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1.悪夢からの解放

本日二度目の投稿です。


番外編。呪いが解け、ジュリアが目覚めてから三日後くらいの話です(*^-^*)



───どこか暗いところで、囚われていた。

囚われていると言っても、檻の中に閉じ込められているわけでも、手足を拘束されているわけでもない。

でも、確かに私は囚われていた。

体を動かそうとすると、粘着質の闇が動きを制限し、もがけばもがくほど闇に覆われていく。


───いつしか、顔以外の場所は全て覆われてしまって。


顔にも、闇が手をのばしてくる。


口を覆われ、肺に新しい空気を取り込めない。

耳を塞がれ、静寂という名の恐怖が私を襲う。


闇は飽きることを知らず、ひたすら貪欲に覆い尽くそうとする。


目が無事でも、どうせ暗闇で何も見えない。

口が無事でも、どうせ誰も来てはくれない。

耳が無事でも、どうせ何も聞こえはしない。

手が無事でも、どうせ何もつかめはしない。

足が無事でも、どうせ逃げられるわけない。


───唯一闇に侵されない精神が、徐々に崩壊していく。


怖い。


誰かに縋りたい。あの、温かい手を引き寄せて、泣きじゃくってしまいたい。


───温かい手は、誰の手だったのだろうか。


思い出せない。こんなにも、愛しいのに。


助けてと、塞がれた口を動かす。

───そのとき、光が私の体を照らした。

闇は光を嫌がるように、私を解放した。咳き込み、新鮮な空気を思い切り吸い込む。


無理に顔を上げると、涙で滲んだ視界───光で照らされた所に、ひとりの青年の姿が見えた。


───アルバート。


彼の名前を呼ぼうとしたが、喉は鋭い痛みを訴え、木枯らしのような音がするだけで、言葉にならない。

諦めず、もう一度呼ぼうとして───止まる。


───アルバートの隣には、見知らぬ女性の姿があった。

アルバートは女性に笑顔で手を差し伸べ、女性は橙色の髪を揺らしてその手をとった。


二人は遠ざかっていく。私に見向きもせずに。

どうしてと、声にならない声をあげる私の体を、再び闇が覆い始めた。


体の自由を奪われる。光によって助けられ、歩き去る二人に衝撃を受ける。

身体的苦痛。光による解放。精神的な衝撃。苦痛。解放。衝撃───


繰り返される。何度も、何度も。

そのたびに、新しい傷が心に刻まれていく。

それは、まさしく───悪夢。

延々と続くこれが悪夢でないなら、なんだというのだ。


私───ジュリアは。

その唇から高く長く、無音の絶叫を迸らせて───



***



───ジュリアは閉じていた瞼をゆっくりと持ちあげた。

視界に入るのは慣れ親しんだ施設の天井ではない。施設ではなく、家の自室の天井だ。

あまり使わなかった自室。懐かしさよりも、違和感のほうが大きい。

ジュリアは寝転がったまま、首を傾けた。

さして広くもない部屋には、ジュリアが今寝ているベッドと、簡易ベッドが入っている。簡易ベッドは、ステラやアルバートが寝る用に両親がいつの間にか買っていたものだ。

簡易ベッドのほうに横たわり、目を閉じているのは負傷したアルバートだ。

長い、長い眠り───後で呪いだったのだと聞かされたが───から覚めたときの、アルバートの表情は忘れられない。

命に関わる呪い───親しい者達を亡くした経験のあるアルバートが、どれだけ衝撃を受けたのか、想像に難くない。

心配を、かけてしまったのだと思う。


───目覚めた直後は忘れていたが、呪いによる不自然な眠りに落ちていたときどんな夢を見ていたのか、思い出した。

ジュリアは、見知らぬ女性が誰かということにも気付いていた。

気付いてしまって、抑えようもなく体が震える。

ジュリアは思うように動かせない体を懸命に移動させ、簡易ベッドのほうに近付いた。

狭い室内だ。ベッドとベッドの隙間はなく、ぴったりとくっつけておかれている。

寝たままほんの数十センチ移動しただけなのに、息が乱れた。ジュリアは腕を伸ばすと、アルバートの手を両手で包み込んだ。

触れた肌は熱を持ち、じっとりと濡れている。

起こさぬよう気を付けていたのだが、触れた瞬間ぴくりと瞼が震えた。

紫の瞳はジュリアを見ると、ふっと力を抜く。それから握られた手に目を向け、


「どうした…?」


機微に目敏いアルバートは、ジュリアが何かしらの不安を抱えていることを見抜いたのだろう、短く、どうしたと聞いてくる。

ジュリア自身、どう言葉にすればいいのか分からないから───率直に言った。


「……アルは」


先を促すアルバートの瞳に力を貰い、ジュリアは一息に続けた。


「───アルはカレンさんのこと、どう思ってるの……?」


───夢に出てきた女性は、カレンだ。

会ったこともない、話に聞いただけの女性(ひと)

アルバートが息をつめる気配。

ジュリアは「ごめん、忘れて」と言って誤魔化してしまおうと───


する、寸前。


「カレンが、僕のことをどう思っていたのか……本当のところは分からない。それを教えてもらう前に、カレンは」


「───」


「だから───カレンの口から、聞いてみたかった。……そう思っている」


アルバートを困らせると、分かっていた。

けれど、彼の返答を聞いたら───問わずにはいられなかった。


「───もし、カレンさんの口から聞けたとしたら…アルは、どうするの?……どう、してたの?」


ジュリアの問いかけに、アルバートは哀しげな笑みを浮かべた。

───違う。こんな顔を、させたかったわけじゃないのに。

ジュリアは───確信が欲しかった。

これだけ態度で示されているにもかかわらず、言葉として欲した。

そうすれば、悪夢を振り切ることができると。


でも……その代わりに、ジュリアは彼に何をした?

傷痕をほじくり返し、新たに傷付けただけではないのか。


自責と後悔に押しつぶされそうなジュリアの耳に、微かな衣擦れの音が届いた。

アルバートがベッドから上体を起こそうとしているのが視界に入り、ジュリアは直前の思いも忘れて声を上げた。


「アル、無理は……」


まだ、ジュリアが目覚めてから三日程度しかたっていない。当然、傷もふさがっているわけがない。

アルバートはジュリアの静止の声を聞かずに起き上がると、こちらに向き直った。


「───カレンはもういない。……いないんだ、ジュリア」


彼に、言わせてしまった。───カレンの存在を、殺させてしまった。

錐で突かれるような痛みを味わい、ジュリアは顔を歪める。

そんなジュリアを、アルバートは穏やかな目で見て言った。


「僕にも分からない。カレンに言われて、何を思うのか……分からない。───でも、分かっていることもある」


そこで一度言葉を切ると、続けた。


「僕は、ジュリアに出会えて良かった。ジュリアと心が通じ合って、嬉しかった。それは、決して嘘ではないし、後悔もしていない」


「───」


「───愛している、ジュリア」


問いに対する答えではないが、それはジュリアの求める言葉で。

アルバートは前屈みになると、ベッドに横たわったままのジュリアに口づけした。

触れ合うだけのキスは熱く、離れてなお唇に感触が残り続ける。


───不意に、感情が決壊した。

突然の涙に困惑するアルバートの腕に縋りついて、ジュリアは胸の内をさらけ出した。

滂沱の涙を流し、途切れ途切れにジュリアは話す。

呪いで夢に囚われている間、悪夢を見ていたこと。悪夢の内容に、不安になってしまったこと。

アルバートは遮ることなく、最後まで話を聞いてくれた。


泣いて泣いて、流し尽くして。

生まれて初めてといっていいほど、号泣して。


感情の奔流が去り、ジュリアは背中を撫でられていることに気が付いた。


「……落ち着いたか?」


こくりと頷くと、アルバートは自分のベッドに座り直した。

なにも言わないでくれることがありがたくて、ジュリアは湿った声で呟いた。


「───ありがとう」


泣いたからか、少し疲れた。目を閉じると、すうっと意識が遠ざかるのを感じる。


「……ゆっくり、休めばいい」


確かに聞こえたその声を最後に、ジュリアは深い眠りに沈んだ。

───悪夢は、もう見なかった。

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