16話 竜王のおしごと
戦闘が始まった瞬間、ミラが魔法を発動する。
「雷竜術。雷楼閣」
瞬間、俺とサラとエスティアが、エルと反対側の壁まで吹き飛ぶ。
そして天井、壁、地面から紫色の電撃が走り、檻のように俺達を取り囲んだ。
分析スキルが発動し、それが高位の結界であることが分かる。俺達が反対側まで飛ばされたのを確認すると、ミラはフェンリル達に向き直る。
そして、容赦なくブレスを吐いた。
空間が痺れるほどのブレスがフェンリルに直撃する。しかし、驚くべきことにフェンリルはそれを耐えて見せた。
「全員散会。アレは真の竜王かもしれん。少なく見ても獣侯爵だ」
瞬間、十体の幻獣が散会し、攻撃準備に入る。
最初に動いたのは、翼の生えた巨大な猿のような化け物だった。
猿の口に高濃度の魔力弾が現れ、様々な術式が編み込まれていく。分析スキルから、闇属性の夢級魔法であると分かる。
しかし、それが発動する寸前、ミラの鉤爪が猿の頭を砕いた。
「我に勝つには千年早い。貴様の魔術はちと遅い」
次に動いたのは、カンガルー戦士とでも形容できそうな存在だった。彼もまた夢級を発動している。
「一閃」
俺の隣でエスティアが歓声を上げる。
「凄い! 一閃だよ一閃。凄いよ怜司」
しかし、俺が頷く暇もなく、ミラが鉤爪を振るう。
「一閃」
まさかの同一術式。そして、ミラの一閃はカンガルー戦士の体を真っ二つにした。
続いてくるのは、乱れた角を生やしたトナカイ。そして、細くニョロリとした竜。
そして、首魁であるフェンリルだ。トナカイはミラに突撃し、竜は水魔術を発動する。
水でできた数匹の竜がミラに襲い掛かる。そして、フェンリルは巨大な魔法陣を発動させ、大きく叫ぶ。
「夢級魔法――万刃の種子」
瞬間、フェンリルの口から刃が飛び出す。その刃は無数に枝分かれし、ミラへと迫った。
幻獣側の攻撃は止まらない。黒い影のような毛の塊が、殺された猿とカンガルー戦士を貪り喰い、それを糧として魔術を発動させる。
カンガルー戦士の死体から剣の影が現れ、猿からは闇のオーラが噴出する。
形成された術式は、かつて俺が極北の彩色に込めて、ミラへ喰らわせたモノだった。
「暗黒迷宮」
禍々しい彫刻の施された剣が無数に出現する。
終末を思わせる戦場だ。この戦闘がどれほどのレベルかは分からないが、俺が元居た世界において、神社で祀られているような存在がドンパチやっていることだけは分かる。
そして、竜王ミラはその中心で笑っていた。
「手練れが多いようじゃな。重畳重畳」
まずミラは、突進してくるトナカイを横から尻尾で薙ぎ払う。
トナカイの胴体が鋭角に曲がり、地面に叩きつけられ、そして絶命した。
次の瞬間、今度はフェンリルに異変が起こる。フェンリルの口から出た刃が、上昇して彼の足が地面から離れたのだ。
どうやら、ミラは磁力で刃を操ったらしい。
そのまま尻尾で一撃。フェンリルも呆気なく絶命する。
そして、黒い獣が放った暗黒迷宮に対して、ミラは単純な防御策を取った。
「雷竜術――雷障壁」
暗黒迷宮は呆気なく雷の盾に阻まれる。そして暗黒迷宮が消失した刹那、ミラはその盾を持って、黒い獣を薙ぎ払う。
獣は雷の盾によって、真っ二つになった。
そして、最後に残った竜に向かって、ミラは見下したような口を開く。
「我は貴様を認めん。死ぬがよい」
瞬間、蛇竜の動きが止まり、その姿が白骨になる。
――この世界で最も強い竜の一体。
ミラは事あるごとに、圧倒的な実力を持っていると語っているが、まさかこれほどとは。
驚く俺の様子など気にもせず、ミラは幻獣を駆逐していく。
しかし、最後の幻獣を倒した瞬間、召喚者エルは魔導書――獣帝詔勅を掲げていた。
そして、気付いた時には、先ほどと同じような光景が広がっている。
すなわち、十体以上の幻獣である。それを見て初めて、ミラの動きが止まる。
「……キリが無いのう」
しかし、言葉の裏腹、ミラはエルを見てニヤリと笑う。
再び幻獣の召喚に成功したエルだったが、すっかり息が上がっているのだ。
この状況が続けば、どちらに戦況が傾くかは明らかということ。
そして、数分後。
再び全ての幻獣を駆逐したミラは、鷹揚な声をエルに掛けた。
「自らの不幸を嘆くがよい。雷竜王ミラ=エレクト=シャイリンに相対した時点で、貴様の命脈は絶たれておる。その魔導書が天帝詔勅であれば、我とて危ういが、獣帝詔勅では我に勝つこと能わぬわ」
その言葉を聞いたエルは、憤怒に顔を染め、膝を震わせる。
「ふざけるなふざけるなふざけるな。何の権利が有って暴れる。貴様らに義は有るのか!」
「うむぅ……往生際の悪い奴よ。貴様は、この戦闘を己の要求を通すための暴力行為だと定義していたではないか」
しかし、正論ドラゴンミラの言葉は、エルに届かない。彼は再び狂気に顔を歪ませる。
「よろしい。ならば天誅だ。北真王座に代わり、貴様を成敗する。獣帝詔勅よ、我に力をぉおおお」
瞬間、これまでとは比べ物にならない光が満ち、20体。30体。40体と幻獣が召喚される。
「召喚召喚召喚召喚召喚召喚召喚召喚召喚召喚。言葉も出ないですか? 出ないでしょう。召喚召喚召喚召喚召喚召喚召喚。召喚!」
エルの顔が土気色になり、そして倒れ込む。
この戦闘は、互いの要求を通すための暴力行為であったはずなのだが、その結末にはならなかったようだ。
彼は何のために戦ったのだろうか。不毛である。
そんなことを考えた時だった。エスティアが素っ頓狂な声を出した。
「怜司っ。やばいやばい」
何が? と聞こうとした俺だったが、聞くまでも無くヤバさが視界に現れていた。
床が……骨で出来た床がたわんでいるのだ。
エルが幻獣を召喚し過ぎたのが原因だろう。巨大化したミラ+幻獣数十体の重みに、床が耐えかねているのだ。
しかし、幻獣が残っている以上、ミラが小型化するのは不味い。
状況判断をしようにも、不確定要素が多すぎる。
ミラが羽ばたいた衝撃と反作用に床は耐えうるのか?
俺達を守っている結界、『雷楼閣』は床が崩れても作用するのか?
ミラを空から堕とした夢級魔法――墜天を使ったエルは、まだ魔法を使える状態にあるのか?
墜天は巨大化したミラにも通用するのか?
考えても埒が開かないので、俺はこの場で最も戦局を理解している相棒に叫ぶ。
「ミラ! この場は任せたぞ」
「承知した。我が主――」
ミラは最後まで言えなかった。床が崩壊したからである。