13.angelic another
よしのの名前の秘密
なぜ一行は爆発から逃れられたのか
目覚めぬフィード
天使の正体
はてさて、どうなることやら…?
ヴァルハラ帝国 グラブ・ダブ・ドリッブ 魔導師協会管轄地区 トランプ本部第一会議室――
部屋の中央に座す年代物の木製の円卓には、"対魔導師犯罪第二軍の将軍"市松芳也、"諜報軍の副将軍"リケ・ピスドロー、"総統"ゼレル・ビノク・スロトモン、そして円卓の前に休めの姿勢で、真っ直ぐ前を見据えて立っているのは"対魔導師犯罪第一軍の将軍"リー・シェンと"対魔導師犯罪第一軍の副将軍"市松桃次郎。
ジョーカー「まさかお前が手ぶらで、オマケに傷だらけで帰ってくるとはな」
まさか信じられないといった様子のジョーカーにトウジロウはニヤリと不敵な笑みで返してみせた。
―――― angelic another(天使のような) ――――
トウジロウ「同じセリフでうちのキングには爆笑されたわ」
シェンは思い出し笑いをこらえた。すぐさまカグヤの冷たい視線が突き刺さり、シェンは肩をすくめた。
シェン「すんません」
腕組みしながらため息をつき、ジョーカーは背もたれに寄りかかった。
ジョーカー「トウジロウ……お前ともあろうものが」
カグヤ「どうせ油断でもしていたのだろう」
その一言にトウジロウの眉がピクリと動いた。
シェン「まあまあ! 過ぎたことをどうのこうのよりもさ、これからどうするかを話そうぜ! コイツもタダで帰って来たわけじゃないだろうし、な!」
わずかにイラつきを残しつつ、カグヤを睨みつけるのを止め、ジョーカーに向けられた鷹のように鋭い漆黒の瞳。
トウジロウ「二点報告、一点目はW・B・アライアンスの三人目のメンバーについてや」
リケ「ギルティン?」
トウジロウ「いや、女やった」
リケ(やっぱり……)
場の全員を見渡して、一呼吸おき、次の言葉があった。
トウジロウ「ジパング人のな」
一瞬、空気が固まった。
ジョーカー「……今、なんと?」
トウジロウ「W・B・アライアンスの三人目はジパング人の女やってん」
付き合っていられないとカグヤは立ち上がった。
カグヤ「何を訳のわからんことを!」
トウジロウ「ハッ! 回転遅いヤツやの~」
カグヤ「……何だと……!」
またいつもの喧嘩に飲み込まれてはいけないとすぐさま割って入ったのは二人の上司。
ジョーカー「まあまあ!」
シェン「ハイハイそこまでー!」
リケ「身元を確認する必要がありますね」
話題に引き戻すその一矢に、にらみ合っていたトウジロウとカグヤは同時にリケを捉えた。
ジョーカー(話が逸れた!)
シェン(ナイス! リケ!)
リケ「その女性に関して、何か情報は?」
トウジロウ「おかっぱ、背ぇは160もない、スリーサイズは目視で……」
リケ「身元を確認するのに必要な情報をください!」
トウジロウ「"染井よしの"て名乗てたで」
リケ「"染井よしの"さんね」
トウジロウ「偽名や」
その場の全員が同時にトウジロウに視線を向けた。
カグヤ「なぜわかる?」
怪訝そうなその表情をしばらく見つめ、トウジロウは口を開いた。
トウジロウ「ジパングの大衆演劇でな、"染井よしの"いう登場人物が出る劇があんねん」
リケ「劇?」
トウジロウ「内容は、流れ者とその"染井よしの"が結婚の約束すんねんけど、男は結局故郷が恋しなって"染井よしの"捨てんねん」
リケ「悲恋劇ですね」
カグヤ「劇の登場人物と名前が同じことくらい……」
トウジロウ「転じて」
再び、トウジロウへと視線が集まった。
トウジロウ「恋に敗れて故郷を出た女が身元知られたないときに使う名ぁやねん」
シェン「わざわざ"染井よしの"って名乗って失恋中をアピールすんの?」
たしかにな、とトウジロウは笑った。
トウジロウ「他人はそれ以上"あえてふれないでおく"いう暗黙の了解があんねん」
リケ「名前がわからないと……困りましたね」
シェン「しっかし、どうやってジパングの外に」
ジョーカー「巡礼船に紛れ込んで国外に出たか……」
トウジロウ「ま、それしかないな」
リケ「待って! その"仮に"よしのさんは本当にグルなんですか? 魔導師とジパングの人ってそもそも接点がないはずですよね」
不快な記憶を思い出したか、トウジロウは苦虫を噛んだような表情を浮かべた。
トウジロウ「初めはな、ヤツら"人質"や言うててん」
ジョーカー「初めは?」
そうして、無意識に後頭部をさすった。
トウジロウ「俺、真後ろから殴られてん、そいつに」
ジョーカーとシェンは同時に大爆笑した。
トウジロウは大爆笑する自分の上司を横目で見ながら「つまり」と事の顛末を整理した。
計画通りキーテジ登山道の"乗り越えた先の絶望"側の山小屋に追い込み、山小屋に突入した。
そこでジパング人の人質がいることを知り、人質救出を優先させることに。
ところがW・B・アライアンスを追い詰めたところで人質と思われていたジパング人に、背後から小屋の隅に偶然置いてあった小麦粉の大袋で殴られる。
その衝撃で小屋に小麦粉が充満し、吸っていた煙草の火で粉塵爆発が発生。
爆発発生直前に爆発ごと犯人たちを氷付けにしようと魔法を使う。
といった流れであった。
リケ「トウジロウさんの魔法から彼らが逃れた……!?」
ジョーカーとシェンの顔から笑みが消えた。
トウジロウ「それについては二点目の報告で話すわ。まずはそのジパング人の件や。どうもそのジパング人、"アーティファクト"みたいな妙な武器を持ってるらしーてな」
リケ「らしい?」
トウジロウ「俺見てへんねん、部下が見たらしいねんけど」
ジョーカー「それを一人で小屋に突入したのか? いくらお前でも」
タンマとシェンが手を挙げた。
シェン「あー、それなん……」
トウジロウ「俺の慢心が招いた失敗や。責任はとる」
ジョーカー「ほう?」
シェンはトウジロウの後頭部を思いっきりひっぱたいた。
シェン「責任取んのは上司の仕事! 勝手に話進めんなっ!」
頭をさすりながら、呆れた様子でシェンを見下ろす漆黒の鋭い瞳。
トウジロウ「あのな……俺には"大将の部下"の前に"グランドセブン"いうブランドがついてんねん。どないな理由があっても絶対"失敗"を許したらあかん」
シェン「人間なら失敗があって当然だ! 絶対許しちゃいけない失敗なんてあるか!」
トウジロウ「大将、それは言い訳か気休めや。……ほんま自分の考えと違てたらすーぐ噛みつく」
シェン「んなっ!?」
カグヤ「なればそのブランドを剥奪すればよかろう」
場の全員の視線がカグヤに集まった。続いてカグヤは冷淡な笑みを浮かべた。
カグヤ「責任をとるのだろう? グランドセブンの称号を返上し、"ただの部下"に成り下がればいいじゃないか」
トウジロウの口の端がピクリと動いた。
トウジロウ「ほざけ男女、何も呼ばれたくてグランドセブン呼ばれとんのんとちゃうで? お前はどうか知らんけどな」
途端にカグヤからも笑みが消えた。
カグヤ「勝手に呼ぶのは周囲だが、返上は貴様個人でできるだろう? 呼ばれたくないのなら、さっさと返せ。もともとは"グランドシックス"だったのだから、数が元に戻るだけだ」
ブチン。
シェン(あ、ブチンて聞こえた)
ジョーカー(ブチンって言った)
リケ(も~っ!)
いい加減にしてと激しく机が叩かれた。リケだった。
リケ「話を進めましょう」
トウジロウは舌打ちし、カグヤはそっぽを向いた。
ジョーカー「何はともあれ、ジパング人の件は儂が預かろう」
カグヤ「(魔導師協会)連盟各国への公表はまだ行わないと?」
その問いに、首は短く横に振られた。
ジョーカー「"よりによって"ジパング人と連むなど前例がないからな。公表前に魔導師養成学校に一言伝えておこうと思う」
今後の政治的対応云々にはさも興味ないと、トウジロウはポケットに手を突っ込み顎を上げた。
トウジロウ「俺の処分は」
ジョーカー「減給3ヶ月、その間エースの座を降りてもらう」
トウジロウ「は!?」
シェン「ちょっとちょっと!」
ジョーカーの大きな掌がはシェンを制止した。
ジョーカー「グランドセブンの称号返上は許可できんが、しばらく"ただの部下に成り下がって"、"頭を冷やす"んだな」
カグヤの不服そうな視線がジョーカーに突き刺さった。
さらにジョーカーは「ただし」とつけた。
ジョーカー「それはギルティン逮捕の後だ。それまでは責任をもってエースを続けなさい」
ポケットから手を出し、その漆黒の瞳は改めて真っ直ぐジョーカーを見つめた。
トウジロウ「……了解」
ジョーカーは「どうじゃ?」という顔をシェンに向けた。
シェン「んじゃあオレからも一つ」
その言葉にすぐさま顔に広がるあからさまに嫌そうな表情。
トウジロウ「責任は俺が取る~言うてたやん」
シェンはイタズラっぽい笑みを向けた。
シェン「スペードからのバツはお前が解雇したあの三人の復職だ」
トウジロウ「ハァ!? なんでそれが俺へのバツになんねん!」
シェン「面目が潰れる」
しょうもないと大きなため息。
トウジロウ「あいにく、そないうっすい面目は持ち合わせてへんわ」
シェン「ま、"ただの部下の3ヶ月"で分かればいいさ」
つまらなさそうに舌打ちをしてトウジロウはそっぽを向いた。
ジョーカー「で?」
全員の視線がジョーカーに集まった。
ジョーカー「報告の二点目とはなんだ?」
問われたその顔を一瞬にして引き締まった。
トウジロウ「シャンドラ・スウェフィードについてやねんけど……」
◆
ヴィンディア連峰キーテジ登山道はずれの隠れ里――
トウジロウたちトランプの追撃を"どういうわけか"逃れたW・B・アライアンス一行。
行き着いた先は魔法圏からの迫害を逃れてきた人々で作られた隠れ神使教徒の集落であった。
素性も知れぬ一行を暖かく迎えてくれたのは宿泊先の主ミーワルと集落付きの僧侶パウーモ。
この集落の信仰の対象は教会に住まう天使。
魔法圏から追われ、信仰心を失いかけていた人々を元気づけた存在。
だが、その天使はエオルの知識にある天使とはあまりにかけ離れており、まだ目覚めぬフィードを除いたエオルとよしの、そしてパウーモは調査を開始することとなった。
ミーワルの家の廊下に響く足音に耳をすませながら、パウーモは呟いた。
パウーモ「こりゃあご馳走だな」
エオル「そりゃあ宴会ですし」
パウーモは窓を指した。その先は外の物の輪郭がハッキリしない一面銀世界。
パウーモ「こんな環境だから、食料の確保が厳しくてね」
エオル「あ……」
そうして目をやった先の僧侶はどこか悔しそうに無理やり笑って見せた。
パウーモ「天使"様"にね、雪室の作り方とか、罠の作り方とかをご教示いただいてここまでやってきたわけ」
エオルは黙ってパウーモの言葉を聞いていた。
パウーモ「てっきりみんなのために教えてくれてんのかと思ったけど、違ったんだなあ」
エオル「……まだわからないですよ」
パウーモは笑った。
日も高く昇った頃、パウーモはエオルを外に誘った。
パウーモ「教会を見に行こう、何か手がかりがあるかもしんない」
エオルは無意識に剣を背負った。
集落の奥の一際大きなログハウス。
一歩中に入ると、そこはエオルの知識にある"教会というもの"と何ら変わりない、そして独特の荘厳な雰囲気に包まれた空間が広がっていた。
パウーモ「これだけのものを作るのに、みんなで苦労したんだよ」
そう言いながら壁に触れるその手は心底大事なものを触れるようだった。
天使"様"の住処として、大きな教会を建設することになり、"それまでの疲弊"でバラバラになっていた人々の心が再び団結した。
みんなで励ましあい、協力しあい、年月を惜しまず注力した――
パウーモ「……宝だ」
ポツリと、パウーモは誰にも聞かれることなく呟いた。
エオルは教会の奥へと歩を進めた。
エオル(あ、本で見た教会と違い発見)
祈りを捧げるための偶像が祭壇にない。
エオル(天使"様"が実際にいるからか)
考えを巡らせながら、なんとなしに触れた祭壇にエオルは違和感を感じ、思わず手を離した。
エオル(この感じ……どこかで)
祭壇から後ずさるエオルにパウーモが声をかけた。
パウーモ「どうした?」
エオル(……そうだ……思い出した……あの時より弱いけど、確かにそうだ……!)
急いで掘り起こされた記憶。
キーテジの町で、よしのがギルティンからもらったと言っていた札束についていたもの。
何とも言いようのない"まがまがしい"魔力――
嫌な予感がした。
だが、その嫌な予感をさせている"本能"を、"気持ち"が遮った。
頭によぎったのは最強の名をほしいままにしている大先輩、市松桃次郎――と大先輩相手に全く歯が立たなかった自分。
生唾を飲み込む音が大きい。
エオル(本来なら、俺の感が正しければ、こいつは魔導師が"絶対にかなわない"相手――よしのさんやパウーモさんには悪いけど身を引くべき場面だ、そうなんだけど……)
しばらくの間、パウーモは押し黙るエオルの様子を眺めていた。それから祭壇を見た。
パウーモ「……逃げてもいいよ?」
協会内に響いたその声にエオルはハッとしてパウーモを見た。
エオル「突然何を?」
祭壇に目をやったままのその表情はにっこりとしていた。
パウーモ「なんとなく」
その姿を直視できなかった。心の動揺を押し込めるように、エオルもまた祭壇に目をやった。
エオル「……今夜は楽しい宴ですよ」
パウーモ「そっか」
◆
日も落ち村人たちが教会に集まり始めた。エオルはミーワルに尋ねた。
エオル「教会で宴を開くんですか? なんかバチ当たりな気が……」
ミーワルは豪快に笑った。
ミーワル「みんなが集まれるような所、ここしかないのさ。外で宴なんかやってみな? 酒が凍っちまうよ」
エオル「なるほど」
ミーワル「銀髪のお友達はまだ目ェ覚めないのかい?」
エオル「ええまあ、でも心配いりませんよ」
◆
よしの「よっこいしょ」
村の女たちと宴の料理を作っていたよしのは教会に酒樽を運んでいた。樽を斜めに傾けクルクルと回してゆき、教会の前に来て、入り口との間に数段、階段があることに気づいた。一段階段を登り、なんとか酒樽を引っ張り上げようとした。
よしの「ん゛~~~」
その時、後ろから伸びる太い腕。
エオル「貸して」
そう言うとエオルは軽々と酒樽を肩に担ぎスイスイ階段を登った。
よしの「あ……」
入り口の手前で酒樽を置くと、エオルはシィと口の前に人差し指を立て、そのまま教会の裏によしのを招いた。
エオル「なかなか時間取れなかったけど、天使様の正体がわかったよ」
腹をくくるように、よしのは深く息を吸い、胸の前で手を組んだ。
エオル「ただね、ソイツは魔導師でもどうやったってかなうはずもない相手なんだ」
よしの「どういうことですか?」
エオル「……魔法が一切効かない相手なんだ」
よしの「まほうがきかない?」
エオル「一個だけ約束して?」
よしの「え? は、はい!」
その大きな手はガシリとよしのの肩にかかった。
エオル「もしヤバくなったら絶対逃げて。フィードはじきに起きるはずだから」
よしの「え……」
そう言ってそのまま教会の入り口に向かうエオルの背中をよしのは不思議そうに見つめた。
よしの(エオル様……?)
◆
宴会は大いに盛り上がった。
神使教の総本山ジパングの人間――よしのが参加していたためだ。結果、神使教のウンチクを延々と語り合う宴となったのだが。
人々の楽しそうな表情に、よしのはこの人々が天使の要求のために自分たちを手に掛けようとしているなど、到底思えなかった。
ふと、隅で宴の様子を眺めていたパウーモと目があった。パウーモは悲しそうに首を振った。よしのは俯いた。
その時だった。
突然あの盛り上がりが嘘のように静まり、全員が祭壇に目を向けた。
よしの「なんですか?」
パウーモ「いらしたか……」
エオル「……あれか」
ろうそくや松明の炎が届かない天井の暗がりから、ふわりと、2、3メートルほどの影が祭壇の上に舞い降りた。
その姿によしのは思わず口を覆った。
それはまだ目の塞がった、まん丸とした人間の胎児の姿をしていた。
その背中には小さく干からびた白い羽根。
全く飛ぶ機能のない姿だが、不思議なことにふわりふわりと宙に浮かんでいる。
よしの(なん……ですの……これ……)
口も開いていないのに、教会にその巨大な胎児の声が響いた。
≪……魔導師がいるな……≫
人々はざわめいた。その呼びかけに答えるように祭壇の前に躍り出る一人の男。
エオル「呼びました?」
言ってエオルはわざとらしくニヤリと笑った。人々は立ち上がり、その視線はエオルに集中した。
天使は不気味に微笑んだ。
≪……こいつの魂が食いたい……≫
人々はそれぞれが隠し持っていた包丁や棍棒を手にしだした。
よしの「ちょっ……み、皆様……!」
パウーモは宴会前のエオルとの会話を思い出していた。
◆
パウーモ『で、どうするつもり?』
エオルはニヤリと笑った。
エオル『皆さんの誤解を解くのは簡単です。皆さんの前で天使の正体を暴いてやればいい』
その言い回しに、パウーモは怪訝そうに眉根を寄せた。
パウーモ『誤解を解くの"は"?』
次のエオルの笑いは苦々しかった。
◆
パウーモ(さて、)
懐から取り出したのはロザリオ。
エオルの視線はパウーモの姿を探していたそうして目の端に入るその姿。
エオル(パウーモさんも準備始めたな)
次に今にも飛びかからんとする村人たちを見た。
エオル(ハハハ……怖い怖い)
そして最後に、エオルは天使を睨みつけた。
エオル(もし本当にこいつが天使なら)
その口からこぼれる呪文。
水がしぶきを上げて集まり、教会の天井で渦を巻いた。
エオル「千本雨!」
水が槍状に変化し、雨のように天使に向かって降り注いだ。
村人たちから悲鳴が上がった。
エオル(魔法ですぐ死ぬはず!)
激しく飛び散った水しぶきで、しばらく辺りは視界が白くふさがれた。
突然、教会に複数ある木製の窓が、祭壇側から順番に吹き飛び始めた。
凍てつく外気が暖かい教会に忍び込み、水煙はすぐさま消え失せた。その中から現れたものを見て、村人は歓声をあげた。
やはりかと、ニヤリと笑うエオルの頬を一筋の冷や汗が滑り落ちた。
そこには、何事もなかったように、悠然と浮かび続ける天使の姿があった。
エオル(無傷……つまり、天使どころか魔物ですらない)
天使はエオルの方へ体を向けた。
パウーモ「光湧く泉!」
ジャラリとロザリオが鳴ると、天使の真下から光がポコポコと水泡のように溢れてきた。
村人は更に歓声をあげた。
「パウーモの"法術"!」
「なんと神々しい」
「神秘的な光景だ」
しかし、その歓声は醜い断末魔に塗りつぶされた。
天使「ギャアアアァァ!」
天使は早く光の泡から逃れようとバタバタともがきだした。
光の泡にエオルの剣をかざすと、剣は輝きだし、刃からポコポコと光の泡が溢れ出した。
エオル(使い方は違えど、これも精霊! 魔法剣の原理を応用すれば……)
――魔法剣ならぬ……法術剣! ←エオル命名
天使が苦しそうに、地面から沸き起こる光の泡の群から顔を出したところを、すかさずエオルは切りかかった。
鈍い音が堂内に響き渡り、天使がゴロリと地面に転がった。剣を握る手がジィンとしびれた。
エオル(斬れない!?)
短い手足でのそりと、天使は起き上がった。その額からどす黒い液体がボタボタと滴り落ちた。
そしてその落ちた先から、みるみる床が黒い煙を上げて溶けていった。エオルは反射的に鼻と口をふさいだ。
黒い煙がエオルの剣先に触れた途端、ジュワジュワと激しい音を立て、みるみるうちに溶けていった。エオルは慌てて祭壇から飛び退いた。
村人たちは困惑していた。
「て、天使様」
パウーモは声を張り上げた。
パウーモ「みんな! 逃げろ! あれは悪魔の"瘴気"だ!」
エオルとよしのはその"瘴気"という単語にピンとこなかったが、村人の大多数が弾かれたように教会を飛び出した。
ミーワル「嘘だろ……天使様!」
信じていたものが、ガラガラと、目の前で崩れていく。よろよろとよろめきながらミーワルは祭壇に近づいた。
その肩をパウーモははあわてて掴んだ。振り返ったミーワルにパウーモは静かに首を横に振った。ミーワルはその場にへたり込んだ。
パウーモ「ミーワル、危ないから出てなって」
天使の額から黒い液体が落ちる度、黒い煙はモクモクと広がっていった。
エオル「ちょっとちょっと! パウーモさん! 何なんですか! "瘴気"って!」
ロザリオを構え、パウーモもまた、袖で口を覆った。
パウーモ「"悪魔"の血が外界に触れたときに猛毒のガスになる、そのガスが"瘴気"」
そしてニヤリと笑い、からかうようにエオルを見た。
パウーモ「まぁ、"悪魔とお友達"だと、傷つけたらどうなるかなんてわかんないよね、魔導師くん」
ギクリ。
エオル「えと……」
パウーモ「いいよ、よしの様と一緒にいるんだ、信用してるよ」
その言葉に、エオルは胸をなでおろした。
エオル(よしのさんがいて助かった……)
よしの「あの……"悪魔"って何ですか……?」
パウーモ「よしの様何で知ってないのーー?!」
よしの「もももも申し上げございません」
エオルはコホンと軽く咳払いした。
エオル「悪魔っていうのはね、魔導師の力の源であり、神様の敵なんだ」
ロザリオがジャラジャラと激しく鳴った。
パウーモ「"聖なる子午線"」
光の柱が檻のように天井に向かって伸び、祭壇を囲った。瘴気の広まりは檻までで留まった。
パウーモ「武器は効かないし、魔法も元は悪魔の力だから何の意味もない、普通魔導師には悪魔と戦う術がないんだよ。有効なのは神使教の法術と、アーティファクトのみ」
エオル「パウーモさん手慣れてますね」
パウーモ「そりゃあ一応は僧侶だかんね、悪魔は何度か」
エオル(すごい!)
天使から目を逸らすことなくパウーモは続けた。
パウーモ「けど……」
エオル「けど?」
ニヤリと笑うパウーモの額から一筋の汗が落ちた。
パウーモ「ここまでないと僧侶に正体を気づかせない悪魔……正直出くわしたことない」
≪……その通り……≫
教会内で醜い低い声が響いた。エオル、パウーモ、よしのは同時に天使に視線を向けた。
相変わらず悠然と浮かび続ける天使。いつの間にか、その額の傷は消えていた。
≪……我は悪魔"ディセイブル"、貴様等このようなことをしてどうなるかわかっておろうな……≫
エオルはまだ光の泡が沸き立つ剣を構えた。
悪魔は不気味な笑みを浮かべた。一瞬身をググッと身を縮めると塞がったままだった口をパカリと開けた。
本能的によしのは体が動いた。
よしの「お二人とも!」
フワリとヤサカニの宝珠たちがよしの、エオル、パウーモを囲った。
次の瞬間――
≪オギャアアアァァ≫
身の毛もよだつ、おぞましい産声が教会内に響き渡った。
同時にパウーモの光の檻が黒い霧となり消え失せ、教会内の椅子や祭壇は爆風に煽られたかのようになぎ倒された。
よしのたちを囲うヤサカニの結界もビリビリと揺らいだ。エオルは顔をしかめて耳をふさいだ。
エオル「何……これ」
パウーモもまた耳をふさぎ、顔をゆがめた。
パウーモ「魔導師くんが"何"はないだろ、君たちがいつも使ってるものだよ」
その言葉に、一瞬息が詰まった。
エオル(……魔法……! の、原型?!)
魔法は悪魔の力を借りて精霊に働きかけ、自然現象や化学反応を起こすもの。
悪魔は精霊に働きかけるためのエネルギーを魔導師に要求し、魔導師は要求に応じて魔力を渡す。
それがエオルがこれまで習ってきた魔法の構造だった。
エオル「……こんなめちゃくちゃな……」
パウーモ「なんだい、魔導師ってのはわからないで悪魔の力なんか使ってんのかい?」
エオル「……それは……」
産声が止んだ。
ディセイブル「……アーティファクトか……!」
よしのとディセイブルの目が合った。
悪魔の口の端がニヤリとつり上った。
ディセイブル「……使い手を殺せばただのガラクタ……」
エオルとパウーモはよしのの前に立ち、それぞれ剣とロザリオを構えた。
宙に浮かんでいたディセイブルは音を立てて着地し、獣のように手と膝をつき、再び口を開けた。
パウーモ「また鳴き声か!」
口の中に、何か蠢いている。
エオル「違う!?」
突然、ディセイブルの口の中から蛸の足のような紫色の触手が放射状に飛び出した。
触手はたちまちエオルをなぎ払い、パウーモをつるし上げ、地面に叩きつけた。
よしの「エオル様! パウーモ様!」
激しく咳込みながら、エオルはヨロヨロと立ち上がり、剣を構えた。
エオル「この……!」
途端に、構えた剣の先からコポコポと湧き上がっていた光の泡が小さくなり、消えていった。エオルの目はパウーモを探した。
パウーモはぐったりとして、なすがまま蠢く触手に引きずられている。その様子に火がついたように、よしのはディセイブルを睨みつけた。
よしの「ボウイサナ!」
ヤサカニの青い宝珠が輝きだし、光の中から水で形作られた龍が飛び出した。
ボウイサナ――爆流攻!――
龍の口から強烈な鉄砲水が吐き出された。
しかし、ディセイブルはそれを、人間ではありえない素早い反応で軽々とよけ、そして、そのまま音もなくよしのの背後に回った。
よしの「あ……」
陰る視界、迫りくる醜い姿。
エオル「よしのさ……」
ボウイサナの鋭い牙が、ディセイブルに深く差し込まれた。
ディセイブル「貴様!」
ボウイサナ――よしの、逃げろ……!――
ボウイサナの水の牙からみるみるうちに黒い液体が浸食していった。
よしの「ボウイサナ! 離れてください!」
エオル「水縛結界!」
巨大な水の塊がディセイブルを包むように球状になった。ディセイブルはまるでホルマリン漬けのようにふわふわと水の中に閉じ込められた。
地響きを立て、ボウイサナは横たわった。
よしの「ボウイサナ! ボウイサナしっかりして!」
よしのはボウイサナの顔に駆け寄った。続いてエオルも慌てて駆け寄った。息も絶え絶えにボウイサナは口を開いた。
ボウイサナ――恨むぞ小僧……よしのを危険な目に合わせおって……――
エオルは、何一つ言葉が出なかった。
時間を早回しした雪解けのように、悪魔を包んでいた水の塊が徐々にほどけてゆく。一定まで溶けると、水風船を割ったように跡形もなく飛び散り、悪魔は何事もなかったかのように悠然とエオルに視線を向けた。
ディセイブル「よい湯浴みじゃったわ」
反射的に、エオルは剣を構えた。
続いてヤサカニの青い宝珠が輝き出した。
よしの「ボウイサナ!」
ボウイサナ――……少し休む……代わりに……"ホトカゲ"を呼べ――
水龍は青い光となって宝珠の中に消えていった。
よしの「ホ……ホトカゲ?」
よしのが呟く(というより、よくわからない単語を復唱しただけだが)と、正面にあった青い宝珠が横にスライドし、代わりに黒い宝珠が目の前にやってきた。
よしの「え!?」
黒い宝珠は黒く光りだした。
◆
ディセイブル「魔導師、お前の技は全て効かぬ」
エオルがわずかに後ろへ下がろうとしたその時だった。カツンと何かが当たった。
ふと、目を足元に落とした瞬間――
ディセイブル「いい加減貴様の魂を食わせろ!」
長らくおあずけさせられていた犬のように醜く肥大した胎児はエサ(エオル)に飛びかかった。
エオルは床にあったパウーモのロザリオをとっさに投げつけた。
すると、火花が散り、ロザリオは弾かれたように再びエオルの足元に転がった。ディセイブルの頬には微かな火傷が出来上がっていた。
ディセイブル「貴様ァ……!」
いくつも飛び出していた触手はその口の中に身をひそめた。
とっさに、エオルは剣にロザリオを巻きつけた。
エオル(パウーモさんの法力が残ってるんだ……!)
エオルは再びディセイブルに剣を構えた。その様子にディセイブルはニヤリと笑った。
◆
よしのはヤサカニの黒い宝珠から出てきたものをきょとんと見つめていた。
黒い光から小さなトカゲのようなものがポトリと落ちた。途端によしのの影がムクムクと盛り上がり、よしのと瓜二つの、だがよしのとは体や服の色が真逆の少女となった。
瓜二つの少女はにこりと笑いかけた。
よしの「……あなたが……ホトカゲ……?」
主の問いかけに、その少女――ホトカゲは頷いた。
よしの(ボウイサナはホトカゲを呼べとおっしゃった……私にそっくりなこの子がホトカゲ……もしかしてボウイサナが私に伝えたかったことって……!)
◆
悪魔の体が自らの影に"溶けて"ゆく。エオルは当たりを見回した。気配は全くない。
すると、パウーモがむくりと起き上がった。
エオル「パウーモさん! 大丈夫ですか」
パウーモ「えっとね、」
突然、パウーモがエオルを張り倒し、その手はきつく首にかけられた。
エオル「ゲホッ!」
ニヤリと笑うパウーモの口から出た声は本人のものとは到底かけ離れたものだった。
パウーモ「……こいつはパウーモというのか」
とっさに、エオルはパウーモの鳩尾に足をねじ込んだ。パウーモはそのまま壁に激突した。
パウーモ「痛っつ~」
パウーモ本人の声だ。
エオル「げ! パウーモさん!?」
だが起き上がったパウーモの体からは全く生気が感じられない。
エオル(……"悪魔契約"に魔導師が失敗した場合だけだと思ってた……)
ゴクリと鳴った喉、滴る冷や汗。
エオル(これが……悪魔に"乗っ取られる"ってやつか……!)
パウーモは視線が定まらず、フラフラし、体に力が入っていない。
パウーモ「こいつは貴様らの仲間だろう? 仲間を攻撃するのか? ホレ!」
挑発するように、フラフラとさせた体、まるでマリオネットのように、腕を広げられた腕はダラリと力なく。
この心優しい僧侶になんという屈辱的な。エオルは額に青筋を立て、歯を噛みしめた。
◆
真横に浮かぶ青い宝珠を、優しく撫で、よしのは語りかけた。
よしの「ボウイサナ……あなたはホトカゲを身代わりに逃げろと仰りたかったのですね……」
そうして目の前の瓜二つの少女に向かう漆黒の瞳。
よしの「ごめんなさい、私は、逃げるわけにはいかないのです」
ホトカゲの「なぜ?」という表情を見、よしのはにこりと微笑んだ。
よしの「まだ助かる命をお守りしたいのです」
そして気恥ずかしそうに、イタズラっぽく微笑んだ。
よしの「それに……ヤサカニ(あなた)たちは、お力を貸してくださるのでしょう?」
ホトカゲは微笑んだ。
――ああ、そうだよ、よしの。それが君だ。君は本当に……――
よしのはホトカゲの笑みを確認し、エオルの方を向いた。
ホトカゲはよしのの小さな背中を見つめた。
――昔のまま、かわらない……――
◆
よしの「エオル様! パウーモ様!」
その目に飛び込んできたのはありようもない異様な光景。エオルはパウーモに剣を構え、パウーモは怯える様子もなくジリジリとエオルと間合いを詰めている。
よしのの声に反応することなく、エオルはパウーモから視線をそらさなかった。
エオル「よしのさん! 逃げて!」
よしのは直感的に状況を理解した。それほどまでに、パウーモの様子のおかしさは明白だった。
パウーモは目が合うと、ニヤリと笑い、よしのめがけて走り出した。
すかさず、エオルが剣を振りかざした。
剣の柄は鈍い音を立て、パウーモの頸部にめり込んだ。
よしの「エオル様!」
エオル「大丈夫! みねうち!」
崩れ落ちかけたパウーモの体は、ピタリと持ち直し、今度はエオルに飛びかかった。
エオル「んな!」
よしの「パウーモ様! あなたはそれでも僧侶でございますか!」
パウーモの体が意思に反する何かに無理やり止められたように、ピタリと止まった。
よしの「……神使教の僧侶でございましょう?」
拷問のような苦痛を与えられているかのように、パウーモは体を守るように頭を抱え、床をゴロゴロと転げまわった。
エオル「パウーモさん!」
パウーモは苦しそうに肩を上下させていた。
パウーモ「よしの様……どうか俺と一緒に悪魔を……!」
エオル「パウーモさん……!」
よしの「それはいけません!」
エオルは静かに剣を構えた。
よしの「エオル様! 止めて!」
両手を大きく広げ、よしのはエオルの前に立ちはだかった。
エオル「よしのさん……もうこれしか方法は……」
パウーモ「……ありがとう……よしの様……」
背後から、パウーモの腕が伸びたかと思うと、あっという間に、よしのを羽交い締めにされてしまった。
エオル「よしのさん!」
パウーモの表情に、邪悪な笑みが宿った。
その時だった。
突然、飛んできた教会の扉がパウーモに激突し、パウーモは扉と共に吹き飛んだ。
「言ったろクソガキ! よしのちゃんを危険な目に遭わせるなって」
――若い男の声
エオル(……これは……暖炉の部屋で聞いた……!?)
反射的に、視線は教会の出入り口に向いた。
そこには肩にクリスを乗せたフィードの姿があった。だが当のフィードもパウーモと同じように様子がおかしい。体に全く力が入っておらず、むしろ――
エオル(う……浮いてるー!? そんな魔法も使えたの!?)
だが、あの若い男の声は、明らかにフィードから聞こえてくる。
体を押しつぶしていた扉を吹き飛ばし、パウーモはヨロリと立ち上がった。
パウーモ「なんだ貴様は」
若い男の声は鼻で笑った。
「よしのちゃん、大丈夫?」
エオル(ん?)
よしの「えっ? は…………はい……」
エオルとよしのは目を凝らした。
若い男の声はフィードから聞こえてくるものじゃない、フィードの肩の――
エオル「ク……クリス!?」
そのつぶらな瞳はエオルを激しく睨みつけた。
クリス「男が気安く呼ぶんじゃねえよ! 耳が腐るだろ! ったく……」
エオル「ええーーーー!? しかも何か性格悪いーーー!」
再び、パウーモはよしのめがけて走り出した。
よしの「あ!?」
クリス「おら、起きろ」
クリスはモチモチとした尻尾でフィードを思い切り殴った。ビタンといい音が響いたが、フィードは気持ちよさそうに眠り込み、全く起きる気配がない。
クリス「……んにゃろう!」
スゥとフィードの体が水平に浮かんだ。そのまま矢のごとく凄まじいスピードで、頭からパウーモに激突した。
エオル&よしの(ええ―――っ!?)
横たわるフィードとパウーモ。よしのは慌ててフィードに駆け寄った。
よしの「フィード様! 大丈夫ですか!?」
フィード「……ぃ」
頭を抱えながらフィードの体はびっくり箱のように勢いよく飛び起きた。
フィード「っってぇえ―――――っ!」
よしのはフィードの声に驚き、キョトンと固まった。
エオル「フィ……フィード……!?」
そうして今初めて気が付いたと、キョロキョロと辺りを見回した。
フィード「ん? どこだここは?」
隣でキョトンとしたままのよしのに気づき、フィードもまたきょとんとした。
フィード「お前、何やってんだよ?」
エオルが声を上げた。
エオル「フィード! 話は後! 後ろ!」
後ろを振り向いた途端、パウーモがフィードの首を締めようと飛びかかった。フィードはとっさにパウーモの右手をひねり上げ、取り押さえた。
エオル「おお! さすが"特殊格闘技ゼミ!"」
寝起きの体が心底しんどそうに、フィードはパウーモの上に乗ると大きく欠伸した。
フィード「何だよこのオッサン」
クリス「よしのちゃん! 離れて!」
よしのはパウーモから遠ざかるように数歩さがった。
フィード「は? つか、クリス! テメー何喋ってんだよ」
クリス「俺のよしのちゃんがピンチだったんだ! 仕方ない」
フィード「だーれがテメーのよしのだっ!」
エオル(食いつくとこソコ!?)
クリス「お前が言ったんだろ! よしのちゃんは俺に任すって」
何をふざけたことをとフィードはクリスを両手で握りしめるように締め上げた。
フィード「バカかテメーはっ! 俺様はよしのにテメーの世話を任すっつったんだよ」
クリス「バカ! 手ェ離すな!」
その瞬間、パウーモはフィードを突き飛ばし、間合いを取った。
パウーモ「貴様!パウーモ(こいつ)は貴様の仲間だろ!」
何言ってんだとフィードは面倒くさそうな視線を向けた。
フィード「知らねぇよ、そんなヤツ」
パウーモ「なっ…!」
ややこしい話になったとエオルは頭を抱えた。
エオル「フィード! 俺とよしのさんはその人を助けたいんだ!」
フィードは訳が分からないという顔をエオルに向けた。足元にいたクリスが続けた。
クリス「詳しいことは後で聞きな、あの男は悪魔に乗っ取られている」
フィードはパウーモを見、ニヤリと笑った。
フィード「じゃあアイツも"変身"すんのか?」
クリス「バカを言え、そんな協力的な悪魔、俺くらいだぞ」
今のこの状況は、エオルには何がなんだかさっぱりだった。
クリスが人間の言葉を喋ったこと。
フィードがクリスに操られるかのように浮いていたこと。
武器も魔法も効かない悪魔を目の前にして、フィードがこんなにも余裕であること。
いや、そのもっと前だ。
魔導師協会を敵にして、トランプに追われ、グランドセブンを相手にし、そのどの場面でも、フィードは臆することもなかった。
元々マトモな神経したヤツではないと思っていたが、この余裕、何か"確信があった"からか。
ドカリと四股を踏み、フィードはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
フィード「"悪魔合体"」
フィードが呟くと、大気は震えクリスは白い煙となり、フィードを包み込んだ。煙は雷光を発しながら激しく渦を巻き、やがてバチンと強く光ると、辺りの震えが収まり、煙の渦も遠心力で放り出されるように拡散した。
◆
リケ「シャンドラ・スウェフィード? 犯行の動機か何か判明したんですか?」
トウジロウの首は横に振られた。
トウジロウ「見てん、俺。煙の中で」
ジョーカー「何をだ?」
◆
白い煙から出てきたフィードの姿に、ディセイブルも、よしのも、エオルも、言葉を失った。
全身白い体毛で覆われ、頭にはクルリとねじれて前を向く巨大な角、黒く鋭く長い爪、白い毛から覗く赤い瞳――
◆
トウジロウ「白い悪魔」
◆
パウーモは膝から崩れ落ち、尻餅をついた。
パウーモ「し……し……"白山羊の悪魔"……まさか……まさか!」
フィードの白い体は前触れもなく視界から消えた。
突然、パウーモの眼前が陰った。目の前には白い毛から覗く赤い瞳。赤い瞳はニヤリと笑った。
フィード「ワッ!」
その腹から発せられた魔力のこもった大声に押し出されるように、ディセイブルはパウーモの体からスポンと抜け出した。パウーモの体はその場に力無く倒れた。
エオル「な……! 乗っ取りを強制解除!?」
満足げに、フィードはニヤリと笑った。
クリス『おい』
フィードの頭の中にクリスの声が響いた。やかましいなとフィードは舌打ちした。
フィード「なんだよ」
クリス『時間がない、ヤサカニの"影宝珠"に追い込め』
エオル(な……何? 独り言?)
フィード「なーにが時間がないだ! 変身したばっかしじゃねーか! つーか、なんだよその"影宝珠"って」
クリス『このまままた3日ぶっ倒れるか? いいからさっさとあの"色違いのよしのちゃん"に悪魔を"追い込め"」
親に注意された少年のように、フィードは再び舌打ちした。そして、ガタガタと震えるディセイブルとフィードの目があった。
ディセイブル「なぜ……あなた様がここに」
フィード「クリスの居場所を知られたからには、生かしちゃあおけねーなあ」
ディセイブル「ひっ!」
もがくように、なりふり構わず、ディセイブルは逃げ出した。
ディセイブル(あの女だ! あの女にさえ乗り移れば!)
急ぐディセイブルの真横から白い影。
フィード「遅ぇ!」
極々軽く、ディセイブルの頬に白い拳が入った。
ディセイブルは激しく吹き飛び、ドカンと大きな音を立てて教会の壁にめり込んだ。
ディセイブル「く……」
その目の前には、白い髪、黒い肌の"あの女"――
ディセイブル(ツイてる!)
そしてその体は黒い霧となり、ホトカゲを包み込んだ。
よしの「ホトカゲ!」
クリス「大丈夫」
よしのの肩には丸々とした黒い猫。その先にはゼーゼーと息を切らし、倒れ込むフィードの姿があった。
ディセイブル「ぐあ!」
突然、ディセイブルの苦しそうな声が響いた。ホトカゲの背中が黒く波打っている。ボコボコと音を立て、影の中から悪魔の手が一瞬出たかと思うと、スッと飲み込まれ、そして静かになった。
クリス「"影宝珠・ホトカゲ"、能力は"なりすまし"と"身代わりとなって受けた状態異常を食らう"」
ヤサカニの黒い宝珠が輝き、ホトカゲは宝珠の中に戻っていった。
不思議そうな漆黒のまん丸の瞳がクリスを映した。
よしの「クリスちゃん……ご存知なんですか?」
尻尾をパタパタと振り、クリスの声は1トーン高くなった。
クリス「昔ちょっとね、それよりほめてほめて~」
耳障りな目覚まし時計を止めるように、フィードの拳がクリスの脳天に突き刺さった。
クリス「痛ェ!」
エオル「パウーモさん!」
パウーモの体を抱き上げ、頸動脈に手を当てた。
エオル(息ある!)
ゼエゼエと息を切らし倒れ込んだままフィードは口を開いた。
フィード「誰だよソイツ、つーかここ、」
エオル「フィード」
目覚めたばかりで当然の質問だということは分かっているし、悪いと思いながらも、無理やり、エオルはフィードの言葉を遮った。
エオル「その前に、説明してもらおうか?」
"白山羊の悪魔"と"白い悪魔"は同義語です。
その意味するところは次回の本編で明らかに。
一行が爆発から逃れられたのは
フィードがイクセスブレイク状態でエオルとよしのを抱えて逃げたためです。
さて、このイクセスブレイクとは?
クリスの正体とは?
パウーモは無事なのか?
悲しいかな、ただでは済まさないのがW・B・アライランスです。
次回の本編は5月上旬更新。
次週から4話は黒い三日月「ロロと女編」
この話を書く前に、気付いたことがある。
ある日、帰宅してテレビをつけたらルパ●3世のエンディングが流れていた。
そこに映っていたのはぼくらの永遠のあこがれ「ふ●こちゃん」
あっ!そうか!
この物語には、色気が足りない!!
そう思って書き起こしたのが「ロロと女編」
…でもやっぱり裏世界の話なので
どうがんばってもいい話にはならないのがW・B・アライランス
いや、ロロのせいか。
次回は4/10更新予定~!