表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/141

2.その『理由』は



閉じた瞼に光があたる感覚があって、目を開ける。

ヴァンスはやっと朝か、とため息をつきながらゆっくりと起き上がった。

隣には、薄く微笑みながらすうすうと寝息をたてるステラの姿がある。

───ステラに添い寝するという条件をだされ、それをのんだ結果だ。

無邪気な寝顔はあまりにも無防備で、ヴァンスは吐息した。

もともとヴァンスの部屋に置いてあったベッドはアルバートが使っているため、新たに簡易ベッドを運び入れた形だ。…そこでアルバートを放置して別室に移動しないあたりはヴァンスの性格があらわれている。

そのアルバートはすでに起きた後らしく、ベッドは綺麗に整えられている。部屋にいないところを見るとジュリアに声をかけにいったのだろうか。


「ふわ……」


今さらになって眠気が襲ってくる。正直、ゆうべは全然寝れなかった。ステラは横になって一分とたたずに眠りに落ちていたが。

アルバートといいステラといい、皆寝付きがよすぎる。羨ましい。

風にあたってこようかと思ったが、ステラの不満げな顔が浮かんだので却下。両目を右手で覆い、ステラが起きるまで眠気に身をゆだねることにする。


───その、はずだったのだが。


ヴァンスが目覚めた時には、ベッドの片側は空っぽになっていた。



***



「で、お前らは仲直りしたと」


───とは、寝不足の頭をどうにか働かせながら階下に下りてきたヴァンスのセリフである。

言いたくなるのも当然だ。だって、ジュリアとアルバートは何もなかったかのように普通に喋っているのだから。


「アルがお兄ちゃんのところへ行ったって聞いたから」


「……ジュリアもずるいとか言わないよな?」


「……?なんでお兄ちゃんに嫉妬する必要があるの?だってお兄ちゃんだし」


「俺も全くもって同感だけど、そのお兄ちゃんだしっていうのはなんか傷つくな……」


ヴァンスは嘆息すると、ちらりとアルバートを見た。


「何か弁明があるなら聞くぞ」


「──。言い訳といっては何だが…僕は、催眠作用のある薬草を煎じたものを飲まないと眠れない体質になっていたんだ」


「凄い重たい話題がきた……」


ジュリアはもう話を聞いていたのか、驚いた様子はない。突然の告白に戸惑うヴァンス、それは朝食をとるために集まってきた施設の皆も同じだ。ヴァンスの分の朝食を運んできたステラだけが何かに気付いた顔をする。


「もしかして……離脱症状?」


「おそらくは」


ステラの問いにアルバートは顎を引く。二人だけ分かり合う雰囲気に、ヴァンスは口をひん曲げて割って入った。


「どういうことなんだ、その離脱症状って」


「ええとね、長時間薬物を摂取してた人が、急に薬の量を減らしたり、飲むのをやめたりすると起こる症状のことを言うの。禁断症状とも言うけど」


「ふうん……それで、どういう?」


ステラの説明を噛み砕き、ヴァンスは続きを促す。


「飲まなければ眠れないって言ってたけど、ここ最近は飲んでない。違う?」


「…ああ。……気付いて、いたのか?」


「夜、お湯を沸かしてる姿を見たこともあるし、薬草の匂いがしてたから」


確かに、夜遅くに調理場に立つアルバートを見かけたりはしていたが、お茶でも飲むのかとヴァンスは大して気にもとめていなかった。


「───確かに、ステラの言うとおりだ。…静養している間、薬の摂取を一時的にやめたんだ。そうしたら…」


「例の離脱症状が出たと。…具体的にはどういう症状なんだ?」


ヴァンスの質問に答えるより早く、ステラが一言断ってからアルバートの腕に触れる。


「視たところ不安や恐怖に襲われたり、眠れなかったり…かな」


「…今、『見た』じゃなくて『視た』に聞こえたんだけど」


ステラの能力がある限り、隠し事は不可能だ。誤魔化しは通用しないと突きつけられた気分である。

ともかく、今のステラの言葉で分かったことがあった。


「───つまり、ジュリアといれば精神的に落ち着いていられるけど、昨日は追い出されてどうしようもなくなって俺のとこに来た?」


アルバートは無言だったが、答えはイエスだろう。知らぬ間に精神安定剤として使われていたということか。


「そんなことになってたなら言ってくれよ…って思ったけど、そのへんはジュリアがちゃんと言ったんだろ?」


「勿論。……この話聞いて、ここのところ鬱陶しいくらいアルが私につきまとってたのはそれか、って妙に納得したの」


「僕は、ジュリアが心配で……」


ひどい言われようのアルバートがジュリアの言葉を否定しようとするが、ジュリアにじろりと睨まれて口を閉じた。


「───心配は、不安の裏返しでしょ?…そこは誤魔化さなくて良いから」


鋭くした目をふっと優しげに細め、ジュリアは隣に座るアルバートの手を包み込む。アルバートは瞠目すると、力を抜いた。


「お兄ちゃんに迷惑かけるのも悪いし、理由がちゃんと分かったから許してあげることにしたの」


「理解はした。…でも、さっきも話したけど言ってくれよな。友人だし、ジュリアと結婚したんだ。家族だろ?」


「……すまない」


らしくもなくしょげたような表情のアルバート。ジュリアの言うとおり、話を聞いてから見ると納得できる部分が多い。

全部が全部薬の影響ではなく、素のような気もするが。


「さてと。だいぶ時間がたって冷めたけど食べるか。……ってこれ、寝坊した俺のせい?」


「さあ?」


かなり遅い朝食───トーストを食べながら、ヴァンスは昨日の夜ステラと話す予定だった内容について聞いてみた。


「…なぁ、何で巫は結婚できないんだ?」


アルバートが硬直し、ジュリアが目を見開く。

しばし静寂が支配した後、アルバートが思い出したように口を開く。


「……すっかり忘れていた」


「俺もだよ」


揃って遠い目をすると、アルバートはトーストを皿に置いた。


「確かな理由は分からないが……巫は聖なる女性とされている。神の使いとしての神聖さを守るために、穢れることを避けているのではないだろうか」


「あー……何となく、分かった。分かったけど、それじゃ結婚を禁じても意味ないんじゃないか?言っちゃ悪いが、結婚してなくてもそういう関係になることもあるだろ?」


明言を避けたヴァンスの言葉に、アルバートは首を横に振る。


「ステラは例外だが、これまでの巫は儀式の時を除いて聖堂から出ることは許されていなかった。護衛の騎士も、多くの目があるところでしか巫に会うことは許されない。接点はほとんどないんだ」


「なるほど……それで貞操が守られてたってわけね……」


外界と隔離されていれば、確かに結婚を禁じるだけで済む。

ホットミルクを飲みながら話を聞いていたサラが、可愛らしくこてん、と首をかしげた。


「テイソーって、なに?」


純粋な少女の瞳に、ヴァンス達は言葉につまった。

考えてみれば、ここは施設の皆が集まるダイニングだ。当然、子供たちも多いわけで。


「…教育に悪いな」


ぼそりと呟くと、アルバートやジュリア達に深々と頷かれた。

どうしたものか、と頭を悩ませていると、ヴァンスから反応が返ってこずふくれたサラが同じ質問をシエルにする声が聞こえた。


「…シエル、とりあえず適当に……」


「ヴァンス」


シエルは白い髪を揺らしてヴァンスの方を向くと、


「───貞操って、なんですか?」


分かっていない顔で聞いてくる。

シエルは今十四歳だ。だが、年に似合わぬ落ち着きがあって、知っているものだと勝手に思い込んでしまっていた。


「ひとつ、言い忘れていたが」


「───」


「巫は幼いころに聖堂に連れてこられる。だから、そもそも知らないんだ。知識がなく、外界と関わることが少ない。───そうやって、続いてきたんだ」


衝撃だった。

そして、同時に。


「…そこまでして穢れさせないようにする理由って、なんかあるのか……?」


誰も、答えない。

───普段からお喋りな面子が黙り込み、朝のダイニングに沈黙が落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ