8話 あぁ……俺の命がリスク資産に
突然現れた階段を前に、俺達は顔を突き合わせて言葉を交わす。
「隠し部屋が出た訳だが、無視するって選択はアリだと思うぜ。こう言っちゃなんだが、俺達じゃ手に負えないと思う」
「でもFランク迷宮の隠し通路なんだろ?」
「いや、Fランクだからって舐めちゃいけねぇ。冒険者の勘がヤバいって言ってる」
「私も止めるべきだと思う。リスクが大きすぎると思うの」
「えぇっ、散々僕に危ない事させて、自分が行くのは嫌なんだ?」
「何ですって、もう一回言ってみなさいよ雑魚勇者」
「まぁまぁ、エスティアもサラさんも、押さえてくれ。この部屋は、大人数で攻略するべきだ」
「偵察、っていうのはどうなんだ?」
「偵察も有りだが、リスクは有るぞ。本格的な迷宮攻略に必要な人員が足りてない。条件を満たしていないんだから、行かない方がいい。これは絶対だ」
条件、という言葉に興味を覚える。
落ち着いた様子のパースに問いかける。
「その条件をくわしく教えてくれ」
パースがうなずき、言葉を紡ぎ出す。
「4人パーティーの時点で論外なんだが、必須特技が『罠避けの分析・直感・暗視』、司令塔として『知力6以上が1人』、そして『とどめ』に、夢級魔法かA級武装が必要と言われている」
「俺はヒーラーができるし、『直観』はエスティアが持ってるけど、後は全部用意してもらわないとな」
サラと顔を見合わせる。
「知力6と分析は大丈夫だな」
「私は闇で夢級使えるけど、暗視ってBでいいのかしら?」
俺達が言うと、パースは口をあんぐり開けて反復する。
「二人で全部有るって言ってるのか? ……信じられない」
パースが言うと、サラが俺に耳打ちする。
「(……もういいんじゃない? この二人は信用できると思うの)」
「それじゃ、お披露目するか」
サラがうなずくのを確認し、俺はパースとエスティアにステータスカードを見せる。二人は予想通りの反応を見せた。
「何だこりゃ……賢王なんて初めて見たぞ……」
「知力カンストしてるじゃん。……カンストステータスって本当に有ったんだ」
そして驚愕に顔をゆがめる二人に頭を下げる。
「気付いてたと思うけど、商人は嘘だ。黙ってて悪かったな」
パースとエスティアが首を振る。パースが気にするなと、俺の肩をたたく。
「これは仕方ねぇよ」
「そうだよ。これって超級職、とか言うやつでしょ? ばれたら、いろんな人に狙われそうだよ」
嘘をついていたというのに、二人の反応は穏やかなものだった。素直に礼を言い、本題を切り出す。
「それで、どうなんだ? パース、もう一度検討してみてくれ」
するとパースが軽く笑う。
「知力10に検討しろって言われてもな、俺が必要な情報を渡すから、自分で検討してみてくれ」
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パースが言うには、一度出た隠し部屋は、引っ込まない造りになっているらしい。
俺達がこの部屋をスルーする→他の奴が行くかもしれない→不味い。
見張りを残して応援を呼びに行く→雑魚を呼んでもかえって邪魔になる。
そもそも応援を呼ぶなら、偵察をしなければいけない。
『一緒に偵察しようぜ』
なんて言う訳にもいかないので、結局俺達で偵察を行わなければならないのだ。
そもそも、大人数での攻略は、俺達のステータスを開示する事に直結する。さすがに、レイド組んで職業・ステータス見せませんは通らない。
「という事だ。4人で行かないなら、俺達は降りる。残りの奴で処理してくれ」
俺が言うと、パースは困った顔をする。
「だが、この迷宮は未知数だ。死人が出ないとも限らない」
パースがうなると、サラが助け舟を出す。
「偵察だけしてあげればいいんじゃない? ここで決める必要は無いわ」
「あぁ~、まぁそうなんだけど……」
偵察は危険が大きい割に、実入りが少ない仕事だ。
『危なかったけど、ボス部屋までマッピングしといたよ。こんな感じで行けると思う。メインディッシュ任せた』
――そんなメシマズな話無いよな……。
どこだよ、俺のリスクプレミアムって話だ。サラは王族なので、こういう感覚が無いのかもしれないが、俺は王族でも公僕でもない。
俺の様子を見て、サラが再び口を開く。
「じゃあ、攻略する事にして、無理そうだったら帰って…………ごめんなさい」
「悪いな」
不機嫌になったのが、顔に出たようだ。サラの提案は結論を先延ばしにする悪手である。選択肢を残しているように見えて、『関わらない』という選択肢を削っているのだ。
彼女とて馬鹿ではない。自分がふざけた事を言っている自覚は有るはずだ。つまり、
「なぁサラ。お前行きたいのか?」
核心を突くと、サラは一瞬体を震わせうなずく。
「そうね」
「どうして行きたいんだ? お前だって、冷静に考えれば分かるだろ?」
サラに正論をぶつけた瞬間、彼女はクスリと笑い、口から特大右ストレートを放ってくる。
「退屈から抜け出したいのよ」
「……ここでそれを言うかぁ」
俺がサラを冒険に連れ出した口説き文句。そんなものを返されたら、こっちに継ぎ句が無いではないか。
サラは真っ直ぐに、青紫の視線を射ってくる。
「だから、私と一緒にやってみない?」
美しい金髪が、薄暗い照明を浴びて滑らかに光る。
「俺は」
「怜司、やってみない?」
頭の中で色々な考えが浮かんでは消えていく。
理屈では、考えるまでも無く撤退を選択するべきだ。
これをスルーして犠牲者が出るなど、俺の知ったことではない。
それに、一回目の潜入で隠し部屋を見つけたとなると、隠し部屋に遭遇する可能性は高いのではないだろうか?
……しかし、しかしだ。賛成意見が無いでもない。
自分が経験した事のない世界。その状況下において、元の世界における正しい行動は、本当の正解となりうるだろうか?
――いや、この問いは不適だな。
成り得るかと聞かれれば成り得ると答えるべきだろう。リスクヘッジの重要性自体は、いつの世、どの世界においても普遍的に成立するはずだ。
だとしても、未知の世界で、元の価値観を抱いたまま生きるのは正しいのか?
これは何とも、寂しい事ではないか。
若い時の苦労は買ってもせよ、という言葉が有る。
この世界における俺の年齢は0歳と1か月弱。全く、この格言に当てはまるだろう。
「……俺は」
向こうの世界での行動理念で考えよう。この世界で暮らし始めて間もない俺は、それ以外の選択をできないだろうから。
その場合、当然引き返すべきだろう。だがしかし、あの世界で抱いていた淡い後悔が滲み出す。
賢く生きて、賢く進んできた。だが、その結果として得たものは何だ?
虚無、孤独、自己嫌悪……そんなのは、もうたくさんだ。
分かっている。どこかで、この枷を破らなければいけない。『冒険』しなきゃいけない。
分かっていても、理性が先行し過ぎて引っ込みが付かない。どう考えても危険な投機、地雷銘柄なのだ。
俺はどうするべきだろうか? いや、『べき』論という型に当てはめるべきなのだろうか?
宙ぶらりんな考えが空中分解しそうになる、その時だった。
「私は……怜司と一緒にやってみたいにゃん」
突然サラが顔を赤らめて、両手を猫の手にする。
「お前、それは卑怯だろ……」
「だ、だって、怜司。こっちか何話しかけても、ずっと考えこんでるんだもん」
サラが唇を尖らせると、今度はエスティアが俺の肩を小突く。
「やってみようよ怜司。僕はバカだけど、怜司と合わせて丁度良くなるさ」
「お前、丁度いいって何だよ」
「だって怜司、考え過ぎなんだもん」
「考え過ぎは悪いことじゃないだろ」
失礼なエスティアに反応すると、今度はパースが口を挟んでくる。
「お譲二人がやる気出してて、野郎が屁のツッパリってなぁ、示しがつかねぇよ。なぁ怜司さんよ」
「……しょうがないな。無理だと思ったらすぐに戻るぞ」
こうして俺達の戦いは始まった。
この階段がAランク迷宮に通じている事は、後になって判明することになる。