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27.最愛の人の微笑

ジュリア視点。



「~~~~~!」


───施設の一室で、高くて澄んだ声が響いた。

枕に顔を押し付け、声にならない声を上げるのはジュリア。

アルバートの隣で勝手に寝てしまい、しかもそれを彼と兄に見られるなど、どんな辱めだ。もとはといえば寝たジュリア自身が悪いのだが。

ともかく、先ほどまでの自分の体たらくを繰り返し思い出しては羞恥に悶えている、というのが現状だ。

忘れようとしても、まだ僅かに残っている温もりが否応なしにジュリアの思考を引きずり戻していく。


───昼食の後、アルバートはすぐに部屋に向かい、そのまま下りてこなかった。普段のジュリアならば気にもとめなかっただろうが、今日は違った。

午前中に女装させたのはやっぱり、嫌だったのだろうか。

落ち着いて考えるとかなり強引だったと思う。後悔と不安に苛まれつつ夕飯の支度をして、恐る恐る彼の部屋をノックしたのだが、反応はない。怒らせてしまったのかとドアノブに手をかけると、すんなりと開いた。無断で入るのはどうなのかとも思ったが、のぞいてみると姿が見えない。

意を決して足を踏み入れ、あちこち見回してからふっと視線を下げて───ソファーに腰掛けたまま眠るアルバートに気づいた。

ソファーの背もたれに頭を預け、微かに顔を傾けて眠っている彼は起きているときより少し幼く見えた。アルバートの寝顔は何度か見ているはずだが、今の表情はこれまでのどれとも違う、安らかなものだった。

寝顔に見入っていたジュリアはふら、と視界が揺れて、慌てて瞬きする。ヴァンスが動けず、色々と忙しかったときの疲れが押し寄せてきたのだろうか。不意に襲ってきた強烈な眠気に、ほんの少しだけ、と言い訳してアルバートの隣に座り、半ば気を失うようにジュリアは眠りに落ちた。


隣に座っていただけだったはずなのに、いつの間にかアルバートに寄りかかってしまっていたらしく、目を覚ましたジュリアの視界に入ってきたのは息がかかりそうなほどの距離にある整った横顔と、ヴァンスの微妙な表情だった、というのがあらましである。

恥ずかしさにじっとしていられず、誰も見ていないのをいいことにベッドの上でじたばたと足を動かしていると、ドアに挟んだあたりが痛んだ。大丈夫だろうとは思うが、ついこのあいだ買い物に行ったときも人にぶつかってしまっている。大きな怪我をしないよう気を付けなければならない。

お腹はすいていたが、下に行ってアルバートと会うのが恥ずかしくてジュリアはベッドで寝転んでいた。


どれくらいの時間がたったろうか、部屋のドアが軽く叩かれ、上体を起こす。

入ってきたのは勿論アルバートで、ジュリアは彼の瞳を直視できずに顔をそらした。


「夕飯を温めなおしておいた」


差し出された手を握り、ベッド脇に置かれていた室内履きを履いて立ち上がる。一歩踏み出したときに足に鈍痛が走った。隠したつもりだったのだが表情に出ていたらしく、


「…痛いか?」


と聞かれる。誤魔化そうかとも思ったが、見抜かれているのにわざと平気なように振る舞うのは滑稽でしかない。なので、素直に頷いた。

アルバートはジュリアに靴下を脱がせ、紫色に変わった指を目にすると、待っていろとだけ残して部屋を出て行く。しばらくして戻ってきた彼は布の塊───氷嚢を手にしていて、患部に当てて冷やしてくれた。


「…ごめんね、アル。迷惑かけて」


何を思って口にしたのか、ジュリア自身にもよく分からなかった。ただ、何故か言っておかなければいけない気がした。

アルバートは眉を持ち上げ、謝る必要はないと言った。


長い沈黙の後、アルバートは再び階下に下りて、夕飯をとってきてくれた。ジュリアが作っていたのはシチューだったのだが、これはどうみてもドリアだ。


「…アルが、作ったの?」


と問うと、アルバートは小さく首肯した。シチューが残り少なかったから、と照れた様子の彼を横目で見ながらそれを口に運ぶ。


「……!美味しい!」


「…本当か?」


バターとガーリックで炒められたライスがシチューにあっている。持ってくる前に再度温めなおしてくれたのか、ドリアは熱々だった。

自信なさげなアルバートに握った手を振ってみせると、ようやく彼の口元にも笑みが刻まれる。

幸せそうに食べるジュリアを、アルバートもまた嬉しさを隠しきれない顔で見守っていた。



「───美味しかった。……ありがとう、アル」


礼を言い、ふと考えて付け加える。


「また、作ってよ」


アルバートは驚いたように目を瞬かせると、微笑みを浮かべた。


「ああ。…約束だ」


ささやかな約束を交わし、アルバートは食べ終えた食器を片付けようとドアの方へ向かう。


「───ねぇ、アル」


ジュリアの声に振り返った彼は首を傾げ、続きを促している。だが、開いた口からはそれ以上の言葉は出てこず、ジュリアは首を横に振った。


「…いいの。おやすみなさい」


「───?……おやすみ」


アルバートは訝しげな視線を向けてきたが、結局触れることなく扉の開閉音が響き、部屋は静寂に包まれる。


ぱたり、という小さな音をたて、ジュリアはベッドに倒れ込んだ。

突如襲ってきた意識を霞ませるほどの睡魔。抗おうとする気持ちも、生まれた直後に眠気に包み込まれ、消えてしまう。


眠い。とにかく、眠りたい。

眠くて、眠ってしまえば、どうなるのだろう。

途切れ途切れの思考。それすらも、眠りに溺れてゆく。


───どうして、こんなにも、私は抗おうとするのか。


思考の空白にそんな問いだけが投げ入れられて。

答えを返せぬまま、沈む。沈んでいく。

意識が途絶える直前、浮かんだのは。


艶やかな黒髪。神秘的なアメジストの瞳。

───アルバート。


ジュリアが最も愛する人の微笑だった。

ありがとうございました(*^-^*)

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