35.追い詰められて、そして
本日二度目の更新です。
幸い、といっていいのかヴァンスには分からないが、ステラはすぐに気が付いた。
もちろん目が覚めたことに対してはほっとしたが、疲れ切っているステラをもう少し休ませてあげたかった、というのも本音だ。
心の傷への対処法が見つからないから、体くらいは、という勝手な願い。
「う、ぁ……」
微かな声とともに瞼を持ち上げたステラは、ベッド脇に佇むヴァンスとアルバートに目を止めると、きょろきょろとあたりを見回した。
「ここ……」
「───俺の部屋だよ。…まぁ、ベッドも俺のだけど気にしないでくれ」
シーツは洗ったばかりでほとんど使っていないから、新品そのものなはず。枕はさすがにどうかなと思ったので、押し入れにあったものに変えた。
なるべくいつもと変わらぬよう声をかけたつもりだが、ステラは無言で己の手のひらを見つめ続けている。と、不意にステラが体を起こし、立ち上がった。
「お、おい、ステラ!」
ふらつきながらも部屋を出て行こうとする彼女の腕を掴むと、ステラは嫌々をするように首を振った。
「離、して。……行かないと」
「待てよ、まだ体が本調子じゃ……」
「───離して!」
その声が、ステラのものだと気付くまでに時間がかかった。
初めての、ことだった。───ステラがヴァンスに対し、声を荒げたのは。
ステラは顔を上げ、ヴァンスを見た。
さまざまな感情で潤んだ瞳を、こんなときにも関わらず美しいと思ってしまう自分は最低だ。
───彼女が今、どれほど辛いか分かっているはずなのに。
「私の、せいなの。ジュリアが呪いをかけられたのも、大勢の人が夢に囚われたのも……私にできることはやらないと、そうじゃなきゃ……!」
自分のせいだ、という思いは心を巣喰い、いつしか逃れられなくなる。
みんな自分が悪いんだから、と自嘲の笑みを浮かべる裏で、本人すら気付かぬうちに精神をすり減らしていくのだ。
自分を責めていれば、ずっとそこで立ち止まっていられるから楽。辛いけれど、楽なのだ。
でも、現実はステラが立ち止まることを許さない。
───お前のせいだと責め続けながら。
責めることはやめられず、停滞も許されない。
その結果、ステラは───
「───どうして、私は銀髪だったの?青い目だったの……?どうして……どう、して………っ」
どうにもならないことを叫ばずにはいられなくなるぐらい、追い詰められてしまったのだ。
声を聞きつけて、両親が上がってくる気配を感じる。さすがに部屋に入ってはこなかったが、ドアの前で聞き耳を立てているのがバレバレだった。
などと、まわりを観察しているのは逃げているだけだと分かっている。───ちゃんと、ステラに向き合うべきだ。
「───俺の、せいだな」
「え……」
ヴァンスの言葉に、ステラが驚く。アルバートも何か言いたげにこちらを見た。
「俺が、国を変えたいなんて言わなければ、ステラは巫にならなくてすんだ。俺がもっとちゃんと見て、考えていればジュリアは…大勢の人達は呪いにかからずにすんだ。……ステラが、こんなにも傷付かずにすんだ」
「ち、違っ……」
「違わない。ステラが自分のせいだって言うんなら、元はといえばみんな俺のせいだよ。───そうだろ?」
唇に笑みを滲ませて同意を求めると、ステラはびくりと体を震わせた。
人は、何か辛いことがあったとき、他人に感情をぶつける。
自分の心を守るために、他人を責める。当然の反応だ。
呪いにかけられたのは、神がお怒りになったから。
神を怒らせた原因は、《穢れた者》が巫になったから。
都合の良い話だ。普段神を崇めているくせに、何かあったときは真っ先に神のせいにするのだから。
そしてそれを大っぴらにできないからと、これまた分かりやすい《穢れた者》のせいにする。
許せはしないが、そういった心理は理解できる。だからこそこうして俺が悪いのだと、自分を責める少女に向かって言っているのだ。
ヴァンスを責めることで、少しでもステラの心が楽になればいいと───。
「───ずるい」
「───」
「ずるい。ずるいずるいずるい、ずるいよヴァンス……」
何度もずるいと言うステラの瞳には、大粒の涙がたまっていて。
ステラはワンピースをぎゅっと握りしめ、うめくように言った。
「どうしていつも、そうなの。昔から……線香花火をしたときだって‼」
───追い詰められた彼女はしかし、自分が楽になるために他者を傷付けることをしなかった。
否、できなかった。
優しかったから。これ以上ないほど、優しい心の持ち主だったから。
「…ずるい、って思ってもらって構わない。けどさ、これだけは分かっていてほしいんだ」
卑怯なのは自覚がある。
分かっていて、だけどそうせずにはいられなかった。
だって。
「───俺は、ステラが好きだよ」
「───」
「卑怯だっていい、俺はステラが大事なんだ。それは、変わらない。だから、ステラには笑っていてほしい。…泣きたいときがあっていいけど、隣で零れた涙を拭ってやりたい。辛くてどうしようもないなら、感情を俺にぶつけてくれていいんだ」
考えていた告白の言葉、そのいずれでもない。
ただ、胸に抱えていた思いを音にした。
どうしていつも。
これまでのヴァンスの行動の理由は、たった一つだけ。
好きだから、一緒にいたい。
好きだから、笑顔が見たい。
───好きだから。
「───やっぱり、ずるいよ、ヴァンス」
ステラは俯いたまま、言葉を発した。
だめだったろうか。ヴァンスにできるのは、これくらいしか思い浮かばない。
諦めかけたヴァンスの耳に入ったのは───
「でも───嬉しい」
聞き間違えたのか、とヴァンスは瞠目した。
ステラは頬に涙を伝わらせ、笑顔を浮かべている。アルバートの方を見ると、穏やかな視線を向けられる。微笑のおまけ付きだった。───聞き間違いでは、ないらしい。
「私も、ヴァンスが好き。───好きです」
泣き笑いの表情で発せられた告白に、温かいものがじんわりと胸のうちに広がった。
思わずつられてヴァンスも泣きそうになり───隠すようにステラを抱き締めた。
「あ…ヴァンス、苦しい……」
力任せの抱擁に、ステラが苦しげな声を上げる。
体を離さないまま僅かに力を緩めると、
「───嬉しい。すんごい嬉しい。……ありがとう」
首を曲げて、唇を奪う。
長い、長いキスを終えると、ステラは微かに呼吸を乱して、頬を染めて。
───花が咲いたような笑顔をヴァンスに向けた。