13話 新たなクエスト
ミラが仲間になって数日経った。俺とサラは冒険者としての経験を積むために、毎日ギルドに出勤して、仕事に励んでいる。
仕事には常にエスティアが同行してくれるのだが、不思議と少女二人の仲は悪い。仕事する度に険悪になっている。
今日も今日とて、ギルドに向かっているのだが、左右から二人に挟まれているのだ。ちなみに、ミラは俺の肩に乗っている。ミラの大きさは頭くらいで、重くもないので乗っていても問題ない。
「怜司っ。私アレ食べたい!」
エスティアは屋台の一つを指し、くいくいと俺の袖を引いた。
「朝飯食べたばっかりだぞ?」
「いいの。買って買って!」
エスティアは表情をコロコロ変えながら、おねだりしてくる。こんな頼まれ方をされて、買ってあげない男は居ないだろう。
おねだりされたクッキーを買ってやると、エスティアは可愛らしい仕草でクッキーを食べ始める。思わず頭を撫でると、彼女はだらしない笑顔を浮かべた。
「えへへ、私怜司のお嫁さんになりたいな」
彼女は明るい緑色の瞳を煌かせ、幸せそうな笑顔で俺を見つめてくる。
「――――ッ」
脳内に走るあまあまの衝撃を、何とか抑えていると、エスティアは更なる攻撃を仕掛けてきた。
「怜司、食べさせて」
そう言って彼女はクッキーの袋を渡してくる。受け取ったクッキーをエスティアの口に持っていくと、彼女が小さな口を開ける。
「た、食べさせるぞ。はい、あ~ん」
「あ~ん……うんっ。やっぱり怜司に食べさせてもらった方が美味しい! 今度は私が食べさせてあげる。はい、あ~ん」
「いや、俺はいいよ」
「いいから、食べるの」
「はい、怜司。あ~ん」
「あ、あ~ん」
俺にクッキーを食べさせる刹那、エスティアはニコッと笑い掛けてきた。
「美味しくな~れ」
「お、お前な。そろそろ反則だぞ」
俺が言うと、エスティアが首をかしげる。
「うん、何が?」
正直言って、そろそろ可愛すぎ限界だ。彼女の場合、狙ってやっている部分も有るが、大部分を素でやっている。
――可愛すぎる。
もうクッキーの味なんて分からなかった。エスティアが可愛すぎてどうにかなりそうだ。しかし蕩ける頭にミラの声が響いた。
「のう、怜司。お主が勇者の小娘にかまけておる内に、暗黒騎士王が大変な事になっておるぞ。奴は、先程からお主をずっと呼んでいたのだ」
「…………」
ミラに言われてサラを見ると、彼女は目に涙を浮かべて、両手をギュッと握っていた。
「……怜司」
「あぁ、何だ?」
サラは遠慮がちに言った。
「れ、怜司。私にもそのクッキーを買ってくれると、嬉しいんだけど」
するとエスティアが両手で口を隠し、小悪魔のような笑顔を浮かべた。
「えぇ~サラお姉さんは、また僕のマネですか?」
瞬間、サラの表情がくずれ、彼女は俺の腕にしがみ付いてくる。
「私、エスティア嫌い。怜司、もうその女はどうでもいいでしょ! 早くギルド行こうよ」
「お前……知力9だろ? もっと抑えろよ」
「だってだって、怜司がその女ばっかり構うんだもん」
だってだってと言うサラの手を取り、目の前のクッキーをエスティアの口に突っ込む。
「ほら、ギルド行くぞ」
――――――――――――――――――
ギルドに着いた途端、受付のお姉さんが顔を輝かせる。
エスティアはもちろん、俺とサラも短い間に、ずいぶんと顔を売ることができていた。
特にミラの存在が大きかったらしい。
ミラは小型化しているので、子ドラゴンとして認識されているが、竜は実力者にしか懐かないらしいので、ミラのお陰で俺の株は爆上がりである。
さて、仕事が貼られている掲示板の前まで行くと、お姉さんが小走りで近付いてきた。
「エスティア様のパーティに指名の依頼です」
そう言って、出されたのは未踏破迷宮の捜索依頼。
推定難易度B級とあるが、初潜入ならもう一段階高く見積もるべき依頼だ。
しかし、俺達は迷わず依頼を受ける。理由は俺の肩に乗っていた。
「ふむふむ。我に掛れば、B級迷宮などお茶の子さいさいなれば、ぬしらは気負わずに着いて来るだけでよい」
自信満々のミラだが、雷竜王:ミラ=エレクト=シャイリンの実力は本物だった。
ミラは戦闘だけでなく、電磁波を用いた索敵や、アイテムの探知も行ってくれる超便利ドラゴンである。
「うむうむ。怜司の盟友として、我が力を振るうことに迷うことなどあるまいて。しからば怜司よ、我が力を以て依頼を完遂し、成功の暁には我を褒めるがよい」
そう言いながら、ミラはモフモフな体を俺の頬に擦り付けてくる。
ミラは極度の寂しがりや&甘えん坊だったのだ。何かするたびに、褒めて褒めてと言ってくる。
「しょうがないな。これは前金だ」
そう言ってミラの頭や首を撫でてやると、彼はきゅっきゅと鳴いて目を細める。
「怜司怜司! 私も手伝う。私にも前金!」
今度はエスティアが目をキラキラさせながら頭を突き出してきたので、クリーム色の髪を傷めないよう、ゆっくり頭を撫でてやる。
すると、エスティアはミラの真似をして、きゅっきゅと鳴いた。
「きゅっきゅ。もっともっと!」
「……どこ撫でろって言うんだよお前」
呆れながらも、エスティアをにゃんこと仮定して、あごの下を指でくすぐってやる。
――柔らけぇ……。
白くてモチモチな肌に感動しながら撫でていると、彼女は両腕を広げて俺の首に手を回してきた。
「にゃーん。ごろごろにゃーん!」
ぼふっと体が預けられ、お腹の辺りに柔らかいものが押し付けられる。
や、柔らかい。可愛い。ヤバい。
俺達の周りは甘い雰囲気に包まれていて、ちょっと怪しいいたずらをしても、軽く流せてしまえそうな空気だった。
落ち着け33歳。相手は15歳だぞ。と言い聞かせつつも、この世界では15歳は立派な大人であるとの知識が、俺の妄想を掻き立ててくる。
顎の下があんなに柔らかいのだ。お腹は……お尻はどれくらい柔らかいのだろうか?
不可抗力、偶然、無意識、雰囲気に呑まれてetc。今なら煩悩を隠す言い訳をいくらでも並べられる。
彼女の柔らかい部分に、自分の指をうずめてみたいという欲求に必死に耐えること十数秒。
こっちの様子には目もくれず、俺の胸板に頬を擦りつけるエスティアは、だらしない表情を浮かべながら、幸せそうに小さく独り言をつぶやいていた。
「にゃふふ。にゃんこさん作戦大成功だぁ~」
「に、にゃんこ大作戦だか何だか知らんが、そろそろ離れような」
「はーい! でもこれは前金だからね。終わったら、もっと貰っちゃうんだから」
そう言って、エスティアはニシシと笑う。
そんな彼女の言葉に対する反応は三者三様。
呆れる俺の肩の上で、ミラはメモ帳に何かを書き込んでいる。てか、メモ帳はどこから出てきたんだ?
「これはしたり。にゃんこさん作戦は効果アリ、じゃな。エスティアもなかなかやりおるわい」
そんなことを言いながら、ドラゴンボイスで猫の鳴きまねを始める。
一方サラは、にゃんこの手のポーズをしながら、俺に話しかけてきた。
「に、にゃん。サラにゃんだにゃん!」
「……えぇ」
「サラにゃんなんだにゃん。……にゃん」
もうお腹一杯なんだよなぁ……。しかし、滑らせるのも可哀想なので、一応頭を撫でてやろうとする。
俺が近付いていくと、サラの顔はぱぁーっと明るくなり、にゃんにゃんボイスに熱が籠る。
しかし、いよいよサラの頭に手が触れようとした時だった。
エスティアの放った氷の一言が、俺の動きを停止させる。
「パクリとかしょーもな」
俺の動きが止まったのを見て、サラは暗い顔をして目を伏せる。
しかし、その数秒後。彼女は顔を上げて、キッとエスティアを睨みつけた。
サラは目に剣呑な光を宿したまま、エスティアに近寄っていく。
次の瞬間、エスティアが小さく悲鳴を上げた。見れば、サラがエスティアの足を踏みつけている。
踏みつけたまま、体重を掛けてグリグリっと抉るように足を動かし、そのたびにエスティアは悲鳴を上げた。
「邪魔しないでよ! 毎日毎日毎日毎日。自分だけ良い思いしてっ」
「この負け犬っ。ついに本性を表したわね。そっちかその気なら、こうしてやるんだからっ!」
瞬間、エスティアはサラの髪を掴んで、グイッと自分の方に引っ張った。
「この年増がっ。最初に知り合ったからって、彼女面するのやめてくんない? 勘違いキモイんですけど」
気付けば二人は掴み合いの大喧嘩。
どうどうと抑えつつ、ギルド内の冒険者に謝罪の視線を向ける。針の筵とはこのことだ。
「これで我がポイントゲットじゃな。我が怜司の忠臣として認められる日も近いかもしれぬな。ふひひ」
真面目に依頼受諾の手続きをしているミラだけ救いだった。