母親はリチャードに返答することなく、小さなベッドに腰掛け、すやすやと眠りにつく娘の頭を撫でた。


 シェンは会釈した。

 シェン「どうも、リ・シェンといいます、先日娘さんは人化の術を受けられましたね」

 母親は娘に目を落としたまま、何一つ反応を返さなかった。

 シェン「そのあとから、娘さんに体調の変化はありませんでしたか」

 母親は娘の頭を撫で続けたままだった。

 シェン「例えば、すぐ疲れる、元気がない、眠る時間が多くなった」

 娘の頭を撫でる母親の手が止まった。そうしてようやく、シェンと目を合わせた。シェンはニコリと笑った。

 シェン「みせてもらっても?」

 母親はベッドから立ち上がった。

 シェン「ありがと」






 ベッドを覗くと、シェンは少しの間沈黙した。リンリンもシェンの肩からベッドの中を覗き込んだ。

 他の人間には見えていないであろうが、エミリーの体の左半分に、半透明の雲のような白く光る煙がまとわりついていた。魄だった。通常は体にぴったりと収まって、外に出てくることなどない代物である。今のこの状態が意味するところは、魄が肉体から剥がれかけているということだった。

 シェンは少しホッとした。まだ、完全に剥がれ落ちていなかったからだ。


 シェンがホッとしたその様子は直ぐ様リンリンに伝わった。

 リンリン「……シェン、本当に助けたいんだね、この子」

 シェン「うん」

 リンリンはため息をついた。

 リンリン「針ある? 縫い針」

 シェン「ん?」


 ――間――


 リンリン「"キラキラキャンディ"!」


 リンリンの小さな手のひらから飛び出した光の玉は、シェンがぶら下げた縫い針の針穴にピシャリと命中した。

 以前ぐるぐる巻きにされ、身動きが取れなくなったこの光の玉に、ジェフは顔をしかめた。

 ジェフ「あの汚ぇネバネバの糸か」

 リンリン「何が汚いだよ! もっかいぐるぐる巻きにするよっ」

 シェン「で、どうすんだ、これ?」


 針穴で線香花火のようにプルプルと揺れる光の玉にリンリンは両手を添えた。

 リンリン「これね、影を縫ったり、魂を捕まえたりもできるんだよ」

 シェンはパチリと指を鳴らした。

 シェン「魄も"縫える"!?」

 リンリンはシェンに耳打ちした。

 リンリン「これなら、エミリーのお母さんもぎゃあぎゃあ言わないよっ」


 シェンはニカリと笑った。そうしてエミリーの母親に目を向けた。直ぐ様母親の心配そうな瞳と重なった。

 母親「悪い部分は取り除いたんじゃないの? これ以上何が必要だっていうのよ?」






 シェン「その"悪い部分"がいなくなってしまって、探すのに娘さんの力が必要なんです」

 母親「なによそれ? 悪い部分がいなくなるって意味がわからない」

 母親は助けを求めるようにリチャードに視線を向けた。


 リチャード「エミリーの吸血鬼部分が逃げ出したのだ、人質をとったり、他人に乗り移ったり、非常に凶悪だ、一刻も早く見つけ出す必要がある」

 それはお前から逃れ生きたいがためだろ、シェンはそう口を開きかけたが、一刻を争う今の状況では母親へ影響力のあるリチャードに任せるしかなかった。

 シェン(争うのは、"アズ"を見つけてからだ)


 "悪い部分"を探すために一度"魄"を剥がす必要があること、妖精の糸で縫うから心配ないことを説明し、さらには本当に問題ないことを約束させられ、ようやく許可が降りた。

 それを合図にリンリンは縫い針を手にとった。そしてクルクルといくつも円を描くように細かく回りながらエミリーの爪先から頭の天辺まで、煙のような形をした魄と肉体との"繋ぎ目"に針を通していった。少し遅れてキラキラと金色に輝く光の糸が通されていった。




 全て光の糸が通ると、リンリンはシェンにウインクした。シェンは赤い棍を手にとった。






 ジェフ「どうすんだよ」

 赤い棍の先端がキラキラと光る縫い目の間を指した。

 シェン「こいつで魄と肉体の繋ぎ目を切る。代わりにリンリンの糸が繋ぎ止めててくれるから問題ない」

 ジェフはこの光の糸がゴムのような伸縮性を持っていたことを思い出した。

 ジェフ「切っても切れねえわけだ、けどその魄とかいうの、その棒っきれでどうやって切るんだよ」

 シェン「こいつ、アーティファクトだから、触れないもんが触れたりするんだよ」

 そうして棍を一度クルリと回すと、糸と魄の繋ぎ目の間に器用に挿入し、思いきり振り上げた。繋ぎ目は音もなく千切れ、また再生しようとするところを、シェンはすかさず棍で遮った。その繋ぎ目と反対側の繋ぎ目――魄と魂との繋ぎ目に引っ張られるように、魄は本物のエミリーの魂体をのせ、フワフワと動き出した。


 リンリン「あとはこいつがアズとかいう子を探してくれる!」

 シェン「よし、追うぞ!」


 リチャードは静かに口を開いた。

 リチャード「必ず仕留めろ」

 ジェフはサーベルを握りしめた。






次回はシェンVSジェフ!? アズは助かるのか!?


ところが話は以外の方向に……。


次回は次週11/11更新予定です。あ、ポッキーの日だ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ