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W・B・Arriance  作者: 栗ムコロッケ
プロローグ
1/72

1.launch a movement


 ――魔法――



 それは、人々の生活をより豊かに、より快適なものとする、文明の礎。



 そして、その魔法を制御・管理、秩序あるモノとする者たちを――魔導師――という。






 ムー大陸中部 観光国家マーフ 首都アートリー

 白塗りの日干しレンガ造りの2、3階建ての家々が、まるで迷路のように配置され、その路地は大人2、3人がかろうじで通れるほどの幅。家と家の間には、無数のロープが張られ、洗濯物がアートリーのわずかな空を覆い尽くし、そのすきまから射してくる陽光が、薄暗い路地をところどころ照らし、まっさらな家々の玄関の扉は青を基調とした鮮やかな金の装飾が施され、味気ない町並みを彩っていた。


 「どけ!」


 アートリーの日常を切り裂く突然の怒号。


 男が2人、窮屈な路地の人や物を押しのけ、駆けてゆく。男たちの肩からは、大きく膨らんだ麻の袋が下がっていた。





――― launch a movementのろしをあげろ ―――




 アートリー郊外。

 ひとたび白い迷宮を抜けると、地平線まで砂漠が広がっていた。


 そこへ砂丘の陰にポツンと気球が一つ。息を切らせた2人の男があわてて乗り込むと、気球はふわりと宙を蹴った。



 ◆



 アートリー市街地。

 異国の風体の2人組が、何かを探すように、キョロキョロと歩いていた。


 ひとりはサラサラとした、背中まである金の髪に、とがった耳、黄緑の穏やかな目。眉まである前髪は中央で分けられ、額から黒いバンダナをのぞかせている。180センチほどある筋肉の付いた体に、両刃の剣を背負い、程よく焼けた肌に、さわやかなスカイブルーのノースリーブチュニックがよく映え、ベージュのジーンズは足のたくましさを強調していた。そして何よりその男が特徴的だったのが、体中に無数につけられた目新しい細かい切り傷。


 もう一人はザンバラ切りの銀の髪に雪のような白い肌。160センチ程度の小さな体に、ぶかぶかの膝まであるフード付きのコート、ダボダボのタンクトップ、ズボンはすべてカラスのように黒ずくめで、コートについている先のとがったフードを目深にかぶり、その中から、とがった鼻と、血のように赤黒い釣り上った瞳をのぞかせていた。



 眉間にしわをよせ、腕組みをしながら、赤目は明らかにイラついていた。

 「どこ行きやがった!」


 それをあきれた様子で見ながら、金髪はうんざりしたように声をかけた。

 「フィード! 俺、君に聞かなきゃいけないことが山ほどあるんだけど!」


 フィードと呼ばれた赤目は、金髪の問いかけにおかまいなしにあたりをキョロキョロと見まわし、上空に何かを見つけると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 フィード「見ろ、エオル」

 エオルと呼ばれた金髪は、フィードの視線の先に目をやった。


 空には家々の高さより5、6メートル上をスイスイと泳いでいる気球。


 次の瞬間。


 フィードは超人的な跳躍力で、狭い路地の左右にそびえる建物の壁を左へ右へと蹴り、一瞬にして建物の屋上までたどり着くと、思い切りよく地面を蹴りあげた。あっという間に、フィードの小柄な体はふわりと気球の籠の中に消えていった。



 ◆



 ――数分前。

 気球は上空20メートル程度を少し強めの風に任せ、アートリー上空に差し掛かった。

 ゼェゼェと息を切らし、2人の男は、持っていた麻袋を気球の中でひっくり返した。中からは、高価そうな調度品や、不思議な形の道具やらが、ガラガラと飛び出した。

 男たちはゲラゲラと笑うと、ようやく緊張の糸が解けたのか、会話を始めた。


 「まさに“棚からぼたもち”だったよなあ!」

 「狙ってた屋敷がタイミングよくごたついてたから、入りやすかったしな」

 「けどまさか、同じ屋敷に目ェつけてた同業者がいたとはなあ……」

 「しかも――」


 音を立て、気球は揺れた。大きな"黒い何か"が、気球の中に投げ込まれたようだった。

 二人の男はその"黒い何か"を目にすると、思わず叫んだ。


 「ま、――魔導師!」


 ニヤリと笑う赤い眼。



 直後の爆音。アートリー上空を漂っていた気球は大きな轟音とともに爆発。白い町並みに、燃え盛る粉雪が舞った。


 それを眺めながら、エオルは涙目で、そして自嘲的な笑みを浮かべ、呟いた。

 エオル「た~まや~……」

 その脳裏には、つい昨日の記憶が甦っていた。






 ◆



 魔法技術が発達した現代。人々は火を、水を、言語を、交通を、自在に手にすることができるようになった。

 その背景には、魔法の力を体得し、それを世に還元する魔導師たちの活躍があった。魔導師は、世界の根幹を担う、いわば、世界的な公務員。世界に対して、絶大な権力を持ち、同時に世界からその言動を監視されるべき存在。魔導師の犯罪など絶対にあってはならないものというのは世界共通の、常識だった。




 ――現在から一日前。

 パンゲア大陸 ヴァルハラ帝国北東部 グラブ・ダブ・ドリッブ魔導師協会管轄地区――魔導師の総本山、魔導師協会が席を構える学術地区。


 見渡す限り広大な森と山。その中に開けた土地がぽつぽつと点在する。そのうちの一つに、木造の古めかしい洋館が数棟、整然と並んでいる土地がある。

 魔導師養成学校――通称「アカデミー」



 ――つい昨日、俺とフィードは魔導師養成学校アカデミーの卒業式を迎えた――



 式を終え、いつもにぎやかだった校舎は、祭りの後のようなさびしげな静けさに満ちていた。


 その中の教室の一室。高さ3、4メートルはある上下スライド式の巨大な黒板。黒板を囲み、棚田状に机が、仕切りを間に2つずつ、縦横5列ずつ並ぶ。


 その窓際の席に一人、エオルは座っていた。

 教室に明かりはつけていなかったが、正午過ぎの、やわらかな秋の陽光が、エオルをやさしく包んでいた。

 対照的に、頬杖をつくその顔は険しかった。机の上には、今日提出期限のはずの、白紙の進路申請書。


 窓越しに聞こえてくる同期たちの別れを惜しむ声が、余計にエオルを焦らせた。


 少ししてドアの開く音。その向こうから顔を出したのはいつもの顔ぶれ。


 友人A「あー! こんな所にいやがったか! 流水魔法学科首席どの!」

 友人B「なーにしてんだ?」


 同じ学科の2人の友人が「ようやく見つけた」、とエオルを囲った。そしてその視線は自然とエオルの手元の紙へと向いた。

 友人A「ん? 進(路)申(告)書? まだ出してねーのかよ?」

 友人B「決まってないのか?」

 その、今一番言われたくなかった言葉は、エオルを助けてと言わんばかりに机に伏せさせた。

 エオル「そうなんだよ~……"対魔導師犯罪警察組織トランプ"とか、"魔導師裁判所セイラム"とか……いろいろインターンシップに行ってはみたものの……どーもしっくりこないんだよねぇ……」


 凍りつく友人たち。反応のない友人を見上げたとたん、堰を切ったように、それは始まった。


 友人A「エオーーーーーーーーーーーッ! お前ェーーーーーーーーーー!」

 友人たちは突然怒り出した。

 友人B「"トランプ"も"セイラム"も優秀学生しかインターンシップしてねーんだぞーーっ!」


 一呼吸おき、ため息をつくと、2人の友人はあきれたように席を立った。

 友人A「さすがは首席様様だ! 贅沢な悩みだねぇ!」


 その言葉に、さすがのエオルもムッとした。しかし、何か言い返そうとしたちょうどそのときだった。


 友人B「……俺、どっちも落ちた……」

 がっくり肩を落とす友人。その姿に、ウッと言い返そうとした言葉が詰まった。


 そして、教室から去り際に悪友らしい別れの言葉。

 「おまえなんか、一回進路で絶望を味わえーー!」

 悪態は付いても、白い歯をいっぱいに手を振り、二人の友人は教室から姿を消した。エオルはドアに向けて小さく手を振り返すと、また頬杖をついて難しい顔を始めた。


 秋の涼やかな風がエオルの頬をやさしくなでる。

 エオル(――ん? 風?)

 窓なんか開けていたっけ、とすぐ横の窓を見上げようと顔をあげた瞬間、そいつは現れた。


 「よう! ニート候補生!」


 一人だと思っていた教室での、いきなり大声に、エオルは飛び上がった。


 大きくハキハキしたいつものダミ声。学科は違ったけど、なぜかいつも仲が良かった親友。

 エオル「びび……びっくりした……おどかさないでよ! フィード!」

 窓のヘリに腰かけていたフィードは乱暴に机上の白紙を手に取ると、ニヤニヤしながら小指を耳に突っ込んだ。

 フィード「いや、今、紙がここにある時点でもうニートか」

 エオル「……気配消して来るのやめてくれる? いつもいつも!」

 フィード「この俺様んとこにアイサツすら来んヤツに何の配慮がいりやがる」


 その言葉に、ハッと気が付いた。こんないつものやりとりも、今日で終わりなのだ。


 手をあごの前で組み、これまでの思い出にひたるように眼をとじ、エオルは語りだした。

 エオル「そういや君とは、学科もゼミも違ったけど、」

 フィード「ニートが思い出話とかすんな。ニートがうつる」


 ピシャリと一蹴。


 エオル(ひとつ前の君の言葉は何だったんだ!)

 フィード「おい」

 ムッとしたエオルに、フィードはいつもの悪だくみの笑みを向けた。



 フィード「俺様と起業しないか?」



 ―――今考えたら、この誘いを受けたのは―――






 ◆



 ―――間違いだった!―――



 本日午前。アートリー路地裏。


 青ざめたエオル。


 目の前には怪しげな笑みでVサインを作っているフィードの写真と、自分の学生証の写真が載せられたポスター。

 それぞれの写真の上には大きな文字で"WANTED"。



 エオル「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーっ!」

 声にならない悲鳴を上げるエオル。

 フィード「まぁまぁだな」

 その横でニヤリと不敵な笑みを浮かべるフィード。


 その言葉に、エオルはキッとフィードを睨みつけた。

 エオル「何がまあまあだよ! 学校出た翌日に"指名手配"って……何コレェ!?」

 フィードはだるそうに「んなことよか、コレ見ろ」と乱暴に紙の束を差し出した。


 エオル(んなこと!?)

 イライラしながら、紙を受け取ったエオルは、紙に書かれた内容を目にした途端、顔色が変わった。



 ――――魔導師専用具の密輸リスト……!?




 魔法は魔導師が自らの体内から精製した「魔力」を対価として、悪魔から借りる力である。

 悪魔の「力」は、この世界の元素「精霊」に働きかける。

 それにより魔導師は、火や水、風などを自由に操り、文明の発展に貢献してきた。


 同時に、この力は大変な危険を伴っている。


 悪魔は気まぐれで、狡猾で、残酷で、自己中心的、そして、人間よりはるかに高い知能をもっている。

 それらは常に人の体を乗っ取り、人々が住む世界に害を及ぼそうとしている。


 それを、魔導師という専門家が、魔力という対価と、特殊な訓練で得た力により、世界との均衡を図っている。

 その魔導師が使う、魔導師による、魔導師のための専用道具――それが魔導師専用具である。


 魔導師専用具は、特別な力をもった武器であったり、不思議な効果を持った薬や装飾品であったり、人と悪魔の均衡を保つ、という目的のもとに開発された、特殊な道具であり――



 フィード「一般に出回らねぇ分、余計に欲しがるバカどもがいやがる」

 エオル「高値で売れるってワケね……でもさ、……密輸リスト(コレ)と俺たちの指名手配と……どういう関係が……?」

 その先の言葉が、怖くて出てこない。まさか、という顔ですがるようにフィードを見た。


 そのようなエオルの様子とは裏腹に表情を変えずに淡々と答えた。

 フィード「ソレとコレとは関係ないゾ」

 後から小さく「まだ」と付け足したが、安堵するエオルの耳には届かなかった。

 (というか、届かないように言った)


 フィードは続けた。

 フィード「犯人はこの町の議員だ」

 エオル「この町の!? だから昨日式が終わって、ソッコーでこの街に来たわけだ」


 少しの沈黙。


 エオル「で、なんで手配? てかこの資料はいったいどうやって手に入れたの? しかも、なんで犯人なんて知ってるの!?」

 あからさまにイラッとしながら、フィードは舌打ちした。

 フィード「いちいち質問の多いやつだ」

 エオル「当然の質問しかしてないよ!?」


 エオル「第一、俺! 社名が『W・B・A』としか聞いてないし! 何の略なのこれ!? それに指名手配……」

 遮るようにエオルの鼻先に人差し指を立て、フィードはニヤリと笑った。

 フィード「そのうちわかる。今は黙ってついてきやがれ」






 ◆



 アートリー市議会議員 タクニ邸

 密集したアートリー市街の端に寄り添うように建てられた館。周囲は高い塀に囲まれ、警備の人間が何人もうろついている。

 そこで働く者たちの人数とその敷地の広大さは、タクニ議員の富と議会内での権力の強さを物語っていた。


 その館の正門近くの路地 ――館の正門を見据えられるところ。


 強固な門と門番を見つめながら、エオルはため息をついた。

 エオル「グルッとまわってみたものの……警備はさすが議員邸って感じ。どうする? フィード。いつどこで取引があるかもわからないのに……そもそも、あそこに忍び込んでどうするつも、」

 フィード「俺様にまかせろ!」


 そうしてそのまま自信満々に、フィードはズカズカと門に向って歩いて行った。


 エオル(どうするつもりなんだろ? "忍び込む"のに正門?)


 当然、フィードのもとには門番が寄って来た。

 門番「おい! なんだお前! ここは観光するところではないぞ!」


 エオル(大丈夫かな…)



 次の瞬間、突然の爆音。辺りは黒い煙につつまれた。



 エオル(エーーーーーー!?)

 アートリーの乾いた風が煙を吹き、煙の隙間から、跡形もない正門と目をまわした門番、瓦礫と化した塀の上には服をはらうフィード。


 そのままエオルの元へ振り返り、早くしろと親指で(今は跡形もない)門の向こうを指した。

 フィード「いくぞ」


 敷地内に走り出す2人。

 エオル「これ、なんかもう、こっちが犯罪の域に達してません!? 第一、魔法の私的使用は魔導師協会法に……」

 フィード「お! あれきっと倉庫だぜ!」

 遠くに見えるひときわ高い建物を指し、フィードはそちらへ走る方向を切り替えた。

 エオル「ちょっとぉぉ!」



 ◆



 タクニ邸内は突然の轟音と、正門から立ちこめる黒煙でパニックに陥っていた。


 書斎にいた館の主、タクニはあからさまにイラついており、上等なスーツに包まれた大きな腹を揺らしながら、ポマードで塗り固められた髪を何度も撫で、部屋の端から端へ、行ったり来たりしていた。

 タクニ「一体何が起こっているのだ!」

 強く机を叩いて、タクニの安否を確認しに来た使用人を怒鳴った。使用人は慌てて、声を上ずらせながら、報告した。

 「……は! 侵入者が2名……爆発物を所持し、警備をかいくぐって倉庫の方角に向かっている模様です」

 とたんに、タクニの顔色が真っ青に変わった。


 ――まずい……! あれを見られては!


 タクニ「とにかくそいつらを止めろ!!!」


 「その必要はございません」


 背後から、落ち着き払った声。声の主はかぶっていたシルクハットをとり、タクニに恭しく頭をさげた。

 「あそこには万が一の時の保険がかけてございます」


 タクニ「フォビアリ!」


 ――闇で違法取引の斡旋をして仲介料を取るブローカー……!


 フォビアリと呼ばれた燕尾服の男は、ゆっくりと下げていた頭をあげると、骨のようなまっ白い肌から黄色い歯をのぞかせた。


 フォビアリ「死体が2つ転がるだけで、今夜の取引には影響ないかと」

 疑いのまなざしで、タクニは詰めが甘いのではないかと睨みつけた。

 タクニ「死体の処理は」

 再び、フォビアリは恭しくお辞儀した。

 フォビアリ「当社はアフターフォローも万全でございますので」

 シルクハットの下でその黒い唇はにやりと不気味に吊り上った。


 フォビアリ「ご安心を……」






 タクニ邸内 倉庫前。5階建て分はある、周囲でもひときわのっぽな建物。そして重厚な鉄の扉。

 こんなに巨大な扉、いったいどうやって開けるのだろうか。そんな扉の前に、フィードとエオルは立っていた。


 フィード「でけー倉!」

 背後を確認しながら、エオルは目を輝かせ蔵を見上げるフィードに問いかけた。

 エオル「……追手が来ないね……じゃなくて! これじゃこっちが犯罪者……」



 フィードが何やら呪文を唱え、扉に向けて手をかざすと、爆発とともにベコベコになった鉄の扉が倉庫の奥に吹き飛んだ。



 エオル「何しちゃってんのーーーー!?」


 フィード「ホレ」

 続いて渡されたのは大きな麻袋。

 エオル「何コレ?」

 問いかけた先で、すでにフィードは倉庫の中に入り倉庫内に保管されているものをせっせとつめていた。その様子を茫然と見つめるエオルに気づくと何やっているんだと怒鳴りだした。

 フィード「ボケっとすんな! 早くつめやがれ!」

 エオル(え? え? 何で? さも当然のように?)

 倉庫の中をよくよく見ると、薄暗くて分かりづらくはあるが、ずらりと並んだ棚にひとつひとつ丁寧に魔導師専用具が並べられている。

 エオル「密売……の証拠品の押収……って思っていいんだよね……?」

 フィード「ん? 証拠品? まぁ~、そうっちゃそうだな」


 その時だった。エオルは倉庫の奥の"何か"に気づいた。

 エオル「フィード! 後ろ!」

 フィードは反射的にエオルのいる位置 ――倉庫の入り口の手前に飛び込んだ。


 一瞬遅れて、フィードが今までいた位置に巨大な岩のような"何か"が落下した。


 エオル「な……」




 反射的にエオルは背中の剣に手をかけ、フィードは服に付いた土を払いながら、二人は目の前に倉庫の入り口をさえぎるように立つ、悪魔の形をした、倉庫の天井すれすれの巨大な石像を見上げた。


 エオル「なんだ!?」


 石像は大きな鼻の穴からフシューッと息を吐き、大きな瞳でフィードとエオルを見下した。


 エオル「う゛……」

 あまりの威圧感にたじろぐエオル。

 フィード「……どーやら倉庫の守護者ガーディアン石像獣ガーゴイルのようだな。手の込んだマネを……!」

 コノヤロウとフィードは巨大なガーゴイルを睨みつけた。


 エオル「とにかく!」

 言い終える前に慌てて走り出す足。

 エオル「逃げ……」

 フィードは呪文を唱え、ガーゴイルに向け手をかざし、叫んだ。


 フィード「小爆炎グラン・デ!」


 たちまちフィードの手のひらから白い光弾が大砲の如く発射し、ガーゴイルの頭部に当たると爆発した。


 しかし、煙の中からは傷一つないガーゴイルの顔。


 フィード「ム……やはり小爆炎グラン・デ程度ではガーゴイルには無理か。めんどくせー」

 エオル(フィードはこうなったら止まらない)

 深いため息をつき、鞘から剣を引き抜いた。

 エオル「……門や扉は壊せても、魔力の強いガーゴイルには厳しいワケか……もっと大きな爆炎魔法は?」

 フィード「倉庫が吹っ飛ぶ」

 エオル「なんて極端な……」

 フィード「お前の水鉄砲じゃ、ウンともスンともいいそうもねぇしな」

 エオル「水でっぽ……!? 流・水・魔・法! でも確かに水って石には相性よくないね……ってアレ?」



 倉庫の入り口にそびえるガーゴイルに目をやる二人。ガーゴイルはまるで本物の石像のように動きが止まってしまった。

 エオル「……止まった?」

 フィードはガーゴイルの足元を見た ――倉庫の扉の内側ぎりぎり手前。

 そしてエオルの尻を背後から押し出すように蹴りつけた。

 エオル「うわっ!?」

 つんのめりながらも、エオルはなんとか転ばず持ちこたえた ――倉庫の扉の内側で。

 エオル「フィード!いきなり何す」


 激しい衝突音をあげ、ガーゴイルの巨大なこぶしがエオルの頭上に襲いかかった。エオルはするどい反射神経で剣を盾にこらえる……が、あまりの重量に持ちこたえそうにない。その様子を見ながらフィードはぽんと手をたたいた。

 フィード「そーだそーだ! 確か、ガーゴイルは"縄張り"に入ってきたやつを襲うんだった! コイツの縄張りはこの倉庫みたいだな」

 エオルの口の端からブツブツと苦しそうな声で呪文が漏れた。


 エオル「爆水圧イド・ローク!」


 とたんに剣とガーゴイルの間から、強烈な勢いの水が吹き出し、その衝撃でガーゴイルはズンという鈍い音とともにあおむけにひっくり返った。


 その脇を駆け抜けあわてて倉庫から出て、その第一声。

 エオル「ちょっとーーーーーー! 人を何だと思ってんの!」


 怒鳴られた本人は何食わぬ顔で黙り込み親指の先を唇の下にあて、少し考え込むと何事もなかったかのようにエオルを見た。

 フィード「オイ、今のもう一回やれ」

 エオル「……そろそろ本当に怒るよ?」

 フィード「もう十分怒ってんじゃねーかよ」

 そうしてエオルを見、ニヤリとした。

 フィード「いい方法を思いついた」






 ◆

 アートリー市議会議員・タクニ―― アートリー市内における有数の大富豪。

 その大富豪の邸宅は今や、門は跡形もなくけし飛ばされ、邸内からは煙がもくもくと立ち上がっている。屋敷を遠巻きに見る大勢の野次馬の中に、目つきの違う男が二人。

 「まさに火事場」

 「ちょっくら稼がせてもらいますかね~!」



 ◆



 ―――タクニ邸 書斎。

 タクニ(商品は無事なのか!?)

 倉庫からの数回にわたる轟音に、タクニは焦りと不安を感じていた。

 タクニ「フォビアリ! 本当に大丈夫なんだろうな!?」

 書斎の窓から外を眺めていたフォビアリはシルクハットをかぶり、手袋をはめた。

 フォビアリ「……様子がおかしいですね。どれ、見てまいりましょう」

 タクニ「待て!」

 書斎を出る間際であったフォビアリを呼び止めタクニはガウンを羽織った。

 タクニ「私も行く」

 その不安はピークに達し、いてもたっても居られなかった。



 ◆



 エオル「……ねぇ……わざわざ倉庫に入ってやる必要なくない……?」

 フィード「"あのアングル"じゃうまく当たらん」

 そうして倉庫の奥で仰向けにひっくり返ったままのガーゴイルをあごで指した。

 エオル「……フィードは……」

 フィード「俺様はこの位置からじゃないと」


 ヤレヤレと大きなため息をつくと、エオルはキッと倉庫の中を見据えた。

 エオル「いくよ」


 ゆっくりと、倉庫の中に足を踏み入れた途端、ガーゴイルはむくりと起き上がり、エオルめがけて拳を振り上げた。


 ガーゴイルの拳は倉庫の床をえぐった。そこにエオルの姿はなかった。

 魔導師の超人的な跳躍力でガーゴイルの頭上に飛び、呪文を唱えながら手をかざし、叫んだ。


 エオル「爆水圧イド・ローク!」


 ガーゴイルは頭上から強力な水の圧力を受け、手足をついた。その水圧は足先が床にめり込むほどだった。


 やがて水が止み、ガーゴイルは自由になった腕を思い切り、頭上のエオルにのばした。


 ―――多量の冷水をかぶり


 ―――おもいきり体をのばす


 この瞬間を待ってましたとばかりに放たれた魔法。


 フィード「小爆炎グラン・デ!」


 閃光がガーゴイルの腹のど真ん中で爆発し、不意を突かれたガーゴイルは倉庫の奥まで吹き飛んだ。


 爆風にあおられたエオルは倉庫の天井を軽く蹴ると、ふわりとフィードの近くに着地した。その様子を見、フィードが怪訝そうな顔をした。

 フィード「ん? 何でお前そんなにびしょぬれなんだ?」

 エオルは恨めしそうにフィードを見た。

 エオル「あのねえ! あんな距離で爆発なんてかまされたら、こっちまでやけどするでしょ!」

 爆発の瞬間、ガーゴイルの頭上にいたエオルはとっさに別の流水魔法で水のバリアをつくり、爆発の熱を受けないようにしていた。

 フィード「想定の範囲外だったな」

 エオル「あのねーーー!」


 ガーゴイルが突然うめき声をあげ、その体はガラガラと音を立て見る見るうちに崩れていった。


 エオル「熱疲労作戦! うまくいったみたいだね!」

 熱疲労――冷たくなった石やガラスなどをいきなり高熱にさらすと、割れたり、崩れたりする現象。

 エオル「まさか、石でできた生き物にまで通用するとは思わなかったなあ!」

 やがてガーゴイルは、ただの瓦礫と化してしまった。

 フィード「関心する暇があるなら、さっさと続きだ!」

 エオル「え゛……」



 ◆



 倉庫に到着したタクニが目にしたのは、水浸しの床、大きながれきの山、そしてスカスカの保管棚。

 タクニは呆然と両ひざをついた。


 そのわきを通り、ツカツカと倉庫に入ると濡れた床に触れ、燕尾服の男は奥の瓦礫を見た。

 フォビアリ(わずかだが、ムラのある魔力……)

 そうしてニヤリと黒い唇から黄色い歯をだし、どこへともなく語りかけた。


 フォビアリ「君たち! 若い魔導師だね」

 倉庫の高い天井に、フォビアリの声だけが響いた。その余裕の持ちように腹をたて、タクニはつかみかかった。

 タクニ「フォビアリ! 貴様! 何を……!」


 「ご明答!」


 突然天井から振ってきた見知らぬ声。

 タクニ「だ……誰だ!」


 倉庫の天井近くの天窓が開き、正午の陽光が薄暗い倉庫を照らした。

 逆光の中には、天窓のヘリに腰かけた2人のシルエット。

 そしてその傍らには――


 頭が爆発せんばかりの剣幕で、館の主は天窓の大きな袋のシルエットを指差した。

 タクニ「貴様らーー! その大きな袋はなんだーーー!」


 「おっさん目ぇいいな。こりゃ、ここに放置してあった魔導師専用具だ。てめえらど素人が持つなんざ、100万光年早ェんだよ!」

 「フィード……光年は年月じゃなくて距離……」


 タクニ「な……」

 呆然とするタクニと対照的に燕尾服の男は子猫をなだめるような声で話しかけた。

 フォビアリ「君たち、『対魔導師犯罪警察組織トランプ)』の新人さんかな? こんな勝手なことしたら……」

 手元のステッキがわずかに動いた。

 フォビアリ「叱られるんじゃあないのかな?」

 フィード「おおっと待った!」

 フォビアリの不審な行動に気づいたフィードは右手をかざしてけん制した。そしてシィと人差し指を口にあてた。


 何やら外が騒がしい。


 タクニの声が、何かを予期したためか上ずった。

 タクニ「な、何だ!?」






 倉庫の外に耳を傾けると、クスリと笑い、燕尾服の男はシルクハットをとり、天窓に向けて軽く会釈をした。

 フォビアリ「私は犯罪組織『ブレーメン』のフォビアリと申します。以後、お見知りおきを」


 エオル「は……犯罪組織!?」

 フィード「そうか」


 燕尾服の男に向け、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 フィード「俺様たちは……」


 「いたぞ!」


 倉庫の入り口には"共通の制服"を着た男たち。その声に、入口に向け反応するエオルとタクニ。エオルはその見覚えのある制服に反射的に顔面蒼白になった。

 エオル「対魔導師犯罪警察組織トランプ)!」


 トランプの隊員たちが倉庫に入ってきた瞬間、フィードは思い切りよく、窓のヘリを足で踏みつけた。


 フィード「てめえら! よぅく聞きやがれ!」


 その場の全員がフィードに顔を向けた。



 フィード「今ここに! 魔導師犯罪組織『Wizard(魔導師)・Buster(クソくらえ)・Arriance(同盟)』の発足を宣言する!」




 エオル「は……?」

 隣の相棒が、いったい何を言っているのか、全く理解ができない、一瞬自分の中の時間が止まったように感じた。

 エオル「い、いま……なんて……!?」


 フィードはフォビアリ――トランプの隊員たち――エオルに順に見、ニヤリとすると「じゃあな!」とエオルの襟首とパンパンの麻袋をもって、天窓から外へ、カラスのように飛び去った。


 トランプの隊員たちは一瞬どよめいたものの、すぐに取り直し、タクニを囲み始めた。対してタクニはどうしようとフォビアリのほうを振りかえった。

 タクニ「フォビ……」

 言いかけた声はむなしく宙へ消えた。タクニの視線の先はトランプの隊員たちの壁。


 「アートリー市議会議員タクニ。魔道具密売法違反の容疑で拘束する。アートリー議会にも了承済みだ」


 まるでタクニの横には誰もいなかったかのようであった。

 タクニ「フォビアリ! どこだフォビアリ!」

 トランプの隊員に両脇を抱えられながらも、タクニはそこにいたはずのパートナーを必死に探した。


 「何を言ってるんだ?」

 「共犯者がいたのか?」

 「いや、こいつの周囲には"誰もいなかった"ぞ」

 「おおかた、魔道具の魔力にあてられたんだろう」

 「しかし」

 「昨日、協会に声明文を送りつけてきただけでなく、まさか、我々の目の前で宣言までするとはな」

 「追手はやったんだろうな」

 「ぬかりはない」






 ◆


 アートリーの白い家々をぴょんぴょんと飛び跳ねる黒カラス。


「ちょっと! フィード!」


 エオルは自分の襟首をふん掴んでいるフィードの手を無理やり払った。

 その勢いで、エオルはその建物に、フィードは隣の建物に、ズサリと砂煙を巻き上げて立ち止まった。


 一瞬、息を整える。


 少しの沈黙のあと、エオルは無理やり自分自身を落ち着かせるような声で口を開いた。

 エオル「一体何考えてんだよ! 犯罪組織って……! しかもよりによって対魔導師犯罪警察組織トランプ)の目の前で! もう冗談じゃ済まされないんだよ!?」

 今この話かよと、フィードは急かすように麻袋を再び肩にかけた。

 フィード「話はあとだ。追手に追いつかれる」


 まったく状況を話そうとしないフィードにエオルの抑えていた怒りが爆発した。

 エオル「ちょっと! こっちは何も知らないまま、いきなりあんなこと宣言されて……」


 それは何の前触れもなかった。


 乾いた音とともに、フィードの手元から麻袋が弾かれ、家々の隙間に落ちていった。「イテ~」とフィードは手首を振り、エオルの背後を睨みつけた。

 フィード「ホレ見ろ。追いつかれちまったじゃねーか」

 エオルが振り返ると、トランプの制服を来た男が4人。


 エオル「ぎゃーーっ!」


 慌てて、フィードのいる建物に飛び移り、体制を整えた。

 トランプの追手たちはエオルがいた建物に飛び移ると、カチャカチャと武器を構え始めた。同時にフィードも拳を構え、追手達を見据えたまま言った。

 フィード「もうやるしかねーぞ」

 後ろであたふたしていたエオルは頭をくしゃくしゃと掻き毟った。

 エオル「あ゛ーーーーっ!も゛ーーーーーーっ!」

 しぶしぶと、背中から剣を抜いた。


 トランプの一人が口を開いた。

 「魔導師組織犯罪法の現行犯だ。"セイラム"に連行する」

 セイラム、という言葉はエオルの背筋を凍らせた。セイラムの名に臆さないフィードを見、トランプのもう一人が鼻で笑った。

 「お前ら、セイラムってのがどんなとこか、わかってねーな?」


 ――セイラム

 罪を犯した魔導師に罰として呪いを執行する機関である。

 セイラムで呪いを執行されることを「セイラムにかけられる」といい、セイラムにかけられた魔導師のほとんどはその呪いの重さから廃人となり、そうした魔導師たち専用の介護施設まである。


 フィード「それがどーした。てめぇら全員ぶっ倒して逃げりゃいいだけの話だろーが」

 エオル「"だけの話"じゃなーい!」

 正気に戻れとエオルはフィードの肩を揺すった。


 「やれやれ」

 残りのトランプ隊員たちが呪文を唱え始めた。

 「卒業したての新人ふぜいが、いきがんなよ!」

 二人のトランプ隊員が剣を手に飛びかかってきた。


 エオル「うわ!」

 持っていた剣で相手の剣を受け止めた。ギリギリと刃物のこすれる音が響き、相手の剣が徐々にエオルに迫ってきた。

 エオル(ま……まずい……競り負ける!)

 とっさに剣を払って後ろに飛び、間合いを取った――その瞬間、


 「かまいたち(ラス・イルト)!」


 呪文を唱えていたトランプの一人がエオルに向け手をかざした。

 エオル「ぐぁっ……!」

 体の表面は鋭利な刃物で切り付けられたかのような傷が無数につき、そのまま建物の端にたたきつけられた。


 「ほうら! もう相方落ちた~♪」

 嬉々として、目の前で肩で息をするフィード見た。

 フィード「ちきしょ、ハア、なんだ、こりゃ……」

 体中の関節にネバネバした粘液がこびりついている。呪文を唱えていたもう一人のトランプ隊員の魔法――


 「重絡水レドン・ミスト、相手の動きを鈍らせる流水魔法だ」


 額から汗を滴らせながら、その顔に浮かぶのはとても追い詰められているものとは思えない笑みだった。

 フィード「俺様の動きが鈍った割には、てめーの攻撃はあたんねーな」


 「このやろ!」

 繰り出された剣を、思い切り体を引っ張り、またもや間一髪ギリギリのところで避けた、ちょうどその時だった。

 「おっと! チェックメイトだ」

 背後にはエオルの相手をしていたトランプ隊員。高くかざされた剣。

 頭ではわかっていたが、魔法の効果で体がついてこない。――避けられない!


 ギリギリと金属がこすれる音。

 ぜえぜえと上下する肩。

 細かい血の跡がついた金の髪。


 エオルが間に入り、剣を受け止めていた。渾身の力で相手を薙ぎ払った。薙ぎ払われたトランプ隊員は思わず3、4歩後ろによろけた。


 敵を見据えながら剣を構えなおし、その口調はまるで責め立てるようだった。

 エオル「……ラス・イルト。まさか対モンスター用の風魔法を向けられるなんてね……。もう犯罪魔導師おれらはモンスター扱いってことか」

 すかさず、フィードは顔をあげずに問うた。


 フィード「ならどうする」


 血まみれの手でエオルは剣の柄をギリリと握りしめた。

 エオル「さすがに状況も何もよくわかっていないのに、おとなしく捕まる気はないよ。あ・と・で! どういうことか、ちゃんと説明してもらうからね、フィード!」

 フィードはニヤリと笑みを浮かべ、エオルを背に、構えた。


 「あのとっさで、ラス・イルトから致命傷を避けたというのか!?」

 ―――いったいどうやって!?


 新人にこんなスキルあるはずがない。トランプの4人は動揺を隠せないでいた。

 エオル「今にわかりますよ、先輩がた」

 そうしてまっすぐトランプ隊員へ向かうと、剣を構え、走り出した。

 風魔法の隊員が再び呪文を唱えた。


 「衝撃刃ソニック・ブーム!」


 魔法によっておこされた衝撃波を、エオルは迷いのない一閃――繰り出された衝撃波はそよ風となった。

 (さっきと動きがかわった! 迷いが晴れたようだ! それに、あの剣……まさか……)


 「……まさか新人でそこまでレベルの高い魔法剣を使えるとはな……」


 ――魔法剣

 魔法の効果を武器に移すことで、その魔法の凝縮したパワーを込めた攻撃を行うことができる技――


 4人の追手は焦りを感じ始めた。もともと、タクニ逮捕のためアートリーまで来て、たまたまこの"オイタ"が過ぎた新人に出くわし、とっさに捕まえに来たのだが、相手の情報が少なすぎる。


 「じゃあ、せめて、こっちだけでも確保しないとな!」

 いまだ魔法の効果が取れずにいるフィードにトランプ隊員の剣が襲い掛かった。

 フィード「誰のこと言ってんだ?」




 突然の轟音。同時にフィードの両手は炎につつまれ、まとわりついていた粘液は一瞬にして煙となって消え失せた。


 「なんだ!?」

 見たことのない光景に、思わず後ずさる。


 フィード「魔法"拳"! ……俺様の卒業研究だ……!」

 そして、フィードは目の前のトランプ隊員に飛びかかった。反射的にトランプ隊員は隣の建物に飛び移った。

 炎につつまれたフィードの拳が、勢いあまって建物に触れた ――その瞬間、一瞬にして、建物の上半分は爆発とともに崩れ去った。


 エオル「なんてことを!」

 フィードはトランプ隊員に聞こえないよう小声で語りかけた。

 フィード「安心しろ、ここいらは空き家地帯だ」

 エオル(もしかして……追手との交戦を予想して?)


 「聞いたことがある。今年の新人で、魔法剣の要領で、自分の体に魔法を込める、危険な戦闘方法を開発し、協会からマークされている危険人物がいると……!」

 フィード「チッ! はずしたか。おらおら~! お前らが逃げ回るとどんどん町を破壊してっちゃうぞ~!」


 ――ここは街中だ……


 トランプの隊員たちはこれ以上身内同士の戦いで被害を広げるわけにはいかなかった。

 「出直すぞ」

 トランプの隊員たちはタクニの屋敷の方面に戻っていった。


 なにもないはずの空き家地帯での爆音に、住民たちが何事かと集まりはじめていた。


 エオル「フィード、とりあえずこの場を離れよう」

 フィード「あ゛!」

 いきなりの大声に、エオルは飛び上った。

 エオル「な……なに……?」

 フィード「せっかく奪った密輸品! どこいきやがった!?」

 エオル(うばった……!?)

 フィードはどこへともなく駈け出した。

 エオル「ちょっ……! フィード! そんなことよりも説明を……ていうか、俺、傷だらけなんですけど!?」



 ◆



 「いやー! まさか、空からお宝が降ってくるとはな!」

 「屋敷もなんかパニクってて入りやすかったしな!」

 先刻、屋敷の騒ぎに乗じて盗みに入った火事場泥棒たちは、人気のないところへ逃げようと、空家地帯に来ていたが、空から突然降ってきた『普通ではないお宝』に盛り上がっていた。

 「しかもこれってアレだろ!?」

 火事場泥棒たちは声をひそめた。

 「例の議員が裏で荒稼ぎしてたって噂の……」


 フィード「みつけたぞ! てめーらか! このドロボーめ!」


 盗人二人が声のするほうを振りかえると、何者かが鬼のような形相で自分たちめがけて走ってくるのが目に入った。

 「まずい! 屋敷の追手だ!」

 さらに、鬼の形相の追手は両手が燃え盛る炎に包まれている。

 「しかも! 魔導師よこしてきやがった! やべえ!」

 盗人たちは「殺される!」と全速力で逃げ出した。


 フィード「ムッ! てめーらぁー! そいつをよこしやがれ!」

 エオル「フィード! 危ないから魔法拳は先にしまって!」




 ――こうして冒頭の展開になる。






 ◆



 アートリー郊外。

 地平線の向こうまで砂の海が広がっている。


 人目をさけるようにそそくさと町を出た。

 もうアートリーの町も小指の爪ほどだ。


 エオルはようやくこの時間がきた、と安堵のような、不安のような複雑な気持ちになった。

 おそるおそる、前を歩く、袋の中身を満足そうに眺めている黒づくめに話しかけた。


 エオル「フィード」


 フィードは袋の中身を眺めるのをやめ、振り向くことなく、立ち止まった。


 エオル「一体、何のためにこんなことを? 悪いけどこのまま君についていくことはできないよ」

 フィードは遠くを眺めたまま返した。

 フィード「なら、おとなしくセイラムにいくか?」

 エオル「きちんと事情を話せば……」



 ――……事情?


 フィードに訳も分からないまま連れまわされて、巻き込まれただけなんです。僕は悪くありません。すべて悪いのは……。

 そう言って許してもらうつもりなのか、俺は? 友達をこのままにして……?


 考えがまとまらず、エオルは押し黙ってしまった。


 フィード「何のために……といったな?」

 エオル「うん……」


 ようやく話してくれるのか、頼む、正当な理由であってくれ。エオルは息をのんだ。


 フィード「それはまだ言えない。俺様はこのまま活動を続ける」


 エオル「な……!」


 あいかわらずというか、なんというか。

 昔からそうだ。

 いつでもどこでもこいつは自己中。

 だが、いつもどこか憎めなかった。

 なんだかんだいって、悪いことをするようなやつでもない。

 いつもいいかげんなふりをして、しっかり考えをもっている。


 そんなやつだ。


 何かはっきりとした理由があるはず。

 それ以前に、なにより、友達だ。

 その友達が、目の前で、これからも罪を犯していくと言っている。


 エオル「なら俺は」

 ようやく、フィードはエオルを振り返った。エオルもフィードの視線にこたえた。

 エオル「君がこれ以上おかしなことをしないように、全力でとめていくよ」

 その回答に満足げに、フィードはニヤリとして、また歩き出した。


 フィード「っしゃあ! W・B・アライアンス! 本格始動だ!」

 エオル「えっ……!? ちょっ……それ、俺が君の仲間に入ったって言ってない!? 違うからね! ていうか、理由はいつまで秘密なわけ!」

 フィードはくるりと振り返り、不敵な笑みを浮かべた。


 フィード「"歴史が動くまで"……とでも言っておこうか」


 何言ってんだコイツは……

 エオルは一瞬あきれたが、不思議なことに、疑いや疑念、怪しみといった感情は、湧いてこなかった。







↓本家サイト

http://usaginonegurade.choitoippuku.com/

解説などのページもありますので、よろしければ。

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