19話 クールな巨乳メイドさんをゲットしました
1人の魔族、グレイス=ベルボンが、地獄の街から天空に浮かぶ牢獄を眺めていた。
シックなメイド服に身を包んだ彼女は、琥珀色のまなざしでじっと空を見つめている。
彼女はミハエル魔国の貴族として生まれ、成人してから2年間、ずっと天空の牢獄を見張っているのだ。
これは彼女の一族のためである。先祖代々、ミハエル魔国の王――北真王座に仕えてきたベルボン家だったが、王国内での地位が落ちて久しい。
そして、一度失墜した地位を取り戻すのは非常に難しいのである。
魔族の能力は血統に左右されるので、一度無能と判断されると、子孫まで無能の烙印を押されるからだ。
つまるところ、ミハエル魔国で名声を失ったベルボン家の者達は、この国で北真王座の部下として栄華を極めることは難しい。
グレイスは考えた。そして考えた末、地獄の空に浮かぶ牢獄を見張ろうと決心したのだった。
地獄の真上に浮かぶ牢屋は、『天獄』と呼ばれており、超一流の罪人が閉じ込められている。
そんな人物の脱獄を助け、恩を売り、一旗揚げる際に忠臣として功績を上げれば、一族全員成りあがれるという考えだ。
空に浮かぶ天獄は全部で6つ。そして、グレイスは、その中の1つに囚人がいることを確信していた。
牢獄の扉が開くことを何度か確認しているからだ。
現在、彼女の心臓は耳が痛くなるほどに早鐘を打っている。
「……また開きましたか。今日はこれで何度目か」
多くても1月に一度、そんなペースで開いていた扉が、今日だけで十回以上は開いている。
脱獄のために様子を探っていると考えるのが自然だろう。
グレイスの目がキラリと虹色に光る。この魔眼こそが、かつてのベルボン家を貴族の地位に押し上げたのだ。
彼女は自分のステータスカードを取り出す。そこには誇り高き貴族のスペックが表記されていた。
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グレイス=ベルボン
ステータス
体力3―魔力3―知力8
属性適正
火F―風F―雷F―土F―水B―聖F―闇A
特技
鑑識視Sー念力視Sー予測視S
総合評価179/400
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鑑識視は人を見る目であり、使用すると人物のステータスがオーラとなって現れる。
念力視は見たものを視線で動かす力であり、予測視は使用すると3秒先の未来を見ることができる。
グレイスの命綱は鑑識視だ。脱獄者のスペックが高ければ、その瞬間彼女は全てを捧げて仕える覚悟を決めている。
そして、その瞬間は突然やってきた。牢獄から3つの影が飛び出したのだ。
影が飛び出した刹那、グレイスは慄然とした。
彼女にとって3つの影は3つの星にさえ見えた。
まず目を引いたのはドラゴンだった。バカみたいに小さな竜だが、グレイスが見たどんな竜よりも強大な力を感じさせる。
ドラゴンはこの世界における航空戦力の要。あれほどのドラゴンが居れば、まず航空戦で押されることは無いだろう。
”戦いたくない”とグレイスは思った。
次に見たのはくたびれた男だ。体付きは戦士のそれではないが、目付きが鋭く、油断ならない雰囲気を纏っている。
識別視で見えたオーラは青と金色。青は知性を表し、金色は「王」と名の付く職業を表す。
それもただの青と金でなく、この上なく純粋だった。つまり知力10であり、非常に稀有な王職であると判断できた。
”敵に回したくない”とグレイスは思った。
最後に見たのは魔族の少女だった。……正確には、最後まで見ないようにしていた。
”信じられない”とグレイスは思った。
3人を識別視したグレイスは喜びに打ち震える。あの3人に忠義を尽くせば、ベルボン家の再興は間違いないと、そう確信したからだ。
グレイスは落下してくる脱獄者を迎えるため、鳥ゾンビを召喚する。
「すぐに参ります。我が新しき主よ!」
召喚した鳥ゾンビに乗り、グレイスは空に踊る。するとすぐさま、彼女の部下が事態を把握して着いてきた。
グレイスの作戦は単純だ。脱獄者をミハエル魔国よりも先に捕獲し、保護するというもの。
「みな、私に続きなさい。ベルボン家の命運は、あの方達に掛かっています!」
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「変態よ。変態が本性を表したわ!」
扉から飛び出した瞬間、ステラにポコポコ叩かれる。俗に言うお姫様抱っこをしたことが不満らしい。
ちなみに、抱き心地は大変結構なものだった。
彼女が着ている高級ロリゴスロリドレスの、繊細な感触が伝わってきて気持ちいいのだ。
この上なく上質な抱き枕。少なくとも無印で売ってるような品より数段勝る。
匂いも素晴らしい。ふわっとした薄味のわたあめみたいな香りがする。
すんすんしてると、ステラはいよいよご立腹になってきた。
「匂い嗅ぎすぎ。後で覚えておきなさいよ変態」
「息をするなってか? それは無理だ。……すんすん」
「こんのっ!」
驚くべきことに、ステラは抱っこされた状態のまま、俺の顔に蹴りを入れようとしてきた。
それを華麗に躱しつつ、ちょっとだけすんすんする。
「……本当に、後で覚えときなさいよ」
そうは言っても、全員で空に飛び出すためには、ステラの抱っこは必須なのだ。我慢してもらう他ない。
ミラはと言えば、俺の肩に乗って欠伸をしている。今巨大化すると目立つので、地面スレスレで巨大化する予定。
ドラゴンパラシュートという訳だ。
さて、ステラが落ち着いた頃だった。ミラが俺の頭を小突いてくる。
「怜司よ。我らの眼下に何某かの影が有るぞ」
見れば、前方に武装した集団の影が見えた。鳥のゾンビ? のような生き物に乗った武装勢力、数は数百騎。
冷や汗が背中を伝う。
「ミラ。なりふり構わずやってよし」
「承知した。この竜王ミラに任せるのじゃ」
しかし、ミラがドラゴンブレスを吐こうとした時だった。武装勢力から人影が突出する。
「我らは追っ手の獄卒ではありません。我が名はグレイス=ベルボン。貴方様に仕えるため、迎えに参ったのです」
声を上げたのは20歳くらいの女性だった。琥珀色の目をしていて、肩に掛かるくらいの黒髪が真っすぐ垂れている。
可愛さが滲み出る感じじゃないが、顔にうるさいパーツが無く、氷のような美しさが有った。
世の中の男に聞いたら、100人が100人、90点以上を付けること間違いなしだ。つまり文句なしの美人と言える。
特徴的なのは服装だった。給仕の恰好……ふざけた言い方をするとメイド服を着ているのだ。
そして、そんな女性――グレイスを見て、俺は感動を覚えていた。
視線が彼女の胸に釘付けになっている。もとい、ガン見している。
間違いなく、大きい部類に入るだろう。
しかしながら、ガン見しておいて言うのも何だが、俺は巨乳好きという訳ではないのである。
大きな胸も嫌いではないのだが、俺の目には、垂れていたりバランスが悪かったりで、不格好に映ってしまうのだ。
しかし、グレイスの胸は違っていた。彼女が白いエプロンを着ているからである。
シンプルなエプロンが、自己主張の強い胸を上手く押さえていて、とてもバランスが取れている。
これは、俺が今まで見た中で一番、
『上品な巨乳』だった。
さて、俺が下品で最高な感動に震えていると、グレイスは澄んだ声で首を垂れる。
「知王、智謀王、いえ賢王様。誇り高き竜聖、あるいは竜王様。そして天使様。ミハエル魔国より虐げられし我ら、御方々に忠義を奉るため、地獄よりお迎え上がりし次第にございます」
謎に正体を暴かれている事に動揺するが、一旦棚に上げて心を落ち着ける。
そして、グレイスが嘘を言っていないと仮定して、少し考えてみる。
「分かった。では、3つ質問だ。まず1つ。お前は俺達を地上に送れるか?」
「無理です」
「2つ。俺達は地上に行くつもりだが、お前達はそれを引き留めるか?」
「引き留めませんとも」
「3つ。この空中に留まることは危険か?」
「それは勿論、危険ですとも」
グレイスが言ったその時だった。俺とグレイスの間に、謎の黒い物体が降ってくる。
そして次の瞬間、黒い物体が弾け辺りが閃光に包まれた。閃光弾のようなモノを投げられたのだろう。
「ちっ、予想以上に手が早い」
グレイスの声がかすかに聞こえ、瞬間彼女が率いていた武装集団が散会する。
「諸君、遅滞戦闘だ。徹底的に荒らしたまえ」
声が聞こえ、手を取られる。
「さぁ、智謀の王よ。どうぞこちらへ」
「それには及ばぬ。我が運ぼう」
閃光弾に視界を奪われたままの俺を差し置いて、グレイスとミラが会話を始める。
どうやらミラの背中に乗せられたらしく、バサバサと竜の翼の音が聞こえてきた。
俺は後方から聞こえる戦闘音に耳を澄ませ、必死に頭を回転させる。
後ろで戦っている2つの勢力のうち、少なくとも片方は敵だ。
そして、もう片方は味方と考えるのが自然だろう。
どちらも敵という可能性も有るが、その場合においても相対的な味方は存在する。
さて、グレイスという女は、見せかけだけにしろ下手に出てきた。下手に出てくるということは、少なくとも交渉の余地が有るということだ。
「ミラ。後方の状況は?」
「うむ。グレイスの部隊が押しておるわい」
ということは、偶然この状況に居合わせた俺達を戦闘に巻き込もうとした、なんていう説も否定される。
さて、現時点で得られる確度の高い推論はこうだ。
グレイス達はミハエル魔国のレジスタンスないしテロリスト。そして、俺達に閃光弾を投げてきた連中はミハエル魔国の警察ないし公安だ。
グレイスは俺達の有用性を見込んで、恩を売ろうとしており、ミハエル魔国は牢から脱獄した俺達を捕えようとしている。
さてここで問題だ。地上に帰るにあたって、グレイスと協力するべきだろうか?
短期的な視点に立てば、ここでミハエル魔国に捕まることは絶対に避けたい。
しかし、長期的視点に立てばどうだろう? テロリスト認定された場合、これから様々な不利益を被るかもしれない。
しかしだ。それすらひっくるめて、目の前の女が何とかすると言うのなら、全く話は変わってくる。
「おい、グレイスとか言ったな。アンタには何ができる?」
俺が言うと、淀みない口調で返事が返ってくる。
「主が地上への帰還を望むと仰られるなら、地獄の入り口まではご案内できます。私は没落したとはいえ貴族なので、反逆罪に問われるまでの数日間、全面的にバックアップ可能であると考えます」
「主を鞍替えすると言ったが、なぜ俺達にこだわる? その理由を聞かせてほしい」
「我が鑑識眼は、人や幻獣のステータスを感知します。魔王に匹敵するその器量をして、仕えるに値しないと言えますでしょうか?」
まぁ確かに。俺と竜王ミラのスペックが魅力的に映ることは、サラやエスティアから散々聞かされている所ではある。
「俺達はお前を置いて地上に帰る。お前は孤塁で死ぬことになるぞ」
「そこについては問題無いでしょう。主と私で主従契約を結べば、地上で私を召喚できるはず。主の国の末席に我らベルボン家を加えていただけるなら、これ以上の喜びは有りません」
「俺はしがない冒険者だ。お前の面倒を見る余裕はない」
「では、いずれ建てられるであろう国に」
食い下がるグレイスを見ていると、元の世界の記憶が蘇ってくる。
――この女、強い。
必死な様子だが、決して自暴自棄ではない。
理性的でありながら必死になれるこのタイプは、滅多にお目に掛れない逸材だ。
それだけじゃない。話を聞く限りにおいて、グレイスは自分の身ではなく、自分が所属する集団を考えている。
集団の保存を目的とした理性を有する人間。ビジネスライクな関係を構築する相手としては、この上無く上質な部類だろう。
悪くない。第一感、直観に近い部分の判断ではあるが、生憎とこの手の勘には自信が有るのだ。
俺はミラの背中を叩いて、反転するよう指示する。
「ミラ。反転してグレイス部隊の直掩だ」
「うむ心得た。我が雷術を披露するとしよう」
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