8.不安
「…当たり前のようについてくるようになったな…」
やれやれと首を振るヴァンスの視線の先にいるのはジュリアだ。呑気に木によりかかって鼻歌を歌っている。
竜より力を与えられてから、二週間。今のところ、目に見えた変化はない。
結局、地道に努力しろということだ。
「あ」
茂みから体長一メートルくらいの緑色のカエル型魔獣が飛び出してきたので、剣を一閃。直後、唇を噛む。
「しまった」
この距離で斬れば当然、噴き出した血や粘液やらがかかる。ヴァンスは慌てて後ろに跳んだが、空を見上げているジュリアは気付かず───
「ふぎゃっ」
「かかるから避けた方が……って、遅いな」
ギリギリで回避したヴァンスはどろりとした液体まみれのジュリアに近づくと、
「まあ、なんだ。…ご愁傷様」
「お…」
「……?」
「お兄ちゃんのバカ──────っ‼」
───機嫌をひどく損ねたジュリアを宥め、どうにか口をきいて貰えるようになったのは日が沈むころだった。
粘液がかかった直後に近くの綺麗な川で洗い流したが、ジュリアは気になるらしい。街へ帰るやいなや公衆浴場に走っていった。
ヴァンスも体を流してジュリアを待っていたが、まだかかりそうなので先に宿に帰ることにする。
窓辺に座って、外を眺めた。
宿の前の通りを三人組の子供達が走っていく。
子供達の姿が二年前の自分達に重なり、胸が締め付けられた。
何も無ければ、ヴァンスとステラ、ジュリアの三人は今もああしていたはずだ。
だが、そんな今はどこにもないし、現実は三人を引き裂いたままだ。
ステラを助ける。そして、ヴァンス達と同じような思いを誰もすることがないように、国を、変えていくのだ。
決意とともに空を見上げ、ヴァンスははっとした。
あたりはさっきよりも薄暗くなっている。ジュリアも帰ってきていいころなのに。
───何か、あったのだろうか。
「───ッ!」
先に帰ってきた自分に舌打ちし、行き違いになったときのためにメモを残した。宿を飛び出し、ひたすら走る。
仕事を終え、家族の待つ家へ帰ろうとのんびり歩く人々をおしのけ、走り続ける。
───ヴァンスの心を、不安が支配していた。