34.糾弾する声
───呪いをかけられた人々は、とりあえず騎士団の建物の一階に集められた。
一階は小さな会議室の他、多目的ホールがある。引き継ぎ式の相談にやってきて、毒を盛られたのはその会議室だ。正直トラウマになりつつある。
ヴァンスが水を飲むとき思わず躊躇うようになったのは余談として話を続けると、多目的ホールは儀式の作法のリハーサルをするときに使用されるらしい。ホールといえども、椅子もない、ただ壇上があるだけの空間。その広い場所に、呪いにかかって夢に囚われた人々が運び込まれ、寝かされることになったのだ。
ついでだから、建物の内部を説明しよう。
二階は騎士達が書類仕事をする部屋となっている。警護だけでなく、報告等もやらねばならないというのだから、騎士とは難儀な仕事である。改めて、あの馬……ダスティンで騎士団長が務まっていたのか、詳しく知りたいところだ。
建物の最上階である三階は、フロアまるごと訓練場になっており、総勢八十名の騎士達が同時に修練できるようになっている。
ちなみに、建物の地下には牢がある。今はエリスが入れられているが、ステラが八年間にわたって囚われていた場所だ。
ならば騎士達の自室はどこかというと、建物に隣接する形で宿舎がある。
とにかく広い騎士団の土地だが、さらに広いのがその隣に位置する聖堂だ。
祈りの儀などの儀式は全てそこで行われる、神聖な場所。代々の巫は皆、ここで暮らしていたらしい。
何かあったとき巫を守れるように、騎士団の建物は聖堂のそばにあるのだそうだ。
だいぶ脇道にそれたが、話を戻すと、聖堂前で倒れた人々を騎士達総動員で多目的ホールへ運んだのには理由がある。
理由、それは食事をとれずに衰弱していくしかない人々に力を与えて生かす───言い方は悪いがいわば延命治療が、ステラにしかできないからだ。
呪いを解く方法はあることはあるので、助かる見込みはないわけではないが、ほうっておけば死に直結する。術者が誰かも分からない状況では、延命治療としか言いようがなかった。
ヴァンスも、竜の力を分け与えられないか何度も試している。しかし、ステラの『視る』力とエリスの『魅了』の力といったように、皆が同じ能力を持っているわけではない。
簡単に言えば得手不得手がある、というわけだ。
ヴァンスに与えられた力は、『身体強化』ではないかと勝手に思っているのだが───
「竜に確認しにいく暇なんてないしな……」
───現在、ステラはホールで眠る人ひとりひとりに、力を分け与えてまわっている。
ホールには、呪いにかけられた人の家族がそっと眠る大切な人に寄り添い、悲痛に声をかけ続けていた。
その中を、ステラは歩いていく。
ヴァンスは、あたりに気を配りながらもステラの身を案じていた。
引き継ぎ式から三日、ステラは毎日ここに訪れ、百名を超える全員の命を繋いでいるのだ。
体もそうだが、精神的にもボロボロになっているだろう。
なのに、彼女は足を運び続ける。
昏い瞳で敷布の間を歩くステラ。彼女はひどく心を痛めた状態で───否、現在も痛め続けている。
「───触るな!」
叫び声が響き渡り、ヴァンスは瞬きした。
またか、と思うと同時にやめてくれ、とも思う。
「クレアに、触るな」
ステラの肩越しにのぞき込むと、声の主は十歳前後の少年だった。少年は、横たわる少女───クレアという名前らしい───を守るように抱き締めて、ステラを睨み付けていた。
「でも、そうしないと助け……」
「───お前のせいだ」
傷付きながらも説得しようとするステラの言葉を、少年の声が断ち切った。
目を見開き、息をつめたステラ。ヴァンスは止めるために声をかけようとしたが一瞬遅く、少年の憎悪に満ちた声がステラの心を深々と抉った。
「お前なんかが聖なる巫になったから、天の神様がお怒りになったんだ。───《穢れた者》のくせに、巫になったから‼」
「───」
「お前のせいだ!クレアがこんなことになったのも、全部全部ぜんぶ、お前のせいだ……‼」
言葉にならず、少女の体に顔を押し付けて泣きじゃくる少年。
自分に向けられた言葉ではないのに、少年の泣き声は心に突き刺さった。
ヴァンス自身、自分が受けた衝撃に呆然としていたが故に───
傷つけられたであろうステラをフォローするのが遅れた。
「ステラ……?」
一歩後ずさった彼女にようやく意識がいき、声をかける。が、遅かった。
───ステラはふらりと上体をゆらすと、ホールの床に倒れ込んだ。
「ステラ⁉」
慌てて駆け寄り、抱き起こすと彼女の双眸は閉じられていた。
呪いを疑ったが、すぐに違うと考えを振り払う。おそらく過労だろう。あとは精神的苦痛といったところか。
彼女の体を抱え上げると、周辺を確認してまわっていたアルバートが気付いてこちらにやってきた。ヴァンスの腕の中でぐったりとしたステラの様子にまさか、と目を見張るアルバートに対して呪いではないと首を横に振る。
「───話はあとだ。とりあえず、今日は家へ連れて帰る。アルバート、悪いけど……」
「……。分かった、ついていく。…ジュリアの様子も見に行こうと思っていたところだったからちょうどいい」
───家へ帰る道すがら、ヴァンスは少年の言葉をアルバートに伝えた。少年の言葉の切れ味は凄まじく、アルバートもしばし絶句したほどだ。
自覚があるからこそ、その言葉は延々とヴァンス達の心を苛み続ける。
慣れた道を急ぎながら、ヴァンスは目覚めたステラに何という言葉をかければいいのだろうと、考えを巡らせていた。