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26.『温もり』の正体

引き続きアルバート視点。



衣擦れの音で、アルバートの意識はゆっくりと浮上し始めた。それとともに全身の感覚がはっきりしてきて、アルバートは己の右手が動かないことに気付く。右手だけではない、右半身は柔らかな感触と温もりに包まれ───


「───っ⁉」


一気に意識が覚醒し、目を見開いた。

顔をかたむけると、肩の上に金色の輝きが───言うまでもなく、頭だ。しかも、ジュリアの。

ジュリアはアルバートの腕を己の胸にしっかりと抱え込んで、ぴったり体をくっつけて寝ているのだ。


「……⁉…………⁉」


どうすれば、いやそれ以前にどうして彼女がここに。

眠りに落ちる前は、誰かと話した記憶もないし、ジュリアを部屋に招き入れた覚えもない。

とりあえず、この状況から脱出しようとぐいぐいと腕を引っ張るが、眠るジュリアが顔をしかめてさらにぎゅーっと力を込めるので上手くいかない。アルバートの力ならふりほどくのは可能なのだが、相手がジュリアであることと、その……右腕を動かそうとすると、何というか…感触が。さすがに騎士として───男として、これ以上はダメだ。

ほどくにもほどけず、動けないままアルバートはジュリアが目覚めてくれるのをひたすら待った。


…そこでジュリアを無理に起こそうとしないあたり、優しいというか何というか。





ジュリアは、中々起きなかった。

あまりにも気持ち良さそうに寝ているものだから、邪魔しようという気も失せてしまう。

静かで、穏やかな時間。…まあ、アルバートの体は混乱と羞恥でがちがちに固まっていたけれど。

ある意味幸せな時は、唐突に破られた。

ドアがノックされる音、次いでがちゃりと部屋の扉が開く。


「おーいジュリアー、どうかし……」


入ってきたのは、片手で伸び気味な金髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜるヴァンス。彼はきょろきょろと中を見回し、ソファーの上の二人に気付くと───全身を強張らせた。

顔を背けたアルバートの視界の端、ヴァンスはどうしたものかと視線を彷徨わせている。

彼が悪いわけではない。悪いわけではないが…タイミングが最悪だ。

何とも言えない空気、それはまたしても途中でかき消える。


「ん、ぁ……」


ジュリアが身じろぎし、うっすらと目を開ける。彼女はふわ、と可愛らしく欠伸をすると、寝ぼけまなこでアルバートとヴァンスの顔を見た。ようやく頭が回ってきたのか、ジュリアは自分がアルバートの右手を抱き締めていることを理解したらしい。急速に頬を見事なまでの朱色に染めると、アルバートからばっと音がしそうな勢いで離れた。

そのまま慌てて部屋を出て行こうとするが、動揺したジュリアは扉を開けようとして、ドアと床の隙間に足を挟んだ。あれは痛い。だが、彼女は転びそうになりつつも止まらずに廊下を走って行ってしまった。

取り残された男二人は顔を見合わせ、同時に首を傾けた。





ヴァンスの話によると、ジュリアは夕飯の支度ができたと呼びに来たらしい。

少し落ち着く時間を、ということでアルバートは一人夕食を食べている。

昼食をとってから部屋に戻ったはずなので、追想にふけっていたことはともかくかなり長いこと眠っていたらしい。

呼びに行ったっきりいつまでたっても戻ってこないジュリアにしびれを切らした施設の皆は先に食事をして、それでも下りてこないのでヴァンスが様子を見に行った……ということだ。

当然、片付けはもう終わっており、冷めたシチューとパンを無言で口へ運んでいる───というのが現状である。

ジュリアもまだ食べていないはずだと考え、鍋の中を見てみると残り僅かしかなかった。これでは到底足りるまい。アルバートは急いで口の中にパンを押し込むと、調理場に立った。

残り物のご飯をバターとガーリックで炒め、深さのある耐熱皿に入れた。温めたシチューの残りをその上からかける。シチューだけ食べるには足りないが、ホワイトソースの代用として使うならこれで充分。あとはチーズをのせて焼けば完成だ。湯気をたてるそれをテーブルに置くと、アルバートはジュリアの部屋に向かった。

ノックをして開けると、昼間にも見た大量の衣類が出迎えた。

ベッドに腰掛けていたジュリアはこちらを目にすると気まずそうに目を逸らしてしまう。その反応に対しては何も言わず、


「夕飯を温めなおしておいた」


手を差し伸べると、ジュリアはゆっくりと手を握り、立ち上がった。歩き出そうとした彼女が顔をしかめ、アルバートは視線を下に向ける。

───結構な勢いで足の指を挟んでいたようだが、痛むのだろうか。


「…痛いか?」


ジュリアは何と答えるか迷う素振りを見せ、こくりと頷く。見せるよう促し、室内履きと靴下を脱ぐと内出血した指が露わになった。小指のまわりをぐるりと囲むように紫色の痣ができている。どうやら折れてはいないようだが、靴に当たる部分なのもあって痛いだろう。

アルバートはジュリアに待っているよう言うと、一度階下に下りて氷の塊を布で包み、出来上がった即席の氷嚢を持って部屋に戻った。


「…ごめんね、アル。迷惑かけて」


心なしかしょんぼりしているジュリアに氷嚢を手渡し、アルバートは心外だというふうに眉を上げた。


「ジュリアが謝る必要はどこにもない。寝ていたのは僕だから」


「……ん」


…ちなみに、『ジュリ』という愛称がヴァンスにバレて恥ずかしかったので、呼び方は前と同じ『ジュリア』に戻した。いずれ気が向いたらジュリになるかもしれないが。


短い言葉だけを交わし、二人は静かな空気に身を任せていた。

───ジュリアがアルバートの作ったドリアを口にして仰天するのは、それから三十分ほど後のこと。

ありがとうございました(*^-^*)

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