1.嫉妬心と条件
第三章スタートです。
結婚式から一週間後の物語ですね(*'ω'*)
※2019年9月30日、下部に挿し絵を追加しました。
ヴァンスは今、とてつもなく居心地が悪かった。
施設内の自室でベッドに寝ている…なにもおかしいことはない。───それだけならば。
「───なあ」
「何か?」
「何か?じゃない。何で」
ヴァンスは身を起こし、体を捻って背中側───ベッドの反対側を見た。
「───何で一緒に寝ることになるんだよ‼」
「……。…しょうがないだろう……」
心なしか沈んだ声のアルバートに、ベッドに入ってくることの何がしょうがないんだよとため息をつき、ヴァンスは数刻前のことを思い出していた。
***
───夕飯を食べ終え、シャワーを浴びてきたヴァンスは自室の扉を開け───ぎょっと上体をのけぞらせた。
というのも。
誰もいないはずの薄暗い室内に、人の姿があったからだ。
人影───アルバートはソファーに腰掛け、明らかに沈んでいた。
「ア、アルバート……なんでここにいるんだ?」
アルバートがここまで落ち込む要因など、ジュリア以外に考えられない。
まだ結婚式から一週間───喧嘩でもしたというのか。
「…ジュリアに、部屋からしめ出された」
「……あー」
───正式に結婚したことだしと、ヴァンスは施設内の広い二人部屋を与えた。
新婚夫婦が大勢の住まう施設の一室で寝起きするのはいいのか、と思わなくもなかったが、ジュリアがいないとレティシアの負担が大きい。アルバートは「ジュリアといられるならどこでも」などと言っているし、ジュリアも賛成していたので、このまま施設にいてもらうことにしたのだが。
「……ジュリアがしめ出した気持ちも分からんでもないけどな」
結婚式をあげてから───否、呪いが解けてからというもの、アルバートは過度にジュリアを心配してついて回るようになった。
最初はジュリアも心配をかけてしまったという意識があったため黙っていたが───あまりの過保護っぷりに、ついに限界がきたようだ。
「……やりすぎだっただろうか」
「さすがにあれは俺もどうかと思ったぞ。いくらお前のことが好きで結婚したって言っても、ジュリアだってひとりの時間は欲しいだろ」
「………反省は、している」
アルバートの周囲の空気がどんよりと重い。
まあでも彼がジュリアを心配しているのは事実だし、大切に想っているのも嘘ではない。
ジュリアもそれは分かっているはずだ。
「…今日はとりあえずジュリアをひとりにしてやって、明日声かけにいけば大丈夫だろ」
へこんだ面持ちのアルバートだが、見目の良いヤツはどんな表情であっても格好いい。悔しい。
───ヴァンスの顔立ちも十二分に整っているのだが、本人に自覚がないのでどうしようもない。
「…ヴァンス、今夜はこの部屋にいさせてくれないか」
「別にいいけど、何でだ?空き部屋ならまだあるぞ?」
問いかけると、アルバートは何故か視線を彷徨わせる。訝しく思い、ふと気付いた。
「……もしかしてだけど、ひとりが嫌なのか?」
「───」
「子供か‼」
無言で顔をそらすアルバート。どうやら図星だったらしく、耳のあたりまで赤くなっていた。
今日はアルバートの子供っぽいところが目立つ。
「…そんなかわいいこと言うなよ……。…だいたい、これまでずっと一人部屋だったはずだろ?」
「───。…それが、この数ヶ月でジュリアの寝息が聞こえることに慣れて……」
確かに『シュティア』にあるヴァンスの家で、アルバートはジュリアと同じ部屋で療養していた。
ヴァンスはため息をつきそうになるのを堪え、
「……早くジュリアの怒りが収まるといいな」
───ソファーくらいなら貸してやってもいいだろうと、ヴァンスは深く考えることなく許可したのだった。
***
「ソファーで寝るのかと思ったら……何食わぬ顔でベッドに入ってくるなよ……」
───で、現在ヴァンスは己の浅慮さに頭を抱えているというわけだ。
当のアルバートは、ヴァンスがこうなるに至った経緯を回想している間に眠りについていた。よって、ヴァンスのぼやきに反応を返す者は誰もいない。
こうなったら、ソファーで寝てやるとベッドを抜け出そうとしたときだった。
コンコン、という微かなノックの音。顔をのぞかせたのはステラだ。
「ヴァンスがなかなかこないから来……」
言葉を途切れさせたのは、ベッドの上で上体を起こしたまま固まるヴァンスと、その隣で眠るアルバートに目をとめたからか。
そういえば、寝る前に話をする約束だったなぁと現実逃避するヴァンスにステラは───
「──。…そう、お邪魔しました」
「ま、待ってくれステラ!」
妙に冷めた声を出し、部屋を出て行こうとするステラを必死に引き留め、説明する。
アルバートがここにいる理由を聞いたステラはじと目でヴァンスを見て、
「……ほんとに?」
「本当に!俺が嘘ついたことあったか⁉」
「ない。……けど」
微妙に不満そうなステラの言葉に不穏なものを感じ、ヴァンスは頬をひきつらせた。
「───ヴァンスと同じベッドで寝るアルバート、ずるい」
「……女子に嫉妬するならともかく、男に嫉妬するのはなぁ……」
ヴァンスには男を好きになるシュミはない。
───ヴァンスが愛するのは正真正銘、ステラだけだ。
「でも、ひとりが嫌でヴァンスの部屋にやってくるアルバートは可愛いと思う」
「───」
アルバートを可愛いというステラに納得がいかず、ヴァンスはそっぽを向いた。
ステラはそのようすを無言で見ていたが、不意に吹き出すと、
「冗談だってば。…むくれるヴァンスも十分可愛いから」
なおも顔をそむけ続けるヴァンスの頬をステラがつつく。ひんやりした指の感触を堪能してから、ヴァンスは顔の向きを戻した。
「アルバートもジュリアに追い出されて落ち込んでるんだよ。だからまあ、このことは水に流して……」
「ううん、それは無理」
「この流れで⁉何でだよ……」
ステラは右手を持ち上げると、人差し指をぴんと立てた。
「ヴァンスに添い寝してもらったアルバートと、それを受け入れたヴァンスを許すには、条件があるの」
「……受け入れてはないし、事実がねじ曲げられてる気がするけど、条件って何だ?」
嫌な予感をひしひしと感じながら、ヴァンスは聞き返す。ステラは珍しく満面の笑みを浮かべると、
「───ヴァンスが同じことを、私にもする」
「…と、言うと?」
「添い寝してくれたら、ヴァンスとアルバートを許します。……これが条件」
思わず絶句したヴァンスとは対照的に、ステラはにこにこと微笑んでいる。
───ヴァンスがなんと答えたのか、声が小さすぎて二人以外には聞こえなかった。
ただ、翌朝やけにステラが嬉しそうだったことを、ここに記しておく。
添い寝イベント。
初めて挿し絵をいれてみました!
ありがとうございました(*^-^*)