15.話し合いは拍子抜けするほど順調で
再び、視点はヴァンス達に戻ります(*^-^*)
「…まさか、四人が同じ部屋で寝てるとは思わなかったわ……」
「分かったから、もうその話やめてくれよ……」
思いっきり寝坊したヴァンス達は、派手な音で目を覚ました。というのも、驚いた母が慌ててダイニングに駆け込んで皿を割ってしまったのだ。当然、皿にのっていた料理も床の上なわけで。
「ああ、もったいない……可哀想に、おまえは食べられることなく捨てられてしまうのか……」
「心が痛むから情感たっぷりに話すのやめてくれない⁉」
舞台役者のようなヴァンスの語り口で、すがすがしい朝の食卓は哀愁漂う雰囲気に。歌はダメなくせに無駄な演技力があった。
ともあれ、美味しそうな料理が食べられなくなったのは悲しい。泣く泣くそれを片付ける。
「……すまない、もとはといえば僕のせいで」
「謝るなよ。悪夢なんて見たくて見るもんじゃないし、その内容がお前にとってキツい記憶だってことも分かってる。───考えてみろよ、俺も含めて、ジュリアもステラも様子を見にきたんだぞ?」
アルバートの眉間を人差し指でちょんと突く。鼻白んだ顔の彼から目をそらし、ヴァンスは椅子に座った。
朝食を食べ終え、ヴァンスとステラ、アルバートは騎士団に向かった。
「美味しいご飯作って待ってるから、いってらっしゃい。…気をつけてね」
ジュリアは直接の関係者ではないからと、家に残る選択をした。アルバートは残念そうだったが、ほんの数時間だけだ。…数時間で終わればいいが。
騎士団の一室に通され、しばらくすると一人の男が入ってきた。
音を立てずにすくっと立ったアルバートが一礼した。こうしていると騎士に見える。いや、実際に騎士なのだが、最近の彼を見ていると忘れそうになるのだ。
ヴァンスの中のアルバートのイメージはいいとして───
入ってきた男の身長はヴァンスを軽く超えていた。
短い赤髪に、燃えるような瞳。
「───騎士団長、お久しぶりです」
筋肉の盛り上がった体を騎士服に包んだ目の前の男こそが───
───ローランド国騎士団長、ダスティン・クラークだった。
「儀式の場でちらっと見たけど、話をするのは初めてだな、騎士団長さん」
「ダスティンで良い。実力は君のほうが上だ」
あっさりとヴァンスより弱いと口にするダスティン。
「なら、ダスティンさんと呼ばせてもらうけど……俺が今日ここにきた理由は知ってると思っていいよな?」
「───巫様の引き継ぎ式について、だろう?」
ダスティンがずいと顔を前に出した。圧迫感が凄い。
ヴァンスは頷くと、早速話し合いに入った。
途中で水が運ばれてきて、それぞれの前に置かれる。ステラはグラスを引き寄せ───眉をひそめると口をつけないままコースターに戻した。ヴァンスとダスティンは彼女の仕草に気付かないまま、話を続ける。
「いつにするか、だけど……」
「衣装の準備を含めて、ひと月は必要だ」
「余裕をもって、ひと月半は?」
「───了解した」
話し合いは順調に進んだ。特にこれといった問題もなく、予定が組まれていく。
「……それまで、俺とアルバートがステラの警護につく。下手に人員を増やして、何かあったら困るからな」
「同感だ」
騎士団長の許可を得て、今日の話は終わった。
ダスティンが雑務があると言って部屋を出て行き、三人は巨体の放つ圧迫感から解放されて息をついた。
「…なんか、思ったよりあっさりと決まったな。早く帰れるから良いけど」
「騎士団長ひとりだったのも驚いた。数人の騎士はいるものと思っていたが」
上手くいきすぎている気がしつつ、ヴァンスは水を呷った。
急に、無言を貫いて思索に沈んでいたステラが顔を上げ、叫んだ。
「ヴァンス、それ───ダメ!」
「……?ダメってどういう…───ッ⁉」
どくんと心臓が脈打ち、全身から血の気が引いた。どっと汗が吹き出し、視界が横倒しになる。遠くでグラスが砕ける音が聞こえた。
「ヴァンスっ‼」
「こ、れは……っ」
絨毯の感触を頬に味わい、目を必死に見開いた。
真っ先に思い浮かんだのは、飲んだばかりの水。あの水に、毒が入っていたのだろうか。
ステラとアルバートが何か叫んでいるが、脳内で鐘が力いっぱい鳴らされているようでかき消されてしまう。
体の感覚が遠ざかり、もはや床の硬さを感じなかった。目を開けているのか閉じているのかすら分からない。思考が普通じゃないと考えていること自体が普通じゃない。
苦しい。
気絶することを渇望して、でも意識はあって。
───思考力と感覚が欠乏した状態で、ヴァンスは悶えることも声を上げることもできないまま、終わらない苦しみに苛まれ続けた。