お婆ちゃんの物語
伊藤さんの語りだしは月面移住計画からだった。
いきなり宇宙きた。
「…タイムリーな話題ですね。大昔に一度頓挫したんでしたっけ?私が子供の頃アンザイって過激な科学者が再計画を推進してたけど、最近になって本格化してきましたよね」
「…そう。その頓挫した方の月面移住計画にちょっぴり関わってたの」
え?伊藤さん何気にスゴイ。
「古い方のプロジェクト内容は知ってる?」
「え~っと…この間、息子が学校で習いましたよ。確か一般人も月で暮らせるようにって、まず試験的に宇宙にコロニーみたいなの打ち上げて本当に一般人も乗せて、そしたら」
「動作不良で彼方へ飛んでったの」
「それで月面移住が一時凍結して開発が遅れたとか」
「その試験施設に、ちょこっとだけ乗ってたのよ」
「え?でもさすがに伊藤さんその時未成年じゃ」
「満18歳なら抽選で乗れたのよ。といっても宇宙線の被曝対策が今ほどしっかりしてなかったから、長くても3ヶ月、私ともう一人は1ヶ月だけだったけどね」
「宇宙施設に10代が2人もいたんですか?!」
「3ヶ月組が3人いたから全部で5人よ。私ともう一人の1ヶ月組、安西君が日本人で後は色々」
あれ?アンザイ?
「施設内では案外ほっぽかれたから、よく5人で日本語で内緒話したものだわ」
「日本語?」
「英語が私も安西君もちょっと苦手だったし、後の3人はなんか日本語気に入ってねぇ。ちょっぴりマイノリティな言語を共有すると連帯感も沸いたのよ」
伊藤さんは夢見るように話す。
「最新の技術の粋を詰め込んだ施設のはずなんだけど、現場は案外色々不足しててね。はっきり10代の私達は無用な穀潰しでいっつも5人で固まってた。でも楽しかったなあ。施設内の植物が育ってくの見ると不思議と嬉しくて。サーラは将来必ず月に住む女性第一号になるんだと息巻いてたわ。強くて賢くて綺麗だったな。サーラ」
サーラ…アメリカ人かな。
「男の子は他にシェイクとアリ」
アリは中近東…?シェイク…何処だかわからん。
「生真面目なシェイクをアリがからかって、よく喧嘩してたの。安西君はオロオロするばかりだしサーラはほっとくし。いっつも私が仲裁して」
なんだか微笑ましいシーンが思い浮かぶ。
「皆仲良しだったんですね」
「…だんだんがシェイクが私と二人きりになりたがって。それをアリがふざけながら邪魔するようになって」
あるある三角関係。
「まさかのアリからマオリ語で告白された時は訳わからなかったわ。シェイクは面食らって、安西君はやっぱりオロオロして、サーラは怒ってた」
アリ君まさかのマオリ族。
「モテてたんですね伊藤さん」
「ふふっ。自分でも浮かれてたと思うわ。初めてだったし宇宙だったし。」
宇宙関係なくね?
「サーラは怒ってた。安西君も困惑してた。安西君から
『伊藤さんが誰を選んでも僕達の関係は壊れる。サーラも同じ気持ちだと思う』
って言われて初めて、私達5人の関係はとても大切で脆いと気付かされたの」
安西君は仲裁のつもりでクラッシャーなんだな。
「私は若くて馬鹿だった。だから、本当は好きだったけどアリをフッたの。
『私達はいつまでも大切な仲間よ』って。『仲間』って強調したの。
アリは一瞬悲しい顔をしたけどすぐ『わかった』と笑ってくれた。安西君はホッとした顔をしてた。
でもシェイクは苦い顔、サーラは変な顔をしてた。サーラ、普通にしてたらとっても綺麗なのに」
安西君のせいで、かえって5人の関係悪化してるものね。
「私の対処が悪かったのね。5人はなんだかギクシャクしてきてしまったの。そしてそのまま私と安西君は地球に戻ってしまったの」
伊藤さんの初恋が壊れただけだったのね。
「抽選で選ばれただけの私と安西君は元々知り合いどころか住む所も違って。でも地球に戻ってもモヤモヤしてる私を安西君は気遣ってくれて。次の便で3人が帰ってきたら、ちょうど私んち近くで夏祭りがあるから皆で行こうって言ってくれたの。地元じゃないくせに安西君わざわざ調べてくれて」
安西君、遅蒔きながら自分のした事に気付いてフォローしようとしたのか。
「交信したら3人もノッてくれて、皆でウチにお泊りって事になったの。
5人で行動できる最後のイベントな気がして、なんだか切ない気持ちになりながら3人が帰ってくるのを待ったの」
夏祭りかあ。
「お盆の時期だったわ。本当は7月に帰ってくるはずだったんだけど天候に恵まれなくて。着地予定地で一緒に待ちながら安西君が『嫌な時期だな』って呟いたのを覚えてる。海育ちの安西君はお盆の時期は海に入らないんだって。ゲン担ぎだって言ってたっけ」
嫌なフラグだな。
「天候は安定してたの。そろそろ施設を離れる時刻なのに何もない。何もないの」
ああこれって。
「大人達がザワザワしてた。通信が取れないとか騒いでた気がする。取れないどころか、施設が移動始めたって。移動って変よね?施設は地球と一緒に移動するようになってるのに。違うんですって。理由はわからないけど施設ごと地球から離れていってるんですって」
ああ。
「そんな大事な事が、ただその場に居ただけの未成年にも聞こえるくらいにその場は大混乱に陥ったの」
ああ…。
「私達に何かできる訳がない。だいぶ後で私達に気が付いた大人に『帰れ』って言われるまで、安西君と肩を抱き合ってただただ夜空を眺めてたわ。」
私は言葉を挟めなくなっていた。
「施設内に補給無しの酸素、食料。考えただけでも維持できる訳ないし、そもそも施設に何か重大なトラブルが起きたとしか思えない。生存率はどんどん下がっていってね。それでも最初は救出しようと画策してたけど、何しろ施設が加速して離れていっちゃってね。何処の誰もどうする事もできないまま。でも惑星や小惑星に衝突はしてないから今も宇宙の何処かにあるのよ」
…でも中の人達は。
「今は軌道離脱の原因は何になってるのかしら。当時は一応デブリ衝突説が有力だったけど、通信はできないわ施設はどんどん離れていくわ結局全くわからなくて。…それから…」
伊藤さんが少し息を荒くしてる。
私は意味もなく伊藤さんの背中をさすってみる。
「…大丈夫よありがとう。それからね、それから…安西君は私と会わなくなったの。大学志望を文系から無理やり理系に変えたって安西君のお母さんから聞いて、心配して本人に連絡取ろうとしても出てくれないの」
会えないだろうそれは。
「私は…私はね、あんまり頭が良くないから高校出たら短大か専門学校でもと思ってたんだけど、結局高校は通いきれず、すぐ就職して」
伊藤さん貴方も。
「働いて働いて働いて、働いて働いてたら50を過ぎてからだったかしら?体壊して」
ああ。
「実家は出なかったから、老いた親を泣かせて何やってるんだろーって思ってたら、見舞いに来てくれたわけよ。立派な科学者となった安西君が」
ああやっぱり安西君は、あのアンザイだったのか。
「あっちも50過ぎだから、10代の美少年っぷりがすっかり衰えてねー。ハッキリ会いたくなかったわー」
「それは…ヒドいですね」
やっと相槌を打てた。
「ふふっ。そうね。あっちも苦い顔で『老けたね』って言ってたわよ。お互い様よ」
伊藤さんは笑った。
「でも会えて良かった。安西君を止めたかったの。安西君はなんていうか華やかな人生を送ってて…」
アンザイはそっちが有名だ。
「凍結した『月面移住計画』を再び立ち上げようと無理をしててね。『狂気の科学者アンザイ』とか叩かれて…2度ほど結婚離婚したんだけど、やっぱりそれも叩かれて」
「…私も知ってます」
「まぁ叩かれるわよね女の敵だものね。10代の時は純朴な美少年だったのにねぇ」
伊藤さんは、ふと悲しい目をした。。
「…私は、私はアレ以来逃げて逃げて来たのに、安西君は決して目を逸らさないで、自分をズタズタにしてきた気がして。止めたかった。もうやめて。もういいんだよって言いたかった」
ああ。
「でも安西君は私にデータを持ってきた。訝しむ私に、最近になって発見されたデータだと言ったの。30年以上前に録音されたもので、録音したのはモンゴルの一般人だったかな?
鉱石ラジオを作ったんだって。そしてラジオから聞こえる何かがわからないまま録音したんだって。
今になって、ネイティブでない誰かが喋った日本語だってわかったんだって。
それは、軌道を離脱して間もないあの施設から発信されたのかもって」
これ以上聞きたくない。
「周波数とか素人の私でも無理あると思うの。何がどうしたら届いたのかさえわからない。何もかもがあやふやなのに安西君は確信してた。
『声は若い女、ネイティブでない日本語、5人というキーワード。サーラが何らかの伝手で通信したんだろう』
って」
ああ。
「私言ったの。もう止めようって。逃げてもいいんだよ。少なくとも私は許すよって。そしたら安西君が言うの。
『逃げてたのは僕だ。君から、皆から逃げれば、家庭を持てばきっとこの苦しい気持ちから逃れるって』
『本当は僕が君に言うべきだった。逃げていいんだよと。何故君は家庭を持たない。何故君は体を壊すほど働く。何故君は実家から出ない。アリを忘れられないからだろう?そして体を壊さねばならないほど心が傷ついたからだろう。家は、あの3人がひょっとして夏祭りに来た時に迎えたいからだろう』
老いた安西君は初めて見たってくらい優しい目で見つめた。
『僕は全てを掛けてあの施設を追いかける。時を越える速ささえ手に入れれば3人は助かる。そしたら』
安西君は子供を撫でるように私の頭を撫でた。
『今度こそ5人で夏祭りに行こう』
私は
安西君の優しい狂気を止められなかった。
ほどなく安西君はいなくなったの。今も行方不明なの。
もしかしたら生きてないかもなの。
もしかしたら…
もしかしたら安西君、罪悪感があったのかな。
そんなの感じなくて良かったのに。
罪悪感のせいで好きな人と穏やかな家庭を持てなくなったとしたら…苦しい…わね…」
伊藤さんは辛そうに笑顔を作る。
「『ごめんね、会いたい、5人で』が本当にサーラなら…馬鹿よね…通信ができたなら『HELP』でしょう…何が『ごめんね』よ…しかも日本語よ…私は安西君やサーラと同じ…皆と一緒に居たかったの…に…」
私はナースコールを押す。
だけど他のベッドに行ってるのか看護師がすぐに来ない。
「…ねえ…」
荒い息で伊藤さんが話す。
「サーラも…アリも…シェイクも…もしかしたら安西君も…本当はみんな生きてるのかしら…」
私は答えられない
「…生きてて…私を待ってるのかしら…ね…あの…遠い施設の中で…」
伊藤さんは意識を消失する。
やっと看護師が来る。
脈が弱い。
AEDでどこまでできるか。
「死なないで伊藤さん」
今わかった。
伊藤さんが、アンザイがずっとずっと言葉にしたかったのはまさにこれだ。
「死なないで」
死なないで死なないで死なないで
ただそれだけ




