14話 ミラ号墜落の巻
未踏破とはいえ、B級迷宮は、俺達の実力からしたらチョロいものだった。
正確にはミラの実力からしたら、かもしれない。
俺を真ん中にして三人横一列。ミラは俺の肩の上、というポジションで歩いている。そうしないと喧嘩になるからだ。
正反対の2人。サラとエスティアの相性は今のところ最悪だ。
饒舌な竜王――ミラ=エレクト=シャイリンが居なければ、すぐさま場の空気が凍ってしまうだろう。
黙りこくる2人と対照的に、ミラはとても上機嫌だった。
「のう怜司よ。我が雷魔法は重畳じゃろう。天を衝き、地を穿つ威力もさることながら、特筆すべきは、その応用範囲であるぞ」
「流石は竜王だ」
適当に褒めながら体をモフると、ミラはぱたぱた翼を動かした。
事実、ミラの能力は本当に素晴らしい。
殲滅能力も高いが、雷魔法を応用した磁力・電磁波系の力も使えるため、レーダーや探知機の代わりになるし、磁力で脳に干渉することもできる。
しかし、そんなミラをして、眉を顰めるようなブツが有ったらしく、ミラは可愛らしい見た目に似合わない声を上げた。
「うむぅ……。我が古巣にも無いような罠……。いや、これは封印であるか?」
そこから歩き始めて数分、その道は行き止まりになった。
「行き止まりか?」
「否。行き止まりではない。この裏には巨大な空間が有るはずじゃ」
「確かに、ミラ君の言う通り、これがただの行き止まりだとは思えないな。勘だけど」
そう言って、エスティアは目の前の壁に手を当てる。たしかに、薄汚れた迷宮の中で、その壁は異彩を放っていた。
七色の大理石が複雑な紋様を形作っており、真ん中の方には鍵穴のようなマークが有る。
「うむうむ。この封印を解くには、魔王印が必要じゃな」
ミラの言葉に、エスティアが無邪気な問いを投げる。
「この壁、壊せないの? 僕らじゃともかく、ミラ君なら壊せるんじゃない?」
「七色の大理石は、各属性への耐性を有しておる。魔法は一切通じぬな」
「み、ミラさんの鉤爪なら壊せるんじゃないかしら? あの鉤爪に壊せないものなんて無いと思うのだけど」
ミラさんなどと言って陰キャ拗らせてるサラに対して、ミラは残念そうな声を出した。
「そう褒めるでない。過ぎたるは猶及ばざるが如しということじゃな。我が元の大きさに戻るだけで、迷宮の床が抜けてしまうわい」
そう言って、2人と一匹がため息をつく。
今の会話でおかしかった部分には、誰も気付かなかったらしい。
「なぁ、この壁の向こうに大空間が有るって話だが、ミラはどうやってそれを知ったんだ?」
「お主らしくない問いであるな怜司よ。魔法でちとな。お主の言葉で言えば、スキャンというヤツであるよ」
「それって雷魔法だろ? この壁に魔法が効かないなら、スキャンのしようが無いんじゃないか?」
すると、黙っていたサラが割り込んできた。
「うーん。怜司の言う通りだから……ミラさんは回り込むように電波を放ったんじゃないかしら」
流石に頭がキレる。サラは僅かな切っ掛けで気付きを得たようだった。
「まぁ、電波には一定の条件下で曲がる性質が有るからな。つまり、正攻法では破れないが、天井や横の壁経由で雷魔法を飛ばせるわけだ」
「うむうむ。その通りじゃよ。確かに、天井経由であれば問題無く魔法が届く。壁を登れば、封印を避けて内部の部屋にいけるじゃろう。しかし、君子危うきに近付かずという格言も有る。しかしながら、これは千載一遇の……かもしれぬが、しかし……」
ミラがうんうん唸り、考え込むように体を丸めた時だった。サラがエスティアの肩をポンと叩く。
「勇者の出番ね。切り込みよろしく」
「え……僕?」
呆然とするエスティアに、サラが追い打ちのように言葉を投げた。
「まさか、罠が怖いなんて言わないわよね? 幸運だけが取り柄な勇者なんでしょ?」
エスティアは一瞬、心配そうな顔をする。しかしサラを見て、そして俺を見た後、彼女はサラに顔を突き合わせる。
オフの時に見せるきゃるんとした顔でなく、最初に会ったときのような凛々しい顔だ。
「行きますよ。確かにこれは僕の仕事だね」
そしてそう言った後、俺の方を伺いながら、小さな声でこう付け加えた。
「でも……怜司が来てくれたら安心、かも」
「あ、あなたねぇ……」
エスティアが俺を流し見た瞬間、サラがつかみ掛からんばかりの形相になる。
しかし、エスティア1人で行かせるのは明らかに危険である上に、この状況で仲間を分断することも、妙に座りが悪く感じる。
第一に、俺はふた回りも年下の少女に、突撃を命じる畜生ではない。
前にやってはいたが、エスティアが女子だと知っていたら、しなかったと思う。多分だけど。
しかし、それを言おうとした瞬間、サラがこっちを振り返る。
彼女はわずかに頬を染めながら、青紫色の目でじっと俺を睨みつける。
私とエスティア、どっちを選ぶの? とでも言いたげな顔を見て、俺は思わず目を逸らした。
「あー、うん。先陣はエスティアが適任だが、中の様子が分からない以上、すぐに助けられる体制は整えるべきだ。天井から侵入するなら、俺達も天井までは登るべきだよ、な?」
ザ・どっち付かず。無能なリーダーの最たる例である。女子2人からの視線が刺さる刺さる……。
およよと心で泣く俺の頭を、ミラのしっぽが優しくなでた。
「案ずるでない。この雷竜王ミラに任せるのじゃ」
―――――――――――――――――――――
迷宮の天井は6メートルほどだった。
石壁に指を掛け、俺達は天井を難なく登る。
3人とも人並み以上の体力の持ち主なので、ロッククライミングの真似事をするのに障りはない。
俺達が登りきると、ミラがぱたぱた飛んできて、壁と天井に電流を走らせる。
気付いた時には、壁の上部に人が通れるくらいの穴が開いていた。
「勇者の娘よ。我に続き、職業に恥じぬ働きをみせるのじゃ」
エスティアはミラに頷きかけると、穴に腰かけて中の様子を探る。しかし、しばらく目を泳がせた彼女は、処置無しと首を振った。
「うーん、何も見えないなぁ。だけど、サラなら何か見えるかもね」
サラは暗黒騎士王の職業スキルで暗視を持っている。エスティアの言葉を受けて、サラも壁の穴に腰かけた。
瞬間、息を飲む音が通路に響く。
「……広いわね。部屋の輪郭が見えないし、内部に気流の循環が有る」
サラはしばらく、首を突っ込んでいたが、数分経った後に肩をすくめた。
「申し訳ないけど、この空間が冗談じゃないくらい広いってことしか分からない」
全員の顔に迷いが浮かぶ。普段ならサディスティックな表情で、エスティアを罠に突き落としているサラも、危険度が分からない場所に仲間を1人で行かせる気は無いようだ。
2人と1匹が俺を見るが、迷うまでも無く答えは決まっている。
「やめておこう。君子危うきに近付かず、だ」
しかし……全員が胸を撫で下ろしたその時だった。穴から風を切るような音が聞こえる。
「飛び道具っ!」
エスティアは即座に穴から飛び降りようとするが、厄介なことにサラが異変に気付いていない。
「って、気付かないのっ?」
エスティアが抜刀し、サラを庇うように剣を突き出す。
次の瞬間、甲高い金属音が響き、エスティアの体が大きくぶれた。それと同時に風を切るような音が再び聞こえてくる。
「大丈夫か?」
「問題無いよ。直感と幸運に守られてるからね」
それを聞いて一瞬安心するが、息つく間もなく状況は変わっていく。
エスティアの足元が音を立てて崩れはじめていたのだ。
「怜司。それだけではないぞ。この通路全域が崩れ始めておる。この通路が、このエリア全体がトラップだったのじゃ」
「なんだと――」
気付けば、空間に漂う雰囲気が一変していた。しっかりと物体で区切られていたはずの空間が、急速に形を無くしていく。
足元がおぼつかなくなり、ジャングルジムを掴み損ねた時のような寒気が背筋に走った。
石と石のつなぎ目が光り出し、通路が完全に崩壊する。俺はとっさの判断で地面の残骸を蹴り、サラとエスティアの方に跳ぶ。
3人とも同じことを考えていたようで、俺達は空中で手をとりあった。
「我が背に乗るのだ」
馬くらいの大きさになったミラに乗る。一段落したところで周りを見ると、迷宮の通路が崩れ去って、奈落へ落ちていくところだった。
ミラが居なかったら、俺達も真っ逆さまだったということだ。
愛竜の頭を撫でると、彼は嬉しそうに目を細める。
「労わずともよい。お主が我が主なれば、かような行いは当然のことであるぞ。今は状況の分析に努めるのじゃ」
そう言ってミラは首を曲げ、虚空を見る。瞬間、ボッという音が響き、大空洞に青白い光が宿る。
光は徐々に増えていき、空洞全体を照らし出した。
空洞は直径100メートルほどで、上を見ても下を見ても底が無い。
壁にはびっしりと青水晶が張り付いていて、柔らかな光で空洞を照らしている。
最初に口を開いたのはサラだった。
「……綺麗」
「うわぁ……これは凄いや」
女子2人が、その美しさに感動する一方、男2人は渋い顔をする。
「……えぇ、なにこれ」
「うむうむ……碌でもない神話に巻き込まれた気分じゃ」
確かに神話に出てきそうな情景だが、とにもかくにも、まずは脱出方法を考えなければいけない。
サラとエスティアに飛び道具を放った存在が居るのだ。
「ミラ。壁を壊せるか?」
「うむ。やってみよう」
ミラが大きく口を開け、高威力のブレスが壁に向かって飛んでいく。
ブレスが当たった瞬間、壁の水晶は砕け、ぱらぱらと奈落に落ちるが、壁に穴が開くことは無かった。
しかし、これはミラの全力ではない。
「今の全力じゃないよな?」
「無理を言うでない。全力で撃てば、体が反対側にふっとぶわい。地面に降りて踏ん張らなければ、これ以上のブレスは吐けぬ」
「反作用くらい何とかしろよ」
「周囲に金属が有れば、磁力で踏ん張れるのじゃが……ここにはクリスタルしか無いからのう」
説得力のある言い訳に言葉を無くし、俺は黙ってうなずいた。
「分かった。それなら上昇してくれ。そうすりゃ、いずれ地上に着くはずだからな」
「承知したぞ。我が主よ」
そう言って、ミラが頭を上げたときだった。奈落の底から、男の声が響いてくる。
「侵入者よ。大人しく失墜せよ。魔術発動。墜天」
声を瞬間、ミラが大慌てで口を開く。
「い、いかん怜司よ。我に掴まるの――」
しかし、彼は最後まで言えなかった。男の詠唱が終わった瞬間、空気に透明な縦線が入り、圧力が俺達に襲い掛かる。
重力増幅系の魔法であるという事が分かった時には、俺達は奈落の底まで堕ちていた。