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W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
プロローグ
4/72

4.the place of truth


月が沈みきらない空。

遠くから太陽が顔を出し、地表の影を伸ばす。

まだ青い空気を吸い込むと、その冷たさに眠り眼が冴える。


ムー大陸 観光国家マーフ 東部の町カーシー

夜も明けぬ時間ながら、すでにバザールは活気づき、買い付けに訪れた人と店との賑やかなやり取りで、メインストリートは熱気を帯びていた。


その町はずれ。バザールの賑やかさを背に、2つの影。


一人は真っ黒なロングコートのフードを目深にかぶり、寝癖だらけの銀髪に、眠気でほとんど開いていない真っ赤な瞳、心底だるそうにしゃがみ込み、鼻ちょうちんを膨らませながら、カクカクと舟を漕いでいる。

もう一人は、あご下あたりで切りそろえられた吸い込まれるような漆黒の直毛に、独特の帯で締め上げる巻き衣装、ピンと伸ばした背筋、両手を前で重ね、町の方角を眺めていたが、ふと、隣でしゃがむ銀髪黒づくめの眠たそうな様子に気がついた。


「フィードさま、眠たそうですね」

フィードと呼ばれた銀髪は、ぼそぼそと覇気のない声で答えた。

フィード「よしの、テメェー……バザールも開いてねえような朝っぱらから、バタバタバタバタ宿に雑巾がけとかしやがって。うるさすぎて最悪の目覚めだったんだよ。」

よしのと呼ばれた黒髪の少女は困ったように笑った。

よしの「申し訳ありません。わたくし、てっきりフィードさまたちのお宅だとばかり……」

眼を開けきらないまま、フィードはよしののほうを見上げた。

フィード「"ジパング"って、宿とかねーのかよ」

よしのはきょとん、とフィードを見た。

フィード(ああ、そっか、コイツ記憶ねーんだ)

やっぱなんでもねー!とフィードは荷物を枕に寝転んだ。

フィード「あー……エオルのヤロー、何チンタラやってんだよ~……早くしねーとこのまま寝ちまうぞ」

よしの「見てまいりましょうか?」


その時、遠くから「おーい」と聞きなれた声が聞こえた。よしのはにっこりした。

よしの「いらっしゃったようですよ」

よしのの視線の先には、剣を背負い、背中まである金髪に、黄緑のおだやかな瞳、さわやかなスカイブルーのシャツに、日よけのマントを着た長身の男が駆け寄ってきていた。

フィードはむくりと起き上がり、コノヤロウとぶすくれた。

フィード「おせーぞエオル!」

エオルはフィードとよしのに日よけのマントを渡しながら、ハハとすまなそうに笑った。

エオル「ごめんごめん! 剣を鍛冶屋に出してたんだけど、時間かかっちゃって……」

フィードは眉根を寄せた。

フィード「そんなにガタが来てんのか?」

エオル「んー……魔法剣を多用しなければ、もうしばらくは何とかなると思うから、次の町くらいまではコイツに頑張ってもらうよ」

エオルはぽん、と背中の剣の柄に手をあてた。

フィード「ふーん。んじゃあ、まぁ、出発すっか」




―――― the place of truth(真実の居場所) ――――



午前10時。晴天。カーシーの町のメインストリートは多くの人でごった返していた。


その人ごみが、一部ぽっかり空いている。

その穴の中心には、白いふわふわの髪に、三白眼、高い鼻にふさふさの白いしっぽ、フィードの同期にして、フィードの学生時代、同じ仲良しグループの1人だった――ヤクトミ・ヴルナス。

彼が歩くと、人があからさまに避けてゆく。それには根深い原因があり、彼自身、その原因をよく理解していた。


人ごみの中で、子どもがヤクトミを指差した。

「ママ! あのお兄ちゃん、尻尾生えてるよ!」

母親は子どもをヤクトミから隠すようにマントで覆った。

「シッ! ダメ! あれは獣人よ! 病気をうつされるわ!」


ヤクトミはだるそうに溜息をついた。

ヤクトミ(まさか、こんなに"外の世界"が『獣人差別』が色濃いとはな……魔導師養成学校アカデミーの中にいると気付かないもんだなぁ)


さらに町を歩くと、ヤクトミの目の端々に、ちらほらと見覚えのある制服が見えた。

ヤクトミ(対魔導師犯罪警察組織トランプだ……シャンドラのヤツをさがしてんだろうなぁ)

やがて、ヤクトミはある建物の前で歩みを止めた。


観光案内所。


ヤクトミ(とりあえず、あいつらが寄ってそうな店を虱潰しに当たるしかねぇよな)

ヤクトミが入ると、所内のなごやかな雰囲気が一変した。

「獣人だ……」

「なんでこんなところに……」

ヤクトミはツカツカとカウンターに近づき、アカデミーの学生証を見せた。

ヤクトミ「魔導師です。お尋ねしたいことがあるのですが」

すると、所内の空気が安堵へと変わった。

「魔導師様だ」

「まこと利発そうでいらっしゃる」

ヤクトミ(フー……)

    「町の地図と、宿や、旅人が使いそうなショップの場所をリストにしていただけますか」

カウンター越しの所員は、了解しましたとカウンターの奥へ引っ込んだ。しばらくして、数枚の紙の束を持って戻ってきた。

所員「先ほど、"トランプ"の方が同じものを持っていかれましたが、部数足りませんでしたか?」

ヤクトミ「……そうですね、でも、あと一部足りなかっただけなんで、大丈夫です」

所員から紙を受け取ると、ヤクトミはそそくさと観光案内所を出た。

ヤクトミ(ふー……"外"から見たら、学生も"トランプ"も同じ"魔導師"であって、区別とかはない感じだ……まあ、おかげで『ややこしいこと』にはならずに済んだか……)

ヤクトミの脳裏に昨日の魔導師協会でのことが浮かんだ。





なぜ、ヤクトミがこの町にいるのか――


W・B・アライランスがジパング人を拉致したという犯行声明を受けはしたが、ジパング人とはジパング国外で会うこと自体考えられないため、狂言の可能性が高い。

しかし、魔導師の犯罪で、しかも、ジパング人を巻き込んだということが公になれば、宗教問題、ひいてはジパング国を中心とする神使教を国教とする国々と魔法圏の国々との間での国際問題に発展する恐れがある。

また、"トランプ"によって解決された魔導師犯罪事件は魔導師協会内だけでなく、魔導師協会連盟国(全世界の7割以上の国々)に詳細にわたって報告する義務が生じる。

国際混乱を最小限に抑えるために、"トランプ"より先にW・B・アライランスを捕らえ、ジパング人の拉致だけは"なかったことにしなければならない"。

それらをふまえ、"トランプ"の上層部と特に親しいスペリアル・マスター(アカデミーの教員)であるユディウス・ラークとマリア・フラーレンに"トランプ"の動きを伺わせ、首謀のシャンドラ・スウェフィードが学生時代に仲の良かったヤクトミと、その師であるスペリアル・マスター、ガルフィン・フォーンにW・B・アライランス追跡を命じた。


そこで今朝、マジック・ワープを利用して、W・B・アライランスの最後の目撃情報があったマーフ国カーシー入りしたヤクトミは早速調査を開始した。


――という次第であった。



ヤクトミ("トランプ"に顔が割れてるガルフィン先生には、W・B・アライランスを見つけ次第即連絡、"トランプ"に見つかる前に、2人でやつらを一網打尽…………これで俺も楽になる)


犯罪を犯した親友に対して、気を抜けば、怒り、悲しみ、疑問、たくさん、いろいろな感情がこみあげてくる。それに気づき、慌てて心の奥底にしまい込む。

W・B・アライランス発足声明から、今の今まで、ヤクトミの心の中は、ずっとその繰り返しだった。


ヤクトミ(……俺は、アイツの友達とか、ライバルとか、……そういうのの前に、これから魔導師になる人間だ……! 魔導師は個を殺し、世界に尽くすのが義務!……悪く思うんじゃあねぇぞ、シャンドラ!)


この任務についてから、何度同じことを自分に言い聞かせただろうか。

聞きたいことはたくさんある。

言いたいこともたくさんある。

しかし、かつての友は、もう自分がそんなことをできるような立場にはなくなった。

捕まえれば、刑に処すだけ。

自分とは別世界の人間。


ほんの少し前まで、

たくさんバカやって、

たくさん笑って、

たくさんぶつかって、

たくさん励ましあった。

すぐそばにいて、いつでも気軽に会える。

それが当たり前。


そんな親友だったあいつは、もういない。


そのことが、

たまらなく悲しかった。

たまらなく悔しかった。

たまらなく腹立たしかった。


もう、どこにもぶつけられない感情。


それを昇華するには、自分の手で、アイツに引導を渡すしかない。


そんな思いで、ヤクトミは今、ここに立っていた。






午前の間に、十数件、旅人が立ち寄りそうな場所を急ぎ足で回り、昼に休憩を挟み、再び情報収集。


日も徐々に傾き始めた頃、ヤクトミは路地裏でピタリと歩みを止めた。

ヤクトミ「……さっきから、後をつけてきているみたいですが、何かご用ですかね」





くるりとヤクトミが後を振り向くと、ぼろ布のつぎはぎだらけの服を着た少年が立っていた。

少年「あんた、魔導師なのに、"制服着てない"な」

藪から棒な少年の第一声に、ヤクトミは当惑せず冷静に言葉を返した。

ヤクトミ「今、この町をうろついている"制服を着た魔導師"とは別の仕事なんですよ。それより、何かご用ですか?」

少年「別行動……」

少年は少し考え込み、思いついたようにヤクトミの腕を引っ張り、走り出した。

ヤクトミ「お、おい! 何なんだよ!」

少年「いいから、ちょっと来て!」

少年はヤクトミをしっかりつかみ、細い路地をクネクネと進み、一軒の、今にも崩れそうな家屋の前に連れてきた。

少年が、家屋にヤクトミを連れ込もうとしたとき、扉の上に刻印された紋章を見、ヤクトミは足を止めた。

ヤクトミ「オイ……ここまさか」

少年は思い切りヤクトミを引っ張った。

少年「神使教の教会だよっ!」

少年はヤクトミを力いっぱい引っ張った拍子に足を滑らせ、転んだ少年の足が、ヤクトミの足を払った。

ヤクトミ「イテェ!」

足を払われたヤクトミは、勢いよく扉に顔をぶつけ、その衝撃で、ドアの蝶番が外れ、扉ごと家屋の中に倒れ込んだ。

ヤクトミ「……」

少年「あ! テメー! よくもおれん家壊したなー!」

ヤクトミ「お前ん家って……」


「おやおや、なにごとかな?」

家の奥から、中年の男女が出てきた。


―――間―――


カンカンカン――金づちをたたく音が鳴り響く。カナヅチを握りしめ、ヤクトミはため息をついた。

ヤクトミ(あ~畜生……なんで俺がこんな目に……)

中年の男はすまなそうに声をかけた。

中年男「すみませんねえ、若い方」

ヤクトミ「いえ、壊してしまったのは私ですから、修理するのは当然のことです。ところで、修理できたんですが、こんなもんですかね?」

ヤクトミは扉を軽く開け閉めしてみせた。男はにっこりと笑顔を向けた。

中年男「十分ですよ、わざわざありがとうございます」

部屋の奥から、中年の女がお茶を持ってきた。

中年女「お疲れ様でした、よろしければどうぞ」

ヤクトミ「あ、すんません! いただきます」

    (……何やってんだろ、俺)

濁った茶色のお茶は、限りなく草の味がした。

ヤクトミ「ナチュラルな味ですね……」

中年女「このあたり、あまり草が生えてないので、とっても貴重なんですよ」

ヤクトミ「え、だってバザール……」

言いかけて、ヤクトミは言葉を引っ込めた。この質素というより貧相な家の様子、おそらく茶を買う余裕すらないのだろう。ヤクトミは頭をポリポリと掻き、別の質問に変えた。

ヤクトミ「俺のこと、怖くないんですか?」

ヤクトミは尻尾を振って見せた。男女は顔を見合せて、二コリとした。

中年男「あなたが、本当に病気を持っているかなんて、わかりませんが、神使教では、病気も神からの授かりものなので、受け入れるのみですよ」

ヤクトミは渋い顔をした。

ヤクトミ(あー……そうか、それが"こいつら"のスタンスだったな)

    「さいですか、……ところで俺、じゃない、私はなぜここに連れてこられたんでしょうね」

少年「町の人に、お前の口から証明してほしいんだよ」

女の背後から、少年がひょこっと顔を出した。

中年女「ハニア!」

中年の男女はきょとんと少年――ハニアを見た。

中年男「証明? なんの?」

ハニアはヤクトミを訴えかけるような眼でみた。

ハニア「最初にこの町に来たのは俺達なんだ!」

ヤクトミ「?」

    (俺"達"ってことは、こいつら家族か)

ハニア「うちは神使教の中で、水の神様を祭る分派なんだ!」

ヤクトミ(そういや、神使教ってのは多神教で、分派がたくさんあるらしいな)

ハニア「ちょっと前まで、この町は水がなくて、行商にこまめに売りに来てもらってたんだぜ! しかも、ありえない値段で! そんな町だから、貧乏で、今みたいに、栄えてなかったんだ! あんなバザールだってなかった!」

ヤクトミ「え……それ何年前の話? お前、いくつだよ」

ハニア「栄え始めたのは4年前だよ、俺14!」

ヤクトミ「てことは、たった4年で枯れた町がここまで栄えたのか」

当然のように口から出てきかけた“魔法技術のおかげだろ”という言葉はさすがに引っ込めた。

ハニア「俺達家族がこの町に来たのは5年前だ。水がないこの町に、水が来るように祈りにきたんだ。ここはそのための教会」


ヤクトミ(ここが"こいつら"の矛盾してるとこなんだよなー……自然のありのままを受け入れるって言っといて、何かあったら、すぐ神に請う)


ハニア 「父ちゃんがここに来て、祈るようになってから、町の人も教会に一緒に祈りに来るようになったんだぜ! ……やつらが来るまでは」

ヤクトミ(……いやな予感……)



ハニアはヤクトミを指差した。

ハニア「お前ら魔導師のことだよ!」

父「こらっ!」

母「なんて言い方するんです!」

ヤクトミ「いえいえ、……なんとなく、そう言われそうだとは思ってましたから……魔導師がこの町に魔法技術を持ってきたから、祈りより魔法だって、町の人たち離れてっちゃったんでしょ」

ハニアはうつむいた。

ハニア「……水が来るようにって祈って、……持ち込んだのが魔導師だろうがなんだろうが、実際に、この町に本当に水はきたんだ! それなのにこの町のやつら……」

ハニアは唇をかみしめ、絞り出すような声で続けた。

ハニア「信仰を忘れるどころか、神使教が魔導師と対立しているって理由で、俺達家族を……」

膝の上で固く握りしめた砂まみれの拳に、ぽたぽたと涙が落ちた。消えた言葉の先は、この家族の生活環境を見れば、想像がついた。

同時に、ヤクトミはガツンと頭を殴られるような今までにない衝撃を受けた。


――神使教は魔導師に反抗する頭のおかしな集団だ――


神使教というだけで、決め付け、見下し、侮蔑の目で見ていたことに気づいた。

そしてそれは、獣人だから、と自分を見ていた大衆と、神使教だから、と彼らを見ていた自分とが、何ら変わりない同類である、ということでもあった。

今まで自分を見てきた大衆の気持と、神使教というだけでただ差別される神使教徒の生の声を初めて聞いたことは、ヤクトミがこれまで信じてきたものが、実は隔絶された情報の中で助長された間違いを含んでおり、必ずしもすべてが正しいわけではないという現実を叩きつけた。


ヤクトミ「……」

ヤクトミは言葉を捻り出すことすらできなかった。


沈黙を破ったのは母だった。

母「お父さん……」

父はゆっくりうなずくと、ハニアを見た。

父「お前の歳を考えて、今まで自粛していたが……」

ハニアは鼻をすすり、薄汚れた袖で目をこすると、顔をあげた。

ハニア「何?」

父「信仰とは何か、確かめ直すためにも、巡礼の旅に出よう」


―――信仰とは何か―――


ハニアはこれまで父から決して出てくるはずのないと思っていた言葉を父の口から聞き、驚いた。そしてそのまま確かめるように母を見た。

母は深くうなずいた。


この町での5年間で、"何か"を思っていたのは自分だけではなかった。

あの敬虔な父も母も、信仰の心が揺らぎ、折れそうになっていたのだ。

この町での現実を神に問うための旅――ハニアは迷いなく頷いた。



ヤクトミ(……えーっと……結局俺は何のために連れてこられたんだ……)

ハニアはヤクトミに顔を向けた。

ハニア「おい! 魔導師! 連れてきて悪かったな! もう行っていいぞ」

父「こら! だいたい、どうしてここに連れてきたのか、最後まできちんと説明もせずにお返しするとは何事です!」

ヤクトミ「いえいえ、話を聞いていてわかりましたよ。……要は、魔導師である俺の口から町の人に、"祈った結果の証明"をしてほしいってことだったんだよな」

ハニアは気恥ずかしそうに頷いた。ヤクトミは父と母を見た。

ヤクトミ「……新しいですよね」

父「?」

ヤクトミ「神使教の"正当性"を魔導師に証明させるって発想」

ヤクトミは微笑んだ。

ヤクトミ「ハニアは、魔導師と神使教の対立って構図に風穴を開ける人間になるかもな」

父「……もしくは、それが神使教の元来あるべき精神なのかもしれませんね」

父はハニアの頭に大きな手を置いた。

母「さあさあ! そうと決まれば、早速出かける準備を始めましょう!」

ヤクトミ「じゃあ、俺はこれで……」

ハニア「あっ! ごめんな! "制服着てる魔導師"とは別で仕事だったんだよな!」

ヤクトミ「そ! じゃあ、旅気を付け……」

ハニア「今朝見た魔導師も制服着てなかったけど、同じ仕事か?」


――制服着てない魔導師……今朝!?


ヤクトミは慌ててハニアの両肩を掴んだ。

ヤクトミ「……どんなやつだった!?」

いままで冷静だった目の前のこの魔導師の慌てように驚きながらも、ハニアを記憶をたどった。

ハニア「えっと……金髪で髪が長くて、……耳がとがってて……」

ヤクトミ(エルフの魔導師! マーフ国には配属されていないはず! エオル・ラーセンだ!)

    「……合流したいんだけど、どこに行ったかわかるか?」

ハニア「明け方、オレが水汲みに行ってた時に、町の北の方に走ってったけど、それ以上は……」

ヤクトミ「北か! サンキュー! それじゃ!」

早速、表に出ようとしたヤクトミは、再びハニアに腕を掴まれた。

ヤクトミ「え!? まだなんかあんの!?」

ハニア「巡礼の順序はちょうど北の方角なんだ」

ヤクトミ(……まさか……)

ハニア「友達と合流するまででいいから、砂漠を護衛してくれ」

ヤクトミはこめかみを抑えた。

ヤクトミ「そうきたか……」

    (この家の状況を考えると、大した装備もできないだろうしな……"乗り掛かった船は最後まで責任持て"ってガルフィン先生の教えだし……)

そして頭をボリボリかきながら、ヤクトミは少しため息をついた。

ヤクトミ「なるべく早く出たいです。必要そうなものは買いそろえておくので、バザールの北口で待ち合わせましょう」

父「え……しかし……」

ヤクトミ「私もさすがに手ぶらで砂漠は渡れないですし、ついでですよ。それか」

ヤクトミはハニアを指差し、ウインクした。

ヤクトミ「ハニアくんの出世払いってことで」

ハニア「100万倍にして返してやるよ」




2人は互いを見合わせ、ニカリと笑った。






日も地平線に沈み、藍色とオレンジのグラデーションの中に、星がきらめき始めた頃――


フィードたちは、偶然見つけた風化しかけの大岩の影で、暖をとり始めていた。

エオル「今日だけで結構歩いたね……よしのさん、お疲れ様」

よしのは食事の後片付けをしつつ、申し訳なさそうに笑った。

よしの「いえ……お二人が歩くスピードを合わせてくださったので……」

エオル「あ、今片づけてるやつ、火にくべておいていいよ! その……疲れてるだろうし(本当は証拠隠滅だけど……)」

よしの「ああ! 燃料代わりですね!」

よしのはヨイショと焚き火の中に食糧がくるまれていた包みの葉などを投げ入れた。

焚き火から、パチパチと心地よい音が鳴る。


……パチパチパチ……


エオルから、何か話しかけられているような気がするが、目の前でゆらゆらと揺れるあたたかなオレンジの光を眺めているうちに、よしのの瞼は自然と重くなっていった。

エオル「……どうやら、よしのさんは寝付きの良いタイプみたいだね」

フィードは肩をすくめた。

フィード「みたいだな」

エオルは荷物の中から毛布を取り出し、荷物とともによしののもとへ持っていった。

エオル「よしのさん、これ、枕代わりと毛布」

よしの「あ……いえ! 私は大丈夫です。2人がお使いくださいな」

エオル「遠慮しなくていいんだよ。俺たちのは俺たちであるから」

よしのは申し訳なさそうに毛布を受け取った。

よしの「ですが、エオルさまのお荷物を頭に敷くわけには……」

フィード「あ! そーだ」

2人はフィードを見た。フィードはごそごそとコートの内側をあさり、30センチほどの黒い球体を取り出すと、よしのに投げ渡した。

フィード「じゃあ、これからそいつがおめーの荷物だ。枕でもなんでも好きにしな。」


よしのの腕の中には、楕円形のまん丸としたものから、パタパタと左右に揺れるタヌキのような尻尾、あるのかないのか分からないほどの足、三角の耳が生えた真っ黒な動物が、つぶらな瞳でよしのを見つめていた。


よしの「まあ! かわいらしい!」

エオルは怪訝そうな顔で、よしのの腕の中の得体のしれない生き物を覗き込んだ。

エオル「なにこれ? タヌキ……ではないし……豚……?」

よしの「耳が三角ですし、猫ですよ!」

黒い生物「みゃー」

よしの「ほら」

エオル「本当だ」

フィード「いや違う」

あれ?と2人はフィードを見た。

フィードは真顔で答えた。

フィード「非常食だ」




エオル「……何言ってんの?」

フィード「名前はクリスだ。しっかり食わせて、肉々しさをキープさせとけよ、よしの」

エオル「ちょっとーー! なんか割としっかりした名前まで……しかも嫌に人間味のある名前だし!」

よしのはクリスを抱きしめ、ボロボロと涙をこぼしている。

エオル「ほらー! よしのさんショックで泣いてるし!」

よしの「……いえ……」

エオル「え?」

よしの「家畜は神様からの恩恵です。」

エオル(……そういえばこの人神使教……)

よしの「その大事な神様からの贈り物のお世話を、私のような新参者に任せていただけることがうれしくて……」

エオル「さいですか……」


やれやれ、とエオルはもといた位置であぐらをかいた。

フィード「さて、よしのの目が覚めたとこで昨日の件だが、よしのの魔導師専用具を見て、お前なんか知ってる風だったな?」

よしのもそういえばとエオルを見た。

エオルはこくりと頷いた。




エオル「たぶんだけど……"工芸品アーティファクト"ってやつじゃあないかな……」

よしの「あーてぃ……?」

フィード「それってあれだろ? 偉くて資格もった魔導師が持てる"骨董品"だろ?」

エオル「"古代兵器"だよ」

よしの「へ、兵器!?」

エオルは頷いた。

エオル「なんでも、大昔に神様と悪魔が3回戦争して、その2回目の戦争の時に兵器として開発されたものだって言い伝えのシロモノ」

フィード「あ? 2回じゃなかったか?」

エオル「そうだっけ?」

よしの「……戦争……」

よしのは無意識にクリスを強く抱き締めた。

エオル「現在は、発掘されたものに関しては、魔導師協会で登録、管理してあるけど、世界にはまだまだ発掘されずに眠っているものもたくさんあるらしい」

フィード「トランプの将軍クラスは全員もってたな。ただの飾りかと思ってたぜ」

エオルは体をブルリと震わせた。

エオル「……間違いなく、トランプの将軍クラスと当たったらアウトだね。」

よしの「……"トランプ"とは……?」

エオル「あ、そっか……えと、訳あって、俺たち、トランプってやつらに追われてるんだ。」

よしの「追われている?」

フィード「あー、それについて1つ」

エオル「なに?」

フィード「よしのは俺様たちの人質ってことにしたから」

エオル「……はい?」

フィード「"一員"よか、"被害者"のが、もしも俺様たちが捕まった場合、よしのは無事だ」

エオル「……なるほど……」

   (……もしかしたら、よしのさんは俺たちと一緒じゃないほうが、いいんじゃないのかな……)

フィード「まあ、そんな"もしも"なんてありえないけどな」

エオル「どっからくんの、その自信……」


よしの「違いますよ!」


2人はよしのを見た。

よしの「お二人は私の恩人です!」

フィードは声をあげて笑った。

フィード「そりゃそーだ! つか、話し戻すけど、よしののアーティファクトって機能的にはどんなんなんだ?」

よしの「機能?」

エオル「アーティファクトって、剣とか、弓とか、たいていが武器の形をしてて、それぞれ特殊な力を持ってるんだ。魔導師専用具って発想の原型なんだけど……」

フィード「んなウンチクどーでもいい。こないだ、青い球から変なの出てきたよな」

エオル「変なのって……水竜みたいなのだよね。しかも、それ自体が意思を持っているようだった……」

フィード「どうやって出せたんだ?」

よしのはうつむいた。

よしの「それが……さっぱり……どういうものかさえ……あのときは"火を消さなきゃ"って思っただけで……ただ、これが『ヤサカニ』というものだということは伺っております」

フィード「ヤサカニ……なんかうまそうな名前だな」

エオル「んー……なんていうか、よしのさんのその思いに反応して、自主的に発動した形だったよね?アーティファクトってどうやって動かすものなのかは分からないけど、もしかしたら、そういうものなのかもしれないね」

フィード「ふーん。だがまあ、確実なことがひとつわかった」

エオル「何?」

フィード「砂漠は、水筒がねーと役立たねーどっかの魔導師よか、よっぽど使えるってこと」

エオル「あのねえ!」


クリス「みゃー!」


フィードとエオルは、クリスの鳴くほうに振り向いた。よしのが、座ったまま、寝息を立てていた。

フィード「……ねた」

オイ、とフィードはエオルに視線をやり、あごでよしのを指した。

エオル「ハイハイ」

エオルはよしのを寝かせ、毛布をかけた。

エオル「なんか、ちょっと思うんだけど、」

フィード「なんだよ」

エオル「よしのさんって、記憶喪失の割に、マイペースだよね?」

フィード「病院行きレベルの記憶喪失よか、全然いいだろ」

エオル「そうじゃなくて、……料理の味付けのこととか、……その、そもそも記憶の無くし方っていうか……」

フィード「不自然だな」

エオルはフィードにやっぱり、という視線を向けた。

フィード「だが、怪しいガキ云々の時点ですでに怪しいことはわかってんだし、どのみち、ジパングまで行きゃあ素性はハッキリすんだろ」

エオル「……そうだね……!」

フィード「それよか、追手だ。そろそろなんかしら手を打ってくるだろうから、準備しとけよ」

エオル「……そうだね……」





3日後、午後。

一面砂だらけだった景色が、やがてゴツゴツとした黄土色の縦に長い岩の森となり、それを抜けると、視界が開け、再び砂だらけの景色となった。


砂の大河、河川敷・南、モンスターハンターキャンプ地。


エオル「うわぁ! 本当に砂が河みたいに流れてる!」

眼前には、遠くまで、砂が河のように緩やかな流れをたたえ、その流れに沿って、太陽の光を反射してキラキラと砂粒が輝いている。

遥か対岸に霞みがかって岩がポツポツと見え、河の周囲がここまでの道のりと同じような岩の森に囲まれた地形をしているであろうことを想像させた。


視線を手前にもってくると、砂にまみれたテントがいくつか立てられ、15、6人ほどの荒々しいモンスターハンターたちが、酒を片手にワイワイとお祭り騒ぎをしていた。


フィード「"魚釣り"さぼって、何やってんだかねえ」

エオル「思ってても本人たちの前で言わないでよ! 普通に何事もなく、向こう岸に渡してもらえばいいんだから!」

ハンターたちは、客の姿を発見すると、ニヤニヤしながら近づいた。

ハンター「どーもどーも! おにーさん、女の子2人もつれちゃって、こんなとこに何しに来たのかな~?」

フィード「ん?」

エオル「え? 俺!?……女の子2人って……」

エオルは笑いをこらえながら隣のフィードを見た。

エオル「フィード……間違えられてる……」

フィードはなるほど、という顔をすると、ニヤリと悪だくみの顔に変わった。そして近くにいたハンターの袖を指先でつまみ、目をキラキラとさせた。

フィード「あのぉ~私たちぃ~向こう岸に渡りたいんですぅ~! でもぉ~お金あんましなくってぇ~(裏声)」

エオル(アホだ……)

ハンター「え~! じゃあ、安くしとっからさぁ、今日はやめて、明日にしなよ!」

フィード「それがぁ~お酌の一つでもしたいとこなんですけどぉ~めっちゃ急ぎなんですよぉ~」

もう一人、別のハンターがフィードの華奢な肩を抱いた。

ハンター「そんなこと言わないでさ、実は、渡し守の営業は午前中までなんだよね~」

フィードとエオルはこのやり取りを通して、同時に同じことを思った。


―― 他に渡航客がいないと思ったら、こういうことか…… ――


エオルはよしのにハンターたちが寄ってこないよう肩を抱きよせ、軽く溜息をついた。

エオル「皆さん、俺やそいつがつけてるバッヂ、見覚えないですか?」


胸元に輝く黄金のバッヂ、魔法の象徴である六芒星に8つの宝玉の紋 ――


ハンターたちはゲラゲラと笑いだした。

「おいおい、魔導師先生様だぜ~!」

「ウケる~サインくださいよ、サイン~」

エオル(ダメだこりゃ……完全に酔っぱらってる)

   「じゃあ、渡し守は結構なんで、交通手段だけ貸していただけませんか?」

ハンターたちはニヤニヤしながらエオルを見た。

ハンター「じゃあ、俺たちを倒して奪ってってくださいよ~魔導師先生!」

エオル(ぐ……こいつら……魔導師だってこと逆手にとって……)

※魔導師は一般人への暴力は重罪


バキッ


ハンターの一人が、突然1メートルほど吹っ飛び、あおむけに倒れると、白目を向いて気絶した。

エオルは恐る恐るフィードに目をやった。

フィードはハンターたちを次々と殴り倒していた。

ハンター「うわっ! なんだこいつ……ギャー!」

エオル「ギャー!」

エオルは慌ててフィードを止めようと押さえつけた。

エオル「なにしてんのっ!」

フィード「こいつらのお望み通りにしてやってんだよ!」

エオル「お望みでもダメーーー!」


「動くな!」


フィードとエオルが声の方に目をやると、ハンターの一人が、よしのを羽交い絞めにして、首に刃物を当てていた。




エオル「しまった!」

フィード「おお! これが本当の"人質"……」

いい加減にしろ!とエオルはフィードの頭を思い切り叩いた。


すかさず他のハンターたちが、フィードとエオルを取り押さえた。

エオル「くっ……」

フィード「チッ!」

よしの「えっ!? フィード様! エオル様! お二人に何をなさるのですっ!!」

よしのはバタバタと暴れ出した。


フィード「あいつ……自分の状況、よくわかってねぇな」

エオル「よしのさーん! 危ないから、大人しくしてて!」

よしのはキッとエオルを見た。

よしの「いいえっ! 今お助けいたしますわ!」

エオル「え……」

よしのの足元から風が渦を巻き、光とともに表れた4つの宝玉の結界が、よしのを押さえていたハンターを弾き飛ばした。

ハンター「な!! こいつも魔導師か!」

エオル「お!」

フィード「でかした!」

すると、騒がしかったハンターたちが一瞬にして静まり、フィードたちから距離を取り始めた。

エオル「?」

ハンター「ジ……ジパング人で……魔導師……やばい! トランプの将軍だ!」


その言葉を聞き、フィードがひらめいたように悪だくみの笑みを浮かべた。

フィード「そのとぉーーーり! この方を誰と心得るかーーーーっ!」

エオル 「いや、トランプの将軍って、別に一般の人は心得るような人ではないでしょ……」

ところが、ハンターたちはガタガタと震えだし、あからさまにおびえだした。

エオル「あれ……?」

よしの「?」

フィード「さてはお前ら、なんか法に触れるようなことしてんなーー!」


ぎくーーっ!


ハンターの一人がおずおずと答えた。

ハンター「い……いやいや……天下の将軍様にお会いできて光栄なだけですよ……」

エオル(嘘くさいなー……)

フィード「まぁいい、今回はプライベートでの観光だ。とりあえず向こう側に渡してくれりゃあ、お前らのことは今回は目をつぶってやる」

エオル(そんな勝手な……)

ハンターたちは慌てて準備を始めた。


その中、ハンターの一人が、よしのを取り囲むように宙に浮く宝玉を不思議そうに見つめた。

エオル「あ、よしのさん。それ、もうしまっても大丈夫だよ」


ハンター「あ、あの! 将軍様!」

よしの(私のことですよね……?)

   「はい、なんでございましょう?」

ハンター「それとよく似た球が、この先の滝のあたりで"よく目撃される"のですが……将軍様がその魔法で何かされているのですか?」

思わず、よしのはハンターの裾をつかんだ。

よしの「え!! それは本当ですか!?」

ハンター「えっ!?」


エオルがハンターたちを急かしているフィードを手招きしながら、慌てて話に割って入った。

エオル「待って待って! 球が"よく目撃される"って表現、おかしいでしょ! 詳しく教えてもらえます?」

ハンター「は、はい……赤茶色に光る球が宙にフワフワ浮いているのをよく見かけるって話があるんです」


エオルは腕組みしてフィードを横目で見た。

エオル「どう思う?」

フィードはにやりとして両手を腰に当て、答えた。

フィード「行く価値はなくはないかもな。なあ! よしの!」

よしのは胸の前で手を組み、深くうなずいた。

よしの「はい!」

フィード「よし! 決まりだな!」


フィードは川渡しの準備をするハンターたちのもとに駆け寄った。

よしの「?」

エオル「川渡しがいらなくなっちゃったから、断りに行ってくれてるんだよ」

しばらくして、フィードはエオルとよしのを呼んだ。

エオル「なんだろ?」

よしの「ですね?」

エオルとよしのがフィードのもとへ行くと、フィードは自信満々に川に用意された舟を親指で指した。

フィード「よし! 行くぞ!」

エオル「……えっと……なんの話?」

フィード「だから、滝に行くんだよ!」

エオル「ああ、なるほど! ここから歩いて行くよりも、舟で近くまでいったほうがいいよね!」

フィード「まあ、そーいうことだ。おら、とっとと乗れ!」

3人は舟にのりこんだ。舟は4人乗り程度の大きさだったが、荷物が少なかったため、なんとか乗れないこともないといった広さはあった。

よしの「まあ! 石のお舟!」

エオル「本当だ! たぶん木製だと砂との摩擦ですぐダメになっちゃうんじゃないかな」

ハンター「その舟は差し上げます」

エオル「え!?」

ハンターたちは、そそくさと一行の乗る舟を河に出した。

エオル「ちょ、ちょっと!」

その時、よしのの膝の上にいたクリスが、ぴょんと岸へ跳び移った。

よしの「あっ! クリスちゃん!」

思わず舟から身を乗り出したよしのを、フィードが制止した。

フィード「動物には帰巣本能があるからな。飽きたら帰ってくんだろ」

エオル「いやいやいや……」

よしの「なるほど! そうですね!」

エオル「……(よしのさん……)」


舟はゆっくりと黄金色に輝く砂の流れに揺られていた。

エオル「なんか……景色変わらないから、距離の感覚がなくなってきたんだけど……」

エオルの言うとおり、河の周囲は大小様々な砂色の岩に囲まれ、遠くの景色が全く見えない。と言っても、その遠くの景色も砂しかないのだが。たまの景色の変化といっても、巨大レモラがまれに跳ねるくらいだ。


ジリジリと照りつける太陽。日よけのマントを頭から被っているが、マントにこもる熱気と、石造りの舟からの照り返しで、体中から汗が噴き出した。

エオル「よしのさん、水分補給しっかりね。フィードは……」

舟の約半分を占領して、ゴロンと横になり、日よけのマントをすっぽり被ってグーグー寝ていた。

エオル「……大丈夫そうね」



その頃、ハンターたちのキャンプ地では、ハンターたちがせっせとキャンプを撤収していた。

「おい、ちゃんとうまいこといって嘘教えたんだろうな!」

「ああ! あいつら、まんまと滝へ行ったよ!」

「あぶねえ! あぶねえ! まさか、この魔導師専用具が将軍様のものだったとはな」

ハンターの一人が、テントの中にあった荷物の山から簡素な木箱を取り出し、中身を取り出した。

その手の中には、"土"という文字が浮かぶ手のひらサイズの茶色い宝玉―――

別のハンターが宝玉を覗き込んだ。

魔導師専用具ってのは不思議だよなあ! 念じるだけで、砂を思い通りの形にできるなんてな! ここじゃあ、こいつにたっぷり稼がせてもらったぜ」

この不思議な球を河に向ってかざせば、たちどころに河の流れを止めたり、河を真っ二つに割ったり、河の流れを対岸に向けることができた。

「名残惜しいが、見つかったらやばいしな! おまけに将軍様の魔導師専用具だし」

球を手にしていたハンターは宝玉を砂の大河に放り込んだ。

「証拠隠滅っと」

ハンターたちはゲラゲラ笑いながら、再び撤収の準備を始めた。


「すいませーん! 向こう岸にわたりたいんですけどー!」





ラクダに乗った、日よけのマントを頭からすっぽりかぶった渡航者が4人。

「客か……」

ハンターたちのうちの一人が答えた。

「お客さん、すいませんが、たった今をもちまして閉店なんですよ」

声をかけた客は少し黙ると、

「そうですか……ではこれだけお聞きしたいのですが、最近、黒づくめの銀髪赤目の魔導師とか、来てません?」

ハンターたちの作業の手が止まった。

「ええと、お知り合いで?」

もう一人の客がラクダから降り、飛び上った。

「ヤクトミ兄ちゃん! やったじゃん! ついに友達の足取り発見!」

「そうだな、ハニア」


ヤクトミはポンとハニアの頭にゴツゴツとした手を乗せ、マントのフードを取ってラクダから降り、ハンターたちに近づいた。

ヤクトミ「魔導師だ。そいつらを追ってる。ここに来たということは、そいつを向こう岸に渡したんだな? ジパング人は一緒だったか?」

ハンターの一人がバツの悪そうにおずおずと答えた。

ハンター「えっと……向こう岸には渡しておりません。この先の大砂瀑布へ向かいました。ジパング人もいました。」

ヤクトミ「は? 河を渡っていない? なぜ?」

ハンター「さ……さあ……?」


ヤクトミは少し視線を落とし、考えると、ヤクトミの様子をうかがっていたハニア一家を呼んだ。

ヤクトミ「申し訳ないですが、護衛はここまでです。このラクダは差し上げます」

ハニア「……友達見つかるまでって約束だもんな、仕方ないよ」

ハニアの両親はラクダから降り、ヤクトミに頭をさげた。

ヤクトミは自分の首掛けをハニアに掛けた。その首掛けには鋭い牙が通されていた。

ヤクトミ「魔除けだ。大概のモンスターはこれを恐れて近づいてこない。旅、頑張れよ」

ヤクトミは再びハンターたちに向い、語気を強めた。

ヤクトミ「この家族だけでも、渡していただけませんかねえ?」

ハンター(し……仕方ない)

ハンターの一人が特殊な金属でできた矢に縄をくくり、対岸の大岩に向けて放つと、矢はぶすりと岩に刺さった。

ハンターの中でも特に小柄な者がそのロープを伝い、対岸に着くと、ロープを適当な大きさの岩にくくりつけた。

次に石の舟を一艘出し、特に屈強なハンターが舟からロープを手繰りながら、まずハニアを、次に母、そして父の順に舟に乗せ、一人ずつ運んで行った。

途中、巨大レモラが飛びかかってきたが、岸辺と舟上から応戦し、なんとか無事にハニア一家を対岸に送ることができた。


ヤクトミ(なるほど、確かにこりゃあハンターならではの方法だな)

ヤクトミはハンターたちに多めに謝礼を渡し、ハニア一家のいる対岸に向って笑って見せ、軽く手を振ると、河に沿って、魔導師の超人的な跳躍力で岩の上をぴょんぴょんと走り出した。


その顔には、最早笑顔はなかった。





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