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3.十四年越しの愁傷、そして未来へ



がたがたと揺れる馬車。御者台で手綱をとるヴァンスはちらりと隣に座るアルバートを見る。

端正な横顔に浮かぶのは、郷愁か。

全てを推し量ることはできず、ヴァンスは前に向き直った。

彼がどのような思いでいるのか、気になるのは仕方がない。

だって───


───本人曰わく、十四年間一度も帰ることのなかったアルバートの故郷へ向かっているのだから。







アルバートの話ではずっと手紙すら出していなかったというから、帰ったら凄そうだ。せめて手紙くらいは出しておけよ……という目で見ると、彼は気まずそうに顔をそらした。


───帰還の目的は、結婚の報告だ。

いろいろありすぎて、アルバートの母親にはまだ挨拶をしていないと気付き、急遽行くことになった。

まあ、急ぎの旅となったのはそればかりではない。───アルバートが、ジュリアと式を挙げたいと言い出したからだ。

二人の中で、思うところがあったのだろう。

呪いがとけてから、ジュリアが時々沈んだ表情を見せていることと無関係ではあるまい。

祈りの儀から早一カ月半、ジュリアも杖なしで普通に歩けるまで回復してきたし、アルバートの傷も癒えつつある。

…ヴァンスとしては少し心配ではあるのだが、行くなら今のうちだろうと、こうしてやってきたわけだ。


ヴァンスの家や騎士団の建物、聖堂がある街『シュティア』から馬車を走らせて約三時間。

───道が開け、アルバートの故郷の街『ロレル』が見えてくる。


「おーい、見えてきたぞー」


後ろの客車に声をかけると、何やら喋っていたらしいステラとジュリアが窓からひょっこりと顔を出した。

ステラが正式に巫となり、民に認められたことによって騎士団から貸し出される馬車もより良いものとなった。多少装飾はついていても、行商人たちが使うものと殆ど変わらなかった馬車から、二人のりの箱馬車(クーペ)に変わったのだ。

着替えくらいで荷物もさほど多くないし、なにしろ二人のりと言ってもだいぶ広い。つめれば三人乗れそうだ。

外にある御者台も乗り心地は良いし、貸し出してくれた騎士団に感謝。


「───(ロレル)の中心部には、巨大な月桂樹が立っているんだ」


「……なるほどね。月桂葉(ローレル)から街の名前をとったのか」


アルバートが懐かしむように目を細めながら、あちこち解説してくれる。ヴァンスはそれに相槌をうちながら、街へと入っていった。







ヴァンスと違い、アルバートはちゃんと帰宅を手紙で伝えていたらしい。とは言っても、何せ十四年ぶりだ。少年時代の姿しか知らない彼の母親は驚いていた。

それでも、瞳を潤ませおかえりと言った姿からは、慈しんでいることが伝わってきた。


「───結婚、しようと思っている」


家の中に入って、第一声がそれだ。彼の母は微かに目を瞠る。───当然だ。いくらなんでもいきなりすぎる。


「───初めまして、ジュリア・シュテルンといいます」


ジュリアは緊張した面持ちながらも、ぺこりと頭を下げた。

アルバートの母親───エレノアはヴァンス達も座るように促すと、


「決めたのね、自分で」


「…彼女と、一緒にいたい。家族になりたい。───ジュリアを守りたいんだ」


実の母の目を、アルバートは小揺るぎもせずに見つめ続ける。

エレノアはしばらくアルバートを見ていたが、ひとつ息をつくと、微笑んだ。


「───それがあなたの決めたことなら、私は何も言わないわ」


「───」


静寂がほどけ、ヴァンスは知らぬ間につめていた息をはき出した。

自己紹介がまだだったことに気づき、


「挨拶が遅れました、ジュリアの兄のヴァンスです。隣にいるのはステラ。彼女はジュリアの友人で、私の婚約者です」


「ヴァンス、まだ婚約はしてないから。……嬉しいけど」


堂々と嘯くヴァンスの言葉をステラが訂正する。後半のひとことは勿論聞こえており、ついつい頬が緩んだ。


「ご丁寧にどうも。…大したものではありませんが、皆さんでお茶でも……」


「───母さん、僕は外に行ってくる」


「え、どこに……」


「───父さん達に、ちゃんと報告してきたいんだ」


アルバートが母さんや父さんと呼ぶのが不思議だなどと思い、いやいやいやと思考を引き締める。


「……。分かったわ。───ひとりで行くの?」


「…ああ。一人で行ってくる」


ひとりで行くとの言葉に、ジュリアの表情が陰った。アルバートは目敏くそれに気付いて、


「本当は、ジュリアの傍についていたい。だが……誰にも、見られたくないんだ」


ジュリアがこくんと頷くのを確認し、彼は外に出て行った。

エレノアは残された三人の目の前にお茶を置いていきながら、


「あの子は、これまで一回も行こうとしなかったんですよ。……主人や、友人達のお墓に」


「───」


「結婚すると───前に進むと決めて、ようやく……」


差し出されたお茶を見つめていたジュリアが、ふいに口を開いた。


「……アルらしいです」


ぽつりと零された声に、ヴァンスもまた頷く。


「全部自分の責任だって、そう思ってたみたいだからな……」


出会ったころから、彼はかなり変わった。

結婚を機に、アルバートはまた変わろうとしている。

───そのために、亡き大切な者達と向き合うことは必要な儀式だ。

誰かに言われる前に、自分から進んでやるあたり、生真面目な彼らしい。


「…もしよろしければ、あなた方の知っているあの子……アルバートについて、教えて頂けませんか?」


エレノアの頼みを、ヴァンス達は快く受け入れた。

───頼まれた以上、事細かに語り尽くそうではないか。

後のアルバートの反応を楽しみに、三人は互いに補足し合いながら話した。

エレノアもまた、嬉しそうに聞いてくれていて。

アルバートが帰ってくるまで、話し声は続いていた。



***



乾いた風が強く吹いて、アルバートの黒髪を揺らす。

緑の芝生の上には、見渡す限り石碑が並んでいる。大きさも、刻まれている文字もさまざま───花束がそなえられている石碑もあるが、どこか寂しさを感じるのはここが多くの者達が眠る地だからだ。

この場所───墓地にはアルバート以外は誰もいなかった。

初めてきたので、どこにあるのか分からず、アルバートはひとつずつ順番に見て回る。

やがて、アルバートはひときわ大きな墓標の前で足をとめた。

花をかたどったレリーフに囲まれた墓石の中心には文章が彫られていて、視線が釘付けになる。



『May their souls rest in peace(彼らの魂が安らかに眠らんことを)』



───そう、彫られていた。

父やカレン、レオ達の名前とともに。


体が震えるのを、抑えられなかった。

足から力が抜けて、前のめりに膝をつく。

構わずに石碑に手を伸ばし、文字の部分を何度も撫でる。


「とう、さん……」


──どうして。


「カレン…レオ、ルイ……」


──どうして。


墓標にすがりついて、問いかける。

冷たい石は、何も答えてくれないままに。


──どうして、アルバートを残して逝ってしまったのか。


空を仰ぐ。切ないほどに、青く澄み渡っていて。

太陽の光が、滲んだ。

去来する思いを、熱い雫に変えて零しながら、答えの返ってこない問いを、投げかけ続ける。



──どうして、生きていてくれなかったのか。



哀しい。ただただ、哀しい。

十四年前に感じるはずだった思いに、胸が締め付けられる。

心をきつく縛っていた自責の鎖が外れて、無理矢理封印していた感情に、翻弄される。


───墓地を出たら、まっすぐ前を向いて進めるように。

今は、今だけは、当時の───十二歳だったアルバートとして。


───大好きだった人達の眠る地で、大好きだった人達を思い出して、心の底から、悼んだ。







───頬を濡らす最後の涙を拭って、アルバートは膝を払い、立ち上がった。

持ってきていた花束を手向けると、一歩下がる。


「また、会いにくる」


今度は、ジュリアと。───愛するものの姿を、見せに来るから。


思い切り泣いたあとで、きっと自分はひどい顔をしているだろう。すぐ家に戻っては、あっさりバレてしまうはずだ。少し遠回りしてゆっくり帰ろうとしたときだった。


桃色の髪の女性が、佇んでいる。

会ったことがあるような、気がして───、


「ルナサ……?」


名前を呼ぶと同時に、直感が確信に変わる。


「───アルバート……」


頼りない、掠れた声ではあったが、その声は確かにルナサのものだった。

カレン達と仲良くしながらも、魔獣の森へ行かなかった少女。

───アルバートが騎士団に入ったころは、声が出なかったはずで。


「───久しぶりだな……ルナサ」


「……カレン達に、会いに来たの……?」


「ああ」


涼しい風が、泣いて火照った頬に心地いい。

風の音だけが響く中、アルバートは言った。


「……今度───結婚、するんだ」


「───」


「今日ここにきたのは、報告をかねて、かな。…やっと、向き合える気がしたから」


かつての口調で語るアルバートを、ルナサは髪と同じ色の瞳でじっと見つめていたが───


「……アルバートも、変わっていくんだね」


寂しそうに、泣きそうな顔でルナサは言った。

咄嗟に何も返せないアルバートから視線をそらし、空を見上げる。


「…私は、無理だよ。変わるなんて、できっこない」


───声を震わせる彼女に、言ってあげたいことがあった。


「───僕も、ひとりなら変われなかっただろうな」


ゆっくりと、顔をこちらにむけるルナサ。

彼女の、頑なな気持ちが痛いほど分かるから、言葉を尽くせる。


「ひとりだったなら、今もずっと、あのときの後悔に囚われたままだった」


自分が救われるわけにはいかないと、苦しさを抱え込んだままだった。

誰にも言えずに、誰にも助けを求められずに。


でも───アルバートには、気付いて手を差し伸べてくれる人がいた。

話を聞き、辛かったでしょうと、辛いときは頼っていいのだと、言ってくれる人がいた。

お前のせいじゃないと、お前はほんとうはどうしてほしかったんだと、聞いてくれる人がいた。

悪夢にうなされる夜に、背中を撫でてくれ、朝まで寄り添っていてくれる人がいた。

───だから、変われたのだ。


「ルナサも、変われるときがくる。変えてくれる人に出会えるときが、きっと」


「…そう、かな。───そうだと、いいな」


自分がそうだったから、希望を持たせるように言ってやれる。


「───ルナサなら、大丈夫だよ」


───そのとき浮かんだ確かな笑みは、今までのルナサの表情の中で、一番綺麗だった。



***



玄関のドアが開く音がして、ヴァンス達は慌てて口を閉じた。

リビングに入ってきたアルバートは疲れたような───有り体に言えば、泣いた後の顔をしていた。だが、表情は明るい。

ヴァンスは泣きはらした顔については触れずに、短くおかえり、と言った。少し考えて、お疲れ様と付け加える。


「何の話をしていたんだ?」


「……いいのか?言っていいんだな?」


「───。嫌な予感がする」


顔をしかめるアルバートに、ニヤリと笑ってから教えてやる。


「俺やジュリアと会ってからの、お前の行動について」


「──。────。…ひとの留守中にやってくれたものだな、ヴァンス」


「あ、いっとくけどジュリアも楽しそうに話してたからな」


「ちょ、お兄ちゃん⁉」


素知らぬ顔でいたジュリアの関与が発覚し、アルバートが何とも言えない表情になる。


そんな様子を見ていたエレノアが吹き出した。

エレノアは四人の視線をあびながら笑いつづけ、吐息すると、


「…楽しそうね」


たった一言、囁いた。

短くて、けれどエレノアの思いがつまった言葉。

過去にとらわれ、騎士団に入ったアルバートを心配していなかったわけがない。

その一言には安堵が込められていて。


「母さん」


「───」


「───僕は、大丈夫だよ」


多くを語らず、だけど二人の中ではしっかりと通じるものがあって。


───ヴァンスは、未来を見据えるアルバートの横顔に、彼を見守るエレノアの穏やかな微笑みに、良かったなと小さく呟いた。



…今更ですが、街の名前を登場させました。


『シュティア』 聖堂・騎士団がある、ヴァンスの故郷の街。

『ロレル』   アルバートの故郷の街。


施設のある街については……またいずれ(^^;)


更新遅くなり申し訳ありませんでした。なるべく早めに投稿できるよう頑張りますので、これからもよろしくお願い致します<(_ _)>

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