5話 脱・戦闘童貞☆
決闘はギルドに面した大通りで行われることになった。
勝てばよし、負けてもよし。なぜなら俺達は金を持っているからだ。
俺が負けたとしても、サラの代わりに相当量の金を置いていけば、さほどの文句は言われまい。
街の様子から、俺はそれを確信していた。
さて、こうなってしまえば、この決闘は単なる腕試しになる。
俺は脳内のそろばん勘定を止めて周りを見た。
一面に石畳が敷かれた通りには、野次馬が続々と集まっている。風呂敷を広げていた商人達が慌てて去ってったため、まっすぐ伸びる通りの中で、ギルドの前だけが異質な雰囲気に包まれる。
にわか雨の音にも似た喧騒の中、パースは首を鳴らし、まだ登り切っていない太陽を指差した。
彼は太陽に真正面から向かい立ち、真っ直ぐ石畳を切りつける。
「陽は横から、地は平らに、決めは不備無く公平に」
「意外と潔癖なんだな」
太陽を背にした方が、戦いで有利なのは当然だが、スポーツの試合でもここまで気にする奴は見た事無い。
「決闘は冒険者の誇りに懸けて行われる。負け惜しみ言われてもウゼェからな」
「そうかよ。お前さん、意外といい奴だな」
俺が言うと、パースはフッと笑った。
「冒険者だからな」
お互い位置に就き、最後の口上を交わす。
「パース、職業魔法騎士。手加減してやるから全力で掛かってきな」
「来栖怜司、職業商人」
瞬間、わずかに野次馬がざわめき、さざ波のように揺れる。
「お前を倒して、サラちゃんを頂いてやるぜ。じっくり味わってやる」
「悪いが、お前がサラを味わうことは無いと思うぞ」
この男の運命は2つに1つ。俺に負けるか、金に負けるかだ。
決闘はジャッジの合図で開始される。
『二人とも準備はいいか?』
俺達が頷くと、ジャッジは腕を上げ、響く声でカウントを言い放つ。
『3』
パースの武器は直刀だ。魔法の属性は分からないが、抜刀している所を見るに、前でガンガン行くタイプだと予想できる。
『2』
深呼吸して、曲刀の柄に手を這わせる。手加減出来る自信が無いので、魔法は使わない。力と技で乗り切るだけだ。
『1』
動き出そうとした刹那、心配そうに俺を見る、サラの姿が視界に映る。
もともと負ける気はしなかったが、サラのためにも絶対勝つと気を引き締める。
『始め』
パースが地面を蹴り、直剣の刃先が光る。
彼は蛇行しながら俺に迫り、小さく肘を引く。
――突きか。
半身に構え、パースの足を注視する。彼が最後の踏み込みをするべく足を上げた刹那、曲刀を勢いよく抜き放ち、日光を反射させパースの目に撃ちこむ。
この世界に転移してから、体の調子がすこぶるよく、思った通りの動きができる。
さて、反射した日光を浴びたパースは、獰猛な笑みを浮かべて突進を継続する。
「そんな目くらましは通用しねぇ」
分かっている。刀の反射光に大きな効果は望めない。しかし……刀の動きは追えなくなる。刀を返し、刃を上に向ける。
――剣士は刃の向きを参考に次撃を予想する。
パースが鋭い突きを撃った刹那、一歩踏み込むと同時に、腰を沈めて肩を回す。狙うは返しの一撃だ。上げた足が地面に付くまで、パースは回避できない。
円を描いた刃は、上からの剣戟となりパースに迫る。
「喰らえ」
しかしパースは、渾身の一撃を躱して見せた。
「まだだっ」
俺の攻撃は終わらない。躱された曲刀をパースに押し当て、斜め下から斬り上げる。パースの顔に驚きが走り、彼は跳び退いて距離を取る。
「やるじゃねぇか」
「斬り合いだからな」
これは構造上の問題だが、直刀は受けに強く、曲刀は攻撃に特化している。曲刀は立体的な動きで優位に立つのだ。
パースの目が細まり、俺を品定めするようにじっと見てくる。そして短く息を吐き、腰をグッと下げた。
「どこの誰だか知らんが、商人なんて巫山戯た事言ってる奴には負けられねぇ」
「一週間前まで、店開いてたんだよ」
「言ってろ。化けの皮はがしてやる」
獰猛な笑みを浮かべるパースを見て、俺は思わず肩をすくめる。
「まぁいいさ。掛かってきな」
パースが再び向かってくる。蛇のような動きで高速の突きを繰り出してくるが、身体を捻りギリギリでかわす。
反撃の隙が生じているが、見に徹し、相手の間合いに不用意な手出しはしない。
「クソッ、何で通らねぇんだ」
鋭い突きは何度も飛来するが、体ギリギリで切り払っていく。打ち払う度に足がブレるが、かかとを上げて姿勢を保つ。
そうしている内に、段々とパースの動きを理解し始める。初動のモーションを分析し、次に何が来るのかを予想する。
そして、予定した場所に、足を運び体重をかけて身を躍らせる。
「小賢しい、これでっ」
体の回転と共に薙がれた剣を、刀を立て両手で受ける。打合う刃が空気を震わせ、風が踊り狂う。
――そろそろかな。
刀の根元で斬撃を受け、力任せに押し返す。はじかれたパースの腕に力が入った瞬間、パースの剣に向けて斜めから刃を当てる。動きに干渉されたパースはバランスを崩す。
そして、バランスが崩れたパースに体を寄せ、右側に踏み込み左上から斬撃を撃つ。
避けようと右に動こうとしたパースは、俺の足につまずいた。
「クソッ」
パースは体勢を立て直そうとするが、もう遅い。
俺から意識を外した時点で、勝負は決着している。
「終わりだな」
曲刀を握り直し、逆刃にしてパースの首を払う。殺しはしないが、俺の仲間に手を出そうとした罪は重い。
――ドスッ。
野次馬が静まり返り、パースの崩れる音が虚しく響く。
数秒して、徐々に辺りがざわつき始め、ギルドの誰かが大声を上げる。
「負けた、パースが負けたぞ」
「しかも剣で負けたぞ」
「でも魔法無しだったからな」
「だが、向こうも魔法は使ってねぇ」
「魔法が使えないんじゃ?」
「いや、服装が耐魔加工されてねぇ」
「って事は本当に商人?」
「あんなに強い商人が居るわけねぇだろ」
パースはもぞもぞと体を起こし、そして仰向けで寝転がる。
仲間達の声を聞きつつ、彼はどこか清々しさすら感じさせる声でつぶやいた。
「まさか、商人如きに負けるとはな」
――商人如き……、か。
文明が発展する程に、商人は強くなる。彼の言葉が、この世界の瑞々しさを現しているようで……。
旧職を馬鹿にされたのに、不思議と悪い気はしなかった。
っていうのは考えすぎだな。単に商人が戦闘職じゃないからだよね……。
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曲刀を仕舞い、歓声を上げている観衆をかき分けて、サラのもとに向かう。
俺を見るなり、彼女は腕を組んで横を向く。
「決められるなら早く決めてよ。待ち疲れたわよ」
「心配してくれたのか?」
「べ、別に心配した訳じゃないから、……本当よ」
そして目線だけ俺に向け、恥ずかしそうに口を動かす。
「でも、ありがとうね」