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24.脇道にそれた話し合い



朝食を食べ終えた五人は、最近お決まりの溜まり場と化したヴァンスの自室に集まり、概要などについて確認していた。

───引き継ぎ式は公衆の面前で行われる。

既に引き継ぎが行われることは知れ渡っており、街を歩けば『どのような方なのだろう』等の囁き声が聞こえてくる。…まさか、その人々もフードを被って通り過ぎる少女が次代の巫だとは思ってもみないだろうが。

ちなみに、ステラが銀髪青瞳であることは公表していない。隠していても儀式の際に姿を晒せばバレるだろうが、少なくとも式で襲われる危険は減るだろうとのことだ。ヴァンス的にはステラの安全が最優先なので、異論はない。

引き継ぎ式には勿論シエルも参加する。彼女は…少しばかりげんなりとした顔をしていた。

祈りの儀ならば巫女服を身につけるらしいが、こういう儀礼ではドレスを着るのだそうだ。

男には全く分からないが、ドレスはそんなに大変なのだろうか。


「コルセットは苦しいですし、パニエで動きづらいですし……できれば着たいとは思いません」


疑問を口にすると、珍しくシエルが微妙な表情で言った。


「コルセット?パニエ?」


知らない単語があって、ヴァンスが首をひねっていると、ここまで無言だったアルバートが、


「コルセットは女性の胴回りを細く見せるためのものだ。パニエはドレスのスカート部分を美しく広がらせるために着用されていて、ハードチュールという素材が使われることが多く……どうかしただろうか」


「いや、別に。やけに詳しいなと思ってさ。………ひょっとして、着たことあんのか?」


「何を急に……!そのようなこと、あるわけ……あるわけないだろう!」


「お、おお……」


饒舌に喋り出したアルバートをちょっとからかってみただけなのに、思ったより激しく首を横にぶんぶんと振られ、逆に気圧された。否定するときに躊躇いがあったのも気になる。


突然、ステラの隣に座っていたジュリアが音を立てて立ち上がった。椅子が後ろに倒れ、驚くヴァンス達をよそにアルバートの腕を引くと部屋を飛び出していってしまう。


「な、何なんだ……」


呆然と呟くヴァンスの耳に、微かな音が届いた。

見れば、ステラは目を見開き、ヴァンスには見えないなにかを凝視していた。

何が見えているのか訊ねても教えてくれず、ヴァンスはシエルと顔を見合わせ、同時に首をかしげた。

やっと我に返ったらしく、ステラはこちらを見ると途端に頬をふくらませた。

むくれる姿も可愛いが、反応の理由が分からずついていけない。


そうこうしているうちに、ジュリア達が戻ってきた。ドアを開けて入ってきた二人に、せめて一言言ってから行けよと口にしようとして───硬直した。


「「……‼」」


ステラは予期していたのか───おそらく『視て』いたのだろう───驚きに固まることなくにこにこと微笑んでいる。


「…前々から思ってたの、アルバートって美形だから」


ジュリアが笑みを含んだ口調で言うが、視線はその後ろに釘付けになり、聞こえてはいるのだが頭に入ってこない。



「……きっと、女装しても似合うって」



長身を黒い生地に紫のレースのついたドレスに包んだアルバートは、どこか神秘的な雰囲気を纏っていた。




───確かに、骨格は明らかに男性のものだし、騎士であるだけあって引き締まった体つきをしていて、女性らしい華奢な印象はない。だが、整った顔貌と、憂いを帯びたアメジストの瞳は体つきのしっかりした印象を消してあまりあるほどの儚さを醸し出していて、全体的に『美しい』という形でまとまっている。


「…凄く似合ってる。これは嘘でもお世辞でもなんでもなく、似合ってる」


「……。喜べばいいのだろうか、それとも悲しめばいいのだろうか」


「そこは喜べよ。ほら、笑った方が綺麗だぜ」


最初の衝撃をどうにか受け流し、ふざけるヴァンスにアルバートが嘆息した。普段どおりを装っているが頬の赤さを隠せていない。それすらも美貌を引き立たせているのだから、もう何と言えばいいか。


「あとね、もう一つ。やりたいことがあるんだけど……」


ジュリアがらしくもなく語尾を濁し、ヴァンスをちらりと横目にした。ここは兄として、助け船を出すべきかもしれない。


「なんだよ、言ってみてくれよ。できるやつなら手伝うし」


「───はい、言質とった!」


「なっ⁉」


まんまとジュリアの策略にはまるヴァンス、妹の『やりたいこと』がなんなのか遅まきながら気付いた。ジュリアはヴァンスにも女装させるつもりなのだ。


「お兄ちゃん、行くよー」


「わ、ちょっ…おい待てって……力強くないか⁉」


アルバートのときと同じように引っ張られて部屋から出、無理矢理ジュリアの自室に押し込まれる。


「お兄ちゃんは、スレンダーラインっていう感じじゃないから、こっちかな」


「俺は着たくないって!…っていうか、このドレスの量……」


ジュリアの部屋はカラフルなドレスやらワンピースやらで溢れている。彼女が着ているところなど見たことはない服ばかりだが───


「…時間を見つけて、いろいろ作ってたの。裁縫の練習でやってたら、いつの間にかこんなに増えてて」


「自分で作ったのか⁉」


言われてみれば、ジュリアは小さいころ洋服を作る人になりたいと言っていた気がする。その夢を諦めず、地道に作り続けていたのか。

───ヴァンスのステラを助けるという目的に付き合わせていた間に。


「…と、そんな話を聞いたら『着たくない』と言えないお兄ちゃんなのでした」


「ぐ……そのとおりすぎて何も返せない……!」


ジュリアは声を上げて笑うと、ふっと真面目な顔に戻ってヴァンスを見た。


「私は、これまでやりたいことをやってきたの」


「───」


「私が来たかったから、お兄ちゃんを追いかけてこの街に来た。手助けがしたかったから、食事の用意とかできることをした。そうしてアルバートに会って、想いが一緒だって気付けた。…恵まれてるって、そう思う。───だからお兄ちゃんが、私を目的に付き合わせてたなんて、気に病む必要はないんだよ」


あまりにも、思考が読まれすぎていて。

耐え難い感情の嵐が、全身を吹き荒れる。


「───お兄ちゃん?」


気がつくと、床に膝をついていた。


「ごめん…ごめん、ジュリア……」


ジュリアが困惑する気配。唇からは意思とは関係なく、弱々しい言葉が零れる。

瞳に涙はない。なのに声は震え、濡れていた。

───ヴァンスは、勝手にジュリアのことを判断し、決めつけていた。

何を見て、感じて何を思うかは他人(ひと)が縛れるものではないというのに。


ヴァンスは今、何を謝罪しているのだろう。


気に病むことはないと言われ、それなのにどうして。

分からないけれど、謝らずにはいられなくて。

胸中に渦巻く思いを口に出そうとしたら、謝罪にしかならなかった。

もどかしくて、上手く伝えたいのに紡ぎ出されるのは『ごめん』という一言だけで。


───肩を震わせるヴァンスの体が、柔らかい感触と温もりに包まれた。

物心ついたときからそばにあって、一緒に育ってきた妹の手が、背を撫でてくれている。


一体何度、救われただろう。

関わった人全てに助けられてきた自覚があるが、一番共に過ごした時間が長いのは間違いなくジュリアだ。


ジュリア自身が、やりたいことをやってきたとそう言うのなら、ヴァンスが言うべきは謝罪ではなく───



「───ありがとう」







───ようやく落ち着き、着替えてジュリアの自室を出たときには大分時間が立ってしまっていた。

ヴァンスは話し合いの会場となっている自分の部屋のドアの前に立ち、深呼吸を繰り返した。


「落ち着け…落ち着け、俺……。アルバートにできたんだから俺だって……」


目を閉じてぶつぶつ呟くヴァンスの背中を、しびれを切らしたジュリアが思いっきり押した。扉に衝突するはずが、押されたと同時にドアノブをひねっていて、ヴァンスの体はつんのめって部屋に入った。

───視線が集中し、ヴァンスは瞳を逸らす。

恥ずかしい。今すぐ逃げだしたくなるくらい恥ずかしい。


部屋の中の面々───面々といっても四人しかいないが───は、息を吸うと、



「「「「───可愛い‼」」」」


「………へ?」


…格好いいとか、綺麗じゃなくて『可愛い』とは。

ヴァンスの着ているドレスは、ジュリア曰く『プリンセスライン』というやつらしい。…深くは説明したくない。ついでにヴァンスが黄色いフリフリのドレスを着ていたという記憶を抹消してほしい。


それから、ヴァンスはアルバートと並ばされたり、たまたまレティシアが部屋に来て女装姿を見られたりと、散々な目にあった。

結局脇道にそれまくって、本題である引き継ぎ式については殆ど話さないまま解散になる。

アルバートと、ジュリアの部屋に戻って元の服装に着替えながら話す。


「ドレスって大変だな。パニエとかいうやつ、足に擦れて変な感じだし、歩きづらいし。あと暑い」


「同感だ。……また着ることになるとは思っていなかったよ」


頷いてから、彼の言葉に引っかかって聞き返す。


「……また……?」


アルバートはしまったという表情になると、顔をそむけ、


「……昔、カレンに着せられたんだ」


カレン。アルバートの幼なじみで、魔獣の毒によって僅か十二歳という若さで命を落とした少女の名前。

懐かしそうな笑みを浮かべるアルバートを目にし、ヴァンスはただひと言、「そうか」と言った。それで充分、アルバートも聞かれることを求めていない。


「……似合ってたから、機会があったらもう一回着てみろよ」


「その時は君も着てくれ」


「………気が向いたらな」


笑みを交換し、ヴァンスとアルバートはそれぞれドレスをハンガーにかけると部屋を出た。

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