○○しないと出られない部屋~りん子の場合~
「○○しないと出られない部屋」というお題で相互様が書いていたので、私も便乗しました。
りん子は狭い部屋に閉じ込められていた。四角く殺風景で、りん子の家のリビングより少し小さい。出口は一つしかなく、ドアの代わりに仏像が寝そべってふさいでいる。
「こういうの、涅槃って言うのよね」
りん子は仏像のそばに寄り、触ってみた。とても固く、押しても動かない。寝ている格好でもりん子の背丈よりずっと高い。
仏像は片腕で頭を支え、部屋の隅から隅まで体を伸ばして寝ている。腹が立つほど安らかな寝顔だ。
ふと、仏像の頭のそばの壁に四角いプレートがあるのを見つけた。どうやらこの部屋の説明書きらしい。
『仏像をどかさないと出られない部屋』
見りゃわかるわよ、とりん子は壁を蹴った。しかし、その下に小さな文字で補足が彫ってある。
『協力者を一人だけ呼び寄せることができます。その人の姿と名前を強く念じてください。呼び寄せた結果は自己責任でお願いします』
りん子は仏像に寄りかかり、知っている人の顔を順繰りに思い浮かべた。友達のカワウソ。近所に住む月ノ介さんと弟の風太。スーパーのレジ打ちをしている太った男。自称闇の支配者の少年。冬はスイカに擬態するお姫様。地中に潜む怪しい蜘蛛男。
「えっ……私の知り合い、それだけ?」
りん子は愕然とした。いつも友達に囲まれて過ごしているような気がしていたが、数えてみると少なかった。
「本当にそうだったかしら。誰か忘れてるのかも」
テレビのお天気お兄さんは友達ではない。かき氷を作ってくれる信号機も、公共のものだから友達ではないだろう。
もう一度最初から思い浮かべ直した。食いしん坊のカワウソ、サイコパスの月ノ介さん、殺しても死なない風太。
仏像を見つめていると、何かが頭をよぎった。
白い部屋。
違う、部屋ではない。雪原だ。
そこはいつまでも冬で、白いワニが住んでいる。
白いワニはりん子を見てにやりと笑う。
あの男を食べてしまったよ。
川の向こうで誰かが手を振っている。緑の庭と、ふわふわした赤い花が躍って見える。川には無数の星が浮かび、まぶしくて渡ることができない。
水滴が飛び散り、弾けて声になる。
全部あげるよ。全部りん子のものだよ。
手を振っていた男が、突然ばらばらに崩れる。
スイカ、キュウリ、ブルーベリー、トウガラシ。
食いちぎられた赤い花が、氷の川をつたって流れてくる。
りん子は頭を振った。思い浮かんでいた景色がまたたく間に消え、目の前の仏像しか見えなくなった。
「どかせばいいんでしょう。誰も必要ないわ」
りん子は仏像の鼻に手をかけ、口に足をかけてよじ登った。仏像と壁に隙間はなく、やはり出口は完全にふさがれている。
しかし、仏像そのものに入口があった。体の側面にファスナーが付いているのだ。
りん子はファスナーを開け、仏像の中に入った。
「わあ、柔らかい」
仏像の中には人の形をしたくぼみがあり、寝そべるとりん子の体にぴったりだった。ファスナーを閉じると寝袋のように温かく、心の底からほっとした。
「いけない。このままじゃ眠くなっちゃう」
わかってはいても、ふかふかの布団にくるまれた状態で眠らないのは難しいことだった。何度もまぶたが閉じかけ、そのたびに自分が涅槃像になって出口をふさいでいる情景が浮かんできた。
「……そうだわ!」
りん子はくぼみに収まったまま、強く念じた。誰の顔でも名前でもなく、ただ一つのことだけを念じた。
起きること。
起きてここを出ていくこと。
起きる、起きる、起きる、起きる……。
「よし!」
ぐっと腹に力を入れ、上半身を起こした。その途端、自分を包んでいる真綿のようなものが大きく動くのを感じた。
りん子の体に合わせ、仏像が動いている。涅槃像が起き上がったのだ。
ばきばきと音が響き、仏像の頭に何かがぶつかっては落ちていく。中からは見えないが、天井を突き破ったようだ。
「すごい! 立ったわ! 仏像が立った!」
りん子は手を叩き、そのまま前へ前へと念じた。それに呼応して、ぐいん、ぐいんと体が宙を移動していく。仏像が歩きだしたのだ。
「行け! そのまま歩くのよ!」
部屋を出ることができたのか、もう部屋は跡形もなく壊れたのか、どこを歩いているのか、どこへ向かっているのか、何も見えないしわからない。
それでも、進んでいることが嬉しかった。まるで自分が仏像になり、大地を踏み鳴らして歩いているようだ。
「ずっと歩きたかったのね。わかるわ。あんな部屋で寝たきりなんて考えるだけでぞっとするもの」
今の自分の気持ちが、仏像の気持ちだ。りん子はそう思い、どこまでも歩き続けた。




