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W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
逃亡編
13/72

10.white shout

今年度最後の本編。

山越え中、仲間とはぐれてしまったよしの。

どうする!?



 よしの「フィード様ーっ! エオル様ーっ!」


 吹き荒ぶ雪。一歩先の視界すらままならぬ雪山で、よしのは必死に目の前にわずかに霞んで見える2つの影を追っていた。


 ヴィンディア連峰"乗り越えた先の楽園オーバーザスプレンタ"8合目。


 灼熱の砂漠地帯だった下界とは打って変わり、極寒の猛吹雪、膝まで埋まる積雪、寒さは寒さを通り越して肌を突き刺し、辺りは息をするのもやっとの猛烈な風の音以外、何もない、白い闇の世界――




―――― white shout(白い叫び) ――――





 突然、追っていた目の前の大小2つの影のうち、大きい影がパタリと倒れた。

 よしの「エオル様!?」



 「あんたぁ! 大丈夫かぁ!」


 少し距離のあるところから、微かだが男の声が聞こえた。

 声のした方向からぼんやりと陰が濃くなり、それはやがて弓を構えた男の姿であることがわかった。


 嫌な予感がした。


 よしの(あの弓……まさか……エオル様!)

 男が話しかけてくるのを振り切り、よしのは雪をかき分け、倒れた影に駆け寄った。


 視界ほぼゼロの中、小さい影が大きい影を抱えて引きずっている。


 よしの「フィード様! お手伝いしますわっ!」

 大きい影の、これまた大きな腕を担ぎ、先ほどの男から逃れるように必死に雪をかき分けた。


 やがて、大人の背丈ほどの高さの小さな洞穴にたどり着いた。


 すぐさま、よしのは体に積もった雪にわき目もふらず、ヤサカニを発動した。

 よしの「エオル様! 傷を……」

 ヤサカニの仄かな灯りで、よしのは初めて気づいた。


 真っ白い毛むくじゃらの、ゴリラのような生物が二匹、つぶらな瞳を呆然と、きょとんとよしのを見つめていた。


 よしの「……あら?」



 ――どうやら追う影を間違えてしまったようです……。



 よしのは目の前の"間違えた影の正体"をまじまじと見つめた。

 大きい白ゴリラと小さい白ゴリラ、親子のようだ。


 親のほうは、息が荒い。

 その脇腹からは真っ赤な血が噴き出していた。

 よしの「おケガを……! 今、治しますわ! "せんゆ"!」

 ヤサカニがよしのを中心に回転し、正面に黄緑色の宝珠が現れた。

 黄緑色の宝珠は黄緑色に輝きだし、


 「ガウゥゥ!」


 ヤサカニに驚いたのか、親ゴリラの平手打ちがよしのを襲った。

 よしの「ひゃあ!」






 辺り一面を強く照らす一瞬の発光。


 親ゴリラはヤサカニの結界に弾かれ吹き飛んだ。

 よしの「あっ!」

 親ゴリラはぐったりとして動かなくなった。


 「キー!」


 子ゴリラがよしのに向かって走り出した。親ゴリラのように弾き飛ばしては困ると、よしのは慌ててヤサカニをしまった。


 腰ほどの背丈の小さな毛むくじゃらは、ポカポカとよしのをたたき始めた。

 しかし、ポスポスとよしのの服を揺らすだけで、よしの自身は痛くも痒くもなかった。

 よしの「ご、ごめんなさい……! こんなつもりでは……」


 「ミュー!」


 よしのの服がもぞもぞと動き、中から真ん丸とした黒猫――クリスが飛び出した。


 クリス「ミューミュミューミュー」

 子ゴリラ「キー……?」

 クリス「ミュ!」


 よしのはポカンと二匹のやり取りを見つめていた。


 少しして、クリスはよしのに向かい短く鳴いた。続いて子ゴリラがよしののスカートの裾をグイグイと引っ張った。

 よしの「お母さん(←よしのの妄想)の手当て、してもいいのですか……?」

 子ゴリラはしきりに親ゴリラによしのを近づけようとしていた。


 信じて、くれたのだろうか。

 よしの「ありがとうございます! 絶対、助けますから!」


 そうして親ゴリラのそばに膝をつき、ヤサカニを発動しようと両手を広げた。ところが、

 よしの「危ないから、離れていてください」

 そのようなことがわかるはずもなく、子ゴリラはよしのをグイグイと引っ張り続けた。

 よしの「どうしましょう……」


 少し考え、よしのは徐に子ゴリラを抱き上げた。

 よしの「お願いします。どうか、この子を拒絶しないで……」


 その思いに呼応するように、ヤサカニはフワリと優しい光を湛え、よしのと子ゴリラを囲うようにその姿を現した。


 よしのはホッとした。しかし、安堵はすぐに引っ込め、"せんゆ"を呼び出した。

 せんゆはいつものごとく、瞬く間に親ゴリラの傷を治した。

 よしの「ありがとう、せんゆ」


 吹雪く風音を聞きながら、ヤサカニの仄かな光の中、よしのと子ゴリラは親ゴリラが目覚めるのを待った。

 腕の中にスッポリと収まる子ゴリラは、不謹慎だが、愛らしいと思った。しかし、それはほんの一瞬で。

 自分の胸に不安そうな顔を埋める子ゴリラに、よしのは自分を恥じた。そして、子ゴリラの頭のてっぺんに頬を寄せた。



 吹雪の音のみが洞窟に鳴り響いた。


 一体どれだけ時間がたっただろう。


 外はすでに真っ暗で、ヤサカニの仄かな灯りが余計に明るく感じた。


 「ヴヴ……」

 親ゴリラの指先がピクリと動いたのに気づき、よしのは自分に抱きついたままグッスリと眠っている子ゴリラを優しく揺り起こした。

 子ゴリラは親が目を覚ましたことが嬉しいのか、辺りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。親ゴリラがむくりと起き上がると子ゴリラはしがみついた。

 よしのは胸を撫で下ろした。


 はた、と親ゴリラとよしのの目があった。


 どうしたらよいのかわからず、よしのはにっこりと微笑んでみた。

 「ガウゥゥ!」

 親ゴリラは唸り声とともによしのに襲いかかった。



 ところが、親ゴリラの背中にしがみついていた子ゴリラは親ゴリラの肩までよじ登り、腕に飛びついた。

 「ガウゥ!」

 親ゴリラは子ゴリラに吼えた。その様子に、よしのは慌てた。自分のせいで、親子喧嘩が起きていると。


 よしの「あわわ……どうか喧嘩はおよしになって……」

 しかし、その喧嘩は突然収まり、二匹は何事もなかったように洞窟から出て行った。

 よしの(出ていかれてしまいました……)


 少しして、二匹は再び洞窟に戻ってきた。その両腕に抱えられていた、たくさんの野菜。

 よしの(このようなところに、お野菜……?)


 ゴリラたちはよしのの前にボトボトと野菜を落とした。

 よしの「もしかして……お礼、ですか?」

 ゴリラたちは、ただよしのをじっと見つめている。貰った気持ちが心をくすぐり、よしのは自然と笑顔になった。

 よしの「ありがとうございます」



 翌朝も吹雪は止まなかった。

 よしの「さて、私そろそろおいとましますね」

 そうして立ち上がると、ゴリラたちもまた立ち上がり、外に出た。

 よしの「あら、お二人もお出かけですか?」

 ゴリラたちはずいずいと先へ進み、ぴたりと止まるとよしのを振り返った。

 よしの(……ついて来いとおっしゃっているのでしょうか……? ですが、きっとエオル様とフィード様にご心配いただいていますでしょうし……)


 子ゴリラがパタパタとよしのの元へ駆け寄り、グイグイと引っ張った。

 よしの「あ……ちょっと!」






 ◆

 

 

 フィード「よーしのー!」

 エオル「よしのさーん!」


 叫んでは吹雪にかき消される声を振り絞り、フィードとエオルは昨日からよしのを探し続けていた。

 フィード「クソ……」

 フィードは疲れたとその場にへたり込んだ。


 エオル「フィード」

 なんだよ、とフィードはエオルを不機嫌そうに見た。


 エオル「このままじゃあラチがあかないよね」

 しわがれた声でフィードは疲れたように返した。

 フィード「まあ……気づいてはいたが……そうだな」

 気づく暇もないくらい必死こいて探してたくせに、と内心思いつつ、エオルは沈んだ空気を払拭すべく、明るく提案した。

 エオル「やり方を変えよう!」


 フィード「どんな?」

 エオル「よしのさんに気づいてもらう」

 フィード「……ほ~う?」

 エオルの意図に、やるじゃねえか、とフィードはニヤリと笑った。


 フィード「なんだ、"魔法"は使っちゃダメっつったのはどこのどいつだよ?」

 エオル「知らないの? "背に腹はかえられぬ"って、こういうときに使うんだよ」


 フィードはフンと鼻で笑うと、天に向けて手をかざし呪文を唱えた。


 フィード「火炎龍プロム・エ・ス!」


 轟音と共に、フィードの手のひらから、炎の柱が天に向かって伸び、しばらくの間、辺りを夕日色に染めた。


 しばらくして、辺りは再び白い闇に閉ざされた。

 フィード「どうだ畜生!」

 エオル「おつかれさん! 10分後くらいにもう一度お願い」

 フィード「……6発上げてダメなら"考え直す"からな」

 エオル「……そうだね」


 2発目をあげて数分後のことだった。


 フィード「……何か聞こえねえ?」

 エオルは耳を澄ませた。

 微かだが、低い、何かが軋むような音――

 エオル「なんだろ?」


 それは徐々に、大きくハッキリと、雪を踏みしめる音だということが分かった。

 続いて、ぼたぼたと粘度のある液体がフィードとエオルの頭の上から降ってきた。


 「グルルルル……」


 2人の魔導師は恐る恐る後ろを見上げた。







 そこには、白く長い体毛に覆われた3メートル近くあるゴリラのような生き物が仁王立ちで2人を見下ろしていた。

 フィード「よしの! ちょっと見ないうちに随分毛深くなって……」

 エオルはフィードの頭をひっ叩きながら剣を抜いた。


 エオル「おばか! イエティだよ! 縄張り意識が強くて凶暴なんだ」

 フィード「縄張りねえ……いつかのミミズみたくどっかの誰かにブツクサ言われる前に、さっさと片付けるぞ!」


 イエティは鋭い爪の生えた大きな手をフィードの頭上に振りかざした。


 フィード「ん? あれ?」

 避けようと動かしたその足は雪にスッポリと埋まり、思い通りに動かない。

 エオル「フィード! 何やってんの!」


 フィード「うお!」

 無理矢理動かしたフィードの足はバランスを失い、ガクンと膝から上だけ真後ろにひっくり返った。


 そのスレスレ、フィードの真横で白いしぶきをあげ、フィードの鼻先をイエティの爪がかすった。

 すぐ隣には深く抉れたイエティの爪痕。フィードは苦笑した。

 フィード「っぶねー……」


 再びフィードを狙おうとするイエティにエオルが声をかけた。

 エオル「こっちだ!」

 イエティの意識がエオルに向いた。エオルは剣を構え、勢いよく、


 ズボッ!


 エオル「……よい、しょ!」


 ズボッ!


 エオル「……よっ、こらせ!」


 駆け出しかけたその足は、ぎこちなく雪から抜け出しては再び埋まり、これもまた思うように動かない。


 フィード「……なーにやってんだてめぇは」

 エオル「ちょっ! これ砂漠よりもやりづらいよ!」


 イエティは格好の獲物と言わんばかりにエオルに襲いかかった。

 エオル(そっか! こいつはこんな雪、ものともしない脚力があるのか……こっちも踏ん張りがきけば!)


 威嚇するように剣を大きく振ると、イエティは驚いて2、3歩後ろによろめいた。

 エオル(ん? このイエティ、剣が危険なものだってことを知っている……?)


 フィード「そいつ、人間と戦い慣れしてるぞ!」


 フィードの視線の先――イエティの背中には、白い毛が生えそろうことのない無数の切り傷や火傷の痕があった。


 エオル「旅人を襲っている……?」

 脳裏に嫌なイメージが降ってわいた。


 フィード「あいつは大丈夫だろ! アーティファクト持ちだぞ!」

 エオルの様子に気が付き、今は目の前のことだけ考えろ、とフィードが声を飛ばした。

 その声には確かに、よしのへの"信頼"があった。


 エオル(いくらアーティファクト持ちだからって……よしのさんは女の子だぞ!? 彼女は一人で大丈夫だって、絶対切り抜けられるって、どうしてそこまで言い切れるんだよ……)

 剣を持つ手が止まった一瞬を、イエティは見逃さなかった。再び凶暴な爪がエオルを襲いかかった。


 フィード「小爆炎グラン・デ!」


 辺りに低い爆音が鳴り響いた。イエティは白い背中から黒い煙をあげ、エオルのすぐ前にうつ伏せて倒れた。

 エオル「……どーも」

 フィード「ったく、むしろ何でそこまでいらん心配できるのか、知りてぇくらいだぜ」

 あまりによしのへの配慮に欠けると、エオルは少しムッとした。

 エオル「なんでそう女の子を俺たちと同じ扱いするかね」


 フィードは抑揚のない声であるセリフを棒読んだ。

 フィード「"女は案外男より強いものなのよ"」

 エオル「また受け売り?」

 フィード「マリアのババアのな」

 エオル(あー……君の女性の印象てそこ(マリア)なのね……)


 「ヴヴヴヴ……」


 エオル「まだ生きてた!」

 イエティは苦しそうに立ち上がった。

 フィード「ふん、真っ黒いパウダースノーにしてやんよ」


 まるでそれを阻止するかのように、吹雪は突然、一層激しくなった。

 フィード「いてててて!」

 エオル「雪が……」

 フィード「ん!?」


 イエティの平手打ちを直に喰らい、フィードは雪しぶきをあげ数メートル先まで吹き飛んだ。

 エオル(足場が悪いとはいえガードしたフィードをあんなに軽々と!?)


 鼻血を拭いながらフィードはむくりと起き上がった。

 フィード「ったく、雪のくせに埋まるばっかで滑りやしねぇ」

 フィードはつまらなそうに鼻血をすすった。

 エオル「そりゃパウダースノーだからね…………あっ!」


 何かを思いついた様子でエオルは剣をしまい、呪文を唱え始めた。イエティは危険なものがなくなったことを理解したのか、エオルに襲いかかった。


 エオル「浄水盤フィル・ディク!」


 イエティの頭上に円盤状の水たまりが現れた。


 エオル「魔法分解ウキド・リフ!」


 円盤状の水たまりは力をなくしたように一気に落下し、たちまちに凍結した。


 「オオオン」


 イエティの柔らかな体毛も見る見るうちにパリパリと固まった。

 エオル(よし! 足場が固まった!)

 エオルは剣を抜いた。



 ――間――



 フィード「低火炎龍ニアフ・プロム・エ・ス


 近くで見つけた適当な岩陰で、先ほどのイエティを丸焼きにし、2人の魔導師は一日ぶりの食事をとった。

 エオル「ま、腹が減っては戦は出来ぬって言うしね」

 フィード「ちったぁ冷静になったみてぇだな」

 エオル「そりゃあね。……よしのさん、大丈夫かな……一人でお腹空かせてるんじゃ……」

 フィード「今頃これと似たようなもん食ってるだろ」

 エオル「君のイメージのよしのさん、たくましすぎるから!」






 ◆

 

 

 よしの「ここは……」

 子ゴリラに引っ張られてやってきたのは、雪に覆われた山あいの小さな集落だった。

 親ゴリラはキョロキョロと当たりを警戒しながら、集落の端に雪を積み固めて作られた雪室に近づき、ゴソゴソとあさりだした。

 よしの「あっ! いけません! これはこの村の方たちの……」

 ゴリラが雪室から取り出した食べ物に、よしのは見覚えがあった。

 よしの(昨日いただいた食べ物……!)


 「あっ!」


 村人の声。


 見つかった!


 よしのは焦った。


 一日ぶりに聞く人の声は、暖かいものではなく、恐怖に駆られるものだった。

 親ゴリラはよしのと子ゴリラを抱え、ドスドスと雪の中を逃げ去った。


 村人は顔を青ざめさせ、呟いた。

 「今……人間がイエティに攫われた!?」



 親ゴリラはよしのを抱えたまま、元の洞窟に戻り、すぐさま"取って"きた食べ物を広げた。

 よしの「これはいけません! 食べてはダメなものです!」

 二匹のゴリラはよしのの言うことなど理解できるはずもなく、空かせた腹を満たすべく、無心に食べ続けた。その様子によしのは頭を抱えた。

 よしの「ああ……どうしたことでしょう……」


 ゴリラたちから何度か食べ物を差し出された。

 確かに空腹だったが、よしのは食べたいとは思えなかった。


 よしの(きっと、あの村の方々が生活のために大事に貯めていた食べ物でしょう……)

 すぐ隣でうまそうに野菜をほおばるゴリラたち。

 よしの(この方たちは、ずっと昔からあの村から食べ物を取っていた……? 考えにくいです。きっと"こうなった"理由があるはずです)


 よしのは洞窟の周辺を探索することにした。ちょうど吹雪が止み、空からは日が差していた。

 よしの(この方たち、本当なら一体どういうものを食べていたのでしょうか)

 辺り一面、雪と岩、植物一本すら生えていない銀世界。

 よしの(……雪は食べてもお腹いっぱいになりませんし……岩は硬くて食べられません……)

 しばらく歩いていると、遠くに黒い影がピョコピョコと動いているのが目に入った。

 よしの(うさぎさんかしら……?)

 元気一杯駆け回っていた影は、ガシャンという音とともに、突然倒れた。

 よしの(え!)

 駆け寄ろうとしたよしのは足を止め、積もった雪の影に身を隠した。

 そっと覗くと、男が2人、ウサギにゆっくりと近づき、必死で暴れるウサギの足を持ち上げ、麻袋に包み、立ち去った。

 よしの(あ、狩りをしていらっしゃったのですね)


 その瞬間、よしのは一瞬心臓が跳ねた。


 よしの(狩り!? 人間たちが……!?)

 そうして先ほどの村に雪室がたくさんあったことを思い出した。

 よしの(……食べ物貯め……)


 よしのはうつむいた。



 ――あの村の方々が、暮らすために山の食べ物を取って貯めていらっしゃる……でも、取りすぎてゴリラさんたちの食べ物が……――



 よしのが洞窟に戻ろうとしたとき、前方にオレンジ色の柱が天に向かって伸びているのが見えた。しばらくして、そのオレンジ色の柱は消えた。

 よしの(あ……! フィード様ですわ!)

 よしのは急いで洞窟まで戻ると「仲間がいるので失礼します」とゴリラの親子に声をかけ、雪原を駆け出した。



 よしの(確か……あちらの方角……)



 やがて再び日が陰り、ハラハラと雪が舞いだした。それはたちまち、視界を白く塗りつぶす、あの猛吹雪と化した。

 それは360度、東西南北、右左、どちらがどちらかの感覚すらを奪い去った。


 しかし、よしのは構わず駆け抜けた。


 するとやがて、ぼんやりとオレンジ色の点が蛇のように細長く並んでいるのが見えた。

 よしの(明かり……!)

 笑みをこぼし近くまで駆け寄り、そして足を止めた。


 それは、松明を手に、まるで戦場にでも行くかのような物々しい格好の人々の列であった。

 よしの(私たちを襲ってきた"あの方たち(トランプさん)"でしょうか!?)


 列の中の一人が大声をあげた。

 「いたぞ!」


 よしのはドキリとした。

 よしの(見つかってしまいました!)

 しかし、その列はよしのとは全く別の方向に走り出した。

 よしの(あら……?)


 それから少しして、


 「アアア……!」


 低く、腹の底に響く叫び声。よしのは弾かれるように声のするほうに体が動いた。






 ◆



 フィード「次で6発目だぜ」

 エオル「……そだね」


 安否すら確認出来ぬのに。このまま6発目の火柱をあげても、何もなかったら……


 フィードは静かに手のひらを天に向け、呪文を唱えた。


 やがて火柱が消え、しばらくの間、吹雪く音のみが辺りに響いた。


 フィード「……行くぞ」

 エオル「……ん」



 ◆



 膝まで積もる雪を蹴り分けて、よしのは松明の集まるところに急いだ。


 松明の群の前には、2人の白い影。

 よしのは血の気が引いた。


 松明の群は弓や刃物を構え、目の前の白いゴリラの親子に向かっていた。

 先ほどまでふわふわだった親ゴリラの真っ白な体毛は血に濡れて、先ほどまで無邪気で可愛らしかった子ゴリラは親ゴリラの影で戦慄していた。

 よしのは無意識に自分の知らないところで声を張り上げていた。


 「ダメーーーーーーーっ!」

 よしのは両腕を大きく広げて、松明の群の前に立ちはだかった。


 群の1人が言った。

 「あの子だよ! イエティに攫われた子は!」


 よしの「えっ」


 「待ってろー! 今助けるからなー!」

 よしの「違……」


 よしのの脇を弓矢がすり抜け、後ろから鈍く短い音がした。よしのは反射的に振り返った。


 弓矢が、子ゴリラの額に深く突き刺さっているのが見えた。


 子ゴリラは戦慄した表情のまま、ドサリと真後ろに倒れた。


 よしのは頭が真っ白になった。


 何が起こったか理解できず、ただただ茫然としていた。


 「クーン」


 親ゴリラがしきりに動かなくなった子ゴリラを立たせようと子ゴリラの体を持ち上げた。


 しかし、何度立たせようとしても、子ゴリラの体は音もなく雪の上に転がるだけだった。


 よしの「あ……あ……」


 声も上がらず、ただただ首を振り、よしのは後ろに2、3歩よろめいた。


 「やー!」

 松明の群の何人かが、親ゴリラの背中に剣を突き立てた。


 親ゴリラは静かに子ゴリラに覆い被さって倒れた。


 よしのは膝から崩れ落ちた。


 よしの「ゴリラさん……ゴリラさん……!」


 ゴリラたちの元に這うように寄り添い、揺するために伸ばした手は、よしのにただ、起こった事実を伝えるのみだった。


 「女の子は無事だ!」

 「大丈夫だったかい?」

 松明の群がよしのを囲んだ。


 肩に触れる生暖かさを感じたとき、よしのは自分の中にヘドロのような感情がこみ上げてくるのを感じた。

 よしのは心が動かすままに、勢いよい立ち上がりヤサカニを発動した。



 「うわあ!」



 よしの「あっ!」

 よしのの近くにいた何人かが、ヤサカニの結界に弾き飛ばされた。

 雪に倒れ込む人々を見たとき、よしのの中のヘドロはたちまちに引っ込んだ。


 人々と目があった。


 その目はつい今しがたのよしののそれとは全く逆のものだった。

 「どうしたんだ?」

 「魔導師なのか?」

 「大丈夫かしら?」

 「怪我をしたんじゃないだろうか?」


 よしのは耐えきれず、無心に駆け出した。


 顔にぶつかる痛いはずの雪も、膝まである雪を渾身の力で蹴り分ける足も、よしのにとっては全く別の世界の出来事のようだった。


 視界はただ白く、ただただ、無心で、この白い闇の世界を、よしのは駆け抜け続けた。


 しばらく経った頃だった。


 突然、何か暖かいものにぶつかり、よしのは初めて前を見た。


 挿絵(By みてみん)


 そこには見慣れた赤色の瞳。しかし、その表情はいつもは見慣れぬきょとんとしたものだった。

 その表情はすぐにいつものからかうような、それでいてどこか安堵に満ちた顔に変わった。

 フィード「よしのテメー! どーこほっつき歩いてやがった!」

 いつもの冗談っぽいだみ声。

 フィード「ったく、手間かけさせやがっ」


 どん!


 よしのは思い切りフィードの胸に飛びついた。その勢いは思わずフィードが一歩よろけるほどだった。

 そして、よしの自身信じられないほどの声を張り上げて思い切り泣いた。


 こういうとき、どうしたらよいかわからないものだ。フィードは慌てた。

 フィード「なんだよ、迷子のガキじゃあるまいし」

 そうして呆れたように左手を腰に当て、だが不器用な手つきでポンポンとよしのの背中を叩いた。






 ◆



 パンゲア大陸 ヴァルハラ帝国 グラブ・ダブ・ドリッブ魔導師協会管轄地区

 対魔導師犯罪警察組織"トランプ"本部受付――


 マリア「ハロー!」

 3人の受付嬢はその無邪気な声に弾かれるように立ち上がった。目の前にはスペリアル・マスター、マリア・フラーレン。

 「マ、マスター・マリア! 今日おいでになるご予定でしたか!?」

 受付嬢たちは慌てて机上の予定表をめくった。


 パーマがかった長い金の髪をかきあげ、マリアはあっけらかんと笑った。

 マリア「んーん! スペードが"エース出動レベル"の事件を担当になったって聞いてさあ」

 「ええ」

 マリア「"あいつ"、ついこないだまでW・B・アライランス問題やる気マンマンだったから、からかってやろうと思ってさ」

 (ええーーーっ!)


 マリア「ってわけで、スペードのエースに取り次いで頂戴」


 受付嬢の一人が申し訳なさそうにマリアを見た。

 「それが……すでにスペードのエースは遠征に出ておりまして……」

 マリア「えーっ! そうなの……さすがエース出動レベルねぇ……迅速! じゃあ……せっかくだから、ゼレっちに取り次いでよ」

 (ゼレっち!?)


 受付嬢たちは急いでジョーカーの予定を確認した。今の時間は丁度空いているようである。

 「只今お取り次ぎいたしますね」


 その時、実にタイミングよく、"スペードのキング"リー・シェンが受付にやってきた。

 シェン「よー! ちょっと受付の外線貸し……」

 マリアは「おもちゃを見つけた!」とにんまりと笑った。


 受付にいたその女性の姿に、シェンは顔を引き締めた。

 シェン「マスター・マリア! いらっしゃるならご連絡いただければ……」

 マリアは笑った。

 マリア「事前に連絡とか、堅っ苦しいでしょー?」

 シェンもまた笑った。

 シェン「いえ、そうでなく、こちらも仕事が詰まっていたら、ご対応が難しくなってしまうではないですか」


 (い、言った! 誰もが言えなかったことを! サラッと! しかもちゃっかりオブラートに包んで!)


 深い森のような切れ長の瞳をぱちくりとさせ、マリアはきょとんとした。

 マリア「言われてみればそれもそうね」

 シェン「で、本日はどなたに?」

 マリア「トージローよ。でももう出払っちゃったって聞いたわ」

 シェン「ええ、まあ。 せっかくなのでお茶でも出しましょう。 ちょうどこの間のバカンスの土産があるんですよ」

 マリア「いいわね。お願い!」


 シェンは受付嬢たちに「マリアの応対は任せて」とウインクし、マリアを奥へ案内した。

 受付嬢たちは胸を撫で下ろした。


 顎をさすりながらマリアは意地悪っぽい笑みを浮かべた。

 マリア「外線って、奥さんとこ?」

 嬉しそうに笑いながら、シェンはこれまた嬉しそうに答えた。

 シェン「ええ!」

 マリア(ちょっとは照れなさいよ! つまらないわね!)

 シェン「さ、どうぞマスター」

 シェンはスペード軍の応接室にマリアを通した。






 ――間――


 出された紅茶をすすりながら、マリアは探るように口を開いた。

 マリア「お茶出し、リシュリューじゃなかったわね?」

 シェン「ええ、トウジロウの遠征で補佐に出しています」


 カップをソーサに置き、マリアは眉をひそめた。

 マリア「それは……"問題"がまだ残ってるってこと?」


 紅茶を一口すすって、シェンは菓子をガサガサと開け始めた。

 シェン「ま、出せるとこからメンバー捻りだしたんですけど、そのメンバーがまた当時のメンバーで……」

 マリアも菓子の包みを開けた。


 マリア「あんたが"キングになる前のメンバー"がいるってことね」

 包みを開ける手を止め、シェンの灰色の瞳は紅茶に移る自分の顔を映していた。

 シェン「そのくらい、彼らがトウジロウから負わされた心の傷は深いってことですよ」

 マリア「だからしょうがないって?」

 ニヤリ、とシェンは不敵に笑った。


 シェン「まさか! まだまだこれからですよ。 ただ、人の気持ちを変えるのは時間がかかる」

 マリア「トウジロウの気持ちと隊員のトウジロウへの気持ちってこと?」

 シェン「何分、頑固な連中の集まりでしてね」

 マリアは「ふーん」と相槌を打ち、何か考え込みながら菓子をほおばった。


 マリア「ところで、W・B・アライランスの件なんだけど」

 シェン「進展ナシですよ。カーシーの町から砂の大河まで来たという情報は"別件"でたまたま仕入れたんですが、それからカケラも情報が掴めません」


 一瞬、シェンの表情を窺うような妙な間が空いた。


 マリア「……別件? ああ、砂の大河で魔導師専用道具をハンターたちが不正使用してたってやつ? 立件されたんだ?」

 真逆の回答しか用意できないと、シェンは苦笑いした。

 シェン「肝心のブツが出てきてないので何とも言えない状況ですよ」


 マリア(……砂の大河からの足取りが途絶えた……もし本当に大砂瀑布の滝壺に沈んだままだとすれば……嘘ではなさそうねぇ)

 菓子を次々と口に放り込みながら、マリアはシェンをじっと見つめた。

 マリア(この子ってよくわからないのよねー……見せないウラがある感じ)


 シェンは笑った。


 シェン「なんスか?」

 マリア「…………いいえ、何でもないわ。情報ありがとう」


 そうして席を立とうと、残りの紅茶を飲み干しかけた時だった。


 シェン「そうだ、そのシャンドラ・スウェフィードとエオル・ラーセンってどんな人物なんですか?」

 マリア「あら? トランプのキング様が犯人たちがどんな子かって、興味があるの?」


 シェンは不敵な笑みを浮かべた。そこには"キング"としての貫録があった。


 シェン「そりゃあ捕まえるにはまず敵を知らないとね!」

 クスリと笑い、マリアは紅茶にミルクを注いでスプーンでかき回した。


 マリア「エオルはね、素直でいい子よ。絵に描いたようにね」

 シェン「へぇ! 今時そんな理想的な優等生いるんですねぇ」


 マリアはスプーンを置き、意地悪そうな笑みを浮かべた。


 マリア「いるわけないから理想っていうのよ」

 シェンは意味が分からないと肩をすくめた。


 マリア「……仮面をはがしてやりたかったけどねー! キリスのヤツがイタくお気に召しててね。 あんまし構わせてもらえなかったの」

 シェン「仮面って……ホントに被ってるかなんて、わからないじゃないですか」


 当然の反論にもビクともすることなく、マリアはすました顔で紅茶をすすった。


 マリア「黒いものがひとっつもない人間なんていやしないわ。むしろ黒いものを認めず隠し通そうとすると、絶対歪みが出てくる、人間てのはそんなもんよ」

 シェン(あー……そうやって割り切ったらこうなるのか……)

 マリア「ん? なんか言った?」

 シェン「いえ……というか、つまりエオル・ラーセンの"本質"についてはあまり詳しくないと?」

 そうねとマリアは笑った。その笑みには自信が覗いていた。


 マリア「一つだけ言えるのは、シャンドラの友達ってことよ」


 シェン「はあ……」

 マリア「あの子は人を見る目があるわ。あの子の友達なんだから、悪い子じゃあないハズよ!」

 シェン(……犯罪者の話のはずなんだけど……)


 聞きたい内容がずれてきている、シェンは話の軌道修正をはかることにした。


 シェン「シャンドラ・スウェフィードについてはお詳しいようですね」

 もちろんだとマリアはにっこりした。そして、持っていたカップをソーサの上に戻した。


 マリア「ワガママだしイタズラばっかりするし、あの子の言動の10割は嘘か冗談ね」

 シェン(……エオル・ラーセンと違って、"よい子"ではなさそうだなあ)


 マリア「でもね、」






 伏し目がちなその瞳の先はカップの中か、はたまた別の何かを映しているのか、シェンからは窺うことはできなかった。


 マリア「根っこの根っこは優しい子」

 シェンはマリアの悲しそうな笑みを見逃さなかった。


 シェン「へぇ、まるで悪いことなんてしなさそうな子に聞こえますね」

 マリアは拳を握りしめた。


 マリア「そうよ! 全く信じらんない! 絶対何か理由があるはずよ!」

 シェン「……そうですか……」


 次にマリアは責めるように口を尖らせた。

 マリア「って言っても、あんたたちは有無も言わさず魔導師裁判所(セイラムにかけるんでしょうねっ!」

 シェンは苦笑した。


 シェン「マスター、あなたは魔導師裁判所セイラムに悪いイメージを持ちすぎですよ。悪いことをしてなければ呪いなんて執行しません」

 心底つまらなそうにマリアはそっぽを向いて足を組んだ。

 マリア「さすがは正義のトランプ様々だわ!」


 そのまるで子どもの様な態度に「この人面白い」とシェンは堪えるように笑った。

 シェン「……まあ、彼らがアカデミーの頃は人望の厚い人間だったってことは、わかりました」

 マリア「わかっていただけて、どーも」


 さて、とマリアは勢いよく膝に手を乗せた。

 マリア「W・B・アライランスについての状況が聞けたし、そろそろおいとまするわ!」

 シェンはにっこり笑った。

 シェン「そうですか、どうぞまたいらしてください」


 マリアを玄関まで見送り、受付の外線でいつもの長電話をし、自身の執務室に戻ると、シェンの肩にひらっと手のひらほどの光の玉が降ってきた。


 光の中には小さな妖精の少女。

 リンリン「シェンってば嘘つきなんだ!」

 シェン「あれ? お前との約束何かすっぽかしたっけ?」

 リンリンはシェンの肩に腰掛け、足をバタバタとさせた。


 リンリン「ちーがーうっ! さっきの女の人よっ! W・B・アライランスの捜査に進展なくって、あのボーズトウジロウが全くの別件に入ったとか!」

 心外だとシェンは笑った。

 シェン「嘘は言ってないよ。ただ確信のない情報出しても仕方ないと思ってね」

 リンリンは膝の上に肘をつき、ニヤリと笑った。


 リンリン「ほら、やっぱり嘘つきだ」



 ◆



 天に向かい、マリアは思い切り伸びをした。

 マリア(んー! 初めて2人きりで話したけど、なんか肩凝ったわー……)


 ふと、もうすでに見えなくなったトランプ本部を振り返った。

 マリア(全然腹の内を見せられた気がしない)


 そうして真っ青な空を見上げた。


 マリア(あの子から情報聞き出そうとしたのは失敗だったわ。次からはトウジロウも口裏合わせてくるかも……)

 スパンと切り替え、空に向けた視線を再びまっすぐと、そして力強く帰路を歩み始めた。


 マリア(こうなったらヤクトミ! あんたにかかってるわよ!)



 ◆



 ムー大陸 マーフ国 北部の町キーテジ


 「ヘックシ!」


 真っ白な髪を揺らし、突然襲われたくしゃみに涙ぐむ金の瞳、ヤクトミは鼻をむずむずとさせ顔をしかめた。

 ヤクトミ(誰か噂でもしてやがんのか?)


 「ちょっと!」


 ヤクトミは肩越しに聞こえてくる甲高い声にウンザリしながら目を向けた。

 そこには、ミルクティー色のベリーショートの髪に、大きな猫目の小柄な少女が両手に腰を当てて立っていた。






 物を盗んで人々に制裁を加えられていた猫の獣人の少女、ラプリィを助けたところがヤクトミの運の尽きだった。

 ヤクトミ「今度は何だよ」

 ラプリィ「ちゃんと手で口を抑えてよ! 病原菌撒き散らさないでよね!」

 ヤクトミ「病原菌って……お前なあ……誰かが俺の噂、」

 ラプリィ「するわけない」

 ヤクトミ(こいつ)


 ふと、思いついたようにラプリィはと手をたたいた。

 ラプリィ「もしかしたらフィードさんかエオルさんかなあ!」

 ヤクトミ「今自分で俺の噂はねえって言ってたじゃねぇかよ」

 ラプリィ「うるさいなっ!」


 両手を振り上げてヤクトミに飛びかかろうとしたラプリィは突然立ち止まったヤクトミの背に、思い切り鼻をぶつけた。

 ラプリィ「痛~! 何なのよっ!」


 ヤクトミ(あれは……確かクラブのエース!)


 人ごみの中、レンガ色の髪にそばかすだらけのごくごくありふれた顔立ちだが、直ぐにわかる、オーラが違う――"クラブのエース"リケ・ピスドロー!

 ヤクトミ(なんたってこんなところに……?)


 ラプリィ「ちょっと! 何なのかって聞いてんの!」

 ボスリとヤクトミの尻に蹴りを食らわせたが、ヤクトミの鍛え上げられた肉体はまるで鋼のように固く、逆にラプリィがすねを抱えて飛び跳ねた。


 ヤクトミ(どうする……追うか!?)


 ラプリィはヤクトミからの反応は諦めて、ヤクトミの視線の先に目を向けた。


 ラプリィ「へぇ! タイプなの?」

 ヤクトミ「そういう目に見えるか」

 ラプリィ「あ! ごめん、生まれつき"そういう"目なんだっけ?」

 ヤクトミはヤレヤレとため息をついた。


 ヤクトミ「あの人、トランプのお偉いさんだ。……トランプくらいは知ってるよな?」

 ラプリィ「悪い魔導師捕まえる人たちでしょ? そのくらい知ってるわよ!」

 ヤクトミ「シャンドラたちはやつらに追われている」


 ラプリィはフィードたちと別れた直後のことを思い出した。


 ラプリィ「そういえば……私を見せ物屋から助けてくれたとき、これを自分たちがやった事件としてトランプに通報してくれって」


 ――……は?


 ヤクトミは思わずラプリィの腕を掴んだ。


 ヤクトミ「ちょ、ちょっと! それどういうことだ!? わざと? どの事件のことだよ!」

 痛いわね、とヤクトミの手を振り払い、ラプリィは手首をさすりながら続けた。

 ラプリィ「多分"商隊強盗"って名目だったと思うけど、ホントは違うよ。そこの商隊で"商品"だった私と天使を助けてくれたんだよ。ホントに捕まるべきなのは被害者ヅラして魔導師協会に賠償金求めてるライエルってやつよ、ほら、このあいだの」


 ヤクトミ(商隊強盗……カーシーの町の!? ライエルって確かその事件の被害者の名前……)



 だらりと腕をおろし、ヤクトミは放心した。

 ヤクトミ「……なんで……わざわざそんな嘘……」

 ラプリィ「わからない」


 ヤクトミは顔を上げ、再びラプリィの手を引いた。


 ヤクトミ「頼む! あそこにいる女の人にそれ、説明してやってくれ!」

 ラプリィ「だめよ! フィードさんたちがそうしてくれって言ったんだもん! トランプの人にホントのこと話したら、意味ないじゃないっ!」


 ヤクトミはラプリィの手をそっと離した。


 ヤクトミ(クソッ……あいつ、ホント、何してんだよ!)



 「あれ~? 君、確かマスター・ガルフィンとこの子だよね?」



 後ろから飛んできた聞き覚えのある声。


 ヤクトミは心臓が飛び跳ねた。


 恐る恐る振り返えると、そこには――"クラブのエース"リケ・ピスドローが物珍しそうにこちらを見つめていた。


 本来なら普通に学校のはずなのに、こんな所で何していると聞かれたら……まずい、答えを用意しきれない。


 リケ「アハハ! 何で知ってるのって顔だね! 君が優秀だって話はいろんなとこから聞いてるから! 君、結構トランプの中じゃあ有名人だよ!」

 思いもよらぬ切り出しに、ヤクトミはきょとんとした。

 ヤクトミ「あ……ありがとうございます……」

 そうしてリケはニヤリとラプリィに目くばせした。


 リケ「学校サボって彼女とデート?」


 ヤクトミ「は!?」

 まずい、この女ラプリィのことだから「違うわよ!」とかって暴れ出す……


 予想に反して、ラプリィはにっこりと笑ってヤクトミの腕に絡みついた。

 ヤクトミ(へ!?)

 リケはからかうようにヤクトミを肘で小突いた。

 リケ「スミに置けないわね! 優等生!」


 ヤクトミはリケの顔を見つめた。


 ……今、この人にラプリィが言ったことを話せば……シャンドラの罪は軽くなるんだろうか……


 息をするのと一緒に、口から出してしまいたい――



 ラプリィはヤクトミの二の腕を爪を立てて思い切りつねりあげた。

 ヤクトミ「ぃ痛ってぇ!」

 ラプリィ「オホホ! ごめんなさぁい! この人照れ屋で、からかわれるの苦手なんですぅ!」

 それは悪かったとリケは笑った。

 リケ「それは失礼! それじゃ、私行くとこあるから! サボリもほどほどにね!」


 リケがヒラヒラと手を振り、人ごみに消えていくのを、ラプリィは見えなくなるまで見つめていた。

 ラプリィ(……気持ちのいい人だな……)


 ラプリィはふいにヤクトミの方に振り向き、思い切り背中をひっぱたいた。


 ラプリィ「あんたと違ってね!」

 ヤクトミ「何がだよ!」


 ラプリィ「あれっ!? さっきの人、トランプなんだよね?!」

 ヤクトミ「……そうだけど」


 ラプリィは目を輝かせた。


 ラプリィ「ね! フィードさんたちの情報、何か持ってるかも!」

 ヤクトミ「俺もそう思って、追うかどうか考えてたんだよ」

 ラプリィ「ハァ!? 何で考える必要があんのよ! 聞けば良いじゃんか!」

 リケの後を追おうとするラプリィをヤクトミが慌てて止めた。

 ヤクトミ「それはだめだ」

 ラプリィ「何でよ!」


 ヤクトミ「……俺の事情。シャンドラたちの行方を探してることを知られたらまずい」

 ラプリィ「はあっ!?」

 ヤクトミ「第一トランプには捜査中の情報の守秘義務ってヤツがあるから、どの道あの人は口開かないよ」

 ラプリィ(なによ~~~っ!)


 目の前に手がかりがあるっていうのに!

 このまま何もできないの!?


 ラプリィは何か方法はないかと唇を噛んでうつむいた。


 ヤクトミ「……見つからねえようにあの人を追う」


 ラプリィは顔をあげた。


 ヤクトミ「ただし、相手はプロだ。お前、ちゃんと俺の言うこと聞いて、静かにしとけよ」


 ラプリィは生唾を飲み込んだ。


 ラプリィ「……わかった」



 恩人に会いたい。


 ただそれだけ。


 会ってどうするだとか、そんなこと、考えちゃいないけど、今は心の奥底から湧き上がる気持ちに従うまま、そのためだったら、なんだってやってやるんだから!







今年最後の話がこんな暗くてすいません。。

ただ、この白い闇での出来事が、よしのの心に何をもたらすか。


また、ヤクトミにも動きが出てきました。


次回はバトルやら名探偵リケやらいろいろ話が動き出します。


なお、本家サイトに冬休み限定部屋として変な絵がおいてあるページとかがあるので、もし興味がありましたらば。

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