6話 チョロインと真勇者(この世界では、勇者と書いてザコと読みます)
翌朝、朝食を屋台で済ませた俺達は、ギルドに向かっていた。
「おい、そろそろ離れないと、変な勘違いされるぞ」
「怜司は私がくっついてたら嫌なの?」
「嫌じゃないけどさ」
「ならいいじゃない」
サラは俺の腕を抱きかかえている。今朝からずっとこの調子だ。まぁ抱き付かれて嫌な気持ちにはならないが、周囲の視線が自意識に突き刺さる。
世の中には、衆目を集めたい人も居るらしいが、俺にはさっぱり理解できない感覚だ。
サラはと言えば、他人の視線をまるで気にせず、表情をコロコロ変えながらじゃれついてくる。そして、心なしか彼女の声が甘く聞こえる。
まぁ昨晩色々有ったのだ。俺に尻拭いをさせたと謝るサラに、形だけでも夫婦なんだからと言ったら、この調子。
考えても仕方の無いことだろう。女心は分からないとよく言うが、それがティーンであれば尚のこと。
秋の空in山の模様を伺うよりも難しい。
「怜司は犬と猫どっちが好きなの?」
「あぁ、猫かな」
すると、サラが信じられない行動に出る。
「私も猫が好きだにゃん?」
「は?」
――はぁああ? 何言ってんだコイツ……。
サラは手を猫の手にして、にゃんにゃんとやっている。
「…………」
黙っていると、サラの耳が見る見るうちに紅くなる。
「恥ずかしいならやるなよ」
「だって猫が好きって言うから……」
「じゃあ犬が好きって言ったら、どうしたんだ?」
するとサラは、俺の腕を抱いたままプイッと横を向いた。
「怜司は意地悪だから、教えてあげない」
――何なのコイツ……可愛すぎるだろ。
最早可愛さの次元を突破している。金髪碧眼の美少女が腕に絡みついて来るだけでも堪らないのに、ネコ語まで使われたら、頭が沸騰してしまう。
思わず頭に手を伸ばし、さらさらした金髪を撫でると、サラは気持ち良さそうに目を細める。
「なぁ、サラ」
「何よ?」
「『気持ちいいにゃ』って言ってくれない?」
言うと、サラが白けた視線を向けてきた。
「……キモ」
「うっ……」
「ほら、ギルド見えたわよ」
これはこれで悪くない、と思う自分自身に引きつつ、俺はギルドの戸に手を掛けた。
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戸を開けた瞬間、ギルド内が静まり返る。小さく囁かれた言葉が耳に届く。
「アイツだ」
「あの弱そうなやつが?」
「パースを剣で?」
「強そうには見えないぜ。指が綺麗すぎる」
「それだけ強いんだ。見てなかったお前には分かんねぇよ」
入り口で立ち止まって、座れそうな席を探していると、奥の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、怜司さん。こっちに席有るぞ」
――パースだ。
パースが親しげな笑顔を浮かべ、手を振っている。サラの肩が強張るが、今の所ギルド内でパースが一番マシな人間だ。それに、彼はギルドを締めているパーティーの一員だと言っていた。
勧められるままに、椅子を引くと、パースが軽く頭を下げる。
「繰り返しになるが、昨日は済まなかった」
「別にいいさ。まったく気にしてないよ」
これは事実である。少なくとも俺は気にしていない。パースの言っている事は興味深かったし、元はと言えば、ギルドを舐めていた俺達も悪いのだ。
「聞きたいことが有るんだが、いいか?」
パースは軽くうなずいたので、遠慮なく問いを投げる。
「お前は、ギルドを締めてるパーティーの一員だって言ってたよな? どんなパーティなんだ?」
「あ~、俺達のパーティーは5人しかいないんだが、リーダーが勇者なんだよ」
「リーダーが勇者なのか……」
勇者は、評価値が150を超えている証拠である。評価値について詳しいことは分からないが、『137が1万人に1人の逸材』とサラが以前言っていた。
――それなりに名の知れたパーティーなのだろう。
そう思った時だった。横から中性的な声が割り込んでくる。
「君がうわさの怜司だね?」
元気のいい声に振り向くと、俺の右脇に15歳くらいの少年が立っていた。
「誰だお前?」
「僕はエスティア、この街を拠点に活動している勇者だよ!」
少年をよく見てみる。肩の高さで切り揃えられたクリーム色の髪に、緑色の目、背中には剣を背負っている。
勇者っぽくない以前に、男っぽくない。
「本当に勇者なのか?」
すると少年がステータスカードを渡してくる。
「いや、別にカードは見なくてもいい」
見せ合うのは嫌なので、はっきり断るが、少年はカードを押し付けてくる。
「疑われっ放しは癪にさわるからね」
「別にいいが、俺のは見せないからな」
「構わないよ」
エスティアのカードには、確かに勇者と書かれていた。
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『勇者』
・条件
評価値150以上、体力6以上。
・職業補正
以下の固有術式を使用可能。
『一騎打ち』――自分より評価値の高い存在に、一対一の戦闘を強いることが出来る。
『陣頭指揮』――自身が最前線に立つことで、味方全体にランダムで支援効果が発生。
・職業スキル
幸運S(※重複の為)
不眠・不休の加護A
―――――以下裏面―――――
ステータス
体力8―魔力3―知力3
属性適正
火F―風F―雷F―土B―水B―聖F―闇F
特技
直感B―返礼の刃A―幸運A(S※重複の為)
総合評価162/400
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「ほい、ありがとな。疑って悪かったよ」
カードを返すと、エスティアははにかみ、俺に思い切り顔を近付けてくる。
「信じてもらえたみたいだね。それじゃ僕から提案が有るんだけど、聞いてくれるかな?」
「もちろん嫌とは言わない。聞かせてくれ」
うなずくと、エスティアはパースの肩を叩く。
「お願い」
「えぇ……それぐらい自分でやってくれよ」
パースは渋ったが、エスティアが手を合わせたのを見て、咳払いをする。パースも案外甘い性格らしい。
「怜司さん、そしてサラさん。二人の強さは、昨日十分に見せてもらった。これからは好きに仕事を取ってくれて構わない」
「言われなくてもそのつもりだ。それで?」
先をうながすと、パースの真剣な視線が俺を射抜く。
「その上で提案なんだが、俺達と4人で仮のパーティーを組まないか?」
「……仮のパーティか」
「アンタは強いから、二人パーティでも問題は無いかもしれない。だけどギルドで活動していれば、他のパーティーと合同での仕事も有るはずだ。その練習ってヤツを俺達としてみないか?」
パースが言った瞬間、サラが彼をにらみつける。
「よく言うわ。私にあなた達と組むつもりなんて――ッ、んん~れいじっ!」
サラの口をふさぎ、考える。パースの言う事はもっともである上に、俺は勇者の実力を見てみたい。
「ありがとう。渡りに船だ」
言った直後、エスティアの顔が輝き、彼は白いマントを翻す。
「改めて自己紹介するよ。僕はエスティア=ガヴラス、職業は勇者。人呼んで、連合王国のデュアルエッジ」
「……デュアルエッジ、か」
なんか売れないピン芸人みたいな名前だが、二つ名が付くのは強い証だ。
「よろしくな、エスティア。俺は来栖怜司、職業は商人だ」
「……サラ=スチュアート。職業剣士よ」
サラが渋々名乗ると、エスティアが元気一杯な笑顔を浮かべる。白い八重歯が印象的だ。
「うん、よろしくね。怜司、サラ!」
こうして俺達は、エスティア・パースと共に初の迷宮へと向かったのだった。