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11話 特別快速地獄行き、折り返し運転して大団円

 ――ガチンッ……ガチンッ……ガチン。


 目を開けると、飛び込んできたのは小さな背中だった。クリーム色の髪をらすその背中は、怪獣と見紛みまごうような存在と剣を交えている。


 音が鳴るたびに、小さな体がビクリと震え、足がぐらぐら揺れる。 


 意識がはっきりしてくると共に、話し声が聞こえてくる。


勇者ブレイブ風情が、我に一騎打ちを挑んだのは褒めてつかわす。だが、少々足りんな」


 しかし小さな背中は、何も言わずにドラゴンの鉤爪かぎづめを弾き続ける。


「負けるもんかっ」


 刹那、さっきとは比べ物にならない速度で、鉤爪かぎづめが迫り、小さな体は弾かれる。


 それでもなお、小さな体は立ち上がろうとする。剣を地面に差し、それに手をわせる。


「僕は勇者なんだ。皆を守る勇者なんだ。こんなところで、ドラゴンなんかに負けるわけにはいかないんだっ」


 すると、ドラゴンが目を細め、俺に向かって話しかけてきた。


「のう、賢者よ。貴様からも一言言ってやればよい。お前のパーティーは犬死したのだ。全滅・・したのだ。とな」


「――――ッ」


 その言葉に周りを見ると、俺の隣にはサラが、その隣にはパースが横たわっていた。それで完全に目が覚める。


 ――全て思い出した。


「……そんな」


 エスティアがふらふらと千鳥足ちどりあしを踏み、俺の方に倒れ込んでくる。


「あぁ、怜司。起きたんだね。でもゴメン……怜司が起きるまで、僕は皆を守れなかったんだ」


「もういいっ。もういいから……」


 傷だらけのエスティアは、息もたえだえに言葉をつむぐ。剣の刃こぼれも激しく、彼が耐えてきた攻撃を想起そうきさせる。


 ドラゴンがニヤリと笑い、鉤爪を俺達から離す。


接吻せっぷんの一つでも送ってやればよい。そのは貴様に賭けて、今の今まで耐えていたのだからな」


「……娘だと?」


 ――有り得ない、そんな事……。


 しかし、一度そう言われると、エスティアは女の子にしか見えなかった。


 つぶらな緑色の瞳や、肩で切り揃えられたクリーム色の髪、つやの有る桃色の唇が声高に主張している。


「本当に女の子なのか?」


 問い掛けると、エスティアはにへらと笑う。


「男の子だと思った? 残念、女の子でしたぁ……。最後まで気づかないなんて、君達は本当にひどいよ。名前の時点で気付くべきだよ」


「どうして、そんな噓を」

 

「だって、本当のこと言ったら、普通に接してくれなかったでしょ? もう、あんなに乱暴にされたのは、今日が初めてだよ」


「ごめん」


 思わずエスティアを抱きしめる。本当に華奢きゃしゃで、少し力を込めれば折れてしまいそうな身体だ。

 

 彼女は力ない笑みを浮かべて、首を振る。


「怜司が、ドラゴンを倒すまで許して、あげない……」


 そこまで言って、エスティアは意識を手放した。


「…………」


 腕の中の彼女は、くたりと首を落とし、今にも壊れそうな身体を俺に預けている。


 俺がエスティアを地面に横たえると、ドラゴンは牙を見せてシュルシュル笑う。


「さてどうする? 我は約束を違えない。捧げ物の一人を置いていくと言うならば、他三人を逃がしてやる」


「俺を選んでも――――」


 瞬間、ドラゴンがニヤリと笑う。


「それは面白くないな」


「そうか」


 一人捨てるなら、どう考えても『パース』だろう。本人もそれを望むはずだ。しかし……それをして彼女達が喜ぶだろうか?


 ――答えは否だ。


 ならば選択肢は一つしか無い。


 腰から刀を抜き放ってドラゴンに向ける。


「ほう……それは、極北の彩色か。古より、優れた武功を打ち立ててきた良い武具だ。しかし、賢者風情に何ができる?」


「一つだけ訂正な。賢者じゃなくて、賢王なんだわ」


 俺が言うと、ドラゴンは目を丸くする。


「ほう、賢王であったか。良い、良いぞ。才有る者を踏み潰すのが獣の道楽どうらくなのでな」


「言ってろ。所詮しょせんお前は蛇のそこない。ブツ切りにして、今夜の鍋に入れてやるよ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 刀を構えて、ドラゴンを観察する。


 ドラゴンは全身を固い鱗におおわれており、目以外にすきが見当たらない。いや、目すらも弱点ではないのかもしれない。つむられたら、まぶたが鋼でした。なんて事も考えられる。


 動かない俺を見て、ドラゴンが面倒くさそうに口を開いた。


「我に弱点らしき弱点は無い。だが安心しろ。水以外の夢級魔法なら、しっかり効くぞ」


「全然信用できないが、まぁいいさ。この剣なら効きそうだしな」


 極北の彩色を構えると、ドラゴンが豪快ごうかいに笑う。


「違いない。極北の彩色に切れぬ物など、そう有りはしない」


「なら、簡単だ。この刀でろしてやるよ」


「我を誰と心得る。やれるものなら、やってみよ」


 瞬間、ドラゴンが腕を上げる。


 ――戦いが始まった。


 

「行くぞっ」


 全力でドラゴンに向かって駆ける。鉤爪かぎづめが迫ってくるが、寸前で全てかわしていく。爪の軌道や関節の動きは全て把握している。


 出された鉤爪を刀で受け止め、足を離して体をひねる。鉤爪につかまった俺にドラゴンが口を開ける。


 瞬間、賢者の慧眼けいがんで炎属性を禁止する。しかし……。


 ――ブレスの属性は雷だった。


「くそっ」


 雷魔法には耐性が有るが、ドラゴンのブレスはただの雷魔法でなかった。


 凶悪な威力を持ったソレは、空気を震わせ音をかたよらせ、空間をゆがめながら俺に迫る。


「ああぁああっ。食い散らせ」


 とっさに出たのは、雷魔法だった。


 体中の魔力が絞られ、俺の手から雷の柱が立つ。それはブレスとぶつかって、乱反射し、部屋の床・壁・天井を食い千切ちぎっていく。


 視界が閃光におおわれ、ドラゴンの笑い声が聴こえる。


「甘いな。賢王が同じ手を喰らうとはっ」


 ドラゴンが嬉々として爪を下ろして(・・・・・・)くる。


 まぁ、これは分かっていた。


 鉤爪を避け、再びドラゴンの腕に飛び乗る。瞬間、ドラゴンの頭に巨大な石がぶち当たる。


 簡単なことだ。視界がふさがれる寸前に、俺は小石をばらまいた。何かが迫れば小石が鳴るので、その音で場所を知ったのだ。


 天井の石も同様に、狙って頭の上に落とした。


「小賢しい真似をっ。この程度、痛くもかゆくもないぞ」


かゆくなるのはこれからだぞ」


 瞬間、ドラゴンが異変に気付く。


『ガチンッ、ガチンッ、ガチンッ、……ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタガタガタガタガタ……ガタガタガタガタ』


 サラの呼び寄せたアンデット達が目を覚ましたのだ。先程まで、ドラゴン配下のモンスターと戦っていたアンデット達は、ドラゴンに向かって進んでいく。


 それもそのはず、ドラゴン配下のモンスター達は、先程の雷魔法を受けて倒れてしまったのだ。しかしアンデット達は、聖魔法以外に強力な耐性を持っている。


ホーリー舞級魔法(ダンシング・マジック)――ホーリ――――」


「させねぇよ」


 ――賢者の慧眼、『聖制限』。


 いかにドラゴンといえども、無限にいてくるアンデットを前に聖魔法を制限されては、具合が悪い。


 俺の予想通り、ドラゴンは大きな翼を広げた。


 そしてドラゴンは、口を大きく開ける。



 ――ブレスだ。


「邪魔者を排除する。暗黒騎士王が死なぬ限り、アンデットが朽ちぬようだ」


 爆音がとどろき、今までで最大のブレスがサラ達に迫る。刹那、俺はふところから宝石を取り出して魔力を込める。


「バリア展開っと」


 瞬間、サラ達を守るように白亜の壁が建つ。壁はブレスを退け、サラ達を守りぬく。


 ドラゴンが目を丸くして、驚きに声を震わせる。


「……まさか、『塞の守岩』?」


 答える必要は無い。俺はドラゴンの腕を登っていく。


「させぬっ」


 ドラゴンの皮膚から無数の剣が生え、俺を切り裂かんと襲ってくる。


 攻撃の多彩さに舌を巻きつつ、とっさに飛び退いてこれを避けるが、ドラゴンが繰り出す攻撃の多彩さに、俺は内心舌を巻いた。


 状況も大分悪い。息が切れている俺に対して、ドラゴンは余裕綽々。


 戦闘が長引けば不利になる公算が高い。


 では、どうするべきか?


 と聞かれたら、一撃で決めるのが正着だと答える他ない。つまり、極北の彩色に込められたサラの夢級魔法を叩きこむべきだ。


 そのために俺がすべきこと。それは、サラの夢級魔法が決まる確率を少しでも上げること。


 つまり、賢王としてこの世界で授かった、最強の魔法を使うこと。


 俺は宙に浮かびながら、自分という存在の一番奥に刻まれた術式を引っ張り出した。


「終焉計画」


 偶然を取り除く終焉計画を使って、万全の状態でサラの術式を行使するのだ。


 俺は運や偶然に頼らない。この世界で共に戦った仲間であるサラの実力を信じるのだ。


 さて夢級魔法――終焉計画を使用した刹那、俺の視界に幻想的な光景が広がった。


 まず、正面に3次元の座標空間が広がり、俺が術式の対象とした空間をスキャンしていく。


 空間を占める物質の密度や温度、そして物質に働いている重力・磁力・弾性力などのエネルギーが可視化される。


 それら要素の解析が終了した瞬間、俺は一次元上の世界を見た。


 世界が止まったまま、予測される未来の状況が差し込まれていく。そこには、真に4次元の世界が広がっていた。


 次に局面の検討が開始される。ドラゴンの筋肉からブレスする場合の角度が予測され、羽ばたいた場合の風の流れがシミュレートされる。


 それぞれの場合に対して、計画する状況を達成するための処方箋術式が提案され、『終焉計画』に組み込まれていく。


 魔力関係、地殻変動、落石など、あらゆる事態への検討がされる。


 凄まじい術式だと思った。しかし、これは分析→計画→改変の1ステップ。分析のフェイズに過ぎなかった。


 計画の段階に入った途端、能汁があふれて、頭がタービンの如く回転しはじめる。処理落ちするギリギリまで脳が稼働する。


 気付いた時には、脳の限界を通り越して視界が暗転し、リアルの像を失った感覚器官は、遥か高みから世界を見下ろしていた。


 全てが見える。どこに何をすれば、どういう変化が起こるのか、どういう軌跡きせき辿たどるのか。それが手に取るように分かる。


 当たり前だ。空間を最小単位に分解して解析。それを総合して分析とした。


 あらゆる偶然を打ち消す術式を組んで、未来の世界に起こる偶然を全て無視できるようにした。


 ドラゴンと俺を取り巻く環境は、既に全知の領域と化しているのだ。


 俺は万感の想いをもって、残った少ない魔力を振り絞る。


 それは無限に細分化され、俺の意のままにり込まれていく。


 無限の指向性を持つ無数の術式が、総体としてり成すコンチェルト。


 世界が賢王に与える固有術式――終焉計画とは、かくも素晴らしきものだった。


 終焉計画が発動した瞬間、ドラゴンは目をギロリと見開いた。


 はたから見たら、終焉計画は地味極まりない術式だと思うのだが、老練の勘で何かを悟ったのかもしれない。


 さて、今回の終焉計画はドラゴンの腹を俺の目の前に持ってくるという、はっきり言ってショボいものだ。


 地面が動き、風が吹き、計画通りに事が進んでいく。体勢を崩されたドラゴンは必死に抵抗するが、彼の行動1つ1つに対して、適切な処理が加えられていく。


「何だっ、見た事のない……まさかっ、一連の魔法が全て単体の夢級魔法――」


 しかし、ドラゴンは最後まで言うことができなかった。突然彼の足場が崩れ、俺に向けて無様に腹を晒したからだ。


 瞬間、極北の彩色がまぶしく光る。ためらう必要は無かった。俺はドラゴンに向けて、刀に込められたサラの術式を解き放つ。


 部屋に闇が降り、禍々しい彫刻の施された剣が無数に出現する。それらが順番にドラゴンへと迫る。


 ――決まった。


 サラの夢級魔法の発動を見て、ドラゴンは静かに瞑目した。


暗黒迷宮ダーク・ラビリンスか。暗黒騎士王の夢級魔法ビジョン・マジックが発動しては、我とて逃げることは叶わん」


 ドラゴンは翼をたたんで、うずくまる。そして、俺を見て静かにうなずいた。


「見事。稚拙ちせつだが、王の戦であった。我の敗北である」


「――――ッ」


 思わず耳を疑う。


 確かに俺の中では、勝負が着いた。しかし、これで100%勝てるなんて、そんな傲慢な考えは持っていない。


 終焉計画は、術者の知力・感覚、そして知識に依存する。


 つまり、俺が知っていることしか起こらなけば問題無いが、俺の知らないことが発生したら話は変わってくる。


 分かりやすく言うと、ドラゴンが新技を使ってきたら、それは予測不能の事態となる


 俺にケアできる偶発性は、既存の知識に基づくという訳だ。これは推測だが、恐らく外した推論ではないはず。


 つまり、ドラゴンは抵抗するべきだった。なのに彼は抵抗しなかったのだ。


 不思議に思い、ドラゴンを見ると、奴の瞳には様々な感情が渦巻いていた。


 ……寂しさ、悲しさ、虚しさ。


 そして何より、うずくまった奴の姿が俺に感じさせた。


 奴は――ドラゴンは世界をつまらないとなげき、ただ過行く時間を眺めていたのだ。


 しかし、その強さゆえに近付いてくる人間も居ない。奴はただ一人、薄暗い迷宮の最奥で、訪ねてくる他者を切望していたのだ。


 つまるところ、サラと全く同じ目をしていたのである。


「なぁ、ドラゴン。お前は『一人置いていけ』と言ったな」


「それがどうした? 我は寛大で――」


「置いていかれた一人を、どうするつもりだったんだ?」


 竜としてのプライドは有ったはずだ。それでもさびしかったのだろう。


「案外、一緒に暮らそうとしていたんじゃないか?」


 瞬間、ドラゴンが否定する。しかし、俺は更に問い詰める。


「俺の目は誤魔化せないぞ。本当は寂しかったんだろ?」


 俺が言うと、ドラゴンは顔を伏せて、うめくように声を発する。


「何のつもりだ? 消えゆく竜に恥をかかせようとしているのか?」


「勝手にあきらめるなよ。お前は人間を敵だと決めつけて、下を向いてるだけだ。賢王と暗黒騎士王になら、殺されてもいい? 竜のほこりはその程度なのか?」


 俺が言うと、ドラゴンは笑い飛ばす。


「成程。賢王は我を手懐てなずけたいと見た。確かに、王職クランクラスであれば、我を従える者としての資格も有ろう。だが、どうする? 暗黒騎士王の夢級魔法ヴィジョン・マジックは防ぎようのない所まで進行している。もはや何も出来まい」


「それはどうかな?」


 ふところに手を入れ、虹色に輝く石を取り出しかかげる。伝説武器である『塞の守岩』だ。


 魔力を込めた瞬間、ドラゴンを護るように壁が建ち、それはサラの術式を防ぎきった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


 煙が落ち着いたのを見計みはからい、ドラゴンのもとに向かう。


 目が合った瞬間、ドラゴンは宝石のようにきらめく瞳を向けてくる。


「我を倒せば、莫大な宝物が手に入るぞ」


「宝物もお前も頂く。宝を持って俺に仕えろ」


 右手を前に出し、その掌を下に向ける。


 指を地面に向けて曲げ、頭を下げるよう命じるとともに、静かに告げる。


「俺の守護獣になって、最高の景色を一緒に見ないか?」

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