17話 有能ロリって浪漫だよね。分かります?
浮遊感に包まれた瞬間、俺は反射的に一番近くの――サラの手を取っていた。
そしてもう1人に手を伸ばす。
「エスティアぁああ」
「怜司っ」
呼び合い、お互いに手を伸ばす。俺は雷魔法を使って、磁力でエスティアを手繰り寄せる。
しかし、あと少しで手が触れようとしたその時、大空間に突風が吹いた。
床が抜けてなお続く戦闘の余波だ。ミラは百を超えようかという幻獣の群れ相手に、大立ち回りしているが、俺達を気遣う余裕までは無いらしい。
そして、無情な突風によって、エスティアとの距離が絶望的に開こうとする。
――このままではエスティアが危ない。
そう直感した俺は、サラの手をぐっと引いて、そのままエスティアへ投げつけた。
「ちょっ、怜司なにす――――」
サラの言葉は風の音にかき消され、激突した2人の少女は、突風に巻き込まれて消えていく。
頭上は絵本の世界を思わせる魔獣大戦。眼下では奈落が口を開けている。
俺は死を覚悟して目を閉じた。
しかし、衝撃は中々やってこない。
果たして、どれほどの深さを誇る穴なのか?
人生最後の雑学を得るべく、俺はカウントを開始する。人間の自由落下の最高速度は200キロメートルと言われている。
つまり、落下にかかる時間が分かれば、穴の深さを概算できるというわけだ。
1分……2分……3分…………10分……。
しかし、俺の願いは叶わなかった。あまりに穴が深すぎて、途中で寝落ちしてしまったのである。
―――――――――――――――――――――――――――
覚醒は突然に訪れる。目を開けると、墓石色の天井が俺をのぞきこんでいた。
拳を握ると、ざらついた床が指にかすれる。
――生きてるのか?
そう考えた瞬間、鼓膜に音が飛び込んできた。
「生きてるわよ。私に感謝しなさい」
「私って誰だよ、名無しの貴方様」
声のした方に顔を向けると、ちっこい女の子が腕を組んで俺を見下ろしてた。
黒髪ロングに紅の瞳。年齢は10歳ほど。
「……で、誰?」
女の子は憮然とした顔で、静かに名乗る。
「ステラよ。魔法使い」
自己紹介を聞きながら、俺はステラと名乗った少女を改めて観察する。
年齢は小4か小5くらいに見える。瞳は血よりも紅く、綺麗な黒髪が腰まで伸びていた。
黒いドレスを着た彼女の首からは、赤いスカーフが垂れていて、同じく赤いブローチが光っている。
正直言って可愛い。ノーマル性癖を自認する俺ですら、ロリコンの才能を開花させられてしまいそうな可愛さがある。
まず服装。華美でないゴスロリ調のドレスは、彼女の貧相な体を十分に補完していた。
成熟した女性の肉感を味わいたいという欲望、つまり性欲は刺激されないが、ふわふわを抱きしめたい衝動が喚起される。
名前を付けるとすれば、ふわもふロリといったところだろうか。
次にほっぺた。幼女特有のもちっとした頬が、鋭い目つきとのコントラストで魅力的に映ってしまう。
総括すると、非常に愛くるしい少女なのである。
しかし、ここまで褒めておいて何だが、可愛さだけの少女ではないことにも察しがついた。
落ち着いた声に、油断ならない眼差しと凛々しい立ち姿。
この世界で会った誰よりも『強キャラ』臭がする。
これがソシャゲだったら、課金ガチャから出る最高レアリティのロリ枠って感じだ。
ステラが放つ存在感に押されつつ、俺は彼女に礼を言う。
「まずは礼を。お前のお陰で助かった」
しかし、ステラは俺の謝意に対して、くだらない物を振り払うように手を動かす。
「いいえ。助けたのは貴方が連れていた小ドラゴンよ。殺さなかったのは私だけどね」
「そ、そうか。その小ドラゴンはどこにいるんだ?」
「隣の部屋で休んでるわ」
ステラはそう言うと、膝を抱えて、俺の横でつま先座りをする。
そして、不思議そうにコテンと首を傾げた。
「あなたは反逆者?」
「反逆者とは?」
瞬間、ステラが苦笑いを浮かべる。
「国語辞典でも貸してあげましょうか?」
「いや、語義は承知してる。対象の話だ」
「そんなの決まっているじゃない。北真王座だけど」
もう一度首を傾げると、ステラは処置無しと言って両手を振った。やれやれ系ロリである。
さて、ステラが呆れた顔をしたその時だった。部屋の隅の扉が開いて、もふもふドラゴンが入ってくる。
我が守護獣ミラは、目をショボショボさせながらトテトテとこちらに近付いてきた。
「うにゅう。どうにも力が抜けて参るのう。これは、体操をする他あるまいて」
そう言って、竜王ミラ=エレクト=シャイリンは、小さな翼をパタパタさせて、その場でぴょんぴょんジャンプする。
その様子を見たステラの顔がわずかに緩み、彼女はミラの頭をポンポン撫でた。
「よく眠れた?」
「うむ。我は古の大戦を生き抜いた古強者なれば、地獄の炎であろうとも、眠りを阻むことは有るまいて」
ミラは俺の様子を見て言葉を続けた。
「うむうむ。ステラよ。お主の献身的な看病、誠に大儀である。我を撫でるがよい」
「これが献身的な看病なのか。石の上に直寝だぞ」
そう言って、ステラの様子を盗み見ると、彼女はちょっと嫌そうな顔をして、自分の肩を抱く。
露骨に警戒されてガックリくるが、こういう仕草も可愛いちゃ可愛い。
ふと目が合い、年齢不相応の鋭い視線に当てられる。ステラは目を逸らし、不機嫌そうに床を蹴った。
ツンツンツン~。そんな効果音が聞こえてきそうな顔を浮かべるステラ。
しかし、その不機嫌な顔と愛くるしい見た目のギャップが堪らない。ぐぬぬ……なんだこの可愛い生き物は。
さて、俺達が動かなくなると、ミラがぴょっと立ち上がった。
「うむ。では、僭越ながら我がこの場を仕切るとしよう。怜司とステラの事を知る誠実な介添え人としてのう」
誠実な介添え人となっている時点で、主人である俺に対する背信行為に近いのだが、ミラにそれを気にする素振りは無い。
まぁいいや。誠実な介添え人ヅラをしてくれるなら、好都合であるのだから。
ミラの説明は単純だった。
まず、この世界には俺達が暮らす地上の他に、2つの世界が有るらしい。
1つは神界、1つは魔界と呼ばれるそうだ。
神界は空にあり、魔界は地中深くに存在する。そして、現在位置は間違いなく魔界という事だった。
そして、俺が気絶していた間に、ミラはこの牢獄を一通り調べ、地獄の門以外の出口がない事を把握しているという。
ミラが一通りの説明を終えると、ステラは彼の頭を撫でた。撫でて体をモフモフする。
「子どもドラゴンの割には詳しいじゃない」
「うむうむ。お主のナデナデは実に結構な指捌きじゃ。もっと我を撫でるがよい」
ミラの顔がだらしなくゆがみ、ステラも満更でもない顔で撫で続ける。
そうしてしばらく撫でられ続け…………。
「うにゅう……。ステラよ。子細は任せたぞ……」
うわ、コイツ寝やがった。
スヤスヤと寝息を立てるミラ。ミラには優しいステラも、これは流石に目に余るらしく、こめかみを押さえて低く唸る。
「説明したくないわね」
そう言うと、彼女は俺を縛った縄を持ち、そのまま部屋の隅に引っ張っていく。
部屋の隅には禍々しい彫刻が施された扉が有った。ステラは迷いなくそれに手を掛け、
次の瞬間、おどろおどろしい光景が広がる。誰に教えられるわけでもなく、これが地獄だと直感できた。
扉の向こうは中空だった。黄昏色の空。赤銅色の海。地上では無数の痩せこけた人間と、異形の獄卒が歩いている。
ステラはギリギリ落ちない所に俺を置き、縄を扉に噛ませた。
「これが地獄。説明は以上よ」
ナンパお断り、みたいな口調で説明を終えるステラ。これが戯れの軽口なら笑えるが、全くもってそうとは思えない。
「おい、説明になってないぞ。語義に即した行動をだな」
「うーん、そう言われても、私にメリットが……」
視線が交錯し、その時間がしばらく続いたところで、彼女は根負けした様子で溜息を吐いた。
「しょうがないわね。まぁ、私も暇なのだから、あまり意地悪しても仕方ないか」
ステラは持ってきた椅子に座って足を組み、虚空を見上げて考え込む。そして、数秒考えた後、はきはきした口調で話し始めた。
なお、うつぶせ芋虫状態の俺は、懸命に首の筋肉を使って床から彼女を見上げている。
成人男性として、およそ考え得る最大限の羞恥プレイと言っても過言でない状態だ。
「まずは、魔界・ミハエル魔国・地獄という場所についての説明よ。魔界は地下に広がる世界。ミハエル魔国は、魔界の北部に位置する国で、魔界五大国の一国よ」
この世界では常識なのかもしれないが、こういう情報が有りがたいのだ。俺は懸命にうなずいて、ステラに続きをうながす。
「そして、魔界五大国は神から役割を与えられているの。それが罪を犯した魂の管理よ。各国はそのために、地獄を運営しているわ」
「地獄は魂の管理以外に、練兵所や要塞の役割も果たしているの。安全保障を目的に、ミハエル魔国は本国を地獄で囲っているのよ」
「つまり、俺が地表へ上がるには、ミハエル魔国経由が一番手っ取り早くて、そのミハエル魔国に行くためには、地獄を通り抜ける必要が有ると?」
「そういうことになるわね。ミハエル魔国の地獄は、12種有って、どれも地下100層構造になっているわ。人を苦しめるために作られた高度な迷宮という理解で問題無いと思うけど」
「2つ質問だ。その100層を一層一層進んでいく必要が有るのか? そもそも、どうして100層なんだ?」
「えぇ、一層一層進んでいく必要が有るわ。100層の理由は分からないけど、管理しやすいからじゃないかしら。12種×100層の1200の地獄で、あらゆる罪を犯した人間に対応してるんじゃない。知らないけど」
「具体的な地獄の内容は?」
「私はミハエル魔国の人間だけど、地獄について学んでいた訳じゃないの。残念ながら力になれないわ」
ステラは予想以上に情報を持っていなかった。
まぁ、ガキだから仕方ないか。ガキだから。
「……ちょっと、失礼なこと考えたでしょ?」
そう言ってステラが、蹴りの予備動作をする。
「いやいや、全然全く。これっぽっちも」
「まぁとにかく、これで説明は終わりよ。私の気が済むまで、大人しく縛られててちょうだい」
そう言ってプイっと横を向くステラ。その横顔を見ながら、俺はどうしようもなく溜息を吐く。
頭のおかしな魔導士に絡まれて、牢獄に落下。
脱出のためには地獄を通らなきゃいけないとは、つくづく大変なことになったもんだ。