10話 雷竜王ミラ
「我は貴様等如き雑魚と争うつもりは無い。捧げ物として一人置いて行け。それで非礼を許そう」
その要求を受け入れるわけにはいかなかった。サラとエスティアも俺と同じ事を考えたらしく、各々抜刀する。
それを見て、パースがうめく。
「マジかよ。あんなに大きな竜だぞ。あいつら正気なのか?」
パースは俺を見てくるが、俺はソレどころじゃなかった。
「……ドラゴンだ」
ドラゴンだ。ドラゴンが目の前にいる。体全部が宝石と剣で出来ているのかと、疑う程に眩く煌めいている。
圧倒的な存在感と躍動感を以て、俺達を脅かす。
――逃げるか?
しかし逃げられるとも思えない。バカ二人は既に突撃している。
それを見て、パースも離脱の困難さに気付いたらしく、深々とため息をついた。
「まぁ後衛の俺達に言えることはねぇな。俺は治癒だけしてるから、後は頼んだぞ」
「任せておけ。出入り口の近くにいろよ」
感覚に身を任せ、賢王の固有術式を使用する。使うのは指定した属性の魔法を封じる『賢者の慧眼』だ。今回は雷魔法を封じる
瞬間、ドラゴンが動きを見せた。
「ぬっ、賢者が居るのか……面白い」
「お前の相手はこの私だっ」
エスティアが突出し、ドラゴンに向けて剣を構える。彼は飛び上がり、ドラゴンの頭に剣を振り下ろす。
瞬間、ドラゴンが爪を振り下ろし、剣と爪がぶつかり合う。
ガンッ、と衝撃音が轟き、エスティアが大きく弾かれる。しかし……ドラゴンもわずかに体勢を崩した。
サラが跳躍し、空中で一回転する。そしてドラゴンの体に張り付き、剣を突き立てる。
「暗黒王戟っ」
サラの刀から闇がほとばしり、闇がドラゴンの身体を滅多切りにする。
「ぐあぁああああああっ、貴様ッこの技はっ」
ドラゴンがサラに向けて大きく口を開ける。
――今だ。
雷魔法制限を解除し、今度は火魔法を制限する。ドラゴンが動きを止め、俺をじっと見つめてくる。
「まさか、本当に我を討伐しようとしているのか?」
「何でそう思うんだ?」
「暗黒騎士王を用意して賢者が乗り込んできたのだ。本気で相手をしなければな」
その時だった。俺達の居る大部屋の天井から無数のモンスターが現れる。
「火を噴け、力もて喰らい散らせ、我がしもべ達よっ」
瞬間、サラが叫ぶ。
「怜司、私達には雷耐性がある!」
「分かった」
手を空に向け、思い切り叫ぶ。
「全員消えろ。喰らいやがれ」
全力の雷魔法を放った瞬間、部屋全体が閃光に包まれ何も見えなくなる。ドラゴンが笑った気がした。
――不味いっ。
視界を失って初めて知る。自分の雷魔法が視界を奪うモノである事を……。これは俺の鍛錬不足が招いたミスだ。
「貴様が一番厄介そうだな。頂こう」
頭天に凄まじい衝撃が走る。俺は一撃で意識を刈り取られた。無知から生じる失敗、異世界はゲームよりもシビアだった。
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「「「怜司」」」
閃光が去った直後に、私の視界を襲ったのは、この上なくショッキングな映像だった。
怜司が、頭から血を流して倒れていたのだ。
私の所為だという思いが湧き上がってくる。私が隠し迷宮に連れ込まなければ、怜司に魔法を撃たせなければ、こんな事にはならなかったのだ。
私の所為だ……。
瞬間、明るさ零れる声が耳を撫でる。
「しっかりして、私達で何とかしなくちゃ」
その言葉に意識を連れ戻される。昨日、怜司は私を助けてくれたのだ。今度は私の番だ。
舞級魔法で、闇の動物を作り、ドラゴンを襲わせる。これだけでは足りない。しかし……。
『ガチンッ、ガチンッ、ガチンッ、……ガタガタガタガタ……ガタガタガタガタガタガタガタガタ……ガタガタガタガタ』
――来たっ。
アンデットモンスター達が、隊列を組んで部屋に押し寄せる。暗黒騎士王の能力で、ドラゴンからアンデットモンスターの支配権を奪ったのだ。
パースが怜司を保護し、それを守るようにエスティアが立つ。これで暫く怜司は安全だ。後は私に掛かっている。
私が夢級魔法を撃てばそれで終わりだ。
アンデット達を背に、ドラゴンに剣を向ける。
「勝負よ。あなたには倒れてもらいます」
「暗黒騎士王一人に、何ができると言うのだ?」
「言ってなさい」
暗黒騎士王は最上位の戦闘職である。正面から戦えば、竜も相手取ることが出来るはずだった。
しかし、いくら魔法を撃っても、どれだけ剣戟を繰り出しても、ドラゴンに隙は生じなかった。
おかしい……。私は評価値300の暗黒騎士王なのだ。魔王の側近レベルの強さは有る筈なのだ。
攻撃は当たっている。ドラゴンの攻撃もかわし続けている。しかし、隙が生じない。
「はあぁああっ」
――ガチンッ。
最後の斬撃がドラゴンの腕に阻まれる。再び剣を振りかぶろうとしたが、脚に力が入らなかった。
倒れ込むと、凍えるほど冷たい宝石の床が私を包む。
「貴様は強い。魔王の側近といい勝負を演じられるやもしれん。しかし、我を誰と心得る? 雷竜王ミラ=エレクト=シャイリンなるぞ」
「……雷、竜王?」
「つまり、世界で最も強い竜の一体という事だ。貴様は――」
「――――竜王と戦う無謀さを悔やんで死ね」