33.神よ、運命よ───
本日二度目の更新です。まだ一話目をお読みになられていない方は、先にそちらをどうぞ。
ヴェールの奥の表情は見通せず、民衆が戸惑いの声を上げる。───当然だ、これは式であると同時に次代の巫を世に知らしめるためのものなのだ。主役である新巫の顔が隠されていれば、困惑するだろう。
───今、ヴァンスは壇上でステラに向かい合っている。
人々に背を向け、少し離れたところに立つアルバートと同時に腰から剣を引き抜いた。
引き抜いた剣を滑らかな動作で持ち替え、切っ先を真上に向ける。
数秒静止し、瞑目してから抜いたときと同じように鞘におさめた。
騎士団の代表が、新しい巫に忠義を示すこと、これも引き継ぎ式の一環だ。
ヴァンスとしては、何が起こるか分からない状況でステラの傍に控えていられるので、このときばかりはしきたりに感謝した。
ヴァンス達がステラの背後に下がると、いよいよ式の目的、引き継ぎが行われる。
ステラは緊張など欠片も感じさせない動きで胸に右手を当て、腰を折った。シエルに敬意を表明し、ステラは数歩歩み寄る。
シエルは緊張した面持ちでステラに両手を伸ばし───顔を覆うヴェールを持ち上げた。
薄い布がはらりと後ろに払われ、人々が息をのむ。
ちょうど顔を出した太陽の光が照らし出したのは、銀色に煌めく前髪。
ステラの瞼がゆっくりと持ち上がり、澄んだ青い瞳がシエルをまっすぐに見つめた。
あまりの美しさに見とれた民衆は、我に変えるとざわめき始めた。
「おい、あれ……」「銀髪じゃないか?」といった声があちこちで起こるが、ステラは動じることなくシエルを見つめ続ける。
広がるざわめきを、ヴァンスは背中を伸ばしたまま、左足のかかとで地面を踏み鳴らすことで断ち切った。
革靴の底が板を打ち、鈍い音が響く。幸い、一度で静まったので、ヴァンスはあたりの索敵に意識を集中させる。
シエルの脇に進み出た騎士が、盆のようなものを差し出す。シエルは盆から大きな紅玉が印象的なペンダントを手にした。
「───第四十代巫である私、シエルは、ステラ・ミリアムを第四十一代巫として認め、巫の座を引き渡します」
不思議と響く声音がヴァンスを含めた全員を撫で、シエルは手の中のペンダントをステラの首にかけようと───
───する直前、ヴァンスは微かな敵意を感じ取り、咄嗟に前へと踏み出していた。
世界がスローモーションで動く中、ヴァンスは思い切り地面を蹴ると、宙を切り裂いて飛ぶ銀色の光を掴み取った。
飛んできたのはナイフ。掴み損なったせいで刃は手のひらを掠め、破れた手袋が赤く染まっていく。
傷を一瞥し、ヴァンスは舌打ちした。ステラを守るようにマントを広げ、剣の柄に手をかける。
状況を認識し始めた人々が怯え、押し合いながら聖堂前の広場から出て行こうとするが、上手くいかない。
ナイフを投げてきた相手を探すも、失敗した時点で移動しているだろう。ましてやこの混乱の中だ、見つけるのは至難の技で───
「ヴァンス、あそこから……‼」
ステラの視線を辿ると、確かにフードを被った人影が見えた。
「あの人……⁉」
しかし、すぐに人波に紛れ込んでしまう。ヴァンスは唇を噛むと、ステラとシエルを聖堂の中に押し込んだ。
「───ぁ」
微かな音───否、吐息がヴァンスの耳に届いたのは、ただの偶然だろう。
ヴァンスは思わず振り向き、壇の下で逃げようとしていた男が不自然に倒れる様子を目にした。
男ひとりだけではない。
───全員とまではいかないが、半数を超える人々が地面に倒れ伏している。
二人をアルバートに任せて最も近いところにいた男に駆け寄ると、彼は苦しんでいるわけでもなく、眠っているだけに見えた。
心拍数も、呼吸も正常。汗ひとつかかずに横たわっている。
「なん……なんなんだよ、これ……!」
百人以上が倒れこんでいる様子は異様で、抑えようもなく声が漏れた。
心のどこかでは、理解していた。それを、認めたくなかっただけで。
式を見ていたほぼ全員が、呪いをかけられた。
───ジュリアと同じ、呪いを。
ふらふらと後ずさると、聖堂の扉に背中が当たった。何も考えられず、中に体を滑り込ませる。
「ヴァンス、どうし───っ⁉」
扉を開けたアルバートが顔面蒼白なヴァンスに驚き、ドアの隙間からあたりをうかがって言葉をなくした。
───神よ、運命よ、超常の存在ならなんでもいい、もしいるならば、聞いてくれ。
どうして、まだステラを傷付けようとする。
もうやめてくれ。これ以上、負担をかけないであげてくれ。
力があるといっても、たった二十歳の少女なのだ。
せめて、彼女が外の光景を見るのが少しでも遅くなれば、というヴァンスの願いは───
「───」
───目を見開き、美しい瞳に倒れる人々を映したステラの姿に、いとも簡単に打ち砕かれた。
「……す、てら」
唇は強張り、彼女の名前をまともに呼ぶこともできないまま。
───夢に囚われた人々を前に、立ち尽くしていた。
ありがとうございました(*^-^*)