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21.さんざんな帰還



「───ヴァンス、アルバートは騎士団に行ったよ」


「…分かった」


夜が明けると、早くにアルバートは出かけていった。

ドアを開けて顔を覗かせたステラに返事をするヴァンスが今どうしているのかといえば。


「はぁ…ほんのちょっと動いただけでまた寝込むとか、俺軟弱すぎるだろ……」



───昨夜、家に帰り着いたヴァンスは玄関で動けなくなってしまったのである。

支えていた糸が切れたというか、なんというか。


『本来、時間をかけて元に戻していかなければならないところを、一週間で行ったんだ。当然だろう』


自室まで運んでくれたアルバートの口調は厳しかったが、その表情はヴァンスを慮ったものだった。



「…馬鹿なこと言わないの。……今は休んで」


「…りょーかい」


───目を閉じて思い返すのは、エリスとダスティンが屋敷から出され、騎士団に連れて行かれるのを見送った後のステラの一言だ。


『エリスさ……エリスは、『魅了』の力を持ってる。凄く弱いけど』


魅了。その名のとおり、人───主に異性───を惹きつけ、言うことを聞かせられる力だ。

ステラによると、ダスティンはそれでいいようにされていたそうだ。誰でも惹きつけられるわけではないらしく……簡単に言えば、ダスティンは騙されやすい人物だったということだ。


ステラだけではなく、力を持っている人がいた───これで驚かずにいられるだろうか。

同時に、不完全燃焼感がむくむくと膨らんでくるがこちらは無視する。忘れるわけにはいかないが、できれば思い出したくない。


布団から腕を出し、手の甲を額にのせるとひんやりとして心地よかった。


とろとろとした意識の中、どれぐらいたったろう。

冷たい空気が頬を撫で、ヴァンスは張り付く瞼を苦労して持ち上げた。


「起こしたか、すまない」


「ぼーっとしてたから別にいいよ。…どうだった?」


アルバートはエリスとダスティン、そして毒を盛った疑いのある騎士達の取り調べを手伝いに行っていたのだ。時計をちらりと見ると、二本の針が真上を指している。


「エリスは反論の余地なく終身刑に処される。ダスティンや騎士達は…今日から一カ月の謹慎処分になった。……引き継ぎ式の一週間後までは何もできないだろう」


「……そうか」


「───今回の毒殺未遂の件はあらかた片付いたと言っていい。…そろそろ帰らねば、施設の皆が心配する。なにせ、手紙に何があったとは書いていないからね」


ヴァンスは顎を引き、横たわったままベッドわきの椅子にちょこんと腰掛けるステラを見た。


「ステラ、昼からで悪いけど……ステラの家に行って来なよ」


「え、でも……」


「俺は大丈夫だ、寝てれば問題ない。───アルバート、ステラの護衛を頼む」


ステラはヴァンスとアルバートを交互に見ると、ゆっくりと頷いた。







「じゃ、行ってくるね。……明日の午前中には帰ってくるから」


ステラは後ろ髪をひかれつつも、手を持ち上げるヴァンスの笑顔に見送られて部屋を出た。

───明日の昼過ぎに施設への出発を決め、両親には申し訳ないが一日だけ滞在することになった。

一人では襲われる可能性がゼロではない───どころかかなり高いので、アルバートがついてきてくれている。


懐かしの自宅では特に何も起きなかった。

強いて言うなら、アルバートに会ったことがない両親に説明するのが大変だった、といったところか。

アルバートは玄関にいると言ったのだが、無論強硬に反対した。最終的な妥協点は、リビングの隅に椅子を置き、そこで警護しつつ仮眠をとる、というものだった。

家族との幸せな時は短いけれども、温かく。

一晩泊まったステラは「また来る」と両親に別れを告げ、足早にヴァンスの家へ歩き出した。

ヴァンスが心配だったのもあるが、一秒でも長くいたら帰れなくなる、そう思ったからだった。

寂しさを誤魔化すように、隣を歩くアルバートを見上げ、


「アルバートは、休めた?」


「僕は休めたよ。…ヴァンスはどうだか分からないが」


軽口めいた口調に目を丸くし、意味を悟ってステラは頬が熱くなるのを感じた。







───荷物をあまり出さなかったため、片付けすることもなくヴァンスは暇を持て余していた。

外ではアルバートと父が騎士団から借りてきた馬車に荷物を積んでいて、手伝えればいいのだが全会一致で寝てろと言われてしまった。

そもそも、手伝おうにも思うように体が動かないのだが。

情けなくも天井を見上げ続けたヴァンスは、情けなくもステラの肩を借りて下の階に降り、情けなくも荷台で横になりながら帰ることになった。…「情けなくも」と何回言うのか。


「ちょっとでも楽に帰れるように、はいこれ」


母に馬車の荷台を指差され、ヴァンスは中をのぞきこんだ。

荷物で動かぬようにしっかりと固定された木の枠組み。薄くて青い布が垂れ下がるこれは───


「ハンモック。木の床に直接寝ているよりはいいと思って」


「おお、助かる……って、いやいやいや!」


ヴァンスとステラの後ろからひょいっと中を見たジュリアが、微妙な顔で硬直する。

三人で顔を見合わせ、頷き合い。



「「「酔うから‼」」」



…と、至極最もなことを叫んだのだった。




───それから、馬車での帰還はさんざんなものとなった。

常に揺れ続ける馬車、当然ハンモックは激しく揺れている。

せっかく詰め込んだのだし、とハンモックなどに乗らずに積み直せば良かった。

ハンモックからおりて床に寝ればいいのに、という人がいるかもしれない。だが、狭い荷台は荷物とハンモック、そしてステラの座る場所で埋まっているのだ。よってヴァンスはひどい揺れに耐えることを強いられている。


「お、俺…もうダメだぁ……目が…目が回る……!」


「諦めるな、ヴァンス!君なら…君なら耐えられる!耐えられるはずだ!」


「無理……むりだあああ」


「ヴァンス──────‼」


ヴァンスの悲鳴と、アルバートの必死の呼びかけ───一体、何のコントだ。

ハンモックはそのあたりに捨てていこうと言ったのは誰だったか。

早く到着できるかわりに、さらに強い揺れに耐えるのがいいのか、少し遅くても今ぐらいで行くのがいいのか。


「どうする……僕はどうすればいいんだ……っ」


端正な顔を歪めて迷うアルバート、彼の肩の上ではジュリアが気持ちよさそうに寝ている。


「す、ステラ!」


ヴァンスがステラに助けを求めると、


「すぅ……」


あろうことか彼女までも舟を漕いでいた。愕然とヴァンスは目を見開き、どうにかステラを起こそうとする。


「ステラ!頼む…頼むから目を開けてくれ……‼」


───一応言っておく。ヴァンスは至って真剣だ。ふざけているわけではないということだけは分かってくれ。


「ん…むにゃ……」


ステラが身じろぎした。しかし、再び寝息を立て始めてしまう。


「ステラぁ───!」


ヴァンスの絶叫が尾を引き、眠る二人の少女をのせて、馬車は進んでいった。


───ハンモックが折りたたみ式で、たためばよかったのだと気がついたのは、施設が見えてくるかというころのことであった。

ヴァンスよ……頑張れ。

ありがとうございました(*^-^*)

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